格納庫にて、昼食
二時間半ほど時間が過ぎて昼。
基地は昼休憩に入る。当直以外の隊員達がこぞって食堂へ向かったりしている。
僕は大量の整備班行き弁当を車に載せ、基地の西側、リンクス格納庫の方へと走らせる。基地内の指定速度を超えないように走らせること数分でそこに着いた。
「旦那ー! それに整備班の方々もー! 昼弁当持ってきたぞー! 手ぇ洗ってからこーい!」
大声を上げて、昼飯だと叫ぶ。おおう、と言う声と共に昼飯だだのなんだの声が格納庫に響き渡り、彼らは仕事に一端の区切りを着けて、手洗い場に行く。
僕はその間に車から弁当が入ったクーラーボックス四個をいつもの弁当置き場とされている机に置く。
そうしてる内に手を洗い終えた人から弁当に手をつけ、
「なんだこれ? パン?」
「サンドイッチっていう料理。パンに野菜やら肉やら挟んだ料理。オススメは隅にあるカツサンド」
今日の弁当の中身を説明しながら渡していく。
さっそく食べた人から美味いと言う声が上がり、まだ弁当を手にしてない人が急いで弁当を受け取りにくる。人数分どころか余分もあるから急がなくていいのに。
「おう、この前言ってた料理か?」
そう言って、二メートルに届きそうな巨漢が弁当を受け取った。一見強面だが目はくりっとしていて愛嬌ある顔付きの人で名前はゴーティエと言う。五十代半ばで面倒見もよく腕のいいリンクス整備士にしてここの班長である。その容姿や言動から皆は彼を旦那と呼び慕っている。
「うん。鍋と例の箱使ってね。故郷の味に近いものができたよ」
「そいつぁ良かった。美味いもんが増えるのは気分がいいぜ。あのころにゃあ戻りたくねぇな」
ガハハと笑いながらゴーティエは言う。あの日の夕食(物質Xと呼称してもいいかも)よりひどい物が出たことがあるのだろう。そうに違いない。
ゴーティエはその場で弁当を開け、サンドイッチにかじりつく。
「美味ぇなやっぱ。この中身の肉なんだ?」
「豚。トンカツってやつ。二百度以上の油で揚げる調理法で出来るもの」
そう説明しながら次の人へ渡す。
「そういやぁ、油に泳がせて火を通す料理があるって言ってたな……。これがそれか。――お前さん、元いた世界じゃプロの料理人か? いや、その年じゃ見習いってところか?」
彼は疑惑の目で僕を見た。何か違和感の塊でも見るような目付きである。
「いや、高校って言う教育機関に一年と半年ぐらいいただけだよ? ノーシアフォールまでは、だけど。バイトして日銭稼いでた」
「それにしちゃあ――いや、ちと聞くのは無礼か」
「気にしなくていいよ。ノーシアフォールで何もかも失ってるし」
僕はそう言って続きを促す。
「じゃあ一つだけ言うわ。返さなくてもいいぞ? ――お前さん、その死んだ人間のような目とか、たまに見る穏やかな表情とか、二十超えてない人がしていい表情じゃねぇぞ? ノーシアフォール発生からの十一ヶ月間で何があった? 何をしてきた? 俺にゃあ、お前さんが不気味でしょうがない」
何もかも失ってる、それだけだよと僕は返した。
ほぼ全員に配り終えて、ゴーティエの旦那の隣へと座る。
整備班に弁当を配った時は旦那のお気に入りの場所に、余った弁当を入れたクーラーボックスを持ってきてここで弁当を食べるのが習慣になっていた。
旦那と話をして知らないフロンクェル語を学ぶ機会づくりがいつの間にか習慣(一か月程度で習慣と呼んでいいのだろうか?)になっていた。正面には直立姿勢で整備を受けている人型機動兵器『リンクス』が何機も並んでおりなかなか壮観である。
「しょっちゅうこのリンクスって兵器見ますけど、これってどんな兵器なんです?」
僕はそう話を振った。
「お前さんの世界には無かったのか、こんな兵器」
旦那は不思議そうに聞き返してきた。
「うん。そこまで科学技術は進んで無かったし、人型兵器が有効とされて無かったし。――まあ、創作……作り物語で未来の兵器として活躍するアニメというか小説というか、まあそんなのがあったけど」
実在するか否か、なら実在しない物だと僕は答えた。
「そうかぁー。てっきりリンクスが存在する世界から来たかと思ってたぜ」
そう言って旦那はリンクスについて説明をしてくれた。
人型機動兵器『リンクス』。
基本的に十数メートルの人型兵器。一番最初に発見されたのは今かから七十年ほど前、『ノーシアフォール』出現から十年経とうとしていた時だった。その時の技術レベル(聞いてる話からの推察だが第二次世界大戦後から冷戦間際の技術レベル)では解析もままならなかったらしいが、それから数か月以内にこの兵器とほぼ同一の兵器を使っていた、もしくは開発、生産に関わっていた人や設備等が現れて、新規開発出来るほどにまでになったそうだ。
――ただ。それは同一の兵器ではあっても、彼らが知っているそのものではなく、彼らの世界のものとは違う兵器だったのは間違いなく。機体に使われているシステム『Links』から通称をリンクスと呼ぶようになった。
主な動力機関として使われているのは《フェーズジェネレータ》と呼ばれる反応炉である。
この世界に(もしかしたらリンクスが存在した世界にも)存在する《フェーズ粒子》及び《フェーズ資源》を用いた発電機関で、僕がいた世界の人に説明するなら発電効率がかなり優れた燃料電池でいいかもしれない。
フェーズ粒子の主な入手手段は石油などの化石燃料よろしく、地下に眠っているらしくフェーズ資源として採れるとのこと。
性質としては、エネルギーとしては少量の資源で大電力をかなりの高効率(例としてジェネレータにも依るが百リットルの量でで五〇〇〇KWを八十五パーセント前後の効率で五〇時間ほど稼働する)で得られる。
フェーズ資源は化学分裂した際にかなりの電力を発生させると同時にフェーズ粒子と窒素、水素に分裂する(補助的だがこの水素を使って発電もしている)とのこと。
発生した粒子を容器に入れて一定以上圧縮、電流を流し安定的に還流させることで、ある種のクッション――遥かに高度な慣性制御(例え話だけど、時速三〇〇キロで移動して制動距離一〇メートルで停止したとする。
この時にパイロットにかかる負荷を時速四〇キロの車がブレーキをかける程度に軽減する)が出来るようになる。
この仕組みはチャンバー式G軽減制御システムと呼ばれ、リンクスのコクピットの外周を覆うよう組み込まれている。
容器、という用量あるものなので入りきらない粒子は大気中に放出される。
「防御用のバリアとかフィールドとか、攻撃にその粒子を使えそうだけど……」
「理論上は出来るらしいぞ? ただ、馬鹿げたような粒子排出量と電力、コストと設備がデカすぎてやれないらしい」
《装備》ではなく《設備》、らしい。
そしてこの『リンクス』。パイロットが搭乗して操るのは言わずもがななんだけど、システム『Links』はパイロットに適正がいるという代物。
頭にカチューシャ状の端末を着用し、脳波を読み取ってリンクス操作にフィードバックさせるシステムである。
感覚としては体を動かすに近い感覚で動かせれるらしい。第二の身体、と表現されることもある。
適正自体は誰にもあるのだけど、男女で差が出るものらしい。
男性のリンクス適正値は60パーセントを上回ることはほとんどない。高くて54.2だそうだ。
対して女性は70パーセントを超えるのが普通――低くても74.6パーセント。最大なら98.1パーセントをたたき出すらしい。
数字で言われるとパッとしないだろうから、これまた例え話で話すと、男性は全身に約六十キロのおもりをつけて走るようなもので、女性は十キロ弱の荷物を抱えて走っている、といったところらしい。
そのことからリンクスパイロットは女性が占めており、男性パイロットはいないらしい。
「だからこのフォントノア騎士団、女性が多いのか」
ここまで聞いて、僕はそう納得した。
「そうだ。整備班除きゃあ、野郎はみな装甲車や戦車、戦闘ヘリ、歩兵の担当だぜ。。……まあ、リンクスにゃあ敵わないがな」
ゴーティエはそう言ってがははと笑う。
総合面では兵器のヒエラルキーはリンクスが上位に君臨しているらしく、周到な待ち伏せ、防衛線を張らない限りは勝率は低いらしい。
話を戻して、リンクスの駆動系は導電性伸縮複合樹脂(人工筋肉のような物)が使われている。軽くて防弾性もあり、トルクも申し分ない代物で現行のリンクスに採用されている。先述したシステムとこの人工筋肉により人型になったもの、と推測されている。
他にもプラズマ・アークジェット推進機によるブースター機動により、ブースター制御とコンデンサ容量との兼ね合いもあるが空力無視の飛行が可能と、なかなかの高性能な兵器である。
そこまで聞いて僕は目の前に並ぶリンクスの中に、一機だけ違う機体を見つけた。
この格納庫にあるのはオルレアン連合軍の主力機にして騎士団で使っているリンクス《マーチャー》――ハイエンドモデル 《マーチャーE2型》である。
人工筋肉を出力重視にし、装甲レイアウトを変更して頭部を立体視を重視のツインアイにした、原型機の面影がなくなった(らしい。僕は原形機を知らない)機体だ。
スマートな、もしくはアスリートようなシルエットと西洋の騎士の甲冑を合わせたようなリンクスだが、それとはフレームから違う機体がそこにあった。
まず全体的に尖鋭的な印象があった。
頭部は《マーチャー》と比べて前後に長く、暗転しているがX字に並んだ光学センサ。
ステルス戦闘機の機首のような胸部に後ろに長い胴体。
胴体と同じように前後へと長い肩部。
肘から手首にかけて細くなっていく腕部。
ヒールが高く設置面積が少なさそうで、蹴りを繰り出したら相手が切れそうな脚部。
シルエットとしては、人間の骨格から外したような人型、もしくはずんむりむっくりな体型。人間に装甲を張り付けたと言うよりも、戦闘機を人型兵器に変えたような。
こういうのが好きな人に例え話をするなら《マーチャー》が〇S、この機体はA〇みたいな印象があった。
「あの、白い塗装剥がれの激しいの。最近搬入したのか?」
思ったことをそのまま口にする。
「ああ、あれか。先週にやってきたやつだ。去年のコーアズィで回収されたリンクス。――面倒な曰く付き」
「曰く付き?」
「おう。技研のほうで調査じゃ、カタログスペックは標準仕様の《マーチャー》よりフェーズジェネレータの出力、ブースターの機動力が上で、次期主力機、もしくは技術試験として審査トライアル予定なんだが、こいつを乗りこなせるやつがいなくてな?」
「乗りこなせる人がいない? 」
「まずはジェネレータが二機積まれてることからくる出力制御の心的違和感。お嬢様方曰くジェネレータは心臓みたいな感覚なんだそうだが、それが二つなのが気持ち悪いんだと。次に機体各所に付いているスラスターの制御の困難さ。基本的なリンクスは背中に一基、脚部の膝より少し上の側面に一基ずつ、合計三基のスラスターが付いているんだが、こいつは多くてなぁ。脹脛に左右一つ、両腰に前向きに二つ、背中に二つ、両肩にも横方向にで計八つだ。リンクスとしちゃあ、おかしいぐらいに多い。これも心的違和感の原因だな。他にも稼働部が多いのと、駆動系の一部に油圧が組み込まれていたり、脇下と背中に一対ずつのサブアームがあるのも手伝って、乗れるヤツが未だに居ないわけだな」
リンクスとして色々なところで歪な機体。ゴーティエはそう言いきった。おそらく、リンクスが兵器として運用され始めた黎明期の機体ではとも。
僕にはあまり関係無い話ではあったけど、面白い話だった。