ようこそ or ただいま
そこは地獄だった。
――と言っても僕にはどこか慣れてしまった、もしくはあの時経験した事よりもマシ、そんな空気がそこにはあった。
シェルターに運び込まれてくる負傷者の数々。やれ薬や包帯はどこだと叫び声が飛び交う。そして死にたくないと言って死んでいく兵士達。
僕も負傷者の応急処置の手伝いをなんとかこなしているが、それでも増えているのが現状だった。
「弾は抜けてるから弱気になるな! たかが肩に風穴空いただけじゃないか!」
そう怒鳴りながら止血剤を左肩に付けて包帯で巻く。現状、まともな治療が出来ない以上、失血を防ぐのが優先だ。
本当ならカテーテルを静脈に刺してライン確保しなければいけないだろうけど、それが今は足りていない。でも、肩に貫通穴って結構大事だよね。
「上はどうなってるんだ……」
一人の応急処置を済ませて、吐き捨てるように呟く。上からは銃声が断続的に続いている。軽い音やかなりの爆音など大小様々な銃声がミックスされて聞こえる。
手に付いた血を流して、次の患者に取り掛かる。
怒鳴り付けながら止血。これの繰り返しだった。
気が付けば自分の服は血まみれになっていた。懐かしいと思ってしまう。あの十一ヶ月で、何度こうなっただろうか。何度――。
そう過去を振り返っていると、負傷者の一人がなんとか起き上がろうとしていた。結構な重傷者で、包帯が血で滲み始めている。
「馬鹿野郎! 傷が開くぞ!」
僕は怒鳴りながらも駆けつけ、寝かせるように体を押す。
「……人が足りないんだ……行かないと…!」
「駄目だって! 誰か! こいつに鎮静剤!」
暴れ出したら埒が明かない。すぐにメディックが来て慣れた手つきで鎮静剤を打つ。
「まだ……人が……」
鎮静剤が打たれても、うわ言のように呟く兵士。
僕は彼を見てあの時の事を思い出していた。
置いてけぼりにされ、死に行く恩人達。残され、何も出来なくなり無惨に殺された子供達。
あの時は何も出来なかった事実が、現実が、過去が。
「……行ってくるから」
自然と声になる。
「……代わりに行ってくるから、そこで寝ててください」
ちょっと血まみれだけど、怪我してないし。銃の使い方なんてどれでもほぼ一緒だろう。かつてあの世界でも粗悪品とはいえ使ったこともあるし。
そう言って彼を納得させ、僕はシェルターを出た。
「装甲車だ! 誰か無反動砲を!」
「次から次へと来やがって!」
階段を上りきって聞こえてきたのはそんな罵声だった。格納庫の、リンクス用のでかい扉を若干開けそこで撃ち合っている。
格納庫内を軽く見て、残っているものを確認する。昼に見た四つ目のリンクスしか残っておらず、それ以外のリンクスは全て出払っているようだった。見覚えのある姿を見て僕はその人に声をかける。
「旦那! 手伝いに来た」
「チハヤ?! おめぇ、地下のシェルターに居ただろ?」
銃を片手に持ったゴーティエが驚きつつも怪我人を引きずってやって来た。整備士でしかない彼が銃を握っていると言うことはそれだけ人が足りないということだろうか。怪我人の方は足を撃たれてはいるがそこまで重傷ではなさそうだ。
「まあいい、ちょうど良かった。こいつを――」
「ヤバい! リンクスだ!」
怪我人を引き渡そうとしたその時、扉の方から絶望に包まれた絶叫が飛んだ。
「味方のリンクスは?」
「全機リンクス相手に手一杯だよ! 帝国軍のリンクスの数が上なんだ!」
状況は最悪のようだ。
とりあえず周りを見て使えるものを探す。――あるな一機。
ふと思ってたことを、ゴーティエに訊く。
「旦那。リンクスって男も使えない事は無いんだよね?」
「ああ? まあ使用負荷がかなりキツいが、動かせないこともない」
「リンクスって確か、自分の体を動かすような感覚で操れるんだよね? それってつまり、リンクスに乗ったことのない人も乗れるって事だよね」
「……まあそうだな」
「リンクスに男が乗ったとして、装甲車とか戦闘ヘリ、歩兵相手の脅威になる?」
「なるな。女性よりは脅威としては低いが、そんな事――」
ゴーティエは、訊いてどうする、の声が出なかった。僕の考えの一部がわかったようだ。ここまでの会話の流れから察せないほうがおかしいか。
「適当なアサルトライフルを二丁用意して。接近戦用のブレードも。よろしく」
そう言って、四つ目のリンクスへと僕は駆け出した。
「馬鹿っ! なに考えてんだテメェ!」
ゴーティエが僕の後を追うが、足の速さはこっちが上のようだ。
ハンガー横の階段を上り、胴体前に立つ。
「ハッチ解放レバーは!?」
それらしいものが見当たらない。知っていそうな、息を切らして階段を上るゴーティエに訊ねる。
「そいつの搭乗ハッチは首の真下だ…! 首の左横!」
それを聞いて僕はリンクスに飛び付き、ゴーティエが言った場所へ向かう。
まさにそれな、白の枠に囲まれた蓋がありそれを開けるとレバーがこれ見よがしにある。レバーを引っ張ると、僅かな駆動音と共に、頭部は前へとスライド。そして上に開いて、コクピットの中が見えた。
思っていたコクピット――シートがあって左右にレバー。正面にコンソール。あとは正面に180度のモニター。遠目にだが《マーチャー》もそんなコクピットで、それに近いかと思っていたけど全然違っていた。
シートはバイクのように跨がるタイプ。コンソール、レバー、ペダルもそれを踏襲したような配置。モニターは暗転こそしているが、360度見渡せそうだ。ハッチは二重で、空間装甲だろうか。――よくよく考えたら内側はコクピットの天井で、外側のハッチは《チャンバー式G軽減制御システム》の容器の蓋だった。
「マーチャーとは違うね」
「たりめぇだろうが……」
一人言がどうやらゴーティエに聞こえたらしい。完全に息の上がった彼が僕のすぐ傍にいた。
「シートがこんなんだから、操縦感覚も大分変わるんだよ」
「そう」
適当に相槌打って、コクピットに入りこむ。
バイクのように跨がり、右手操縦桿に掛かっていたカチューシャ状のリンクス接続機器を頭に着ける。
「だぁー! 止めとけ! 死ねるぞ!」
ゴーティエが上半身だけをコクピットに潜り込み、リンクスを起動させまいとしてくる。
「……なにもせずに死ぬより、足掻けるだけ足掻いて死ぬ方がのがマシだろ。それで命を拾えたら儲けもんだ」
僕はそう言ってゴーティエを見上げた。
僕はどんな表情をしていたのか、ゴーティエは僕を見て固まった。
数秒か数十秒か、短い沈黙の後にゴーティエは、
「わかった……」
不満気味の了解の声を、絞り出すように吐き出した。
「起動の仕方は?」
「コンソールをタッチすればいい」
彼の言われるがままに、コンソールを触る。
画面に光が灯り、まずOSの文字が出る。
「……統合型汎用OS《那由多》?」
コンソールに『日本語』でそう表記されていた。
何故と思っている内に文字はフロンクェル語に切り替わる。機体操縦システム《Links》が立ちあがり、簡易リンクス適性検査を開始し始める。コンソールに『51.3%』の文字が表記され、当機の全システムを起動する旨の文字の羅列が流れる。
そして最後に、『現パイロットに当機の一部システムがインストールされていません。強制インストールします』の文字が出てきた。
待ての一言も言えずに、頭の中を掻き回されるような頭痛と共に僕の意識は途切れた。
そこは見覚えのある場所だった。
決して忘れる事はない、大切な場所だった。
今はもう無い、存在しないはずの場所だった。
「……懐かしいかな」
あそこが無くなったのはまだ数ヶ月前なのに、何年も帰ってきてないような錯覚を覚える。
そこは教会だった。僕と彼女が保護され、育った孤児院だった。
「あら、チハヤさん。どうされました?」
懐かしい人の声。
そちらを、教会横の保護施設の軒先を見て、よく知った人物の姿を見た。
「シスター?」
思わず声をかけてしまう。
「そうですよ。早くこっちに来てお茶にしましょう。神父も居ますよ」
シスターはそう言って手招きする。呼ぶように。誘うように。
僕は近寄りそうになって、踏み度まった。
何か忘れているような、何かし忘れているような気がして、振り返った。
まだ、やってないことがあった。
まだ、只の八つ当たりのような心残りがあった。
「すみません、シスター。ちょっと忘れ物して来たので戻ります」
そう笑顔で言って僕は振り返って歩き出した。
「そっちは地獄ですよ?」
「現実でいいんですよ。まだ、私はまだ死んでないはずですから」
「そうですね。――なら、早くお戻りなさい。そっちに誰か待ってますから」
シスターはそう言って、続けた。
「貴方に神の御加護が在らんことを」
『メインシステム、再起動しました』
その機械質で穏やかな女性のような音声と共に、僕は意識を取り戻した。なんだか懐かしい人と話した気がするのは気のせいだろうか。
「おいどうした!? 大丈夫か」
驚いたゴーティエの声が聞こえた。見上げて、
「ごめん、ちょっと気を失った」
「三十秒も起きなかったから、どうしようかと思ったぞ」
ゴーティエのその言葉に、僕はもう少し長かなかった? と思うがそんな事よりも。
『全システムオールグリーン。待機モードに移行しました』
さっきから喋っている存在に意識を向ける。
「君は?」
『型式番号 《XFK039/N53》。機体名 《プライング》、及び機体制御を担当する《ヒビキ》です』
「AI?」
この声に反応したのはゴーティエだ。
「この機体、この前起動したときAIなんざ動かなかったぞ?」
『当機は男性が搭乗し、通常 《フレームウェポン》を駆逐する目的で設計、建造されています。女性が搭乗した際のセーフティとして私含む一部システムが起動しないようになっています』
「《フレームウェポン》?」
『機体制御システム《Links》、及びフェーズジェネレーターを使用した人型兵器の通称です』
つまるところリンクスの事だ。
『適正値が低く使用負荷の高い男性パイロットの為に、負荷軽減および高性能化を実現する為に量子コンピューターとAIを使用しています』
「それだとパイロットとAIの機体制御がぶつかりあうぞ?」
『問題ありません。《links》で読み取った動作を私が実行することにより、パイロットの負荷を軽減。通常では出来ないような戦闘機動を実現します。分かりやすく説明するのであればこの《ヒビキ》がクッションに入っている、と表現出来ます』
「操縦としてはそこまで変わらないってか?」
『肯定』
そこまで話して、ゴーティエは真顔でこちらを見て、
「ようわからん」
「とりあえず、僕が動かせるって言うのは理解したからでいいよ」
そんなもの、で受け入れるしかないでしょ、と僕は答える。早くしないと敵が攻めこんでくるし。
「ハッチ閉めるから下がって」
「おう。――アサルトライフル二丁と実体ブレードだったな。すぐに用意させる。武器用意! ライフル二丁とブレードあるか!?」
彼はそう答えて、僕の視界から消えた。
コンソールへと視線を向け、
「ハッチ閉鎖。システムを戦闘モードに」
さっき脳に直接書き込まれた操作を実行していく。
『了解』
ヒビキはそう答えたと同時に、頭の上でハッチが閉まって行く。
『メインシステム、戦闘モードに移行。ジェネレーター反応開始。チャンバー内、フェーズ粒子正常に充填、整流開始。フェーズダンパー正常に起動』
次から次へと起動シーケンスがこなされて行く。メインモニターに機体各所に設置された光学センサからの映像が映る。360度見渡せるようだ。
『《links》接続クリア。投影開始』
僕の視界にいくつかの機体情報が写し出される。機体の状況やジェネレーター出力、コンデンサ内のエネルギー残量、チャンバー内のフェーズ粒子量、及び整流率、はてには僕のバイタルまでもが表示されていた。
「うわっ。空間投影?」
『貴方の視覚野に《links》を用いて直接投影しています。――チャンバー正常に整流完了。システムオールグリーン。ようこそ戦場へ』
びっくりした僕にヒビキは淡々と答えて、動ける旨を伝えた。
メインセンサである四つ目が明滅し、カメラアイ保護シャッターが一度閉じて、また開いた。まるで瞬きするような動作だ。
《プライング》はハンガーから一歩、また一歩と歩いて離れる。正面にホイストで釣り下がられた二種類のライフルを見つけると、それに手を伸ばす。
右手に持ったのは大型のライフルで全体的なシルエットは四角い。
左手は右手のライフルより短いが銃身下に実体ブレードが付けられており、敵を突き刺せそうだ。
マガジンは銃身上に突き出ている。ただ、グリップ部分はどこか曲銃床のライフルみたいで、M14みたいなフルオート射撃は非推奨されそうだとチハヤは思う。
『すまん! 技研から届いた試作品ライフルしか残ってなかった! ブレードもねぇ! ――右手のは大口径アサルトライフルで、人間で言うとバトルライフルのようなもんだ! 反動は大きいからフルオートは出来る限り止めとけ! 左手のライフルはブレードの代わりにも使えるが、グリップが災いしてフルオート制御が最悪だから気をつけろ!』
《プライング》の高感度マイクがゴーティエの声を拾い上げる。
「どっちもか」
チハヤはそう言いながら持ったライフルの状態を確認する。右腕ライフルは八五ミリ口径、徹甲弾。マガジンには七〇発。左腕のは六八ミリ、HE弾。八〇発装填。
確認している間に予備のマガジンが後腰部に二つずつ装着される。
視界には現在装備しているものが一覧で表示され、ライフルの残弾数のウインドウだけが残されて消失する。
外部スピーカーのホイールスイッチを押して、
「確認した。出るよ」
『おうよ! リンクスが出るぞ! 扉から離れろ!』
ゴーティエのその指示で扉から兵士や整備兵が次第に離れていく。進路上に誰も居ないことを確認して《プライング》を走らせる。
『零時方向、距離一〇。熱源探知』
わずかに開いた扉から《マーチャー》ではないゴーグルタイプのリンクスの姿を見た。
「このままタックルします!」
その思考を正確にトレースしたヒビキは左肩を前にして扉ごとタックルした。
リンクスが仰け反って、後ろへと跳躍した。
それと同時に格納庫の扉を突き破って四つ目のリンクス《プライング》が飛び出した。
数歩走り、メインブースターが火を噴いて一気に距離を離す。
一瞬で時速九〇〇キロを超えたのをチハヤは見た。自分に掛かるGはそれほどでもなく、車で急加速したような感覚だった。G軽減制御システムはかなりいい物らしい。
クイックブーストで反転。先ほど見た敵リンクスを視界に入れる。
さらにメインブースターを全開にして、後ろ向きに進んでいた機体を、慣性を殺すどころか振り切って敵機に急接近する。
敵機は驚きつつも、右手のライフルをこちらに向ける。
『照準警報』
本能的に右へクイックブースト。すかさずに逆噴射で急制動。敵機の弾丸はなにもいない空間を飛んでいく。
瞬間移動と言わんばかりの機動は、敵を驚かすのに十分だった。
《プライング》を僅かに上昇させ、左脚の膝蹴りを胸部に叩き込む。
弾き飛ばした敵リンクスに合わせるようにバックブースターで制動をかけ、右脚を胸部中央に合わせる。
ブースターを下向きに噴いて、踏みつぶす。
『見事な操縦です。搭乗経験がおありで?』
「いえ、変態的なロボットゲームの機動をイメージしてるだけです」
ヒビキにそう答え、踏んでいるリンクスを見る。
なんとかこの状況から脱しようともがき始めたところだった。
チハヤは素直に退いて撃つ、と考えたが弾薬の消費はある程度押さえるべきと思い直す。
ではどう黙らそうか、と考えて今の状況を再度確認する。右脚で敵機の胸部を押さえつけているのが今の状態だった。胸部は蹴ったダメージで程よくへこんでいる。
ちょうどいいな、と。こうするのが手だなと判断し、実行した。
ゆっくりと確実に胸部装甲が潰れていく。
『や……、止めてくれ! 潰す気か?』
敵パイロットからの声がスピーカーから発せられる。
金属がひしゃげる音を上げながらさらに潰れていく。簡単に潰れてないですね、と 私 は思う。
『止めてください! もう戦わないから! 殺しませんから! 命だけは……!』
嫌だね。
「嫌です」
ホイールスイッチを押込み、答える。
殺してるのに、殺されたくないとか自分勝手だ。
「殺しているのに、殺されたくなんて自分勝手ですよ」
殺して当然、殺されて当然が戦場だろ。
「殺して当然、殺されて当然が戦場でしょう」
貴女の順番が来ただけに過ぎないだろ。
「貴女の順番が来ただけに過ぎないでしょう」
それに逃がせばやっかいな事この上ない。
「それに逃がすと面倒になるのですよね」
だからここでちゃんと殺さないと。
「だからここで死んで貰わないと」
また殺しに来るだろう?
「また殺しに来るでしょう?」
だから、死んでくれ。
「だから、死んで下さい」
さらに《プライング》の右脚を踏み込ませた。
『止めて! やまが――』
リンクスの腕がこちらに伸び、地面に落ちた。
『敵機沈黙』
無情なヒビキの音声がコクピット内に響いた。
なにか、懐かしい故郷に帰ってきたような、安堵の気持ちで胸が満たされるような気がした。
『接近警報。三時』
『貴っ様ぁぁぁぁあああ!』
ヒビキとマイクが拾った音声がコクピットに鳴り響く。
《プライング》は左へ回避機動をとる。
さっきまでいた空間を、敵リンクスの実体ブレードが切り裂いた。
右腰部のバックブースターを作動。右へ旋回しながら右手のライフルを先程の敵機へ向ける。
数発ずつ連射。全てを胸部に叩き込む。
敵リンクスは寸前で回避。左手のシールドを前にして再度接近する。
こちらもライフルを向けつつ接近。
相手が斬りかかるタイミングでクイックブースト。相手の左側から一瞬で背後を取る。
左手のライフル――ブレードを背後から突き刺した。
背面にフェーズ資源が収まっているのか、そこから血ではない赤い液体が吹き出す。頭部にそれが降りかかり、四つ目のカメラアイを汚す。
『敵機沈黙』
カメラアイ保護シャッターが稼動し、汚れを落としにかかった。
ライフルを引き抜きつつ、次の獲物を探す。
格納庫正面。装甲車や歩兵がいるのを見つけた。
両手のライフルをそちらへ向けて、
『警告。対象は生身の人間も含まれます』
「敵だからいいです」
そう言ってチハヤは左右のトリガーを引き絞る。
ライフルから徹甲弾とHE弾が吐き出され、装甲車は文字通り吹き飛び、敵兵は血煙に変わった。
『照準警報。八時から十時の範囲』
真上にブースターを吹かして回避。左に視線を向ける。
二機のリンクスがこちらにライフルを撃ってきていた。右へ左へ前へクイックブーストして回避と接近をこなす。
『六時方向。照準警――ミサイル接近。数、三』
ヒビキが言い直して警告する。
《プライング》は即座に右に反転。
「ミサイルを狙い撃つ事は出来ますか?」
『余裕です』
すぐに飛んでくるミサイルにマーカーが表示。
ライフルのレティクルが重なり射撃可能と表示される。
回りながら発砲。一発一発丁寧に撃ち落とす。
再度、ライフルを撃ってきているリンクスへ突撃する。
ブースターの出力を最大に。左のライフルのブレードを突き出して、右側のリンクスの胸部を貫いて黙らせる。
敵機を中心に反転、隣のリンクスへ突き刺した敵機を盾にする。
戸惑う敵機。《プライング》は盾の脇下から右手のライフルを出して発砲。四機目を撃破。
ライフルを引き抜いて、次の目標を探す。
『照準警報』
ヒビキの警告と同時に後ろへクイックブースト。
「ひい、ふう、みい……。五機ですか」
まるでどこかのゲームみたい、とチハヤは呟く。流石に数の差は覆しきれないと判断する。
右へ左へブースターを吹かして弾を回避。牽制で両手のライフルを撃ち、どこか隠れる場所を探す。
視界の片隅に後ろと左右の映像が小さく投影され、周囲の状況がモニターされる。
『右へ避けなさい!』
そんなどこかで聞いた声がコクピットに響く。高感度マイクが、外部スピーカーの音声を拾ったようだ。
指示通りに右へクイックブースト。後ろから曳光弾が流れて、一機の敵リンクスのシールドに突き刺さる。
左後方に視線を向けると、《マーチャーE2型》が倉庫の横から半身を出して、アサルトライフルを連射していた。
斜め後ろへクイックブーストを何度もして《マーチャーE2型》の横へ並び、左へのクイックブーストで倉庫の影に入り込んだ。
マガジン内の残弾を確認。両方とももう数発だけになっていた。
再装填の指示を出すとライフルのマガジンは排出され、胸部脇下のサブアームが作動。後腰部の予備弾倉を掴み、ライフルのマガジンキャッチへと滑らかに滑らせる。
《マーチャー》が近づいてきて、こちらの右肩へと触れる。
『誰? その機体に乗っているのは?』
接触回線の表示が現れ、通信が入る。
「その声……アルペジオ殿下?」
『え? チハヤ!? 声のトーン違わない? そんな淑やかな口調だった?』
アルペジオの驚く声。その言葉にチハヤはあっ、とばつの悪そうな表情を浮かべる。
「……アドレナリンでテンションがハイになっている、と説明しましょうか?」
『女の子のような声で言って説得力あるのかしら? 会った時から年齢と性別の割には女の子みたいな容姿とは思っていたけど、実は性別女性だったの? または性同一性障害の男の人?』
「家庭の事情、と答えさせて頂きます。この話はいずれとも」
チハヤがそう答えた時、銃撃がさらに激しくなった。ここに居続けるのはあまりよろしくなさそうと二人は判断する。
『――その話は後ね。そのリンクス乗れてる理由は聞かせて欲しいけれど』
「……このリンクスが男性が使うこと前提で調節されているようで――」
手短に、かくかく然々《しかじか》と答える。
『AI搭載ね……。信じられないけど』
「そうとしか説明出来ません。それで、通信の周波数とか教えて貰えますか?」
通信無しじゃ連携とか取れないですし、とチハヤは続ける。
『無線で一〇八の四七で繋いで』
アルペジオの言った番号に合わせ、通信回線を開く。
「殿下、聞こえてる?」
『聞こえてるわ。みんな、さっきの四つ目のリンクス、チハヤが乗ってたわ』
「こちらチハヤ。さっきの四つ目のに搭乗してる。指示を貰える?」
“僕”が一人称の時の口調でチハヤは無線を飛ばす。
何故か、この喋り方にかなりの違和感を感じた。
そう思っていると、通信で驚きの声が返ってくる。
『今のチハヤか! 男のお前が何でリンクスに乗れてるんだ?』
これまたよく知った、男口調の女性の声がコクピットに鳴り響く。
「細かい説明は後でいいです? ベルナデット騎士団長。敵に囲まれてヤバい」
『ベルナデットさん、援護お願い。第五倉庫で囲まれかけてて離脱出来そうにないの』
『おう、確認した。メイ、エリザ! 殿下とコックを援護してやれ』
二人の言葉にベルナデットと呼ばれた女性が部下に指示を出すと。すると敵から見て左側から銃弾が掠めた。こちらを包囲しようとしていた敵リンクスの注意が撃ってきた《マーチャー》へと向けられる。
《プライング》はその場で真上にブースターを用いた跳躍を行った。こちらを見ていないリンクスを選び、両手のライフルを構える。
「アルペジオ。今、右に飛び出して」
『合図ぐらい言いなさい! あと“殿下”も付ける!』
そうやり取りしながらライフルを発砲。右へホバリング移動しながらフルオートで撒き散らす。それと同時にアルペジオの《マーチャー》も倉庫の影から飛び出して牽制の射撃を加える。
左からの銃撃を対処していた敵リンクスに、《プライング》から放たれた砲弾が命中する。徹甲弾は装甲を貫き、HE弾はメタルジェット効果を以て穴を開ける。
胸部を穴だらけにされたリンクスはもんどりうって倒れる。
それを見たリンクスがこちらへ銃口を向けるが、横からの銃撃に倒される。
見える範囲には残り三機。
「援護お願い」
やれる。
そう判断してチハヤは《プライング》を前へと飛ばせる。ブースターを最大出力。
文字通り一瞬で近づき、左手に見える二機の間に滑り込ませる。
反転しつつ右のライフルは右へ。
左のライフルは左へと向けて、射撃。
至近距離で放たれた砲弾は寸分の狂いもなくコクピットがある胸部へと吸い込まれる。
『二機撃破』
ヒビキの報告を聞いて、もう一機を見る。後ろへ跳躍し下がるようだった。でも砲口はこちらを向いていて、すぐにでも撃てそうだ。
こちらも跳躍して射線から逃れる。
ライフルを向けて撃とうとした時、敵リンクスの頭部が弾けとんだ。
「ヘッドショット。プラス四〇、かな」
『なんですかそれー』
無線で飛ばした一人言に、今まさに撃った人が反応する。そう返しながらの二射目は胸部のコクピットを穿った。
「僕がいた世界の対戦ゲームで、敵兵の頭を撃ち抜くとそう表示されて加点されるんよ。メイさん」
『そんなポイントいらないしー。早くこちらへ合流してー』
間延びした口調でメイと呼ばれた女性は言う。弾丸が飛んできた方角を見ると、五百メートル離れた位置に大口径ライフルを構えた《マーチャー》が拡大表示された。そちらへブースト移動するアルペジオの《マーチャー》と後方警戒しつつバックする機体も。《プライング》を反転させ、二機の後を追った。




