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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第四章]恐ろしいもの、作り上げたのは
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屋上にて


「おや。先に屋上に誰かいるなんて珍しい」


 訓練から数日後の夜。


 夜風に当たりたいのとギターを弾くために久々に屋上に上がった僕は、ベンチに座る少女にそう話しかけた。


「あっ、チハヤさんっ! こんばんはっ!」


 褐色肌の少女―――ヒュリア・バラミールさんはすぐに立ち上り敬礼をする。

 何度も言葉を交わしているが、底抜けに明るいというのが僕が抱いた彼女の印象だ。


「しなくていいよ。それに、元々軍属じゃないし」


 そう言って、ヒュリアが座っていたベンチとは正反対の向きのベンチに座り、ココアの入ったマグカップを置き、ギターを弾き出す。


 この辺りは温暖な気候らしく、日中は過ごしやすい。風も程よく吹き、夜風が心地よかったりする。聞くと、夏や冬といった季節は短い―――気温が極端に暑い、寒いという時期があまり無い地域らしく、帝国が攻めてくるまではいくつもの国が在ったらしい。

 その中でもレドニカは大きな国の首都だったとか。現在は言わずもがなだが。


「……変わった楽器……ですね」


 ギターを見つつ、不思議そうに言うヒュリアさん。


「この世界―――少なくともオルレアン連合側には無いらしいね。作ってないみたいだし。弦なんかも、回収された分しかない」


 弦がなくなったら弾けなくなるなぁ、と呟く。


「チハヤさんって芸達者ですよね。料理できて、楽器弾けて、ギャンブルできて、手品できて。それどころか戦闘技術まで」


「…………」



 何気ない一言。


 それを聞いて、あの頃を思い出してしまった。


 あいつの表情を少しでも変えたくて、始めたものの。


 上達しても、変わらなかったあの表情を。


 あれだけの努力した意味が何だったのか。

 それだけは、よくわからない。


 少なくとも、それのお陰で今の生活があるのだが。



「どうしました?」


 顔を覗き込まれて、現実に引き戻される。


「……何でもない。不要なものもあるなぁって」


 暗くて見えづらいが、《ノーシアフォール》に視線を向ける。


 少し陽気な曲調で、気を紛らわせる。


 ヒュリアさんも黙ってしまい、何か話を振りたくなってしまう。


「今日の訓練、惜しかったね」


 今日の訓練を思い出して、その事を口にする。



 本日の訓練は、四、五戦の模擬戦―――《マーチャーE2改》同士の廃墟都市の遭遇戦。データ取りや、システム調整の為が目的だったりもする。


 因みに僕は《プライング》に乗ってはいたけれども不参加で、主に上空からUAVで戦闘を観戦―――要はUAVのテストである。


 本日の接戦は二つ。


 アルペジオ機とエリザ機の市街地戦―――建物から飛び出しての奇襲から、狭い住宅街での最大相対速度一二〇〇キロオーバーの高速三次元戦闘、住宅街上空での同航戦に反航戦、交錯戦。

 ライフルとショットガンでの撃ち合いからシールドアタック、実体剣による近接格闘戦まで。


 リンクスで行われる戦闘機動のほとんどが使われた接戦である。

 《マーチャーE2改》のスペックを最大限使った模擬戦は、エリザさんに軍配が上がった。

 

 蛇足としては、心底悔しそうなアルペジオが見れたぐらいである。



 もう一つはヒュリア機とカルメ機の市街地戦。


 こちらは前述の二人と比べて派手(アルペジオらはやり過ぎだという事をここで明記しておく)ではないのだけれど、緩急ついてて参考になる戦闘だった。


 カルメ機は絶え間なくブースト機動で接近を図り、牽制射撃とブレードによる捨て身に近い短期決戦を仕掛けた。

 ヒュリア機は対照的に、距離を取りつつ狙いを絞った射撃と、ブレードでの対応や、投擲用ナイフによる相手への牽制で安全第一な長期戦を狙う。


 互いが互いを牽制し、相手の距離に入ったり出たりの繰り返しで、単純な戦闘時間ならばアルペジオやエリザの時より長い戦闘が続いた。


 最終的に、銃器の残弾無しで近接格闘戦でヒュリア機が隙を見せたところをカルメ機が勝利をもぎ取ったのである。



「じゃじゃ馬らしい試作機であれだけやれれば大したものだと、ベテラン勢とか、アルペジオ殿下とかエリザさんとか、誰しもが言ってたよ。将来が楽しみだって」


「まだまだ精進あるのみ、ですね。でも、なかなか彼女(カルメ)に勝てません……」


「……カルメさん曰く、ヒュリアさんとの模擬戦だけは辛勝ばかりで、勝ちにくい相手だって誉めてたぞ」


 そう言って数日前に話していた事を伝える。


 勝ち方なり、ヒュリアさん相手に負けたくないだのという話を、隠す理由も無いので正直に。


「カルメ、勝ち越してる相手にそう思ってるんだ。彼女らしい」


 何か嬉しそうに、ヒュリアさんは言った。


 仲が良さそうで、と言ったら唯一無二の親友よと答えられた。


「楽に勝利を納めれない、貴女がそこまでカルメさんを苦しめる理由が分からないって」


「簡単よ。戦う理由がハッキリとしてるから」 


「戦う理由、ね」


 僕には、まともでもない理由があるけども。


「おばあちゃんの故郷を見たい。それだけなの」


 聞けば、ヒュリアさんの一族は今現在帝国に滅ぼされた国の一つ―――クオン公国の一民族だとい。その辺り一帯の特徴として、褐色肌の人種が多いとか。


 クオン公国はレドニカから北西に二国ほど離れた海沿いの国で、海が透き通って見える、自然の美しい国だったらしい。そして帝国との戦争に敗れ、約半数近くの国民が故郷を追われたらしい。残りの半数は殺されたか、各地でひっそりと生きているか、噂の範疇だが、レジスタンスとして活動しているらしい。


「故郷に帰りたいって、いつもおばあちゃんは言ってたわ。故郷の美しい海が見たいって」


 遠い目で、彼女は語った。


「そのお婆さんは、今おいくつで?」


「もう10年前に死んだわ」


「……ごめん。悪いことを聞いた」


「気にしなくていいわ。―――それでね、ずっと思ってるの。おばあちゃんが見た海を、見たいって」


 海、か。

 僕自身は砂浜抜きの、漁港からの海なら知り合いの趣味の釣りに付き合った事もあるので見たことあるが。

 でも、東京湾だし、太平洋側は見たことはない。


 こちらの世界の地図を見たが(当然だが、大陸は地球のそれとは違う)、この辺り、及びオルレアン連合の勢力内のほとんどが内陸部。それも南にある山脈と、各地の山から流れる川とその支流、作られた運河が主な水源であり、海が無い。

 オルレアン連合、第一位国 《クナモアリル》なら海があるが。


「内海ぐらいならあるけどねぇ……。ヒュリアさんは見たことは?」


「無いわ。カルメと同じ、内陸の《バセロック》出身よ?」


 当然か。


「……バセロック出身なら、フォンノア騎士団に? なんで第五騎士団 《アルメア騎士団》に所属しなかったの?」


 現在のレドニカに配置された騎士団は四つ。


 その内の一つにバセロック出身者主体のオルレアン連合軍第五騎士団、通称を《アルメア騎士団》がある。うろ覚えながら、確か現在はフォンノア騎士団の正反対の西側の基地―――位置的にもクオン公国に近い位置の騎士団のはず。


 そこなら親族、一族の故郷に近いだろうに。


「人種差別で試験を落とされたのよ。当然でしょ」


 吐き捨てるように、説明してくれた。


「難民とはいえ異国の民。表向きは差別はないように見えて、個人レベルまで見れば差別の世界よ。異世界人である貴方も経験無い?」


 確かになぁ、と納得出来た。


 かつて、学校でも外国から来た人もいたなぁと思い出す。

 その頃には僕自身、孤児院で神父やシスターなど、異国の方に囲まれていたのでそう変わらなく接していたが、やはり少しでも違う(・・)と、いじめというのが起こる訳で。


「無くは無いけど」


 でも胃袋押さえたから差別はあんまりない。整備班とはWinWinだし。


「世界は違えど、やることは変わらないなぁ……」


「そっちでも人種差別はあったのね。そこを差し引いても、フォンノアはあっさり認めてくれたわね……。ダメ元で受けたのだけれど」


「三ヶ月ぐらい前にパイロットが何人か死んだからね。それに国よりも技研の意向が強いから、ストラスール出身者が多いけど、そこ以外の国籍や人種はわりと居るよ? パイロット周りはともかく、整備士とかはストラスール国籍じゃない人が多いよ。元技研の人とか、異動で来たとか」


「だから、カルメもここに来れたのかな……」


 小さな呟き。


「カルメさんもバセロック出身だけど、フォンノア(ここ)に来たよね」


「私がアルメア落とされてここに配属になったって聞いて、すぐさまここに希望変えたのよ?」


「なんでそこまで……」


「親友の事が放っておけなかったって」


「……いい友人を持ったね」


「そうね。私は同期の中で、一番の人格者だと思ってるわ。だって、カルメだけだもの。私を差別せずに評価してくれたの」


 掛け替えのない友人、か。学校時代の友人は、生きているのだろうかと思ってしまう。

 元いた世界で、黒い球体出現後のあれから。

 秩序のなくなったあの世界で、友人達は生き延びることができたのだろうか。

 それを知ることなど出来なかったが。

 一人は、この世界で殺したが。


「いつか、故国にたどり着けたら。一緒に海を見たいって約束してる。―――見せたいな、海って所」


 どこか楽しげに、呟くヒュリア。


 きっと、それは立派な。何よりもいい戦う理由だろう。


「いい夢だね。―――そういうのは叶ってほしいね」


 誰から、どんな夢を聞いても、僕はそう答えてしまう。

 僕には無かったし、今も無いのだけれど。 

 だからこそ、いいねと。素晴らしいねと言って他人の夢は叶ってほしいと言える。


 彼女に対しても、同じだったけど。


「その為には、訓練でペイント弾にまみれない事だね」


「……むぅ」


 頬を膨らませるヒュリアさんに、まだ口をつけてないココアを差し出す。


「ココア、飲む?」


「いいんですか?」


「うん、いいよ」


 機嫌とりも兼ねてるなんて事は言わずに。そうやり取りを交わして、ヒュリアさんはマグカップに口をつける。


「美味しい! コーヒーよりもこっちが好きかも」


「実はこれが一番上手に淹れれたり」


 僕はコーヒー派なのだけれど、孤児院で年下の子達を相手にしていた以上、ココアを淹れる機会が多かったわけで。

 あいつの表情を変えたくて、上達したのは言うまでもない。


 その結果も、今から見れば無駄な徒労に過ぎなかったけど。


「また淹れてください」


 そう言われるのは、悪くない。


「機会があればね。味わうよう、ゆっくり飲むことを推奨するよ」


 まだ夜も続く事だしと、そう言ってギターを弾き続けた。





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