HALからの話(3)
『さて、《FK計画》についてはこれでいいでしょう。私の知る全てではありませんが、充分な内容でしょう』
少し黙っていたら、HALから静寂を破られた。
「《FK計画》以外にも話すことあったね、そう言えば」
『それよりも、こちらがメインですからね。やっと疑問を話せます』
右のマニュピレーターの人さし指を立てて、少し横に振る。
見ていて思うが、HALは結構身ぶり手振りで話す。さりげなく聞いた話だが、各モーションは乗艦していたイタリア人からトレースしたらしい。イタリア人は身ぶり手振りしないと話せないとか本で読んだが、意外とそうなのかもしれない。
『ただ、現在私が知れた範囲での推察である、というのだけはご了承下さい』
そう断って、HALは突拍子のない事を言葉にした。
『このフロムクェル語はおかしい。それどころかこの世界の歴史も何か、違和感が拭えない。本当に、この世界は私やチハヤユウキにとって異世界、なのでしょうか?』
「いや、いきなり何を言ってるんだ? ここは異世界だぞ、僕らから見れば」
突然の指摘に軽くフリーズしたけれども、なんとか言葉を返す。
僕自身、オルレアン連合発足辺りからの歴史からしかこの世界の歴史は知らない。情けない話だが、そこまで勉強していないからだ。そこまで知る必要はなかったし。
この事をHALに話したら、学んで下さいとお叱りを受ける事となったが。
『そうだとしても、おかしい所がいくつもあります』
曰く、歴史の細部にはおかしい表現があると。あくまで、オルレアン連合側だが。
『歴史とは、第三者からの視線から記録されるもの。時代が重ねていけばそれは「推察される」表現になっていくはずです』
歴史書を読ませて貰ったらしいが、200年前からの歴史が『推察』ではなく『間違いないない』という確信的な表現が少なくないのだ、とか。古くなれば古くなるほど、まるでそうだったと思わせたいような表現が多くなると。
まるで事実を消し、全く異なる歴史を捏造ているような記録だと。
実際にHALの撮った、読書の映像が地面に投影されて、いくつかのポイントが表示されていく。
『このオルレアン連合辺りの祖先は3000年ほど前に東からやって来た同一遊牧民族が祖先である、と本には書かれていました。数少ない文書の記録からそうだと決めつけています。―――まるでそうだと思わせたいような表現です』
「遺跡とか無いのか? そこからの出土品から推察は―――」
『そもそも、この世界は考古学が思いの外進んでいないと思われます。歴史書の記録から、過去の遺跡を調べるという事をしていないようにも』
考古学が進んでいない。その言葉に僕は記憶が刺激される。
「―――恐竜の存在を知らない……。そもそもフロムクェル語に恐竜なる単語がなかった」
《FK075》と交戦する前の会話を思い出した。
地下には化石燃料があるのは知っていたが、その原材料たる恐竜の存在は知らなかった。元居た世界でも、太古の生物の骨と認識するのなんて歴史的に見れば近代頃だし、知らなくてもまあ当然かなと思っていたが。
翌々考えると、出土した物が何なのかを考えていないのかもしれない。
『そう、単語を調べてみましたが、フロムクェル語には恐竜なる単語はありません。そもそも古代を連想させる単語がそれほど無い』
「過去形はあるんだけどね」
『このフロムクェル語。文字は私達が使っていたアルファベット。発声的には英語に近いです。傾向的には西ゲルマン語群のようですが一人称が日本語のように様々ですし、敬語や丁寧語まである。何よりも―――覚えやすい』
「HALは丸覚えだろ?」
『失礼ですね。ちゃんと勉強してます。論理プログラムを実行して理解しています。―――語群の違う人がいないので比較は出来ませんが。つい先日この世界に来た、イオン・リヴィングストンさんは単純な会話程度ならば問題ない程度に覚えたのがいい例ですね』
彼女を例えに出してはいけない。思わず僕はツッコミを入れてしまった。彼女は元居た世界では学問を修める賢者見習い。つまり、物覚えがいいのだ。頭の回転も早いだろう。
『それならそうですね……。失念していました』
「それに、比較対照に出来そうな、独立した言語を母語とする人がここにいるぞ」
『同じインド・ヨーロッパ語族、イタリック語派であるフランス語、イタリア語。ゲルマン語派、西ゲルマン語群である英語を話せる貴方は例外です』
語族が同じどころか語派、さらには語群まで近い言語を操る貴方は比較的早く覚えれて当然ですと言われてしまった。
『少々話が脱線しましたね。―――他にも、このフロムクェル語が世界共通語である、という事実は違和感があります。地方が変われば方言や訛りから長い年月を経て別言語が自然派生してもおかしくない。なのにこの世界は、単一言語のみでコミュニケーションが可能です。―――《フォントノア騎士団》の方々と会話しても出身国や地方が違っても呂律以外は何も変化がない。方言、訛りが一切ないのです』
日本語を例にするなら標準語はあれど、地方に目を向ければ江戸弁、名古屋弁、関西弁、薩摩弁など様々だ。日本人の誰しもが標準語を喋れるわけではない。
そこまで大きくない日本ですらそうなのに、この世界は世界ごとフロムクェル語という標準語しかないのだ。
『私が言いたいのは、このフロムクェル語が自然発声した言語なのかと言いたいのです』
それはつまり。
『フロムクェル語は、人工言語である可能性がある』
HALはそう断言した。
「―――例えそうだとしても、この世界は、異世界だろう?」
もし。そうだとしても、並行世界で異世界ならば同じ文字が使われていてもおかしくないのではないか?
人工言語なら昔に作られたと歴史の教科書とかに―――。
「HAL。フロムクェル語の起源は、調べたか? フロムクェル語以外の言語が存在したという資料はあるのか?」
その思考で、変な歯車の填まり方をした気がする。そして予感も。
『私が知れた範囲では、どちらも存在しません。むしろ、この世界にフロムクェル語以外の言語が使われている様子がない。通信回線を介して各種調査を続けていますが、芳しくありませんね。どこかの国の国立図書館へ赴いた方がいいかもしれません』
HALのその言葉は、予想していた答えと同じだった。
起源が不明な世界共通言語、フロムクェル語。
「HAL。君がこの世界の人と話して変だと感じた事は、他にも?」
そう話を促す。人間以上の高度な知能を持つであろうHALがたった人工言語である可能性だけで、この世界が本当に、西暦の地球とは歴史も文化も違う異世界なのかを判断するわけがない。
『まずは太陽や星の運行です。世界が違うので違って当然かもしれませんが、それらが違うのは私たちの知る太陽系ではないが、それに準じた惑星系であること。そして、この星が地球ではない地球型の惑星であるという証明でもあります。太陽の運行が一年365日なのは偶然の一致でしょうが……。これは根拠の薄いものですのでそこまで重要度は低めです』
「低くしちゃいけないと思う」
『そうですか? ―――次は、この世界の人々の認識―――進化論の有無です』
進化論―――要するに、自分ら人類が猿から進化(厳密には同一の先祖からだが)したという奴である。
進化論、という言葉に記憶が刺激された。カトリックじゃ進化論よりも、聖書教義な所もある。事実、孤児院のあの神父は保守的で敬虔なカトリック教徒だったなぁと思い出す。
「進化論なんて学ぶんじゃねぇ! この聖書教義を読みなさい!」
……等と言われて、聖書押し付けられたっけ。
『この世界に、進化論はありません。むしろ、神様がこの世の生き物を創造したと考えているほどです。この世界の宗教の聖書をいくつか拝見させて頂きましたが、どれも似たようなニュアンスで書かれてました』
「アダムとイヴの物語の延長線上、みたいな?」
ノアの洪水や、方舟の話だったか。乗り込んだ人と動物は助かった話。
『九割方はそのような感じです。洪水の予言と、それを乗り切る為の避難船の神話という意味では。残りの一割は多種多様、眉唾物扱いの説ばかりです。ただ―――』
「ただ?」
『この世界に住む生き物は皆、遥かなる空から来た、という説がありました。リンクス技術者のバレット・ウォーカー氏が『他にもこんな説があるぜ』と言って話してくれましたね。戯れ言かどうかは任せるとも』
まるで、こちらが抱いた疑問に一石投げるような説だ。
遥かなる空。つまりは宇宙から?
何かを消そうとするような歴史の残し方。
人工言語の疑いがある世界共通言語、フロムクェル語。
何かを証明するには、これだけでは不十分だ。
「HAL。君はこの世界を調べるつもりで?」
顎に手を当てて、そう訊ねる。
『そのつもりです。ただ、調査自体は出来る限り内密にやります』
それはどうしてか。別に大々的にやっても問題ないのではと思う。
『もしかしたら、最低でも3000年近く歴史を操作している存在がいる。個人なのか一族なのか、組織なのか、わかりません。どこに目があるのかもわからない。歴史を操作する意図はわかりませんが、暴こうとする存在がいるならば大事を採ってその存在を消そうとするかもしれません』
故に内密に調べる、とHALは言った。
「……なるほどね」
秩序の維持のために、とでも言って消すのだろう。もし、居るのであれば、だが。
『それに現状は疑いだけです。それを根拠に周りに話しても価値観の固定された大多数の人から一笑されるでしょう。地動説を唱えたガリレオのようにはならないでしょうが』
その時代は天動説が主流だったなと。キリストの教えに反してる、とかで異端として処刑されかけたんだっけ。
それじゃないだけいいか、等と思う。
『チハヤユウキ。この件ですが、協力をお願い出来ますか?』
HALはフレームウェポン運用母艦 《ウォースパイト》のメインフレーム。艦周辺でならセントリーロボットでなんとかなるが、距離が伸びると中継機が必要だ。
それに、セントリーロボットだと外見的にいろいろとまずい。今でこそ普通に騎士団の皆と接しているが、最初なんか距離を置かれてたし。
そういった都合もあるのだろう。ようするに調べものするためのクッションが必要なのだ。
それで僕を選んだ主な理由は、この世界の住民ではないこと。その疑惑を話した人物だからだろう。
「出来る限り、するよ。僕も、気になる」
他に、やることなんてないから。そう僕はHALの要請に乗った。




