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第九話

「ここだ」


 と着いたのは普通のアパート。綺麗なわけでもなく汚いわけでもない。大きくも小さくもない。本当に普通のアパート。


「一人暮らしですか?」


「そうだ。管理人が親戚でな」


「へえ」


「さあ入れ」


 促されるままに部屋に通される。中もいたって普通外見通りの広さ、狭いとも広いとも感じられない部屋。


「荷物はその辺においてくれ」


「はい」


 つい部屋をきょろきょろと見てしまう。普通すぎるほど普通だった、女の子らしくはないが普通生活をするだけそんな印象だ。


「見学は終わったか?」


「すいません」


 先輩に言われて自分が失礼なことをしていることに気づいた。女の子の部屋をじろじろ見るのは流石に駄目だろ。


「荷物運びも終わったし帰ります」


 あまり長居しても迷惑だと思い背を向けた。


「いや、まだいろ。荷物持ちは口実だ」


「え?」


「まあ座れ」


 履きかけの靴を揃えて言われたとおりに座る。


「それで要件はなんですか?」


 わざわざ荷物持ちなんて理由をつけて僕を呼んだ理由。


「なんだと思う?」


 先輩は黙って僕の目を見る。

 え、何か僕試されてる? ここはなんて答えるのが正解なんだ? 実は先輩が僕に告白するため? 流石にそれはないな……。

 今杼割ちゃんがいないんだそっちが大事なんじゃ。先輩は杼割ちゃんが好き? そのための作戦会議に呼ばれた? 僕が杼割ちゃんが好きなのはばれてるし抜け駆けはなしよ? みたいな停戦協定を持ちかけてくるのか?

 と頭の中で妄想が膨らんでいく。


「まあ、夏彦にはいくら考えても無駄だ」


 とばっさりと切られた。


「いや僕だってそれくらいなら察せます」


「なら言ってみな」


「えっと……」


「ちなみに夏彦に告白もしないし杼割にも恋愛感情はない」


「う……」


 膨らんだ妄想はあっという間にしぼんでしまった。


「じゃあなんですか?」


「少しだけ長い話になるから来てもらった」


「来ちゃいましたし聞きます」


 こんな手間をかけてまで呼ばれたんだから聞かないわけにはいかない。


「まず私は突拍子もないことを言うぞ?」


「今まで散々突拍子のないことされてきたので大丈夫です」


「この世界はおかしい」


 本当に突拍子もないことを言われた。先輩って電波系なのだろうか?


「そんな顔をするな。だから突拍子のないことを言うと言ったろう?」


「そうですね。いきなり電波なことを言われたせいで混乱しました」


「この世界には神がいる」


 本当に何を言ってるんだろうかこの人。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。話を進めてもいいか?」


「はい」


 失敗だった。まずは話だけでも聞こう。それから勧誘が始まったら逃げよう。


「夏彦。伝説は知ってるな?」


「はい」


「あれは作り話だよな?」


「まあそうですね。実際にあったことを脚色とかしてたりするみたいだから全部が嘘ってことはないと思いますけど」


 そんなことは世界中の人が知っていることだ。本当なら神様だらけなわけだし。


「この世界は伝説は物語じゃない史実だ」


「史実ってことは実際にあった歴史ってことですよね?」


「そうだ」


「今度の劇の脚本ですか?」


 異世界物のファンタジーそれは劇にしたら難しくないか?


「違うよ七夕伝説。あれをやっているときに君は史実として受け取らなかったか?」


 どうだっけ。


「受け取りました」


 それで悲しい話だったって杼割ちゃんと会話した。

 僕がおかしかった? あれ、なんでそう思ったんだ?


「この町で今神隠しが流行っているよな?」


 そうだ。それも当然本当に起こっていると思っていた、ただの行方不明とかじゃなく神様の仕業だって思ってた。


「この世界から、物語が消えたんだよ」


「すいません。頭が追いつかないです」


 先輩は話すのを中断してお茶を一杯僕にくれた。


 もう意味がわからない、物語が消えた?

 僕の頭の中には色々物語が残っている。桃太郎や浦島太郎なんかや小説に漫画全部記憶に残ってる。

 家に帰れば漫画は本棚に……ない。そうだだから休日があんなに暇だったのか。


「だいぶ混乱してるな」


「そりゃあそうですよ」


「話を進めていいか?」


「はい」


 きっとこれはあくまで前振りだ。前置きだ。先輩の話したいことはこれじゃない。


「今杼割は物語のキャストにされている」


「なんでですか?」


「さあな。題目も決まっている」


「なんですか?」


 聞くまでもないだろうきっと同じだ。悲恋の物語。


「七夕伝説」


 やっぱりか。


「ちなみにキャストは決まってる。おそらく織姫は杼割、天帝は杼割の父、彦星は神だ」


「神ですか?」


 織姫と天帝はわかる。親子だし娘を溺愛しているでも彦星だけなぜ神?


「まあ杼割曰くだけどな」


「杼割ちゃんも知ってるんですか?」


「ああ。杼割に自分は神だと言ったらしい」


 自己主張の強い神だな。いやそんなものか?


「ある日。突然杼割の前に出てきたらしい」


 神というよりも幽霊みたいだ。


「経緯はとりあえず後回しだ」


「後回しはいいですけど。それでなんなんですか?」


 そろそろ脳みそがパンクしそうだ。まだ何が何なのかまるでつかめていない。


「杼割が危ない」


「また話が急に飛びましたね」


 二段三段飛ばされている気分だ。まるで付いていけていない。


「飛んでなんかいない。七夕伝説を忘れたのか?」


「覚えてますよ」


 織姫と彦星が付き合って一年にいちど……。


「わかったか?相手が神ならどうする?自分が下りられないなら相手を上げる。つまりここから杼割はいなくなる」


「どうしたらいいんですか?どうしたら杼割ちゃんをたすけられるんですか?」


 このままだと杼割ちゃんがどこかに行ってしまう。せっかく近付けたのに。前よりも仲良くなれたのに。


「ちょっと待っててくれ」


 先輩は立ちあがり本棚から何個もの紙の束を持ってくる。


「これがヒントのはずだ」


 一番上の束を手に取る、七夕伝説と書いていた。その下の束も同じく七夕伝説その下もさらに下も全部の束が七夕伝説と書かれた束だった。


「なんですかこれ?」


「派生した物語だな」


 派生? 適当な束に目を通す。この前劇をした話と微妙に違う。なぜかこっちはアクションだ。天帝と彦星が織姫を取り合っている。


「なんですかこれ?」


 内容が滅茶苦茶だ。僕の知っている物語じゃない。


「他にも色々あるぞ織姫と彦星が一緒になるために心中したり、織姫が不治の病になったりな」


 完全に別物じゃないか。名前だけが一緒な別な物語。


「そうだだからこれはヒントなんだ。織姫と彦星と天帝がいて、八月七日に結末を迎える。それが七夕伝説なんだ」


 八月七日。そうだったんだ、だから先輩の予定表は八月六日で終わっている、先輩の送別会じゃなく杼割ちゃんの送別会。もし助けられなくても楽しく終わりを迎えられるように。


「それはわかりました。でもどうやって話を動かすんですか?さっきの話だと僕や先輩はキャストにはいませんけど?」


 これが物語なら登場人物でなければ話を動かすことができないはずだ。


「それに関しては大丈夫だ。登場人物は変えられないがキャストなら変えられる。これだ」


 一冊の台本を束から抜き取る。渡されても今までの台本と何が違うのかがさっぱりわからない。


 とりあえず一ページめくる。配役や担当を書き込むスペースがあるだけで何も変わった場所はない。


「なんですかこれ?」


 と首をかしげてしまう。


「それの後半部分にあるんだよ。丁度付箋がある場所だ」


 言われたとおりのページを開く。


「本当だ。彦星が二人いる」


 役名の場所に彦星1、彦星2と書かれている。台本の始まりにはそこには彦星としか書かれておらず言われた場所から彦星が二人になる。

 そして最後に彦星は一人に戻る。内容をしっかりと読んでいないから断言はできないが勝ったのは後から出てきたの彦星だ。最初の彦星は名前が変わり偽物になっている。


「これを今回真似ろ。ってことですか?」


「そうだな。途中でそこに割り込んでやろうじゃないか。悲恋の物語に脈絡なんてなしに王子様をぶつけようじゃないか。涙なんて吹き飛ばすくらいの笑顔でもくれてやろう」


 もしかしたら僕や先輩の行動は杼割ちゃんの迷惑かもしれないだとしたらとんだピエロだ。でもそれもいいあっちがあっちで悲劇を演じてるならこっちはこっちで喜劇でも演じてやろう。


「そうですね」


 と僕は言った。


「いい顔だ。惚れてしまいそうだ」


「それも面白そうですね。略奪愛から三角関係ですか?」


「三角のままハーレムでも目指すのもまたいいかもしれないな」


 とんだラブコメもあったものだ。


「それはまた別の機会に杼割も交えて話そう」


「流石ハーレムですね。普通なら泥沼の状況もドロドロしなさそうだ」


 包丁を持ち出してもおかしくなさそうな場面なのに笑顔で終わりそうな話だ。でも僕としてはやめてもらいたい。


「じゃあ作戦会議」


「何するんですか?僕は正直まだ思いつきません」


「まずここでの話は杼割には内緒だ」


「なぜです?」


「あっちにつたわる可能性がある」


 あっちってのは悲劇組のほうか。


「それが何か問題が?」


「大アリだ。こっちは奇襲をしかけるんだ。あっちのペースを無視してかき回す。そしてこっちに引きずり込む。それが目的だ」


「それで?」


「馬鹿なのか?」


 と呆れたように言われる。

 しょうがないじゃないか。先輩にしてみれば前からの計画かもしれないが僕にしてみればここだけでもいっぱいいっぱいなのにまだあるとか。もう話を聞くだけで精いっぱいだ。


「そのためにはあっちに知られてはいけないんだ。来るとわかっていればそれだけで奇襲は効果を失う」


「なるほど」


 言われれば納得だ。というか少し間をおけばすぐわかることだった。


「だから勝負は当日。八月七日。旧七夕だ」


 この日の作戦会議はこれで終わった。何か考えて来いと言われはしたがやはり整理するので精いっぱいだ。今日は無理だろう遊び疲れてる状態だ脳も体も疲れ切った今日は寝よう。

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