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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一章]ハロー、異世界
9/433

死んでいない≒死に損ない

※グロ注意。


大丈夫、平気平気と言える方のみどーぞ。


 気がつけば夜明けを迎えていた。

 太陽が東から基地を照らして、一日の始りを告げる。

 僕はこの時間になると決まって、まだ生きている、と首から下げたロザリオに手を当てる。

 しばらく朝日を見たあと、戦闘の後片付けへと僕は戻った。




 目の前には胴体側面に砲弾を撃ち込まれ撃破された《マーチャーE2型》が横たわった状態で沈黙している。


「駄目だ! 電源が死んでてハッチが開かない!」


「油圧ウィンチは?」


「今上げる!」


 整備士や女性パイロットが胴体の上で群がり、中にいるだろうパイロットを救助しようと懸命な努力が続けられていた。胴体の損傷具合から望み薄だろうにと僕は思うのだけれど、それでも彼らは必死に助けようとしている。


「よいしょ、と」


 油圧ウィンチを渡して、整備士がそれをハッチの隙間に射し込んで強引にこじ開ける。

 おお、流石は油圧。リンクスのフレームをゆっくりとだが確実に広げていく。


 除き込めるぐらいまで広げた時、その隙間に女性パイロットが頭を突っ込んだ。


「―――返事して! ねぇ! ユーリ!」


 友人の名前を呼んで、さらに入り込もうとする。流石に狭すぎるのでそれ以上は入れないが。僕は彼女の腰のベルトを掴み、引っ張って引き抜く。


「彼女をお願い」


 錯乱してるその人を整備士に任せ、隙間を除き見る。


 このリンクスのパイロットは、既に事切れていた。素人が見てもわかるほどに、どう見ても死んでいると判るほどに。


「頼みます!」


 隣で待機していた《マーチャー》に片手を挙げて合図を送る。《マーチャー》は右手の親指をハッチの隙間に入れて、強引に胸部装甲ごとひっぺがした。


「油圧がオモチャみたいに見えるね」


 その光景を見てから、僕はコクピットへと入りこむ。


「顔が綺麗に残ってるだけマシだよなぁ……」


 その人は、下半身から無くなっていた。

 無くなっている、と言うよりは、千切れてコクピット内に散乱してるとでも言おうか。

 自分の足元にどっちかわからない膝(?)が転がってるし。左腕もコクピット内が破片だらけで取り合えずは見当たらない。現状、上半身と右腕だけが残っていた。


 脇下に両手を入れて、遺体をシートから引き剥がす。上半身だけなので軽い。

 触った感じはグニョグニョしてると言える。そのうち硬くなるだろう。それって死後硬直。

 片手で抱き抱えながらコクピットを出ることは出来るだろう。


 遺体を抱えて機体の外へ。


「担架は?」


「……え? あ、ああわかってる」


 すぐさま担架が運ばれてきて、遺体をその上に横たわせる。またコクピットに戻り現状回収出来そうなものを探す。フットペダルがあったろう場所に左手を発見した。はい、と上に渡すが誰も取ってくれなかった。


「誰か受け取ってよ」


「いや、仲間の亡骸とはいえバラバラな死体だぞ? 触ろうとかいう気が無くなるつーかなんつーか……」


 兵士の一人がぽつぽつと思うところを述べていく。 


「いや、今までこういう事はなかった。だってコーアズィで降ってきた物の回収ばかりだし、戦闘なんてしないことがほとんどだ。遺体触れる機会なんて異世界人相手で身内なんてほとんどない」


「耐えれねぇよ、こんなの。これが人の死に方ってか」


「それは意外。僕より知り合いの死体をよく見てると思ってた」


「思ってたってお前……。どれだけ慣れてるんだよ……」


「んー。知り合い三十人の埋葬ととそれより多い数の人間の殺害と追い剥ぎを半年近くやれば慣れるんじゃないかな」

 

 または―――。

 そう答えながらもコクピットから出て、担架に乗せる。


「知り合いの遺体って思うより、ただの肉って思えば気が楽だぞ。何も考えずにすむ」


「お前……」


 さっきまで項垂れてたパイロットがゆらりと立ち上がる。まあ癪に触る発言すればいつか誰か怒るよね。


「騎士団の仲間だぞ! さっきまで生きてた人に対して、悲しみも哀れみも! お前はなんとも思わないのか!」


「うん、それが正論だよね。―――まあ、なんとも思わないね。思ったところでなのも変わらないんだから」


 それで死者が蘇るわけでもない。


「泣くなら泣きたい人が泣けばいい。心の整理の仕方なんて人それぞれだ」


「お前……!」


「ちゃっちゃかと死体片付けないと腐って酷い目に合うし―――」


 ここまで言って、彼女の堪忍袋の緒が切れた。拳が握られ、振りかぶって―――


「やめとけ。コイツは本物のイカレだから、死なんと治らん。死んで治るのかわからんが」


 登ってきたゴーティエが、彼女の手を止めた。残念、僕は殴られずにすんだ。


「チハヤ、お前さんリンクス乗って、それから休みもせずに誰よりも多く死体の後片付けしてるだろう? リンクス乗った後は休まねえと障害出るからいい加減休め」


 彼に突き放されるように肩を押される。

 その言葉の裏に隠された理由はよくわかった。確かにその方が良さそうだ。ならさっさと行こう。


「わかりました。あとは任せます」


 ゴーティエの表情を見てから僕は機体から降りて、兵舎の方へ歩いていった。


 憐れむ必要なんかない、そう言いたかった。






「かなりの血まみれだなー、僕の服」


 あれから十分ほど後。僕は自室まできて、血で赤黒く染まった服から別の服に着替えていた。


 異世界人である僕はこの世界にきた時は自身の私物なんぞ一つも無く、その時着ていた物(ジーパンと丸首シャツと黒いうさみみパーカー。今や外出用)ぐらいである。そのため服のほとんどはこちらの支給品が大半だった。調理場用の作業着が三着。普段着兼部屋着が二着。休日の外出用とパジャマが一着ずつ程度である。


 普段着を着て一先ず、二段ベッドの上の段に座る。


 僕が普段寝泊まりしている騎士団用第四宿舎は目立った損傷も無く、そのまま使えそうで、壊された兵舎(特に第一。腹ペコ殿下の部屋があった辺りがごっそり消えてた。ねぇどんな気持ち? とか訊いてみたい)の人達がこぞって自分の荷物をこちらに移していた。まだ隣の部屋までは来てないけど、そのうち埋まるだろうと思う。


 取り合えず、眠いのでこのまま寝ることにしようと思い、ベッドに体を倒した。


「チハヤ! 居る?」


 ――が、ドアが激しく叩かれ始めた。実に聞き覚えのある声である。このまま寝よう。


「入るわよ」


 その声とドアが開く音が同時だった。鍵を閉め忘れたらしい。らしいでもなく、閉め忘れた、だけど。


 体を起こして、やって来た人を見下ろす。案の定、というか予想通りアルペジオ殿下だった。


「こっちに来てもお菓子もお茶も無いですよ殿下」


「わかってるわよ。ちょっと話をしにきただけ」


 そう言ってアルペジオは椅子に腰を掛ける。僕は二段ベッドから降りて、下の段のベッドに座る。ここは荷物置きになっているけど、座るぐらいはできる。


「さっき、ゴーティエ達から聞いたわ。仲間の死体を只の肉って言いきったそうね」


 彼女はまずそう切り出した。ゴーティエから聞いたのか。


「その後、貴方が棺に納めた敵兵、騎士団員達の死体を見たわ。私達がやるよりも 綺 麗 に 整 え ら れ た それをね。貴方は一体、元居た世界で何をしてきたのか? どんな価値観をしているのか。皆が疑問に思ってるわ。一部は気味悪がってる」


「遠慮無く言うね」


「それはもう、始めて乗るリンクスで機体性能の差もあるのだろうけど、あれだけ撃破して、生身の人間撃って、死体の片付けまでやって平然としてるのがおかしいもの」


「そりゃそうだよね。くそったれな十一カ月を経験したこと以外、元々戦争なんて無縁、殺人なんてそれほど無いような国の生まれとか言った人間がそんなことしてるんだから」


 僕はコロコロと笑いながら答える。


「ほんと人の、仲間の死体を棺に納めた後とは思えないわ。平気でご飯三食食べれそうね」


「食べれると思うよ。それぐらい」


 この言葉に、アルペジオは引くような表情を見せた。彼らは死んで、僕らは生きている。たったそれだけの事実でしかないのに。


「ちょっと昔話しようか。つってもまあ一年ほど前の話だけど……」


「なんで?」


「何となく、ね」


 僕の事、全く知らないよりはいいでしょと言って、僕は続けた。





「あの黒い球体が出現して数週間で、あちこちの街が廃墟同然の状態になったんだけど……」


 主な原因は恐らく黒い球体が降ってきた余波でありとあらゆる瓦礫が噴石よろしく周辺へ飛び散ったからだろう。黒い球体が生み出した被害はかなり広範囲だった。


 行政は停止、インフラも停止、警察というか取り締まる側も停止で一気に治安が悪くなった。そして日本は、恐らく国外も無秩序同然の世界へとなった。


 その中で僕は。


「その時施設にいた職員―――恩人の神父とか好きだったシスターとか十人。孤児が三十二人の大所帯。僕は孤児の中で最年長」


「待って。貴方孤児だったの?」


「言ってなかった?」


「聞いてないわ。捨て子?」


「容赦無く聞くね。ちょっとした事件で両親が即死したから」


「そう……」


「気にしなくていいよ。もう振り切れたことだから」


 黒い球体出現から数カ月。

 施設の教会を拠点に、僕らは廃墟と化した街から物資を調達しながら救助を待っていた。


 道路は封鎖されてるも同然。


 四十近い数の人間が、瓦礫の山を踏破するのは不可能では無いが、年端もいかない子どもが多すぎた。小学生も低学年。僕以外に高校生がいないような状況。自衛隊かレスキュー隊が来るのを待つしかなかった。


 そして、最悪の出来事が始まる。


「他の生存者と、物資の取り合いが始まっちゃってね?」


「軽く言うことじゃないわ。協力出来ないのかしら?」


「相手側にするつもりが無かった、というのが大きいね。ここで二人殺されたし、三人ばかし殺したし」


「……貴方がやったの?」


「そうだよ。あの人達に、人殺しなんてさせたくなかったから」


 あの時の、シスターの表情は忘れられない。驚き、怒り、悲しみ、安堵。それらが混ざったようなあの表情は忘れれない。そして、僕が再度壊れ始めた瞬間でもある。


 この頃からたびたび他の生存者と殺し合いが何度も起きた。


 そのほとんどは僕が率先して相手を殺すことが多かった。


 当然仲間に死人も出た。その場に埋めた人も、その亡骸をどうする事も出来ない事もあった。


 それから数カ月で、シスター以外の職員は死亡。彼らの死は、僕より下の子達には『救助を呼びに行った』と嘘を言って、教えなかった。ただてさえ不安な状況だ。一部の子は気づいてはいただろうけど、それを受け入れていた。


 そして彼女も死に、僕は彼女の死をも偽った。今までと同じように。子供達を不安にさせまいと、泣く余裕さえも無かった。ただ、空虚で虚ろな笑顔を振り撒くだけだった。


 十ヶ月と二週間が経とうとした頃。僕は殺しに来た人間の内、たった一人を仕留め損なった。それを皮切りに、その生き残りが仲間を連れて、僕が不在の隙に施設を襲撃した。施設の子供は全滅。死体が見つからない子までいたほどだ。


 彼らの埋葬を済ませた後、僕は自殺しようとしてある人物に止められて、生き延びた。そして次の自殺の手段として黒い球体に飲まれる事にした。



「これが僕の顛末」


 ただの死に損ない。何もかもを失った人間の脱け殻。それが僕だ。


 語った内容はこれがすべてというわけでもないけど、これぐらいで大体の話になる。


「なんというか、まともな神経でいられない環境だった、のかしら」


「中途半端には狂ってるけどね。いっそのこと何もかも狂えれば楽だったろうさ。なのにそれは出来なかった訳で」


 あの人が残した言葉が頭を過る。


『昔の貴方の笑顔が、とても好きだったんですよ』


 何も見えないだろう状態だった彼女の最後。


 その言葉だけが、頭の中に残っている。この言葉に、なんの意味があったのだろうか。


「――でも、ちゃんと敵味方関係なく遺体を綺麗に整えた。貴方はまだ、貴方が自分で思っているほど狂っていないと思うわ」


「そうかしら?」


最後まで話を聞いたアルペジオの言葉に、“私”の口調で、“私”の声音で、私は答える。


「実は、さっき逃したリンクス……《ナースホルン》でしたっけ? あのパイロット殺し損ねたのが、とても悔しいんです」


 だって。


「また殺しに来ると思うととても怖くて不安なんですよ。ちゃんと殺さないと安心出来ない」


「チハヤ? その笑顔とても……」


 アルペジオの表情が引きつっていた。私はどうやら結構な表情を見せているようです。目が笑ってないのかもしれません。


 “僕”の方に戻して、


「失礼。ちょっと散歩行ってくる」


 そう言って、彼女を部屋に置いて出ていった。


 その表情は、僕は見たくなかった。


 

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