公開演習、初日②
コクピットから出て、いつも通り頭部の左側に立って身体を伸ばす。
《プライング》はいつもの85ミリライフルを右手に。《BR-X02》ブレードライフルを左手。右背のサブアームには試製32連装マイクロミサイルコンテナ。左背には150ミリ滑空砲。
ほぼいつもの装備です。―――戦場で捨てたり壊したり壊されたりするので背面はよく変わるのですが。ついでに安全の為に弾倉の中身は空です。展示の際、リンクスに何も持たされていないのは寂しいですからね。
両膝ついているとはいえ、それでも5メートルを超える高さ。そこから見渡せる景色は悪くありません。風も心地いい。
―――一気にフラッシュが焚かれるのはどうしてでしょうか?
とりあえず穏やかな笑顔で手を振って、しゃがんで足元にあるカバーを開く。中には開閉用のレバーがあるので、それを操作してコクピットハッチを閉じる。前へと持ち上げられた頭部が降りて後ろにスライドして固定される。
普段は開きっぱなしなのだけれど、今日は展示です。ハッチを解放したままだとみっともないんだそうです。
いつもなら、そのまま装甲の隙間に手や足をかけて降りるのですが、今日は昇降用タラップが用意されてます。降りるのが楽チンですね。
「お待たせしました」
タラップを降りきって、二人に軽く頭を下げる。
「いつも通り降りてくるかと思ったわ」
アルペジオの軽口。いつもなら機体にへばりついて降りますからね。
「今日はタラップを用意して頂いたのでそちらを使いませんと。それに、制服であそこからいつも通りに降りたらせっかくの服が汚れてしまいます」
本日の服装は騎士団の制服です。やや厳つく装飾もついた、高級そうな一品。アルペジオを始めとする騎士団員は皆スカートですが、私はズボンです。更に、性別を偽る為に胸に申し訳ない程度のサイズのパッド入れています。胸にパッドを入れています。
「それもそうね。まず、あなたから紹介するわ」
彼女はそう言って、やや後ろに立っている赤髪の女性へと振り返りました。
「彼女がこの黒いリンクスの専属パイロット、チハヤユウキです」
珍しく、アルペジオが敬語で話しました。それだけ相手が上なのでしょう。それに、さりげなく私を彼女と説明しました。かなり自然に出ましたね。
「チハヤ。この方は―――」
「自己紹介ぐらい出来るわ、アルペジオ・シェーンフィルダー。―――《エルフィンストーン家》が長女。クラリスよ。《セラフ騎士団》の団長を務めている」
アルペジオの声を遮って、赤髪の女性―――クラリスと名乗ったその人は軍人らしい、硬い口調で名乗りました。私を品定めするかのように見据える。
「はじめまして、チハヤユウキと申します。《フォントノア騎士団》所属、《プライング》のパイロットを担当させてもらっています」
自然な、柔和な笑みで頭を垂れる。けれど、《エルフィンストーン》? どこかで見たような名詞です。どこででしょうか?
ともかく、考え出すと話が進まなくなるので何か適当な事を言わねば。思考放棄な気がしますけど。
「それで、お茶汲みと掃除と洗濯と調理しか取り柄がないような私に何用でしょうか?」
その戯けた物言いにクラリスは一瞬固まる。毒気が抜かれたような、そんな表情です。
「……ま、まるでメイドのような取り柄だな?」
「有事と訓練以外はある意味メイドさんですから。この世界に来る前も休日は似たようなものをしていましたし」
メイドではありませんでしたが、と付け足して顔の前で手を合わせて言いました。クラリスさんの隣ではアルペジオが頭を抱えています。やや否定できないから悩ましいのでしょうか?
クラリスさんはそう、と短く頷いて、
「ただ単に、戦闘経験はおろか、訓練さえ受けてない人間が初陣で多数のリンクスを撃破。決定打がないが故に厄介だったリンクス《ナースホルン》を撃破し、メニヘテルを半壊させた無人リンクスを撃破した人間がどんな人か気になっていただけだ。―――まさか、『メニヘテルを救った英雄』なんて言われているような人物が、こんな可愛らしい娘とは思わなかった」
『英雄』、ですか。
彼女は誉めているつもり―――実際、誉めているのですけれど、私としては―――。
「私が『英雄』、ですか……」
思わず口に出しました。
ただ、任務を果たしただけなのですが。更に言えば、この世界に来る前から、《ノーシアフォール》が発生する前からしがない人殺しなのですが。
余程、私が不機嫌そうな表情をしていたのか、クラリスはまるで意外そうに口を開く。
「そうではなくて? 貴女はそう讃えられる実績を見せていると思うわ。―――映像と報告書のコピーに書かれていたことしか知らないけれど、あなたのその身体を張った戦闘は沢山の人を救っているわよ」
その言葉は、確かに事実です。頷ける。
「そう、ですね。あのまま誰も止めれなかったなら、もっと死人が出ていたでしょう。――――でもそれ以前に私は人殺しなのです」
一瞬だけ、あの11カ月と、孤児院のみんなの事が頭を過る。
40人近い知り合いを助けたくて、それ以上の人間を殺して、その最後は。
残ったのは、私だけだ。
「……軍にいる以上、それは当然の事。敵兵相手に気にする必要はないわ、チハヤユウキ」
少し驚きながらもクラリスさんは言う。
「それを気にしている訳ではありません」
と、即座に答える私。
シスターが死んで、その後の三ヶ月。私は何をした? 相手を殺した以外に。
その経験は、仕方ないと片しても『手を汚した』では済まない。
あの日のその結末は、私が殺し損ねた事が原因の結末だ。
そんな私が、英雄? 最高の皮肉だ。
「私は『英雄』などと讃えられるのが気に入らないのです。それ以前に私は、隣人達を守る為にこの手で沢山の人を殺してきました。そして、その隣人達さえ守れなかった人間です。―――そんな人間が沢山の人を救った? 笑える冗談ですね。そんなの名乗れば私の二人の恩師に幻滅されるでしょう」
思わず吐き捨ててしまう。
その言いように、クラリスさんは驚いています。ニッコリ笑顔のふわっとした雰囲気からの豹変ぶりは意外なのでしょう。
「どれだけの人を助けたとしても、私は、結局は只の人殺しでしかないのだから、他人はともかく私に対してその発言はしないで下さい。私に、『暴走無人機からメニヘテルを救った英雄』なんて肩書きはいりません。チハヤユウキという、しがない一個人で充分です」
きっぱりと言いきった。
クラリスさんらはやや気圧されたかのように仰け反っているし、アルペジオも呆れと困惑を足して二で割ったような表情で視線を反らしています。
しばらくして。
「……なかなかいい同僚に出会えたな、アルペジオ・シェーンフィルダー」
クラリスさんはどこか、羨ましそうな表情でアルペジオの方を見て言った。
「……はい?」
「手柄に目が眩んでいない」
騎士団に所属する人は大抵、自分の撃破数やその相手がネームドだったか。それらや実績を手柄を自慢する人が多い、とクラリスさんは言いました。
「だから驕る人が絶えない。貴族や上流階級の生まれが多いから余計に、な」
そう言って、後ろに控える二人に視線を向けるクラリスさん。
後ろの二人は目を逸らしました。思い当たる節があるのでしょう。
「……わかりました。―――貴女に向けて『英雄』等と言うのは避けます」
少しの思慮の後、こちらの気持ちに対して配慮してくれました。
「ありがとうございます」
もう一度頭を下げる。そんな重いものいりませんから助かります。高潔でもないですし。
「……どうですか? 思っていた人物とは違うでしょう?」
にっこり笑顔で訊ねるアルペジオ。どうやら、私が《プライング》から降りる前の会話で私がどんな人かを聞いていたようです。
「ええ。異世界人と聞いていたから、片言のフロムクェル語でと思っていたけれど、ここまで流暢だとはね」
少し意外そうに答えるクラリスさん。聞くに、《レドニカ》で何人かの異世界人を回収した事があるらしい。その時の人達は日常会話ですらやっと、という状態で基地から離れていったそうです。
「チハヤは今も必死になって勉強していますわ。―――今も新聞を読んでたかしら?」
アルペジオから話を振られました。事実ですし、一時期基地の新聞が片っ端から姿を消したので誰が持ち出したのかと不思議がられたんですよね。その犯人が私ですが。
「はい。とりあえず日報を読み書き出来るぐらいになりましたよ」
まだ知らない単語はあるでしょうけど、もうそうそう困る事はないでしょう。
「会話はもう、皆様と遜色ない程度にはお話出来ます」
「それは良かった。今年の総合軍事演習で噂のパイロットとリンクスが来ると聞いたときは是非とも話をしたいと思っていてな。その人がまともに口を聞けなかったら困るな、と思っていたんだ」
「それは―――光栄、と考えるべきなのでしょうか? クラリスさん」
そう言ったのが、いけなかったようです。
「殿下をつけろ! この異世界人め!」
クラリスさんの後ろに控えていた栗色のベリーショートの女性に叱られました。
「ステファニー? 相手は異世界人。こちらの情勢なぞよくわからないのだから、そこまで厳しく言わなくても……」
「殿下は自身の立場をよく理解して下さい。団長である以前に王女なのですよ」
王女? と思っているとアルペジオが私の表情を読み取ったのかため息交じりに口を開く。
「そうよね……。チハヤの事だから、身の回りの情勢以外興味ないのよね……。それはキョトンとするわ……」
「まあ、そうですが……」
「チハヤ。《クナモアリル》で、《エルフィンストーン》って聞いて何か思い当たらない?」
その問いかけに、何でしょうと上を向いて考える。実際、何も思い浮かばな―――思い当たるものがあります。
毎日新聞読んでいて、思い当たらないほうがおかしいですね。
「―――《クナモアリル》の王家、《エルフィンストーン家》。ああ、なるほど。どうりで何か記憶に引っ掛かると思いました」
ぽん、と手を打って納得します。ですが、ステファニーと呼ばれた女性の目つきが鋭いままです。これは謝らないといけませんね。
「敬称を忘れてしまい申し訳ありません」
深々と頭を下げる。土下座まではいいでしょう―――というか、この世界は土下座は通用するのでしょうか?
「……世間知らずでごめんなさい。出会った時から相手が誰だろうと遠慮しないし掴みどころがないのよ、この人。非は認めるし礼儀正しいのが救いね」
微妙にフォローにもなってないです、アルペジオ。否定しませんが。
「……そのようで。―――面を上げなさい。その程度で無礼と思うほど私は小さい人間ではない」
おお、なんと寛大なお言葉でしょうか。
その言葉にしたがって顔を上げる。
「……そうね……」
正面ではクラリス殿下が顎に手を当てて考え出している。視線の先は《プライング》。何か聞きたいのかもしれません。
「両手にライフルって撃って当たるのか?」
なかなか痛いところを訊ねてきました。とりあえずらしい事を言わなければ。余計な事は言わないように。
「それは機体のシステムサポートです。FCSの並列演算と、腕部が独立した動作で狙ってくれます」
「腕部が独立して動くと?」
「正確には、《プライング》自体がリンクスとはやや違った動作方式を取っているから、なんですけど」
身体を動かすという感覚よりも馬を乗りこなす感覚に近いと説明します。《ヒビキ》がパイロットの思考を反映して動くのだから。
「この世界のリンクスとはやや違って、第二の身体ではなく一兵器として状況に応じた兵装を運用するためのプラットホームみたいな機体です」
先陣きって戦える戦闘ヘリ、といったところでしょう。機体自体の調査もやっているにはやっているが、やはり技研は元の世界では黎明期の試作にして少数が生産された機体だろうと推察したままです。実際は違うのですが。
「なるほど……。そんな機体ならシステムの負荷も桁違いなのも頷ける」
聞くに、クラリス殿下もパイロット選定の際に《プライング》へ乗った事もあるらしい。女性でも辛い、稼働部が多いことに因る《linksシステム》の心的違和感等の負荷とじゃじゃ馬レベルの高出力ブースターに振り回されて乗ることを断念したようですが。
パイロットが男性で、《ヒビキ》が動いて初めてまともに動きますからね、《プライング》。口には出しませんが。
「システムの負荷はともかく、乗りこなせる才能がある人がいたって聞いた時は我が騎士団にいなかったのは悔しかったな」
そして、いつかの帝国軍の襲撃と《FK075 バイター》との戦闘映像を見たそうです。特に《ナースホルン》撃破は見事だったようです。
「正々堂々しか頭にない私達では思いつかない。私達の頭が固かった、と思えるほどに」
「……誉めれるような戦い方ではありません。汚い手段です」
声音を低くして答えました。閃光弾で視界を奪ったあげく、ブースターの大推力任せの体当りで建物に埋め込んで動けなくしてから、ですし。
「ああ、すまない。私が誉めたいのは、その装備の運用能力だ。頻繁に装備を変えていて、どれも使いこなすと聞いているし」
―――頻繁に変わるのは捨てたり壊したり壊されたりして予備が無いとか、試作装備の実戦テストなのですが。後は《ヒビキ》と《那由多OS》の恩恵。
もしかして、技研はそのように私の事を情報操作しているのでしょうか? とんだ迷惑です。
「全体的には機体の基本性能の恩恵です。皆様と同じ機体に乗り換えればパイロットを辞めさせられるほどになりますよ。皆様のお茶汲み係になってしまいます」
「またまた謙遜を。じゃじゃ馬を乗りこなしていてそれはあるまい」
いや、本当ですよ。
口にしかけましたがその言葉を飲み込む。その事実一つで私が男だという事を察してしまう可能がありますから。
「訓練ではどうなんだ? 彼女の戦いぶりは?」
クラリス殿下がアルペジオにそう訊ねました。訓練の戦闘映像はありませんから聞きたくなるのかもしれません。
アルペジオは顎に手を当てて、記憶を辿るように目を瞑る。
「意外にも距離を置いた戦い方を好んでるわね。初手に滑空砲で狙撃とかが頻繁に」
「おや? 私が見た戦闘映像とは違うが?」
あくまで好んでいる、と強調するアルペジオ。
「―――で、機体の高機動性を生かした強襲。突撃銃の射程で高速戦闘をするのが最も得意。《マーチャーE2》一機では敵わないわ」
どうやら、最初の頃を思い出したようです。五機でやっとでしたからね、あの時。
「チハヤの動きに馴れたその上で《フランベルジュ》でやっとよ。相手にすると厄介でしかないけど、前衛もよし援護役もよしで何があっても任せられるのは助かるわ」
少し自慢気なアルペジオ。一応、私の事を誉めているようなので軽く頭を下げることにします。
「ほう。それは興味が沸くな。……そうだな……」
アルペジオの言いように何かを思ったのでしょうか、顎に手を当てて思案しだすクラリス殿下。
顔の表情からして、何か企んでいます。
しばらくそうすると何か頷いて、
「チハヤユウキ。よければ、なのだが……」
「はい」
何を言い出すのでしょうか? ちょっと心構える。
「三日目のリンクス同士の模擬戦を相手してもらっても構わないかな?」
……はい?




