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第五話

「いまさらだが何かこの台本で気になる点はあるかい?」


 発声も終わりこれから台本を読む段階になり先輩はそう訊いてきた。


「どういう意味?」


「役者も揃ったし何かこの台本はこうした方がきっと園児にはわかりやすい。受けがいい。そんな意見を聞きたい」


「本当今更ですね。こんなものですか?」


「いや。セリフを覚える前にやれればよかったんだが他の人を探さなくて済むようになったしなその分いい劇にしたい。そう思った」


 思いつきってわけか。昨日のも思いついたから言いに来たんだったか?

 昨日部屋に戻ってから散々悩んだが悩んだところでどうしようもなくどうもできないことだと思いそれ以来考えるのを放棄した。僕が杼割ちゃんをひきとめさえすればいいんだ。


「確かにそうだよね。ちょっと凝った言い方になってる気がするし。その辺はもうちょっとわかりやすい方が飽きないかもね」


 そうかもな。


 と二人の会話を聞きながら思った。昔の人は言葉が難しすぎる。それをそのまま台本にしてしまえばこうなるか。


「そうだな。わかる範囲で教えてくれ。調べながら子供でもわかる言い回しに変えよう」


「なら結末も変えちゃえばいいんじゃないですか? 川が二人を別ったとかそんなバッドエンドじゃ受け良くないですよきっと」


「却下だな」


「なんでですか?」


「台本は最後のために最初が書かれているからな。最後を変更するのは全体から少しずつ変えないといけなくなる」


「そうですか」


 絶対にそっちの方がいいと思うんだけどな。そういう理由なら仕方ない。時間もないわけだしな。


「じゃあ今日はわかりやすく台本を書き換える。だ」


 簡単に言うがこれが案外難しい。保育園児に合わせた言葉にするのはそれはもうほぼすべて書き直すに等しかった。

 何がわからなくて何がわかるのか、自分たちが平気で使う言葉は見逃しがちになり何度も何度も見ては書き直し見ては書き直しの連続で下校のチャイムまでかかってしまった。


「じゃあ今日は終わり。明日からまた台本読み。それで演技をしながら直していく」


「お疲れさまでした」


「夏彦は残って」


 またか。まだ僕に言い足りないことがあるのか?


「なんですか?」


 返事をしながらも自然とため息がこぼれる。最近自分でも先輩への態度じゃないのはわかっているけどそれはしょうがない。自分の敵を敬えるはずもない。


「訊きたいことがある」


「何をですか?」


「さっきのことだ」


 さっき何を話したっけ?もうほとんど何を話したか覚えていない。


「あの時は台本に対してだとしてああ答えたがあれは本当に台本に対してか? それとも私に対してか?」


 なるほど。あれか。バッドエンドじゃないといけないのか。についてか。それなら決まっている。


「先輩に対してですよ。僕は諦めない。それだけですよ」


 楽しい部活も終わらせたくない、杼割ちゃんとも離れたくない、それが僕の本心。

 先輩は僕を邪魔している、それはつまり先輩が邪魔しなければ杼割ちゃんはいつまでもここにいる。そういうことだろう。


「そうか。でもそれはきっと無理だ。杼割はいなくなる」


「それは僕が振られるってことですか?」


 そんなのは百も承知だ、僕がいくら思いを寄せても思いは実らない可能性が高い。

 だからすぐじゃなくてもいい告白できなくても近くにいたい。


「結果的にはな。君がどう思おうと無理なものは無理だ」


「それでも僕なりにバッドエンドじゃなくして見せますよ」


「そうか」


 と少しだけ先輩は笑った。嬉しそうに楽しそうに喜んだ笑顔を見せた。でもそれは一瞬ですぐにいつも通りの表情に戻る。


「それでも私は邪魔をしよう」


 またしても言いたいことだけを言いそのまま一人帰る。


「不器用なだけなのか。邪魔をするのが部活より大事なのかわからんな」





 発表まで一週間を切った。

 相変わらず先輩の邪魔は続いていて練習もいつも通り進んでいき台本も問題なく修正が終わった。

 後はひたすら通しで怒られながらも滞りなく進む。


「今日はもういい」


 先輩の号令で今日の部活は終わった。


「音響照明はあちらの保育士の皆さんに頼んでいる明日からはあちらに放課後お邪魔させてもらい音と照明を確認する」


 そんなこともするのか。大がかりなのかなんなのか。


「後一人でもいればこっちで全てできるんだけどな」


 と残念そうに言う。


「まあ仕方ない。照明と音楽と言ってもピンで射したりするわけじゃないからあまり気にすることはない」


「放課後に直行ですか?」


「一応音源はここにあるしばらばらに行くってわけにはいかないからとりあえずここに集合だ」


「わかりました」


「じゃあ解散」


 先輩に呼び止められない限りは最近一緒に帰るようになった。名目は女子が一人で歩くのは危険だから。


「安保先生とかまだいるのかな?」


「どうだろうね。十年近く経ったしもういないかもね」


 僕らの時代の保育士さんたちは結構年配の人たちが多かったしもうやめている人の方が多いかもしれないな。


「知ってる先生いなかったらさみしいよね」


「僕としては立て直しとかしてたし新しい保育園の中を見る方が楽しみだな」


「私はそれショックかな。思い出が全部なくなった感じがするし」


「思い出か」


 何があったかな? これと言って思い当たる節がない。

 そう言えば砂場は結構遊んだ記憶があるか? よくある山を作ってトンネルとか、その時から杼割ちゃんと一緒に遊んでたな。


「何かある?」


「砂場でよく遊んだなくらいだな」


 なぜか掘ったトンネルに手を入れて向こうの人と握手とか楽しかったな。


「うん遊んだね」


 まだ二人とも過去を懐かしむ年じゃないのは知っている。大人に言わせればそんなの過去じゃない。そう言われるかもしれないけどこの気持ちは懐かしいだ。




 翌日。

 僕らは保育園に足を踏み入れた。小さな雲梯に小さなブランコ、何もかもが小さい。

 雲梯には足が届くしブランコは漕いだら頭をぶつけそうだ。


「いらっしゃい」


 園長先生が出迎えてくれた。当時より白髪交じりの黒髪にしわの入った顔でスーツまでも年季が入ってしまったがそれでも出迎えてくれる笑顔は当時のままだ。


「お久しぶりです。よろしくお願いします」


「久しぶりね。そんなにかしこまらなくてもいいのよ」


「はじめまして渡橋鵲と言います」


「はじめまして七夕の日はお願いね」


 全員のあいさつも終わり昔話に花を咲かせることなくホールに案内される。新しくなり少し広くしたと言われたが。僕にはどうも小さくなったように感じてしまう。


「照明と音響を担当してくださる方はどなたですか?」


「あそこの人よ」


 言われて説明をしに先輩は向かった。僕たちを連れていかないのは昔話をさせてくれるためだと思いたい。


「二人ともまだ仲がいいのね」


「まあそれなりにはですけど」


 思わず顔が赤くなってしまう。


「いつも一緒にいたのよね。懐かしいわ」


 一人過去を回想する園長先生。


「そう言えば杼割ちゃん覚えてる?」


「なんですか?」


「私将来――」


「園長先生? それ以上はやめてください」


 杼割ちゃんにしては珍しく他人の言葉に強引に割り込む。なにやら危険な過去話らしい、将来のことならきっとお嫁さんとかそう言っていたんだろう。


「そう。ならやめておくわ」


「絶対からかってますよね?」


 こんな杼割ちゃんは初めてだ、怒っているのか呆れているのかわからない表情で園長先生と会話を続ける。

 僕や先輩と話している時とは違う表情、今見れて嬉しいけど今まで見れなかったのが残念だ。


「夏彦君も本当に大きくなったわね」


「ありがとうございます」


「……」


「……」


「…………」


「何か言ってくださいよ。僕にはそれだけですか?」


 だとしたら酷すぎる、完全に良くも悪くもない思い出にすら残らない子供みたいに思われる。


「冗談よ。相変わらずからかいがいがある二人ね」


「やめてください。割と本気で」


「いやほらね? どうしても保育園って卒園した子たちが来ないのよ小中高校と違って、だから嬉しくてね」


 そう言うのは反則だ。少しくらいならからかわれてもいいように思えてきてしまう。


「他の子たちは元気かしら?」


「そうですね。全員を把握はしていませんけどみんな大概元気ですよ」


「そう、それは良かったわ。何年かに一回あるのよね高校に入る前にはもう半分も残っていないとか」


「戦争でもあったんですか?」


 百人はいるであろう園児が半数近くいなくなるとかどんな現象だよ。


「まさか。転校とかがあってね」


「えらく普通の理由でしたね。元気だなんだって話してたのでてっきり死んだのかと」


「それでも数十人が死んだ年もあったのよ?」


「災害ですか?」


「あらいけない。これは機密事項だったわ」


「あっさり漏らさないでください!!」


「まあそれは冗談よ」


「本当ですか?」


 この人ならあながち冗談じゃないかもしれないけど。冗談だと思っておこう。


「でもたまに入るのよ死んだって」


「そうなんですか」


「あなたたちは無事でいてね?」


「はい」


 話し終わったころに先輩に集合をかけられそのまま演劇の練習をすることになった。流石は大人といった感じで保育士の皆さんは何も失敗はなく滞りなく通しが終わった。


「ありがとうございました」


「いいえ、こちらがお願いしたことだからね。大人としてこれくらいはできないと」


「いえ、こちらとしてもちゃんと練習もできました」


 普段いびられている僕としては信じられないが先輩はちゃんと丁寧語であいさつをしていた。


「また練習に来てくださいね」


「はい。その時はよろしくお願いします」


 あいさつもそこそこにして片づけが始まった。


「夏彦君」


「なんですか?」


「訊こうと思っていたんだけど?」


「何をですか?」


「どっちが本命?」


「はい?」


「私としては変わらずに杼割ちゃんかと思ったんだけどね。鵲さんも美人じゃない?杼割ちゃんと違うタイプで。だからどっちが本命なのかなってね」


 この人は何を言っているんだろうか。真面目な顔で。


「早く決めないといけないわよ?」


「なんなんですか?いったい」


 園長先生ってこんな人だったかな? 当時はそう言うの隠していたのか?隠していたならまだ隠していてもらいたかった。


「あら、何って決まってるじゃないの。恋バナよ」


 本当にこの人が園長でいいんだろうか? 近いうちに潰れるんじゃないか?


「あら嫌い?」


「どっちかって言うと、とくに自分だと余計に」


「じゃあやめるわ。嫌われたくないもの」


「そうしてください」


「それじゃあがんばってね」


 まさに言いたいことだけを言って去って行った。

 その後片付けも終わり帰ることになった。


「一度学校に戻るぞ」


「戻るんですか?」


 真っ直ぐ帰るのかと思っていた。


「そりゃあ当日にしか使わないものとかは置かせてもらっているけどそれ以外にもまだ荷物があるんだ。それに保育士の皆さんは大丈夫でもまだこっちには直す点もある」


 そんなに失敗した記憶はないけどな。ある程度出来ていた気がする。


「失敗だと思わなかったのはあっちがフォローしてくれていたからだ」


「まじですか?」


「あちらにだけ負担はかけられないだろ?」


「わかりました」


 学校に戻ってからは散々に言われた。音先行の場面で先に動くな、ピンスポの場所をしっかり覚えろ、等々。

 結果としてセリフだけじゃなく全体的に台本を読みなおせと初歩的なことを言われた。

 それに引き換え杼割ちゃんは純粋な演技指導、感情移入についてや声の出し方僕よりも言われていた気がした。

 何度も指摘を受けながら劇の当日になった。

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