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第十三話

「杼割はどうした?」


 先輩がそばにいた。

 きっと一時間くらいこうしていたんだ。


「喧嘩って感じじゃないな」


「きっと振られたんだと思います」


 これが失恋なんだろうか? 寒くて広くてどうしようもない孤独感今まで逃げて正解だったのかもしれないな、これは今すぐ逃げたくなる……。


「そうか」


 と言って顔にタオルをかけられる。優しくされたせいで涙があふれ出てくる。今まで止めていられたのが不思議なほどわいてあふれる。


「終わったら。どうするか考えよう」


「もう大丈夫です」


 泣きやむのに一時間はかかった。


「さっきのことは後で訊く。今訊いたら泣いて話が進まないだろうしな」


「そうしてください」


「夏彦」


「はい」


「これからどうしたい?」


「僕は」


 何を聞かれているのかはわかっているつもりだ。先輩なりの激励もしくは叱責なのかもしれない。

 ここで終わるか?

 そう言っているんだ。

 それなら僕の答えは決まっている。臆病で情けなくて好きな子に告白するのに何年もかかる男だけど答えは決まっている。


「当然杼割ちゃんを渡しません」


「いい顔だ。私がもらいたいほどに」


 とまるで子供を褒めるように頭をなでる。


「まずは夏彦の家に上がらせてもらえるか?」


 ゴミ出しを終えて僕の家に入る。


「私の部屋よりも広いな」


「そりゃあアパートの一室より狭い一軒家はありませんよ」


 先輩はまるで自分の家のようにリビングにあるソファーに腰を下ろす。


「落ち着いたところでさっきの話を聞かせてもらおうか」


「はい」


 全てを話した。神との会話がばれたことから告白までそして断られた時の状況まで全てを話した。


「なんともいえない状況だな」


 話を聞いた第一声はこうだった。


「好き同士だけど付き合わないとか漫画じゃ良くある話だな」


「そうなんですけどね」


 お互いが好きだけどお互い離れ離れになってしまうのを気にして付き合わない。恋愛ものによくある。でも今回は片方がいく先は天国だ。


「杼割は脅されているんだろうな」


「そうですね」


 迷惑をかけないために自分ひとりが犠牲になるつもりなんだな。


「こうなると七夕離れた気がしますね」


 神話に出てくる話になってしまったような気になってしまう。


「ごちゃまぜにしてしまおうか?」


「ごちゃまぜですか?」


「知っている限りの話を混ぜて物語自体をうやむやにしてしまう。って感じだな」


 それなら杼割ちゃんが無理について行く必要はなくなるけど。


「きっと駄目です」


「なんでだ?」


「うやむやになってるからです」


 はっきりとした確証はないけどうやむやに終わらせてはいけない。と確信はある。


「現実だとなあなあは悪くないですけど。これが物語だとしたら駄目なんです」


「いまいち要領を得ないな」


「上手く言えませんけど駄目なんです」


「ふむ」


 混乱させてしまっただろうか。先輩はあごに手を当て考える体制を整える。


「それは物語が変わるからとかじゃないのか?」


「それはあるにはあります」


 物語が変わるのは結末が変わる。ということで。織姫と彦星が結ばれない。いや結ばれても結局天帝の元に戻される……。


「ああ」


「どうしたんだ?」


「そうだ。結局なあなあだから駄目なんですよ」


「それは聞いたぞ」


「織姫の居場所がなあなあなんです。彦星の元だったり天帝のところだったりのなあなあだからです」


「??」


 先輩がここまで混乱しているのは初めてかもしれない。今までは混乱させられてばかりだったからな。


「織姫は彦星か天帝のどっちかじゃないと終わらない。いや終われない」


「ようやく追いついたよ。なるほど。結局七夕伝説もなあなあで終わっている。だからどうにかしよう。そういうわけか?」


「はい。だから僕が杼割ちゃんを諦めるか神が杼割ちゃんを諦めるか。です」


「当然お前は諦めない」


「もちろんです」


 ようやく。目標がはっきりと見えた気がした。


「それでどうやって神に諦めさせる?」


 見えただけだった。いきなり暗礁に乗り上げてしまった。


「そうですね」


 どうやってあの神を諦めさせるか。きっと杼割ちゃんをただ奪還したところであいつは諦めない。なら力ずく?それも昨日のうちに駄目だとわかってしまった。


「それがわかればいい。また後で連絡する」


 そう言って先輩は荷物をまとめる。


「どうしたらいいんですかね」


「急に戻ったな」


 と先輩に笑われた。


「そのままでいい。自分の思った通りにすればいい」


 僕はそんなに思った通りに動いていただろうか?まるで動けていないような気がするけど。


「最後に明日のことだが後で連絡する」


 先輩はが帰った後も僕は結局悩んでいる。

 そのままでいいって先輩は言ってくれたけど僕のそのままっていったいなんだ? 弱くて優柔不断、このまま悩み続けろってことか?

 流石にそんなことはないか思った通り言うは易しって感じだな。

 神に対抗する、僕は普通の人間だ英雄でも勇者でも超能力者でもないそんな平凡な人間が神に対抗なんてできるはずもない。

 それをきっと杼割ちゃんも知っている、だからあんな奴の言うことを聞いているんだろうしな。


「あっ」


 対策ばかりに目がいっていて忘れていた。

 杼割ちゃんは僕らから自分の意思で離れたってことはどんなに対策を立てても意味がないんじゃないか?

 じゃあそっちからか、そっちはそっちで大変だな。

 夜になると先輩からメールが届いた。


『明日は市民プールに集合』


 今の今までどうやって杼割ちゃんと話そうか考えていたのが無駄だったことを知った。




「おはよう」


 昨日のことが嘘だったかのような笑顔で杼割ちゃんは入口の前に立っていた。


「おはよう」


 別に杼割ちゃんはこちらと無理に距離を取るつもりはないらしいこちらから連絡を入れれば答えてくれるしこうやって呼べば来てくれる。

 昨日のさようならって言ったのはなんだったんだ?


「……」


「……」


 気まずい。

 キャンプの時とは違う緊張感話すことがないわけじゃない。

 寧ろ二人きりなら訊きたいことしかない程だけどそんなに気楽に話せはしない、しかも振られている僕だ。

 そんな状態で何を話せばいいのかなんて僕にはわからない。


「二人とも早いな」


 救世主が来た。


「さあ中に入ろうか」


「うん」


 杼割ちゃんはいつも以上に元気に返事をして中に入る。

 ああ、そうか。

 なんで昨日の今日で来てくれたのかがわかった。

 これが送別会だと知っているからだ夏休みに入ってすぐに始まったこれが杼割ちゃんの送別会だと知っているから。

 だからこそ気まずいとわかっていても来てくれたんだ、最後だからこのまま八月七日を迎えたら自分はいなくなるから。

 だったら僕はいなくてもいい。


「ごめん二人とも用事が出来た」


 またすぐにこんな場所来れるんだ。

 戸惑った声を背にその場を離れた。

 しかしそれはすぐに後悔した。

 杼割ちゃんの水着姿を見逃したことにではなくあんな突然逃げるように帰ってしまったことだ。

 これじゃあ気まずい雰囲気が嫌で逃げたようにしか見えないじゃないか。普段優柔不断なくせにこういうときだけ即行動って……なんなんだろうな僕って。


「よし」


 と自分に気合を入れる。大事な機会を不意にしてまで来たんだから後悔は後だ。

 まず杼割ちゃんは呼出には答えてくれるそれはわかった。だから杼割ちゃんを呼びだすのはどうにかなるとなるとやっぱり大事なのは神をどうするか。

 こういう場合だと相手を負けさせればいい。それで逆上されたらそれこそこの街程度なら丸ごと滅ぶ。


 僕はそんなことしようとしてるのか。

 改めて自分のしようとしていることを知る。

 なんて物語っぽいんだろう。

 好きな子を奪い返すために街がなくなるかもなんて足がすくんでしまいそうだ。

 なら考えようぐうの音も出させない勝負。対等な勝負だったら何がある? 喧嘩ギャンブルスポーツどうもぱっとしない。

 なら場所から考えよう、七夕伝説が軸の物語なんだ。場所は家の前の川しかないだろうな。遠泳? 違うな。こっちから出したらそれはこっちの土俵での勝負なんだ。それじゃああいつは納得しない。あっちの土俵で戦わないと勝ちにならない。


 ってことはあっちの出した勝負に勝つ。か。確率が低いなんてもんじゃないな。他を考えてみるか。

 自宅に戻り夜になるまで考えてもなんのアイディアも思い浮かばなかった。

 頭を抱えているとスマホが鳴りだした。手に取ると先輩でメールではなく着信。とりあえず出る。


「もしもし」


「なにかいいアイディアはでたか?」


「わかりましたか?」


 流石だいやそうでもないか。あれだけわかりやすく動いたんだから当然か。


「杼割は心配していたがな」


「そうですか」


「嫌われちゃったかな。なんて言っていたな」


「そんなことありえませんけどね」


「だからその可能性もあると言っておいた」


「何してくれてんですか!」


「冗談だ。私もそんなこと言えるほど鬼畜じゃない」


 この人でもそのくらいは察せるんだな。


「今のお前より大事なもののために動いていると言ったんだ」


「意味おんなじですよ」


「そうか?」


「まあそれも冗談でしょうけど」


「…………ああ」


「なんだ今の間は!」


 本当に言ってないよなこの人。


「それで本題の方は?」


「そのまま流さないでください。アイディアの方はこれって思うのが一個はあるんですけど……」


「なんだ?」


「相手の出した条件に乗る。です」


「…………」


「あのなんか言ってください」


「馬鹿か?」


 やっぱりそう言う反応だよな。相手の条件に乗るなんて不利なのはわかりきってるしましてや相手は神だ。何を条件にするかなんてわかったものじゃない。


「そうで――」


「だがそのくらいじゃないといけない相手ってことだな」


「えっと、はい。僕にはそう見えました」


「ならそれで行こう」


「場所は決まってるのか?」


「きっと家の前の川になると思います」


「だろうな。わかった。こっちでも準備をしておくからそっちも頑張れ」


「はい」


 通話終了の文字を見て目を瞑る。




 目を開けると朝だった。

 目を瞑っただけで寝るとは相当来てるのかもしれないな。

 と階段を下りてリビングに向かう。


「おはよう。夏彦君」


 時間が止まった。

 リビングに下りたら居たのは父さんでも母さんでもなく杼割ちゃんだった。そして朝食の良い匂いがした。


「なんで?」


「私が呼んだ」


 物陰から今度は先輩が現れた。


「迷惑だったかな?」


 先輩とは真逆で申し訳なさそうに言われる。


「いや迷惑じゃない」


「よかった」


 と今度は言って鼻歌交じりに食器をテーブルに並べていく。


「あれ? ここ僕の家だよね?」


「当然だ。そんな手の込んだドッキリはしない。せいぜいこの程度のドッキリだ」


「十分手が込んでますよ」


「杼割を見ても反応が薄くてすぐ飽きたがな」


 だから物陰から出てきたのか。反応が良かったらそこでまた驚かされたのか。寝起きで良かったかもしれない。


「ところで家の親は?」


「おじさんとおばさんは出かけたよ」


「なるほど」


 杼割ちゃんならとか言って不用心にも鍵を渡したのか。先輩とは初対面だろうに。

 両親に一抹の不安を覚えながらも食卓に着く。トーストにスクランブルエッグ、それにベーコンの朝食をいただく。

 それはあまりにも取りとめのない会話だった。今まで通りの何も中身なんてない会話、演劇をやっている時みたいに何もなくどうしようもない会話をずっとしていた。

 そして日が暮れ始め先輩も杼割ちゃんも帰る時間になった。


「久しぶりに楽しかったね」


 と杼割ちゃんは言う。


「そうだね」


 と僕も返す。


「明日から外に出ない方がいいよ」


 そう言った。


「杼割。それはお前からの忠告か? それとも神からの警告か?」


「忠告かな。神様が気に入らないって言ってたから」


 こちらに邪魔はさせない。そういうことか。


「ありがとう。でも僕は杼割ちゃんを助ける」


 悲しそうな笑顔で「ごめんね」と僕の家を出た。


「あちらにばれた。ってところだな」


「そうですね」


 あっちは僕が何かをしてくると思っているんだろう。でも無駄なんだよな。なにせ僕が何をするかはあっちが決めるんだ。


「夏彦。お前は当日まで家を出るな」


「なんでですか?」


「何があるかわからないからな。お前は家で何を言われてもいいように覚悟してろ」


「わかりました」

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