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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第五章]来訪者たち
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HALからの話(1)



「HALー? 来たぞー」


 人員輸送車で《ウォースパイト》の後部搬入口の前にきて、開口一番に日本語でそう言った。


 HALから話したい事がある、と言われて来たのだ。


 内容……については少し濁されたが恐らくは《FK075 バイター》の事について教えてくれるのだろう。ほとぼりが冷めたら教えるとは言ってたし。


 彼(便宜上)はこの世界に来てから、一応フォントノア騎士団の元で(セントリーロボットを介して)この世界の事を学んでいる。主にフロムクェル語だが。


『お待ちしておりました、チハヤユウキ』


 僕の呼び掛けにどこからともなく答えるHAL。毎回思うが、一体どこにスピーカーやらマイクやらあるのかが疑問である。


 その声と共に、後部ハッチが開いてそれがスロープとなり、艦内へ入れるようになる。

 なかなかに急なスロープを上りきった所に、HALお気に入りの白い三脚タイプのセントリーロボットが待っていた。


『おはようございます。本日もお美しいですねチハヤユウキ。鴉の濡れ羽色とも言うべき髪も、長いと一層見蕩れる美しさ、でしょうか』


「好きで髪を伸ばした訳じゃないけどね。それと、口説く相手の性別を間違えてると思う」


 少し予定調和な世間話をして僕はHALの案内の下、艦内へと進んでいく。



 HALとはこの世界で会って以来、かなり親密な相柄と化している。


 HAL自身AIなのだが、人と変わらない受け答えをしていて良い意味で機械らしくない。なんだかんだ自らボケる(例として上げるなら転んで立ち上がるのに補助を要求したり、物理的にコーヒー飲めないのに要求したりする)愛嬌まである。


 彼の周りがいい人達―――その中に並行世界の僕がいたからもあるだろうが―――人の話を最後まで聞くほどに人が良い。拙いフロムクェル語(実際はもう流暢に喋れるのだが、人間のふりをするため)で、周りの人たちと交流して良好な関係を自ら築こうとしている。


 僕もらしくなく―――この世界の誰にも話していない、《黒い球体》が出現してからの十一ヶ月間の話を彼にした程だ。まあもっとも、並行世界の僕も似たような経験をしたらしかったが。


 一年にも満たない戦争の中、戦場の真っ只中の保護された孤児院から脱出することも出来ず。日々の物資を得つつ、親しい職員達を失いつつ、大切な人(シスター)を死なせ唯一の年長者となり、残った子供達を死なせ、たった一人になったらしい。

 その後、軍に保護されてそのサバイバリティを買われ軍にそのまま入隊。紆余曲折を経て、《ウォースパイト》に乗り込む事になった―――らしい。



『貴方も存外、並行世界のチハヤユウキと変わらないのですね。なんだか、安心しました』


 とはHALの弁だ。

 その言葉に、沢山の意味があるように、僕は思えたが。




 予想外と言うかなんと言うか。艦の中は思いの外、人がすれ違える程度には狭い。軍艦は大体すれ違うのもやっとというほど狭いらしいが、この《ウォースパイト》は広く設計されているようだった。


 内装は元が|グレートブリテン及び北アイルランド連合王国《イギリス》だからか、なかなかに優美だ。テレビで見るような豪華客船ほどでは無いが、軍用艦として見るならばらしくない装飾が施されている。




「前から思ってたけど、この艦の動力はどうなってるんだ? 燃料とか補給してもらってないだろ?」


 以前からの疑問を打ち明ける。


 遠目からながら、《ウォースパイト》に食料以外の物を積んでいる光景を見たことが無い。(※AIであるHALに食事なんて必要無いのだけれど、人間のふりをしている以上受け取る必要がある訳で)


 艦ならば動力に必要な燃料等が要るはずなのに、それの補給をしてないのである。


『当艦は、動力源に特殊なジェネレーター―――実質的には半永久機関のようなものを使っています。これは端的に言いますと、炉心内で真空素子を相転移させることでエネルギーを得るものです』


 これまた夢のようなジェネレーターが出てきたものだ。


『この動力機関はエネルギー発生の際に、この機関周囲に重力異常空間が形成されるのが問題としてあまり使われませんでした。当艦ではそれを逆手にとり、重力制御デバイスを機関周辺に取り付け、重力方向をコントロールすることにより、浮遊から推進、宇宙での擬似的な重力の再現を可能としました』


「大体言ってることは分かるけど、つまり?」


『ジェネレーターが空へ周囲の部品(ウォースパイト)ごと落ちる(・・・)事で浮遊。前へ落ちる(・・・)ことで推進している、ということです』


 なるほど。意外にも分かりやすい仕組み(システム)だ。

 でも、一つ疑問が生まれる。


「でも、そんな動力ならリンクスにも転用出来るんじゃないか? 聞いてる話からすると、フェーズジェネレーターよりもこの艦に使われている特殊なジェネレーターの方が新しいだろ? ならそっちにシフトしていくものじゃないか? 重力操作で浮く事が出来るなら、推進剤の消費をもっと抑えれるだろうに」


 リンクスはブースターの出力次第で空力無視の飛行だって出来る。でもそれだってある意味有限の飛行だ。


 もし、そんな動力機関があってそちらを採用すれば、宙にホバリングする為に推進剤を余分に消耗させるよりもあらゆる面でパフォーマンスがいいだろうに。

 それに、技術差が大きいにも程がある。燃料電池と半永久機関の間に開いた溝が大き過ぎる。


 そんな話をすると、HALはそうであり、そうでもないと首を横にふる。


『まず、リンクスにこの艦のジェネレーターと同じ物を主機関にする案はありましたが、このジェネレーターは製造が容易ではありません。太陽や木星といった、高重力宙域で数年の歳月を経て製造するものなのです。メンテナンスがナノマシン前提の設計のため、構造自体も複雑。小さくとも十メートル前後のサイズ。とても十数メートルから二十メートル前後のリンクスには積めません』


 なにかとんでもない事を聞いた気がする。

 太陽や木星で製造? もしかしたらHALがいた世界は、太陽系を開拓し終わってたのかもしれない。


 そう考えている僕を知ってか知らずか、HALは説明を続けていく。

 フェーズジェネレーターと《ウォースパイト》のジェネレーターを車で例えるなら、ガソリン車に対する電気自動車のようなものだという。


『確かに、私がいた世界ではフェーズジェネレーター自体は古い技術です。環境に優しく(クリーンなシステムで)ありそのエネルギー変換の効率の高さ、製造もメンテナンスも容易という点からから三世紀以上使われてきた物です。軍の装備も街のインフラもそちらに合わされて発展しています』


 インフラを簡単には入れ換えれない。HALはそう言った。

 確かに、僕がいた世界でも電気自動車が世に出回った時も充電する設備が少なかったらしい。それも意外と早くインフラ整備が進んだそうだが。


『当艦のジェネレーターが開発されても、艦ぐらいしか使い道しかなかったのですよ。リンクスに積んでもコストオーバーですし、稼働時の周辺への重力異常は陸海空軍全てが無視出来る問題ではなかったですからね』


 HALはそう話を締めくくった。


「なるほど。動力についてはよくわかった」


 僕はそう短く頷く。

 実際はもっと複雑怪奇な話があるのは間違いないのだが、これ以上は止めておこう。泥沼か、ドツボに嵌まる。


『それでは、話を戻しまして―――ナノマシンによる各種メンテナンス及び修復システムもあるので基本的には人の手要らずの運用体制も―――』


「あー、そういう細かい話はいいから、本題に入ろう」


 本当にそうなりそうだった。





 そんな会話を挟みつつも艦内の通路をHALの先導の下、進んでいく。帰りは彼の案内抜きじゃ出れないだろうな、等と思えるほどに複雑な通路である。


 一体どこに行くのか、と思っていると。


『私にも話したい事がありますが、まずは貴方の身体の変化について答えた方がいいでしょうか?』


 HALから話が振られた。


「身体の変化?」


『はい。数週間でそこまで髪が伸びる、とは異常であるでしょう。それと、当機のサーモグラフィーではチハヤユウキの体温も若干低いようです』


 昨日の健康診断で判明した事が、HALから語られた。

 その事は医官とイオンさん以外知らないハズで、勿論HALにも話してないのである。


「何か、知っているのか?」


『はい。私の居た世界のチハヤユウキも、同様の現象を発現させていましたから、よく知っています』


 そう言ってHALは振り返り、ロボットの胴体のカバーを開いて中から一つの、手帳サイズの写真アルバムを取り出した。


「収納になってるのか」


『なかなかに便利です。ここに私の私物を収納しています。表紙から24ページを開いて下さい』


 差し出されたアルバムを受けとり、言われた通りのページを開く。


 そこには当然のように見開きで二枚の写真が入っていた。それぞれに写っているのは一人ずつ。


 片方は今の僕とそう変わらない容姿―――つまりは一見では華奢で、麗しく長い黒髪の、はた目には女性に見える人物がキッチンで調理をしている写真だ。エプロンを身に付け、楽しげに調理をしている。

 もしかしなくても、というか間違いなく並行世界の僕だろう。


 もう片方に写っているのは所謂、先天性白皮症(アルビノ)だった。

 透き通るような白い肌に銀にも見える白くて長い髪を持つ女性だ。目の色は両目とも薄い青。顔立ちは端正で、見た目では可愛いと沢山の人が思うだろう。


 ただ。


 僕には後者の写真が、何かが引っ掛かるのである。


 まるで、どこかで見た事があるような。何か知っているような。そんな感覚が、僕にはあった。


『見開きの二枚を見て、何か質問はありますか?』


「黒髪のは、並行世界の僕だよな?」


 HALの問いかけに、そう聞き返す。


『はい。チハヤユウキは長髪が一番似合っていると思ってます』


「それはいいから。もう一枚のアルビノの少女は?」


『…………並行世界の貴方です。黒髪の時代(隣の写真)から二十年後の姿です』


「………………はい?」


 意外な答えが返ってきた。並行世界の僕? 二十年後の姿?


 よく見比べてみると確かに体格は似ているし、顔付きも髪と目の色、肌の色を除けばよく似ている。


 しかも、外観からは想像も付かないほどに年齢を重ねているが、年を取ってない。19歳前後から肉体が成長も老化もしていない。


 どうしてこうなったのか。それはHALから語られた。


『《XFK039》の脳への一部データのインストールの後遺症です。脳へのデータのインストールは分かりますね?』


 頭部だけをこちらに向けながら、訊ねてきた。


「それは分かる。男性があの機体を低負荷で動かす為の措置の一つだろ? 起動した時と、この前の《バイター》討伐戦でインストールした」


 起動時は強制的なもので、二回目は《ヒビキ》に要請して。

 結果的にこの騎士団に所属する事になった上に《XFK039/N53 プライング》の専属パイロットとなった訳だが。


『では、脳のどこの部位へインストールしたか分かりますか?』


 そんな質問。そんな事はわからないし、知るよしもない。


『脳のどこへデータが書き込まれたかわからない。これが《XFK039》の欠陥です。人によっては脳を焼き切る事になりかねないほどに、どこに書き込むかわからないのです。その結果、成功したとしてもほとんどの場合後遺症が現れます』


 HALは言う。この後遺症は人によって違うのだと。ただ。


『今のところ、チハヤユウキは私の知る並行世界のチハヤユウキと同じようです。まず最初の書き込み(インストール)は新陳代謝の変化。彼は主にアルコールの分解速度の上昇でしたね。心当たりは?』


 ある。《バイター》討伐戦より少し前、団長達と飲み競べした時。僕はお酒を飲んだ事がなかったのに、朝まで飲み明かしてなお平気でいた。それは僕の体質がそうなのでは、と思っていたが。


『二回目は、更なる新陳代謝の変化―――髪が常人以上に伸びるようになりましたね。それと平熱が34度7分辺りまで低下しました』


 昨日判明した低体温と最近の髪の伸び。


 それからはメラニン色素生成の異常により、色が抜けていく。

 新陳代謝の変化により、その時の年齢―――20歳ごろの若さを、その後二十年維持。実質的に不老の実現だ。


『詳細な検査など出来る時代、状況ではなかったので詳しくは分かりませんが、内分泌(ホルモン)系―――脳なので脳下垂体や松果体などの器官周辺にデータが書き込まれ、そのダメージや書き込まれた影響が身体に異常をきたす……と思われます』


 その時に居た医者は、内科医は居ても当然のように脳外科では無かったし、内分泌系も勿論専門外だった。齧った分からの推察しか出来なかったという。


「その果てが、この状態と?」


 アルバムを見せ、訊ねる。アルビノへと成り果てた並行世界の僕。


『はい。メラニン色素の生成も行われにくくなり、最後のインストールと多大な《links》負荷の末、短期間でその様に。本人は容姿の変化についてはそこまで思い詰めませんでしたね。むしろ美しくなっていいでしょう? なんて前向きに微笑んでいたほどです』


 HALはアルバムを受けとり、写真をじっと見てから胴体へ格納する。まるで懐かしく見るように。


「…………それはもう、脳にプログラムが書き込まれた時点でそうなるのが確定してるのか?」


『それは分かりません。《XFK039》のプログラム書き込みは、何が起きるかデータが乏しく推察もままなりません。数少ないデータのほとんどは初回インストールの後遺症のみですから』


 HALは移動を止め、こちらに振り向く。


『なので、私からはこれ以上プログラムを脳へインストールする、もしくは今の状態で《XFK039》以外のリンクスへの搭乗も控えて下さい、としか言えません』


「止めろ、ではなくて?」


 控えろ? どうしてそんな表現なのだろうか。止めさせるならそれ以上に最適な言い方があるだろうに。


『チハヤユウキという人間は、その程度で止める人ではないので。どこまでも自殺志願。親愛なる隣人の為に自ら汚れ続ける。それが自分の容姿が変わってしまうとしても無くした大切な人や仲間の為に歩くことを止めない。そんな滅茶苦茶な人間―――そうでしょう?』


「…………」


 HALの言葉に、僕は何も言えなかった。


『その自己犠牲と自殺願望の精神を私は止めれなかった。止めれる人は、私ではなかった。だからこそ控えて下さいとしか言えないのです』


 彼は―――HALは後悔したのだろう。友人の姿が、変わり果ててしまうのを。


『昔のかけがえのない人達と、今の隣人達の為に、控えて下さい』


 人間(機械)が嘆願した。


「―――わかった。これ以上プログラムを脳へインストールするのは控える」


 今は一人で戦っている訳じゃないしね、と付け足した。


 ただ、僕の心には何か負けた、という気がした。

 それがどういう理由かはわからないけど。


『………………よろしくお願いします、チハヤユウキ』


 HALにしては長い沈黙の後、そう言って通路を進み始めた。


 まるで、またそうしかねないと思っているような仕草だった。




 

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