とある少女の話
私と君は幼稚園の頃に出会った。
家が近いこともあって、二人でたくさん遊んだ。
次第に君に惹かれていった。君の眼に、耳に、鼻に、口に、声に、頭のてっぺんから足の先まで、君のすべてに恋をした。
はじめは苦手意識もあった。でも、それはすぐに消え去った。君が私の隣でいたずらな笑顔を向けてきて私も思わず、笑ってしまった。
それから他愛のない話をして、小学校に入ってからもそんなだった。
しかし、長くは続かなかった。
小学校3年生になって、私は引っ越すことになった。
そのとき君は、ずっと泣いてくれた、嫌だと言って泣き叫んでくれた。
その涙がうれしくて、私は笑って手を振った。
“また会おう“と約束して。
あれから8年。
ついに戻ってきた…
私は親の仕事の都合で、この街に戻ってきた。
学校を転入することになり、友達と離れ離れになって寂しいとは思った。それでも、いつか必ず帰ると誓った。それが叶ってうれしかった。
町もかなり変わってしまって、目の位置も高くなり映る景色も変わったのか、道なんて全然わからない。
だから、昨日のうちに学校まで歩いて道は覚えておいた。おかげで、何とか学校に来られた。
どんな人がいるのだろうと、わくわくしながら扉を開ける。
一目見て気づく。
君と目が合い、君は照れたように頬をかく。
君が私だと気づいてくれたことがたまらなくうれしくて、私は頬を赤く染める。
自己紹介を何とか終わらせて、私は窓際の一番後ろの席に座る。
HRが終わると君は、まっすぐに私へと向かってくる。
私の前に立ったまま動かなくなってしまう。
昔と変わらないなぁ。極度に緊張すると固まって動けなくなってしまう。
どちらからでもなく、私たちは笑い出す。
そうだった。
君は固まった後、決まって笑い出す。そして私もまた、君を見て笑っていた。
そんなことを思い出して、私はこらえきれなくなった。
「帰ってくるんなら連絡の一つくらいよこせよ」
「ごめんごめん。君を驚かせたくて」
君との会話から、この学校での生活が始まった。
どうやら、君は学校の人気者だそうで、サッカー部のエースでかっこよくて、学校ではかなりの有名人のようだ。勉強は苦戦しているみたいだけどね。
今日も告白されたらしい。それも、話したこともない一年の後輩に、だ。
私なんて一度も告白されたことなんかないのに…
君は私から、どんどん遠くへ行ってしまう。それはうれしくもあり、悲しくもある。
だって、君の努力が認められてるってことだもん。喜ばしいことなのに、素直に喜ぶなんて出来ない。
私も、君に振り向いてもらえるように、頑張らないと。
…何を?
「と、いう訳で」
「どういう訳だよ」
「私は何を頑張ればいいかな?」
まだクラスになじめていない、率直に言って友達ができてない私は、君しか聞ける相手がいない。
「とりあえず勉強かな」
うぅ…お母さんと同じことを言うよぅ。
「そ、それ以外で」
「勉強以外で、かー」
君は変わらない。私が悩んでいると、いつも一緒になって考えてくれる。
「そんな頑張らなくても、お前はお前、それでいいじゃねぇか」
そんなことをしていたら、君はどんどん遠くへ行ってしまう。そんなの嫌‼私は君と一緒にいたい‼この先何があっても、ずっとずっと隣にいたい‼
君は背が伸びて、声も変わって、歩幅も大きくなって、私を置いて先へ先へと行ってしまう。
君が振り向いてくれるならそれでいい。君に愛される人になりたいと強く願う。
私は今までより積極的に話しかけるようにした。
誰に何と思われようとかまわない。彼の目に、少しでも良く映るなら、と。
その考えは甘かったと知る。
男子も女子も私を避けるようになり、その日からいじめが始まった。
それは、君を諦めろと言っているようだった。それでも諦められない。ずっと好きだったのに、諦められるわけがない‼
やはりいじめはエスカレートしていく。
無視され、机に落書きをされ、体操服を盗まれ、挙句、校舎裏にまで呼び出された。
「あんた調子乗りすぎなのよ」
「幼馴染か何か知らないけどねぇ、私は中学の頃から彼に、ずっと目をつけていたのよ」
それを言ったら、私は幼稚園の頃からなんだけど…
「ちょっと可愛いからっていい気になってさ。調子乗ってんじゃないわよ‼」
2回目だ。同じことばかり言って、話すなら考えをまとめてからにしてほしい。
「その顔、ぐちゃぐちゃにしてあげるわ」
女のうちの一人がカッターナイフを取り出す。そうされてようやく、身の危険を感じる。
「じょ、冗談だよね⁉」
冗談じゃないことくらい、その歪んだ笑みを見ればすぐにわかる。
もう逃げられない。
私は目を閉じ祈ることしかできない。
誰か助けて、と
「やめろおおおおおおお‼‼‼」
その声は聴きなれた、耳に残る声だった。
「そいつに傷一つでもつけてみろ‼お前たちの顔を2度と人に見せられないような顔になるまで殴り続けるぞ‼」
それは君が私に初めて見せた感情だった。君が私のために怒ってくれている。
うっすらと瞼を持ち上げると、女たちの間から、陽光を背に受けた君が、真剣なまなざしで私を見据えている。
「あんたには関係ないでしょ‼」
「関係ある‼大好きな女の子が傷つけられそうになってるのに、助けに行かないわけないだろ‼‼‼」
怒号と呼ぶにはきれいすぎるそれは、ここにいる全員を黙らせるだけの力があった。
私は今、耳まで真っ赤になっていると自分でもわかる。
「分かったらさっさとどっか行け」
君は私のもとへと駆け寄ってくる。
「けがはないとな⁉大丈夫だよな⁉」
さっきまでの剣幕はどこへやら、君はもう普段の優しい君に戻っている。
私じゃ安心して気が緩んだからか、涙があふれ出して止まらなくなっていた。
「本当に何もないよな⁉」
「うん。大丈夫」
私は泣き顔を見せたくなくて、君の胸に顔を埋める
「お、おい‼お前やっぱりどこかー
「大丈夫。今の顔を見せたくないだけだから」
君は咳払いをして改まって話し出す。
「こんな時にこんなことを言うのもどうかと思うんだが……泣いてる顔も可愛いぞ」
ボンッと頭が爆発したような気がした。確かにうれしくはある。それでも、乙女には譲れないものがあるのだ。
「す、好きな人に、こんなみっともない顔、見せられるわけないでしょ…」
恥ずかしくなったのか、顔をそらす君。
私たちの間に沈黙が降りる。しかし、いや、やはりというべきか、それも長くは続かない。
どちらからでもなく笑い出し、目と目が合う。
私たちは互いに笑顔のまま口付けを交わした。
「ふん♪ふん♪ふふーん♬」
私は鼻歌を歌いながらチャーハンを作る。
君が一番好きな料理だから、足りなくならないようにたくさん作る。
「作り、すぎよ…」
お母さんはなぜか元気がない。
「だって、チャーハンはあの人の大好物だよ‼たくさん作らないとすぐになくなっちゃうよ‼」
しばらく黙り込むお母さん。
どうしたんだろう?気分悪いのかな?
「彼はもう…死んだのよ」
「何言ってるの?彼ならそこに居るでしょ?」
二人しかいないその家で、君は変わらず笑い続けている。写真立てに飾られた写真の中で……