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第六話

「どうしよう。失敗したらどうしよう」


「落ち着こうよ。がんばったから大丈夫」


「わかってるよ。でもどうしよう」


「何度めのどうしようだ、いい加減にしてくれ」


 自分でも今日だけで何度どうしようと言っているかわからない程に言っている、それはわかっている。

 でも心配のあまりどうしようと言ってしまうのは仕方ないことだと思う。


「でもそのおかげで私はそんなに緊張してないかも」


「よかったな夏彦。お前のおかげで杼割の緊張はほぐれた」


 それはよかった。と言えればいいけどそんなのは当然言えなかった。僕の頭にあったのはどうしよう、という単語だけだ。


「無視して最後に軽くやるか」


 と言われ大事なシーンの本読みを始めることになった。


「ここまで緊張しているのは初めて見るぞ」


 最後の練習が終わりそう言われてしまった。あきれ果て落胆した視線を先輩に向けられる。流石の杼割ちゃんも今回はフォローはできないようで苦笑いで僕を見ていた。


「本当どうしましょうか」


「他人事だな」


「ミスしたらどうしよう。そう思ったらそればかりが頭を占めてしまって」


「負の連鎖だな」


「はい」


 思わずため息がこぼれる。本当にため息をこぼしたいのは二人だろうけど。


「何をお前はそんなにおびえる?」


 先輩の言葉で考える。

 杼割ちゃんの舞台を自分が壊してしまいそうなのが何よりも怖い、誰かのミスも僕がカバーしてあげてそれでこの舞台を成功させたい。


「おびえているのは自分のことだけか?」


「えっと……」


「演劇初めて一か月も経ってないくせに何を考えてやがるんだ?」


「劇が失敗しないように。と」


 僕の答えに先輩は深いため息を吐きだす。


「思いあがるな! それは私の役目だ、私は先輩でお前らは後輩だ、だから劇は私に任せて自分の心配だけしてろ」


「はい」


 少しだけ何かが軽くなった気がする、他に向かっていた考えが自分にだけ向いた。

 そりゃあ自分の分の不安はあるけど、さっきまでより出来る気がしてきた。


「鵲ちゃんは優しいね」


「そりゃあな。劇のためなら夏彦の駄目さを少しくらいましにするさ」


「もう少し素直に感謝できるような言葉はありませんか?」


 せっかくありがとうと言いたかったのにな。


「そろそろ始まるからね」


 園長先生に呼ばれ舞台袖に向かう。


「じゃあがんばるぞ」


 舞台の幕は上がった。


「昔空であった物語」


 園長先生のナレーションで劇は始まる。


 とても拙く下手な演技で他で見せられるものではない。それでもしっかりとそれぞれの役をしっかりとこなしようやく佳境に差し掛かった。


「お前たちは仕事もせず何をしている」


「天帝様は怒りました。仕事をやらないでただ遊ぶだけの二人は言い返すことができません」


「お前たちには罰を与える」


「天帝様がそう言うと二人は天の川によって離れ離れになってしまいます。そのことに何日も何日も二人は泣いてしまいます。それを見ていた天帝様はかわいそうになります」


「織姫、彦星、これからは仕事をしっかりとやるか?」


「その言葉に織姫と彦星ははい。と返事をします」


「それならば一年に一度だけ会うことを許そう」


 僕の体は一瞬だけ動きそうになるが動くことをやめ余計なことをしないように、うつむいた。


「こうして織姫と彦星は一年に一度だけ会うことを許されました」


 締めの一言を終え幕は下りる。

 保育園児の拍手を聞きやり遂げた実感がわきあがってきた。


「終わった」


 燃え尽きてそのままへたり込んでしまう。


「まだ燃え尽きるのは早いぞ」


 先輩に蹴りをもらい無理にでも立ちあがり片づけを始める。

 片付けも無事に終わり園長先生たちに挨拶をして一度学校に向かう。


「二人ともお疲れ様」


 体育館に戻りいきなりそう言われた。

 先輩のねぎらいの言葉に驚きながらもどこで買ったのかわからない飲み物を渡された。


「とりあえず今回はこれで終わりだ。それはねぎらいの品だと思ってくれ」


「ありがとうございます」


「ありがとう」


 お疲れさまと乾杯をして口をつける。


「これでひとまずひと段落だ。当分発表の場はないぞ」


「えっと訊いていいですか?」


「演劇のことならな」


「コンクールとか何かないんですか?」


 運動部ならインターハイとか美術部なら絵画コンクールとかの目標はないのだろうか? 細々と何か頼まれたらそれに合わせて劇をするだけなのか?


「あるぞ。一応な。あっても私たちは出ないな」


「なんでですか?」


「人数の問題かな」


 杼割ちゃんが答えを引き継ぐ。


「音響照明役者、それに大道具小道具なんかもあるとやっぱり人手が圧倒的に足りないの。大道具小道具は卒業生達が作ってくれたものを使いまわしができないこともないけどね、でも少人数だとやっぱり時間が足りないから」


「他から人手を借りるのは?」


 それならなんとかなるんじゃないか?


「仕上げとか簡単なことならおねがいできるんだけどね。一から作るのを部員でもない人は手伝ってくれないよ」


 確かに僕も手伝ってと言われてもそんなに戦力にはなれないし、モチベーションも保てないな。


「コンクールだからな。下手なままなんて許されない。有名絵画の中に小学生の落書きを飾るようなものだ」


 それはそれで知らない人が見たら区別できない気がする。


「だから今回みたいなのを引き受けてるんですか?」


 コンクールに出なくてもボランティアで劇をやっている。そういうことにしておいて少数でも部活を存続させている。


「まあそういうことだな」


「だから夏彦君が入部してくれたのは本当嬉しかったよ」


 その笑顔と言葉だけで僕としては嬉しいです。

 宴もたけなわ。と言うには早すぎるが三十分程度で慰労会も終わりを迎えた。


「杼割。また夏彦は借りるぞ」


「わかった。じゃあまたね」


「今度はなんですか?」


 久しぶりに呼び止められた。杼割ちゃんが帰るのを見送ってからということはそういうことだろう。


「大した話じゃないさ」


 本当だろうか? 杼割ちゃんがいないタイミングの時って大層な話な気がするけど。邪魔するとか嫌がらせとか。


「そう怪しむな」


「無理ですね」


「即答されると流石の私も反省してしまいそうだ」


「してくださいよ」


「私としては反省したら個性がなくなってしまう」


「キャラ付けだったんですか!?」


「ああ。クールで毒舌な嫌味な先輩だな」


「確実にいじめっ子のキャラですね」


 なぜそれをチョイスしたのかはこの際置いておこう。

 それにしても今日はおかしいな。こんなに話す人だったか?キャラ付けのせいかは知らないけどもっと口数の少ないイメージだったけど。


「そろそろキャラ変えの季節かと思ってるんだ」


「なんでそんな衣替えみたいな感じで言ったんですか?」


「次はどんなキャラがいいと思う?」


「すいませんけど全く会話についていけません」


「ならこの話はいったん止めよう」


 いいんだ。中断してもいいんだ。ならこの辺いらなかったんじゃないだろうか?


「訊きたいことがあってな」


「なんですか?」


 改まれると反応に困るな。


「さっきの劇のことだ」


 まだ何か言われるのか。そこまで酷い演技だったか?初心者にしては良くできた方だと思ったんだけどな。


「最後に天帝の言ったセリフの後だ」


 あれか。さっきは突っ込まれなかったしばれてないと思ったんだけどな。やっぱりばれたか。


「あそこは良かったぞ。何か言いたげな感じが」


「え?」


 怒られるかと思った。あんなのなかったしそれにあれは自然に体が動いたことで演技じゃない。


「やっぱり演技じゃなかったか」


「はい」


「諦めきれなかった。か?」


「そうですね。諦められませんでした」


「ならなぜ思う通りにしなかった?」


 そんなのは決まっている。


「劇を失敗させたくなかったから。です」


 杼割ちゃんのため、それは当然だ。でもそれだけじゃない、三人が協力して作った舞台をぶち壊したくなかった。


「そうか。ならやめることにするよ」


「演劇部ですか?」


「それはまだだな」


「それならいじめっ子キャラですか?」


「蒸し返すな」


 怒られてしまった。


「お前たちの関係だよ」


「関係ですか」


 僕と杼割ちゃんの関係って何だろうな。


「夏彦が告白して振られようが告白すらしないで諦めようが私としてはどっちでもよくなった」


 さらっと振られるのが前提になっているのはなぜだろう。


「僕の心を折りに来てるんですか?」


「そうだな。邪魔するならそっちを攻めたほうが良かったか」


「結局邪魔したいんですかしたくないんですか?」


「上手くいくことを祈ってるよ」


 その言葉を残してステージ上から下りていく。

 僕にはもう先輩が何を考えどう動きたいのかが全くわからない。でも一つわかるのは先輩は僕を認めた。それだけだ。


 どうしたらいいだろう?


 僕は自室でかれこれ一時間は悩んでいる。今日から夜の散歩をどうしたらいいかそれが問題だ、七夕伝説の劇が終わってしまい次がまだない。

 昨日までは練習があったから杼割ちゃんは出てきたんだ。本番も無事に終わった今日杼割ちゃんは出てくるだろうか?

 しかし終わった瞬間行くのをやめるのも杼割ちゃん目当てだと言っているようなものだ。それは間違っていないが悟られたくはない。


 それならまず散歩出かけたとして考えよう。


 いつも通りの道を通り杼割ちゃん家の前を通るとしよう。それを杼割ちゃんは見てくれているだろうか?

 見てくれているならいい夜の散歩を日課にしていると言ってもいるしまた散歩か、くらいは思ってくれるだろう。

 しかし見ていなかった場合は? 僕は疲れた体に鞭を打ってただ長距離歩くだけだ余計に疲れるだけ。


 これが散歩に出た時だ。なら次は逆。散歩に行かない場合だ。


 杼割ちゃんが見ていた時今日は夏彦君来ないんだ、なんて悲しむだろうか? それはないせいぜい今日はいないのか。か今日の劇で疲れたんだろうな。くらいにしか思わないだろう。

 なら出なくていいじゃないか。プラスはないがマイナスはない、ならそれで妥協しようじゃないか先輩も邪魔はしないと言っていたそれならいいじゃないか。

 そう思ってはいても視線は窓の向こうに向かってしまう。


「もういいや」


 考え疲れたやって失敗とやらない保留。まだ学生だやって失敗しよう。

 着替えをして僕は家をでた。

 いつも通りに歩き橋を歩く、七夕伝説をやった後だからだろうか空を見上げてしまう。満天の星空とは言えないまでも快晴でそこそこ星が見える。


「今年は会えただろうか」


 これだけの快晴なんだからきっと会えたはずだじゃないと報われないじゃないか。

 一年仕事に精を出した結果会えないなんてバッドエンドもいいところだ。話にならない。


「夏彦君?」


「杼割ちゃん」


 なんと反対側から杼割ちゃんがやってきた。会えなくてもいいと思って出てきてよかった。


「お散歩?」


「そう散歩」


「日課だもんね」


「杼割ちゃんは?」


「私もだよ」


 偶然ってあるらしい。


「日課にするの?」


「それもいいんだけどね。難しいかな」


「おじさん?」


「そうだよ。今日は抜けだす形だけどね」


 といたずらっ子のような表情をする。


「大丈夫なの?」


 おじさんの過保護ぶりは有名でいくら幼馴染で偶然でもこの時間に会ったのがばれてしまえば僕の命が危ない。


「そんなに長くいる気もないから」


 と橋の欄干に体を預け天を仰ぐ。


「杼割ちゃんも星を見に来たの?」


「夏彦君も?」


「さっきまでそんな気はなかったんだけどね」


 杼割ちゃんの隣で同じように寄りかかる。


「七夕だったからつい見ちゃった?」


「そう。劇をやった後でもあるからね」


 少しだけ無言になり二人とも空を見つめる。

 天の川が周りの家の明かりにまぎれ見えづらい、そのせいでどれが織姫でどれが彦星かがわからない。


「どの星かな?」


「見えなかったらそれはいいことだと思うよ?」


「どうして?」


「天の川に架かった橋で二人は会えたんだ。って思えるから」


「そうかもね」


「あれ?ち、ちょっと待って。私今なんか臭かった?」


 突然杼割ちゃんはこちらを向いてあせりだした?


「どうしたの? なにが?」

「今自分で言って恥ずかしくなった。そんなこと言う気なかったのに。どうしよう恥ずい」


 本当だ。顔が真っ赤になっていた。自分で今のは言うつもりなんてなかったのだろう。


「恥ずかしくなかったと思うよ。夢がある。と思うけど」


「やめて……恥ずい」


「これからもそう思っていこうと思うよ」


「私を恥ずかしめてどうする気?」


「人聞きが悪すぎるよ」


 辱める気なんてないし。


「うわぁもう帰るね。恥ずかしさで死にそうだから」


 こちらを振り向くことなく走って帰って行った。

 せっかくいい雰囲気だと思ったんだけどな人の恥ずかしがることはよくわからないな。

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