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第十二話

 天体観測を終えてすぐに寝てしまった。寝づらいと言っても眠気には勝てず気が付くと朝だった。


「お目覚めか?」


「おはようございます」


「おはよう」


 先輩も杼割ちゃんももう起きていた。


「朝ご飯ができているぞ」


「起こしてくださいよ」


「起こそうとしたところだ」


 嘘かとも思ったが本当のようで杼割ちゃんが三人分皿を準備していた。


「顔洗ってきたらどうだ?」


「そうします」


 キャンプ場にある水飲み場。井戸水なのか浄水場からなのかわからない水で顔を洗う。

 先輩の思惑通りにはいかないな。

 と一人反省をする。先輩の理想はこのキャンプの間に僕と杼割ちゃんの間を縮めて恋人関係にする。だった。

 だが当然それもかなわず距離すら縮まっていないのだ。


「どうしたらいいかな」


「諦めればよい」


 僕のつぶやきに誰かが答えた。誰もいないとはいわない。ちらほらと人はいる。でも誰もこちらを向いてはいない。


「後ろだ」


 言われて後ろを見る。

 そこには着物姿の知らない男がいた。短髪で美形の青年。


「誰ですか?」


「我はお前だ」


 僕? これが僕の理想とでもいうのか?


「というのは冗談だ。冗談」


 そう本気にするな。

 と男は言う。


「お主注意深いのか? それとも驚きのあまり声も出ないのか?」


「強いて言うなら後者ですかね」


 なんとか絞り出す。


「臆病か。まあそれは別にいい」


 こいつは誰なんだ? 何が目的で僕に近づいた、宗教、キャッチセールス、スカウト?

 いくつも候補を上げてもどれもしっくりとこない。


「我の女に手を出そうとしいるようだな?」


 女、誰のことだ? 人の彼女に手を出すはずもない。だとしたら人違いじゃないか?


「人違いじゃないですか」


「琴浦杼割」


 その名前だけで全てが納得した。この男、いやこの神の言おうとしている全てがわかった。


「ほう、頭は良さそうだ」


「そりゃどうも」


「急に変わりおって。普通は変わり方が逆だがな」


 と笑う。


「それで彦星様の願いは杼割ちゃんに近づくな。そういうことで?」


「いや? 違うなそんな番犬のように近づくなと吠える気は毛頭ない」


「じゃあわざわざ挨拶にでも来たのか?」


「いやいや。ただ返せよと言いに来た」


「は?」


「いくら使ってもよいが七夕には返せと――」


 僕は神を殴りにかかった。

 でも平凡な人間の平凡な一撃。それが神には届くはずもなく手のひらに収まった。


「危ないな。血気盛んなことは良いことだ。だが返せよ」


 と何のおとがめもなく目の前から消えた。

 僕が戻ると何事もなかったように二人とも朝食を食べていた。


「遅かったね。先に食べちゃってるよ」


「……うん」


「元気ないね」


「なんでもない」


 きっとさっきのことは言わない方がいいんだと思う。話したらきっと杼割ちゃんは僕らの前から姿を消す。


「なら早く食べろ」


「はい」


 こりゃあ帰りに呼ばれるだろうな。

 と予想した通り帰りにまた荷物持ちをさせられた。


「何があったんだ?」


 辺りを見回す。杼割ちゃんも神もいないのを確認する。


「安心しろ。誰もいない」


「実は神に会いました」


「…………」


 流石の先輩も黙ってしまった。


「……終わりか?」


 わけではなかった。僕に詳しい説明をしてほしくて黙ったままだったらしい。


「いや、何かありますか?」


 その返しに僕の方が驚いてしまいつい面接のような質問をしてしまった。


「どんな奴だったんだ?」


「最低でしたね」


 思い出しただけではらわたが煮えくりかえりそうになる。


「あいつ返せと言いました。使い終わったら返せって。まるで物みたいに」


「神と人の違いと言えばそれで終わりそうだが。それは確かにむかつくな」


「はい。あいつには負けたくありません」


 あいつにだけは絶対に杼割ちゃんを渡さない。

 そんな怒り心頭の僕に先輩は一言。


「なら明日は河原のゴミ拾いだな」


 と言った。




 翌日は宣言通り僕と杼割ちゃんの家の前にある河原に集合だった。ゴミ袋と軍手。タオルといかにも掃除しますと言った格好で三人集まった。


「昨日訊きそびれたんですけどなぜに掃除なんですか?」


 いまさらな質問をいまさら訊く。


「一昨日そういう話題が出たからな」


 確かに出たけど。


「それに夏休みのレジャーをやりつくした気がして」


「そうですね」


 海に山にキャンプ。祭りや花火はまだ先だから今できるのは全部やってしまった気がするな。


「いいじゃない。悪いことってわけじゃないしさ」


「そうだね」


 まあいいか杼割ちゃんも乗り気みたいだし。


「とりあえず一時間ごとにここに集合。少し休んでまた一時間。そんな感じでいこう」


 開始の掛け声とともに僕たちは各々散った。

 改めて見てみるといたるところにゴミが落ちている。草が伸びているせいで目立ちはしないが汚い。

 一つ一つゴミをつかみ分別をしながらゴミ袋に入れていく。

 結構な重労働だな。

 と数分やっただけで疲れてしまった。

 ふと反対岸に目がいった先月の終わりに杼割ちゃんと会った場所、反射的に神のことを思い出す。昨日の会話帰りに先輩と話したこと。


「それで他に感じたことは?」


「そうですね。今思えばならありますね」


「なんだ?」


「違和感ですかね」


「どういう違和感だ?」


「それはわかりません」


「思い出したら言ってくれ」


 こんな会話だ我ながら何を言いたいかがさっぱりわからない。ずっと考えてもやっぱり何がおかしいのかさっぱりわからない。

 性格、服装、言葉。全てがおかしいと言えばそれまででそれこそ神と人間の違いで済まされるようなことではあった。


「サボってるの?」


「いやそうじゃないよちょっと腰が」


 杼割ちゃんが話しかけてきた。

 いっそ杼割ちゃんに訊いてみたほうが早いか?

 と思いはしたが流石に訊きはしない。僕も話してはいけないと思うし先輩も同意見だ。


「わかるよ。腰が痛くなるよね」


「だから定期的に伸ばさないと」


「なんかお年寄りみたいだね私たち」


 こんなお年寄りなら死ぬまで介護してもいいな。


「そうだね。やってみるとポイ捨てはしないようにしようと思えるよ」


「でも今日中には終わらなさそうだよね」


「そうだね」


 まだ十分前後とは言えさっきやった場所ですら綺麗とは言えない。


「でも少しでも減らしたいね」


「うん」


 杼割ちゃんと別れ黙々とゴミ拾いを続ける。

 午前いっぱいゴミを拾い集め、ようやく昼休みに入った。


「喜べ夏彦。私と杼割の手作りだ」


 と言って出てきたのは重箱が二つ。しかも重箱一つが五段もある。


「嬉しいんですけど」


「やっぱり量が多いよね」


「大丈夫夏彦なら食える」


 と言われているが僕は決して大食いではない普通だ。決して小食ではない腹が減っていればラーメンセットは普通に食える。でもその程度この量は流石に無理だ。


「無理しないで残してもいいんだよ」


「これは昨日のキャンプのあまりだ」


「ああ」


 それでこの量。腐らせないためにとりあえず火を通しましたってことか。


「中には賞味期限が切れているものもある」


「嘘だからね」


 嘘でよかった。


「じゃあいただきます」


 全ての料理に手をつける。


「おいしい」


「よかったよ」


 と本心から言いはしたもののいかんせん量が多い。食べても食べても一向に減らない一段片付いても次の段、それを片づけてももう一段。

 二人も一緒に手をつけてはくれているがそこは女子だ食が僕よりも全然細い。

 結局食べ切れたのは三人合計で六段。これだけでも十分ほめてもらいたい。


「午後から大丈夫か?」


「無理です。もう少し休憩を」


 腹がぱんぱんで今にも破裂しそうだ。この状態じゃ流石にしゃがんで作業なんて無理だ。


「じゃあ杼割見ていてくれ。私は続けてくる」


 そう言って先輩一人で橋の方へ向かう。

 これも二人にするための作戦なんだろうか?急に思いついてって可能性もゼロじゃないけど。


「大丈夫?」


「大丈夫。ただの食べすぎだし」


 ここまで原因のはっきりしている腹痛もそうないだろうな。


「昨日。神様にあったんだって?」


 唐突に言われたその言葉に肝が冷える。

 なんで知っているんだ、先輩? そんなわけないなら誰だ?

 そしていきつく。当然神本人だろう。あちらにしてみれば隠す必要なんてないんだから。寧ろ言ってしまって杼割ちゃんの方が僕たちから離れていくんだから。


「なんでみんな勘違いするんだろうね。そんなわけないのにさ」


 昨日のことを言っているんだ。杼割ちゃんを返せと言ってきたことを言っているんだ。


「そんなことないんだから」


 杼割ちゃんは繰り返す。違うのに。そんなはずない。と何度も何度も繰り返す。


「勘違いじゃない。僕は杼割ちゃんが好きだよ」


 言った。告白をした。長年言えなかった言葉を僕は告げた。


「うん。知ってたよ。私も好きだからいつも見てた。いつでも見てた」


 ならなんでそんなことばかり言っていたんだよ。知っていたなら。なんで。


「だからそんなはずはないだよ」


「え?」


「ずっと言わなきゃいけなかったんだ」


 突然話が切り替わる。


「私は後少しでいなくなる

 最近のお出かけも私のためだったんだよ

 だから今日で最後」


「最後?」


「今までありがとうね」


 さようなら


 そう言って杼割ちゃんは去っていった。

 今にも泣きそうな表情で。

 目に涙をにじませながら。

 振り向かずに去って行った。

 僕はそれを追うこともできずに見送るだけだった。



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