水晶の華園
壁を抜けた先は広大な花園だった。陽光射さぬ地底深くに存するのであれば、当然普通の花園ではない。
踏み越えてきた水晶窟と同様に、全てが水晶でできた、結晶の華咲き誇る園。白む呼気照らす燭光が空間を照らし、千々の華の群れが一面に浮かび上がっている。硬質な水晶の花々は微動だにしないはずだが、各々が内包する魔力の揺らめく煌めきが加わり、風が揺れる様相を幻視させた。
滲む視界に気づく。感動のあまりに涙が溢れていた。
―――やっぱり、ちょっと躁になってるな
一人で照れ笑いして、ゆったりと花園の周りを歩き出す。
「ホント、綺麗過ぎるよね」
水晶窟の中だけで何度奇麗だと呟いたんだか、と独り言ち、花園に踏み入らないように気を付けながらしばらく目の保養をしつつ探索する。
一人で探索するにはなかなかに広大な空間を探索することしばし、特にこれといったものも見つけられず、気づけば流石に現実回帰をするべき時間が迫っていた。
―――それにしても、何のための空間なんだろう?踏破を祝福する目の保養空間?
取り合えず、個人的には十分すぎる報酬が得られたと満足する。寝不足は必至だけれど、それでもこの光景を目にしたことで、今やじんわりと感じる疲労感さえ心地よく、満ち足りた気分に充足を覚える。
何故だか、今日は特別なことが起きるような、そんな予感さえ感じられた。
と、花園の只中、埋もれるように何か滑らかものがあることに気づく。
気づいてから注視しても、よくよく見なければ見失ってしまいそうな何か。どうせだからと調べてみることにする。思わず周囲を見渡し、誰に対してなのかわからない罪悪感を覚えながら、風の加護を纏ってそっと花園に踏み入る。透き通る花弁は薄く可憐で繊細に見えるのに、砕けることを知らないようだった。それでも細片の幾つかをパキパキと鳴らし踏み越えてたどり着くと、やはり、つるつるすべすべしたものが、埋もれるように鎮座していた。
一抱えほどもあるそれは、綺麗な卵型をしており、濃密な魔力を内包することを示すような揺蕩う光を内包していた。繰り返される緩やかな光の濃淡が、そことなく胎動を感じさせる。
不思議なことに、注視してみても、その水晶塊には特別なフレーバーテキストや詳細を示すものが何も付与されていなかった。
ただ、とってつけたかのように、『水晶の卵』とだけ、表記されるばかり。
―――どうしたものだろう?
僅かに逡巡するも、せっかくだし、素材になるかもしれない、と回収することにする。
今日は頑張ったんだし、ちょっとはいい目を見てもいいよね、と。
卵型の水晶塊を抱き、最後に花園の中から周囲を一望して水晶窟の絶景から一時的にも離れることを惜しみながら、”銀燭”こと”須崎玲”は現実回帰を行った。
再度の没入時、水晶の花園に降り立つことを期待して。
しかし、”須崎玲”が”銀燭”として『ログイン』することは、二度となかった。