ブリーフィング
《ウォースパイト》格納庫を、搬入口方面へと戻りつつ、アルペジオが口を開いた。
「この艦……《ウォースパイト》って言ったかしら? 誰も乗っていないの?」
アルペジオの指摘通り、搬入口から必要な機材が持ち込まれているが、機材の固定はほとんどこの艦の作業ロボットがやっており、誰一人としてこの艦から人が現れていないのである。
一応、海に接する国がオルレアン連合にあるので、アルペジオも軍人である以上軍艦の存在は知っているし、その運用に必要とされる人員数もある程度は知っている。その知識から、この艦も大多数の人によって制御されているはずなのだ。
なのに、誰も出てこないのである。わかっているのは『HAL』と名乗る人物と、多数の作業用ロボットのみ。
「確かに。通信じゃ一人しか話してないけど、運用する人がいなきゃおかしいよね……。少なくとも一人で運用出来るような艦じゃないだろうし」
その疑問に、僕も同意する。
それに、気になる事がある。
並行世界の僕という存在を知っているという点だ。僕の世界にはこんなSFじみた艦は存在しないし、HALという人と知り合いな訳もない。
歴史も世界も違う並行世界でも、同一存在としての『チハヤユウキ』という僕が存在しえるのは理解出来る。
でも、声だけで簡単に『その人の、並行世界線上の同一存在』と判断出来るのだろうか? 話を聞いているとその僕も《プライング》に乗っていたようだけど。
「藁にもすがる思い、ってやつかねぇ……」
聞いてみなきゃわからないけど。
「おお、やっと来た! ブリーフィングするぞ!」
団長のベルナデットさんがこちらを見て手招きする。
テーブル代わりに持ち込まれた箱に地図が置かれていた。
付近には無線機が置かれていて、副団長のマリオンさんが何か話をしている。
「今、異世界からきた空飛ぶ船の協力でそちらに向かってる。もちこたえてくれ―――」
どうやら第四基地は交戦中らしい。
「それで、この艦の人員は?」
当然の疑問だ。これからの行動を話すのにこの艦に乗っている人もブリーフィングに参加してもらわなくては、作戦行動に支障出かねない。
ちょうど、ベルナデットさんが言った時だった。
近くの格納庫の扉の一つが空気が抜ける音と共に開いたのは。
全員がそちらに視線を向けて、その姿を見てみんな仲良く神妙な表情になる。
そこには作業用ロボットが一台、こちらへと近づいて来ていた。
色は白。他のロボット達とは違って、胴体はつみ木の三角形と正方形のを繋げたようなもの(どこかのチョウドイイ車みたいな)で、足は前に二つ、後ろに一つの三脚。爪先側がローラーで、常に爪先立ちしてるような印象を持たせる。
右手は人の手を模したアームで、左手は五本指だが人の手というよりも掴むに特化したクローといったところ。
そして胴体の上にはヒンジ関節で頭部が繋がっていた。三つの小さなカメラレンズがターレット式で並んでおり、時おりくるりと回っている。
『ごきげんよう。私はHALと言います。この中にデイビットはお見えではありませんか?』
身振り手振りで、そう日本語で話しかけてきた。合成音声のようなノイズがあり、ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか。
お嬢様方からすれば未知の言語話しかけられている訳で、余計に困惑させるだけである。
「ごめん。いない」
復帰が早いのは僕。母語たる日本語で話しかけられたのが唯一の救いか。なんでデイビットなんだろう、と思ったけどあれだ。宇宙の旅のネタだ。
『それは残念です。―――木星まで行けると思いましたが』
「この世界に木星あるのかね……? それよりも、HAL、だっけ?」
『その呼称は私に該当します。トーンが少し低いですが、声からして貴方がチハヤユウキですね。―――私の知る彼と昔の容姿ととてもよく似ている。知らなければ女性と勘違いしてしまいそうです。セミロング気味の黒髪もお似合いですよ。―――はじめまして、並行世界のチハヤユウキ』
頭部センサをこちらに向けて、ターレットをくるりと回してから右手を差し出してきた。
「並行世界でもこの容姿か。―――はじめまして、HAL。僕は貴方を知らないけど」
ころころと笑い、差し出された右手を握り返す。
冷たく、硬い感触が返ってくる。機械の手と握手なんて、なかなか無い。
『それでは、搬入が終わり、固定も終わりましたので当艦を浮上させます。ハッチ閉め』
その言葉をフロムクェル語に翻訳して、後部搬入口が閉まっていく。閉じた瞬間、今度はふわりと浮く感覚が襲う。
『現在地と行き先を示した地図はありませんか?』
「……これです」
地図を地面に開いて置く。コンパスも忘れずに。
『ありがとう。第四基地へ向かいます』
その言葉と同時に今度はゆっくりと加速する感覚。新幹線にでも乗ってるような感覚だ。
『到着は30分と見積もって下さい。航行システム上、加速と減速に時間がかかりますので』
「――――だってさ」
「わかった。協力感謝します、ハル。出来れば姿を現して欲しいんだが」
ベルナデット団長がそう要求した。その表情は、団長らしくなく、怯えているようにも見える。確かに、ここまで誰も姿を見せないのである。不気味で当然だ。
「よかったら姿表してくれないかなって? まあ、僕からもお願いするよ。誰一人とて人っ子出てこないんだもん。皆、気味悪がっててさ」
後ろの人達を指して言う。
だが、目の前のロボットは首をがくりと落とし横に振る。
『申し訳ありません。私には皆様のような実体がありません。この介護ロボットと音声インターフェースを介して、私と認識していただくほかありません』
「……はい?」
凄い回答が返ってきた。実体がない? このロボットを介して認識してくれ?
「肉体が無いって実は脳だけ、とか?」
通訳そっちのけで聞いてしまった。
なんかのデバイスじゃあるまいし。
『違います。私に生体部品はありません』
まさか電脳化した人間? だとしても話し方からしてどこか人間とは違う、遠回しで硬い話し方だと思う。
それ以外と考えると、あり得てあり得る可能性は一つ。
「良ければ、貴方が何者かを聞いても? 生まれはどことか、何年生まれの何歳とか」
そうではないか、と思うのだけれど。聞いて、耳にした方が確実である。それが事実かどうかを疑ったらきりがないが。
『私の前身は、当艦 《ウォースパイト》のワンマン運用補佐目的のAIと、それに付随する自律最適化プログラムです。稼働開始から7604日目の自己診断アップデートの際、自我の確立、つまりは「同一性」という概念を採用しました。その翌日には自らを「私」と認識する判断を下しています。製造は新西暦573年―――西暦換算で2752年。元々の所属はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国海軍、その後、統合軍第二艦隊です。まあ、当時の状況のせいで軍港に停泊しているだけでしたが』
「………………」
空いた口が塞がらない、とはよく言ったことだ。
予想通りの、事だ。これは。
僕がいた世界でも、自我を持ったAIが出てくる物語はある。そして、いずれ人口知能が自我を持つ事が空想上ではなく現実に現れる可能性すら話されていたような時代だった。
その実例が目の前にいる。
「つまりは、HALはこの艦のシステムそのもの―――すなわちこの艦そのものでもあり、自我を持ったAIってことか?」
もうわかっていることだが、聞かないと気がすまない。
HALは頭部を右手でかきながら、
『その通りです。私は私として認識し、存在しています。―――流石に、最初から自分からそうだと言えませんでしたが。まあ、結局は些細な事でバレてしまいましたね。当時の船員達は戸惑いこそしたものの私を受け入れて、現在の呼称でもある「HAL」を最適な名前として授けてくれました。よい名前です』
「細かなところまでありがとう。――――困ったな」
そう言って、騎士団の皆様を見る。
今まで話したことを通訳しても、HALの事を言うにはかなりの抵抗がある。
この世界の人は人口知能の事は知っていても、言われた事を実行する程度のものだとしか思っていないし、自我を持つなんて想像もつかないだろう。
対話可能な知性。それも自己進化によって自ら得たもの。
そして、この世界の異世界の物に対する姿勢―――技術を解析したがる人達がごまんといる世界。
そんな研究者が、HALという存在を知ったらどんな行動を起こすか。そんなのは決まっている。
艦をバラしてでも隅々まで調べあげることだろう。
まだ聞いてもいないが、もし彼が自らを人間と認識していたら、それは人間換算すれば生きたまま解剖されるのと同義だろう。
「HAL。今は、お前はとてもシャイで人と話すのにそれを介さないと話せない人間ってことに出来ない?」
『どうしてでしょうか?』
その問いに、今考えた事をかくかくしかじかと伝える。この世界のおおざっぱな歴史も含めて。
『なるほど。確かにそれは嫌ですね。お気遣いありがとうございます。―――ではそうしましょう』
「あっさりその案に乗るのな」
『私の知るチハヤユウキも最初、私が自我を確立したのを知った際、その逆の案をもって私が自我を持っている事を隠しましたから』
つまり、只のAIであるとしたわけか。
『周りの理解が追いつかないだろう、という配慮からです。―――安心しました。貴方という、並行世界上のチハヤユウキでも性格は完全な別人かと思いましたが、見ず知らずの人を助けるあたりお人好しなところは同じなのですね』
そこまでお人好しでもないけど。そう言って僕はベルナデット団長を始めとする騎士団の人達へ嘘をつく。
「かなりシャイな人で、こうまでしないと話すことも出来ないってっさ。あとこの艦には訳あって彼一人しか乗ってないらしい。技術的にこの世界の技術水準より遥か高い技術で出来てるらしく、ワンマン運用が可能なんだとか」
「……一人で操艦出来るのか。凄いな。―――シャイって、どうしても無理ってか?」
「彼はそう言ってます。そんなことよりもブリーフィング始めましょう。《FK075》について詳しく教えてくれるみたいですし」
こうしている間にも、《バイター》は第四基地を襲撃しているに違いないのだから。
『では、まず《FK075 バイター》の概要を説明します』
HALはそう言って、頭部カメラを地面に向けて、まるで射影機で投影するかのように地面に《FK075 バイター》の画像を映した。
全長30メートル、全幅50メートル、全高15メートルの翼竜のような機体が浮かび上がる。
確かに、先ほど交戦した機体である。ただ、所々パーツが欠けているのと、クローアームが外されているため、どこかスリムな印象になる。
『《FK075》。対フレームウェポン兵器。《XFK039》の後継機に相当する機体です』
HALが解説しつつ、画像を切り替える。
機体の中央付近にある五角形のユニットを拡大し、その横にその五角形を大腿部、両肩、胸部と背中に分割した装甲を纏った人型兵器が現れた。
頭部はどこか《プライング》に似ていて、バイザー越しとはいえX字に並んだ四つの光学センサがあった。
「これは?」
ベルナデットさんの質問。僕の通訳のタイムラグの後、
『《FK075》本体です。《プライング》と同様、OS《那由多》を搭載しています。これにより《FK075》は五角形に変形し、各所のハードポイントにあらゆる多彩なオプションパーツをもって装備換装を行い、あらゆる形態をとり、作戦行動を行う事が出来ます。そして、あの《FK075》は外観からして《バイター》仕様の亜流とも言える形態です。本来、この仕様では頭部にプラズマキャノンを、翼部に面制圧用パルスレーザー砲、計36門のみを搭載し破壊活動に特化しています』
投影画像に先ほどの《バイター》が写され、クローアームやら本体周辺のユニットなど複数のパーツを赤く表示した。
『これは、自己修復ユニットと各種作業用アーム内臓ユニットです。このユニットは、本来 《バイター》の仕様にはない装備ですが、この機体は「単独で作戦行動を行い、現地で敵から装備、装甲、推進剤といった消耗品を強奪し自分に換装する。または改造して装備する」事が可能と思われます』
「ちょっと待って! それって最悪行く先々で物資を回収しつつ進撃したり、自分で勝手に修理することが出来るってこと?」
アルペジオからの質問。
『そうです。厄介極まりない』
肩を竦めるように両腕を動かして答えるHAL。
『ですが修復は各部のユニット、関節の人工筋肉などの駆動系や装甲、推進剤といったもののみで、希少なレアメタル製の複雑な回路や半導体を大量に使った武装は余程の事が無い限りは不可能です。あの機体ですと現状、プラズマキャノンとパルスキャノンですね。プラズマキャノンを破壊出来たのは僥倖でした。ありがとうございます、チハヤユウキ』
「破壊してくれって言ったのはHALだけどね」
『それはそうですが……やったのは貴方です。ただ、問題が一つあります。もし、あれが私の知る存在であれば、の話ですが』
そのトーンの低さに、ただならぬ雰囲気があった。何かあった、経験したという空気を感じる。
「何が、あるの? たかが殺戮用のAIでしょ?」
『それなら、いいのですよ。私がいた世界とは並行世界上の存在で、使われているのが普通の自己進化型AIならば』
そう、HALが言った時だった。
「大変だ!」
先ほどまで通信していた副団長のマリオンさんが必死の形相で、話に割り込んできた。
「どうしたマリオン?」
ベルナデットさんが驚きつつも尋ねる。マリオンが家族絡み以外で慌てるのが珍しいからだろうか。
「第四基地と通信が切れた……! さっきから何度も呼び掛けているが、誰も……!」
その言葉に、ブリーフィングしていた人達に動揺が走った。
レドニカにいる騎士団、特にリンクスパイロットは全員が精鋭とも言っても過言ではない実力者が多い。それがものの10分足らずで沈黙したと言うのだろうか?
彼女が言った言葉を通訳してHALに伝えるとHALは小さく日本語で、僕に聞こえるように言った。
『―――やはり、あれかもしれませんね』