5.「僕も、リイラちゃんには思い出して欲しいから」
目が覚めて、ロビーに行くとそこにはヒイロの姿があった。
「おはよう、リイラちゃん。酷い顔ね」
「おはよう。ヒイラギは?」
「あら、リイラちゃんなら知ってると思ったのに。あいつ連絡取れないのよ。どこいったのかしらね」
口では心配そうだが、きっちりトーストとスープを二人分しか用意していない辺り、そこまで本気で探しているわけではなさそうだ。
私はヒイロの向かい側に座って、トーストをかじる。私が半熟の目玉焼きが好きだというのも、ヒイロは猫舌だからスープは冷めてからでないと飲めないことも、お互いにもう知っている。
「今日はね、リイラちゃんに渡すものがあるの」
いつもは他愛もない話をしながら食べる朝食だが、今日はほとんど会話がなかった。
スープが冷めてヒイロが飲めるようになる頃に、やっと彼から話し始める。
「ちょっと反則かもしれないけどね。あの馬鹿、ずっと悩んでいたから僕からあげちゃう」
「反則?」
何のことだろう、そう思いながらヒイロが隣の椅子に置いていたハンドバッグの中から取り出したものを受け取る。
「僕も、リイラちゃんには思い出して欲しいから」
それは、一冊の、真っ白い本。
そのタイトルを見た途端、私の頭の中には走馬灯のようにここに来たときからの六日間の記憶と、ここに来る前の記憶が蘇った。
泣いていた私と、大好きな猫と、仲良しで大切だった人と、全部、全部、ぜんぶが頭の中で繋がった。
私は思い切り顔をあげてヒイロを見る。
「リイラちゃんとこうして話せて、僕はとっても嬉しかったわ」
「ヒイロ、」
「なんて顔してるのよ、ほら! こっちに来なさい」
今にも泣きそうな私の背中を笑顔で叩きながら、ヒイロは自分の隣の椅子に私を呼ぶ。
おぼつかない足取りで移動すると、ヒイロは満面の笑みで自分のおさげ髪のリボンを取って私の髪の毛をいじる。
「これは、僕からのプレゼント。待ってるんだから、きちんと戻って来るのよ?」
はい出来た、と鏡を見せられる。
私の色素の薄い髪は綺麗におさげにされていて、いつもヒイロがつけていた黄色いリボンでとめられていた。
「ひ、ヒイロ、」
「やーね、僕そんなしみったれた顔のリイラは見たくないわよ。ほらほら、しゃきっとしなさい」
わざとそうやって私を元気にさせようとしているのがわかって、余計に泣いてしまいそうになった。駄目だ駄目だ、ちゃんとしないと。
私は猫が好きだった。
ヒイロは動物の鳴き真似が上手かった。
家で飼うと怒られるから、こっそり別の場所で飼っていた。
ヒイロは猫舌で、スープは必ず冷めてから飲んでいた。
その猫は、向日葵のような眩しい色をしていた。
だから私はその猫に名前を付けた。
――――向日葵のような色だから、ヒイロって。
「ありがとう、ヒイロ。私も、嬉しかった」
「うん」
「ねえ、ヒイロ、教えてほしいことがあるの」
「なあに?」
「図書館の場所、教えて」
「お安い御用よ」