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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その2
100/126

我が名を讃えよ


「話は聞いているぞカナタ。食糧調達は上手くいっているそうではないか」

「ああ、ギルドの手にかかれば、ざっとこんなものだ」


 重厚な卓を挟み、お綺麗な顔のへっぽこ貴族様に謁見である。

 ユートは魔法銀(ミスリル)の兜を膝に載せ、慈しむような手付きで磨いている。気に入っているのだろう。マフィアのボスが毛の長い猫とかを愛でるような格好だ。使わないのなら返してほしいのだが。すっかり自分の物になったと思っているご様子である。



「ようやく私も肩の荷が下りたのだ。この調子であれば、我がオズローの民も飢えることなく冬を越せるだろうね」


 ユートは満足そうに、首を傾けてうっとりと兜を眺める。表面に映り込んだお綺麗な顔にでも見とれているのだろうか。客が来ているのだから、ちゃんとこっちを向いて相手をするべきだと思うのだが。


「ウォルターク商店の試算でも食糧に関しては問題ない。むしろ今までより贅沢ができるくらいだ」

「そうか、それは結構なことなのだ」


 部屋の隅に控えたマッシモ氏の姿を横目で伺う。妙に風格のある立ち姿だ。こちらもお嬢様の無礼をたしなめる気配はない。というか、来客に茶も持ってこない。公園で遊ぶ孫娘を遠くから見守っているような目で佇むのみである。



 さて、どういう流れで皿を出そうかと思案していると、隣のアーウィアが鼻をふすふすさせながら周囲を見回し始めた。パン屋の前を通りかかった子供みたいな感じだ。腹が減っているのだろうか。


「どうしたアーウィア。遭難中に水場を見つけた人の真似か?」

「ちげーっス。なんかいい匂いがするんスよ」

「ほう?」


 言われてみれば確かに、薔薇か何かを思わせる華やかな芳香が漂っている。

 二人して鼻をふすふすさせていると、対面のユートが顔を上げ、にんまりとした笑顔を浮かべた。


「ふふ、わかるか。香水だよ。都の方で流行っているそうなのだ」

「ほう。よくわからんスけど、悪くねーっスな」

「ふふふ、貴族たるもの、香水くらいつけなくてはな」

「これが貴族のにおいっスか……」


 勝ち誇ったような顔で兜を磨くむぅむぅ星人だ。こいつの口から、こんな女子会みたいな話題が出てくるとは思わなかった。ここのところ多忙だったユートだ。大好きな迷宮探索に出られなかったせいで、頭がどうにかなったのだろうか。


「お嬢、それ宝石っスか?」

 アーウィアが無遠慮にユートを指差す。人様に指を向けるなという教育をしなかったことが悔やまれる。


 先ほど顔を上げた時に見えたのだろう。ユートの襟元には、若草のような色合いの宝石をあしらった金細工が輝いていた。


翠玉(エメラルド)だよ。とても珍しいのだぞ?」

 ユートは向けられた指も意に介することなく、自慢気におとがいを上げて襟飾りをつついてみせる。


「服にもなんか付いてるっス」

「うむ、貝殻の(ボタン)だよ。綺麗だろう?」


 純白の中に、赤や緑の光沢が浮かび上がる。きっと高級品なのだろう。我ら庶民の着る服など、紐で縛るくらいがせいぜいだ。


 しばらく目を離している間に、成金みたいな感じになっているユートだった。



「ずいぶんめかし込んでいるな、ユート。よく似合っているではないか」

「ふふ、だろう? これでも貴族の娘だからな」


 若干呆れ声となったニンジャの言葉も、ユートの堂々たる得意顔は崩せない。そもそもが大雑把なやつだ。こちらが込めた遺憾になど気付くわけもなかった。


「いい品ばかりだな。どこから買ったんだ?」

「うん? 興味があるのかい?」

「ああ、こう見えて俺もお洒落には煩いんでな」


 こいつはしがない貧乏子爵の娘。客に茶も出さぬほどの倹約家だ。これまで贅沢など知らなかっただろう。

 ならば、買ったのではなく買わされたのだ。そんな手口を使いそうな悪徳商人に、ちょうど心当たりがある。


「むぅ、何と言ったかな。先日、ちょっとした用件で顔を合わせた商人だよ。あー、マッシモ?」


「ラヴァルド商会のオロフという者です。近々オズローで店を開きたいとか」


 やはり敵はあの男。

 そして、ラヴァルド商会。

 そんな気はしていたのだ。

 



「なかなか気の利いた商人なのだ。お近づきの印にと言って、ぽんと置いていったのだぞ。あれはきっと大成するに違いない」


 能天気に高笑いなどをしているユートである。

 只より高いものはないというではないか。どう考えてもこの貧乏貴族、肩までどっぷりと沼に嵌っている。笑っている場合ではない。このままでは妖怪沼笑いとかいう名前でこの地に伝承を残すことになる。きっと偉い坊さんに退治されて祠とかが建つのだ。


「――うちも遅くなったが、お近づきの印だ。いい皿だぞ?」


 懐から取り出したオズロー焼きの皿を沼笑いに差し出す。

 本当は代金をとるつもりだったのだが、この状況ではこうせざるを得まい。


「ふむ……マッシモ。そっちはお前に任せる。私は皿が白かろうが黒かろうがどうでもいいのだ。皿で味など変わらんではないか」


 せっかくの皿が右から左だ。びっくりするくらい無関心である。

 無理もない話だ。こういうのはどれだけ一流の品を見てきたかで目利きに差が生まれる。貧乏貴族の娘が審美眼など持っているわけがなかろう。後でマッシモ氏に取り入ることを考えるとしよう。



「そう言えばお嬢様、あの商人が持ち込んだ話はどうされるので?」


 オズロー焼きの今後を握る男ことマッシモ氏が、皿を抱えて主人に問う。やはり何か仕掛けてきたか。わざわざ冒険者の酒場まで顔を出しに来たオロフだ。仕込みは万全だろう。きっと鳩の一羽や二羽くらい懐に忍ばせているに違いない。


「むぅ、その話か。わざわざ手土産まで持って願い出てきたのだ。気は進まないが仕方ないか……」


 ユートは兜を卓に置き、ニンジャと司教に向き直る。凛々しく力強い目だ。だが、微かに迷いの色が見える。


「――どうやら俺たちに関係のある話のようだな」

「うむ」


 こいつ、意外とこの手の贈賄に耐性がない。善の属性(アライメント)を持つ聖騎士とは思えないくらいの懐柔されっぷりである。すべては貧乏が悪いのだ。


「わたしらなんも悪いことしてねーっス。さっさと言えお嬢」

「むぅ」


 ユートの頭は構造がシンプルだ。四パーツくらいで組み上がる。それゆえに強度の高い精神力を持っているが、動作も単純。海千山千の悪徳商人にとって、掌で転がすことくらい容易だろう。



「クアント僧院から苦情が出ているのだ。あの商人は僧院から頼まれて、それを伝えに来たのだよ」

「ほう」


 すっかり忘れていたが、そんな団体も関係していたか。一度だけ様子を見に行ったが、女給のやつがいきなり現れるものだから拉致って帰ってしまった。はた迷惑な女だ。

 そうすると、苦情というのは女を攫うなという話だろうか。それならごもっともな話である。なんだ、悪いことをしているではないか。


「一部の冒険者が『司教』と名乗っているのをやめさせろ、という話なのだ」

「ほう?」


「クアント僧院のライアザール司教が深く憂いているとのことだ」

「ほう」


 何だかよくわからん展開になってきた。

 いや待て、この流れはよくない。


「むぅ、あー……、冒険者アーウィア!」


 ふいにユートが素っ頓狂な大声を上げる。呼ばれた司教の娘が、びくりと肩を揺らした。


「カ、カナタさん……」

「落ち着けアーウィア、気を強く持て」


 こちらを向いたアーウィアの目が凄い勢いで泳ぎ回っている。舵が故障したのだろうか。気持ちはわからないでもない。ユートがアーウィアの名を呼んだのは、これが初めてだ。


「問おう。お前が信仰している神の名は?」

「うぅ、フォトラ神っス……」


 初めてユートに名前を呼ばれたアーウィアが怖気づいている。微妙に距離感を測りかねていた二人だ。思春期の男女のように面倒くさい関係である。


「では、フォトラ神を崇める教団で司教に任命されたことは?」

「ね、ねっス……」


 腹をくくったかのような勢いで問い詰めるユートに対し、アーウィアは小動物のようにブルっている。駄目だ、完全に尻尾が下がっている。


「おい待てユート」

「冒険者アーウィア、今後司教を名乗るのはやめるのだ」


 ニンジャの制止は間に合わなかった。

 端から気迫で負けていたアーウィアだ。もはやぐうの音も出ない。弱々しく背を丸め、弁当を忘れた人みたいな感じでうなだれる。


「アーウィア、認めなくていい」

「う、ぐぅ……」


 ぐうの音が出た。セコンドのニンジャが必死に励ますが、拳を握ることは出来そうにない。戦意喪失だ。


「私も冒険者なのだ。このようなことは言いたくないのだぞ? しかし僧院の言い分も、もっともなのだ。司教を名乗らねばそれでいいさ」


 お綺麗な顔は気まずそうに、脳天気なことをのたまう。

 何を言っているんだ。俺たち冒険者にとって、それがどれだけ重要なことか理解していないのか。四パーツの頭を使ってよく考えろ。


 俺は空中に指を這わせ、メニュー画面を開く。予想していたとおりの結果に、重い溜息が出た。


 名前:アーウィア、職業:ゴロツキ。


 こうして偉大なる司教アーウィアは、職業を失ったのだった。


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