第十話
昨日あんなことを話してきっと今日から何か準備を始めるんだと寝る前に考えていた。神様とかいう胡散臭い何かとの直接対決。
バトル漫画よろしく殴り合いや推理漫画よろしく頭脳戦なんかを妄想してどうしようかと考えていた。
だがしかし! 夜が明けて昨日脳に刻まれた記憶がなじんできた今僕は山にいた。
富士山や修行を積むとかそんな大層なものでは断じてなくキャンプ場もあればハイキングコースもある。そんなレジャースポットだ。
要は先輩の予定にあった山で遊ぶってことで正直僕は拍子抜けだ。
「いつまでボケっとしているんだ?」
「そうだよ。ここってそんなに意外だった?」
「いやいや。僕らの街からなら山って言えばここだよね」
とりあえず叫びたい。青春っぽい叫びじゃなくて昨日のあれはなんだよ! と全力で突っ込みをいれたい。
でも杼割ちゃんがいては叫べない。
「うん。そうだね」
この同意は僕の心の叫びではなく僕の発言に対してだ。
「後で川に行ってみようよ」
「そうだね」
ここの川は綺麗だ、澄んでいて流れも緩やかなため子供だけで遊んでも許される場所だ。
「行くならまずはテントを張るの手伝え」
と先輩に言われる。
もうひとつ驚きなのは今回泊まりらしい。男の僕や一人暮らしの先輩は問題ないとしても超が付くほどの過保護な杼割ちゃんの父親をどう説得したのかだ。
先輩の読みだと彦星に娘がさらわれそうな現状で泊まりを許可するのか?
「おい男手手伝え」
「せめて名前呼んでくれますか?」
と手伝いに駆り出されはするもののさして僕が手伝うことはほとんどない。後は骨をテントに通すだけだった。
テントってこんなに簡単だったか? 進歩したからと言われればそれまでだけど小学校の時はもっと面倒だった気がする、これだけで一時間はかかっていたはずだ。
「後はいいよ。私がやっとくから」
これは先輩の作戦の一環だ。
僕と杼割ちゃんを二人きりにして関係を深めて杼割ちゃんの気持ちがこっちに強くなればその分こっちの方が主人公っぽいとのことで僕に異論があるはずもなくこうして二人になろうとしている。
しかし杼割ちゃんはそんなことを知らない。
「鵲ちゃんも行こうよ。せっかく三人なのに一人だけ仲間はずれは良くないよ」
だからこんなまっとうなことを口にする。
知らないからそりゃそうだと思う。
嫌がらせをされていた時ならともかく仲睦まじくこうしてキャンプをするくらいの仲になったのにそこで先輩をおいて後輩二人だけ遊ぶのは杼割ちゃんじゃなくてもそう思う。
「ほら私先輩だから。少しくらい後輩より頑張らないと」
と弁解。
「それなら私たちも頑張るよ」
当然食らいつく。
「先輩だから見栄をはりたいだろ?」
「見栄を張らなくても十分鵲ちゃんは先輩だよ?」
「えっと」
ああ言えばこういう。一人だけに頑張らせないその精神は流石杼割ちゃんと称賛したいけど今回は厄介だ。
かと言って僕が先輩をおいて行こうなんて言葉は吐いてはいけない。先輩を置き去りにする男子なんて思われるのはまずい間に言葉を挟めるとしたらせいぜい一回だ。
「私水嫌いだし」
「昨日海行ったよね?」
そうだね。意外と楽しそうに一緒に遊びましたね。
「ほら山が嫌いだから」
ならなぜ来た。
「そうなの帰ろうか?」
「いや嘘だ大丈夫山大好き」
「何その嘘」
「流水に触れると溶けてしまうんだ」
吸血鬼か!
「それは大変だね」
「そうそれで川には近付けない」
「じゃあ無理強いできないね」
それは信じるのかその作り話良く信じたな。この子は大丈夫なのか?
嘘をついた張本人も心配そうな目をしているし。
「じゃあ行こうか」
川までの道のりはしっかりと整備されていた。
丁寧に砂利が敷き詰められていて歩きやすい、川辺も来る人がしっかりしているのか清掃がいきとどいているのかゴミのない綺麗な川辺で家の前の川とはまるで違っている。
「いつ来ても綺麗だねここ」
「そうだね。家の前の川もこのくらい綺麗ならいいのに」
「それはいつも思うね。今度二人でゴミ拾いでもする?」
「ゴミ拾いか」
この綺麗な小川を見ているとそれは案外悪くない気がした。
「いい案だけど二人でやるには流石に広すぎるしな」
「そこまで本格的じゃないよ。とりあえずでいいんだよ。なんとなくそれなりに。少しでも綺麗になった。って思えたらいいよ」
「そうだね」
ボランティアってことか無理はしない慈善活動それならできそうだ。目標が高すぎると挫折しやすいって言うしそのくらいでいいんだ。
なんとなく川辺の岩に腰を下ろす。足を下ろすと川の水が足をなでていく川の水は冷たくて気持ちいい。
「失敗したかな」
「何を?」
「水着持ってきてないこと」
水着、そのキーワードで昨日の海の光景が目に浮かぶ。
白い肌オレンジの水着少し恥ずかしそうにしていた表情思い出すだけでこの先十年は生きていける。
「そうだね」
としか言えなかった。似合っていたからまた見たかったな、なんて本音を口にできるわけもない先輩はなぜ水着を持って来いと言わなかったのか。
「でも流石に泳げないか」
「うん」
なぜと言った自分に答えるなら川の大きさ、小川なんだから当然小さい。男の僕には膝が沈むくらい。女子の杼割ちゃんにしてもせいぜい腰まで、そんな状態ではいくらなんでも泳げない。
「昔は丁度よかったのにな」
なんてノスタルジックにふけってしまう。
「私たちの大きさに合わせて川も成長してもらいたいよね」
「そのまま成長され続けても困るけどね」
家の前の川くらいまで育たれるともう遊べなくなってしまう。
「昨日鵲ちゃんと何話したの?」
「大したことは話してないよ。荷物を運んで飲み物もらった」
「家に上がったんだ」
まずかったか?杼割ちゃんは先輩が一人暮らしだって知ってるんだっけか。
「荷物が荷物だからね」
とやや苦しいいい訳。なにせ弁解になってない飲み物もらっているんだ。
「あんまりよろしくないよ」
叱られてしまった。これに関してはもう弁解の余地もない。
「変な噂になっちゃうよ」
「先輩と?まさか」
ごめんこうむりたい。
「鵲ちゃんって人気者なんだよ」
「そうなの?驚きだ」
あんななのに。毒舌で強引に話し進めるし人気になる要素が見当たらない。
「まあ夏彦君は嫌がらせ受けてたからそういう反応だけど。いい人だからね」
いい人が嫌がらせするのか?
「容姿端麗頭脳明晰なんだよ」
「運動は苦手なんだ」
「そうみたいだね。最低限動けるって感じだよ」
荷物持ちとかさせられたのはそれが原因でもあったのか。嫌がらせだけじゃないと確かに昨日の海でもそんなに動いてなかったな。
「そこがまたいいってよく聞くよ」
「完璧じゃないのがいいってこと?」
「そうそう」
まあそれはわからなくもない。欠点あるのは可愛いしな。
「だからそんな噂がたったら夏彦君が危ないね」
「そのレベルで人気なんだ」
先輩を見る目が変わるな。邪険に扱えないな危険な目にあってしまう。
「でもそのくらい人気なのに部員が増えないし劇でも見てなかったけど?」
普通なら先輩の近くにいたいとか先輩が見たいとかあると思うけど。
「みんな劇には興味ないんだよ」
「なんで?」
「歴史の授業みたいじゃない? しかも昔のこととか普通興味ないし」
「え?」
「どうしたの?」
「いやなんでもない」
そうだった今はこうだった。昔話は全て史実、創作は歴史だった。
いろんな役ができる演劇も誰かが作ったものじゃなくて歴史の授業ってことか。それは確かに入る気にはなれないか。
「それに鵲ちゃん厳しいし」
それも原因か。いやいややっている部員に高い意識を望むか、それは確かに人が集まらないな。
「ちなみに数合わせには結構くるよ」
「そう言ってたね」
友達かと思ったらファンの子たちを集めて数を合わせてたのか。
「じゃあ杼割ちゃんはなんで入ったの?」
「私はなんとなくかな。去年劇を見たの」
「先輩の?」
「そう。かっこよかったよ」
そういう杼割ちゃんの表情を見て少なからず僕は先輩に嫉妬した。そのくらいいい顔ではにかんだ。
「私もこうなれるかなって思って入った」
「そうだったんだ」
「まだまだだけどね」
「そうでもないよ。織姫上手かった」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
照れ笑いを浮かべる。
「可愛いな」
素直にそう思った。
「え?」
思わず口に出てしまうくらいにそう思ってしまった。
「いや、今のは忘れて! つい口から本音が……」
何のフォローにもなっていなかった。寧ろ墓穴を掘った。
「ありがとう」
やっちまったと落ち込む。
そんなこと今言うつもりはなかった。
気まずい空気が流れる。さらさらと流れる川やかさかさこすれる葉の音がうるさい。
「生きてるか?」
と先輩が声をかけてくれるまでこの沈黙は続いた。
「杼割」
帰り道に先輩が杼割ちゃんに声をかける、もちろん僕と杼割ちゃんが横に並んでいるわけもない。僕が前で杼割ちゃんと先輩が後ろだ。
「何?」
「夏彦を許してやれ」
突然そんなことを言い始める。
「言ってる意味がわからないよ?」
「喧嘩だろう?」
この不自然な距離をそう取ったか。確かに和気藹々と遊びに行ったと思ったら気まずい雰囲気でいたんだそう思ってもしょうがない。
「違うよ」
「なら邪魔したか?」
「ううん。そんなこともないよ」
寧ろグッドタイミングだ。危なく先走って告白してしまうところだった。
歩く速度を上げて僕の隣に先輩が来る。
「状況がわからないんだが。お前は何をした?」
「なんといいますか」
「押し倒そうとして失敗したのか?」
「そうだとしたら僕は今頃下山してます」
「押しの弱い奴だ」
草食系め。と吐き捨て再び杼割ちゃんの隣に並ぶ。
僕が肉食系だとしたら今の関係はあり得ないけどな。もう片思い何年目か数えてすらいない。
「なら何があったんだ?」
「鵲ちゃんの思うようなことは何もなかったよ」
杼割ちゃんはそう言う。あれくらい普通なのだろうか?
気にしすぎと言われれば全くその通りで可愛いというくらい別段おかしいことはない。
女子同士可愛いなんて言い合っているし男女差と言うならクラスの男子だって女子にそう言っているのを何度も聞いた。
大丈夫不思議なことを言ったわけじゃない。思ったことを口にしただけだ。
と自己弁護をしてもさっきの恥ずかしさがなくなるわけじゃない。寧ろ自分が軟派な気がしてしまい余計に落ち込む。
「なるほどな」
「何が?」
「大体だが何が起こったか理解した」
当てずっぽう? いや本当にあたっている可能性があるなにせ先輩だ。最近だと忘れそうになるがこの人は勘がいいうえに頭がいい。大きく外れはしないだろうな。
「夏彦が杼割に可愛いとかそんなことを無意識に行って――」
「いやいや解説しないでくださいよ!合ってても間違っていても言いづらいですよ」
どんな羞恥プレイをさせるつもりだこの人。
「気まずそうだから。クイズ形式でそれをなくしてやろうと思ってな」
「いやいやいやクイズ形式といりませんよ。誰が気まずい状態で『惜しい、でもそういうことです』なんて言うんですか!」
「そうだよ。なんか色々台無しになっちゃうよ」
「そうかわかった」
となぜか杼割ちゃんに耳打ちを始める。
「――――」
何を言われたのか杼割ちゃんは無言でうなずく。
「よくわかった。じゃあ昼飯にしよう」
僕には全くわからなかった。




