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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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アブレヒト攻略戦⑯



「ヤーナ・パーヴロヴナ・ポルヤノヴァ。―――私は、イサーク・マラートヴィチ・アルスキー。あなたの戦いを終わらせに来ました」


 その宣言と共に、イサークはフットペダルを踏み込んでブースターの出力を上げる。


 盾での押し合いの状況を―――ブースターの推力任せに押し返すと同時に盾を押して、どうしてか動きが鈍った《エルビング》を弾き返す。


 《エルビング》は背中から倒れるもそのまま後転し、勢いよく立ち上がる。


 そこに、《ジラソーレ》は長剣で上段から斬りかかった。


 敵機は後ろへのステップでその斬撃を避け、続く二撃目、三撃目を盾でいなす。


 四撃目―――右からの横薙ぎは長剣で受け流す。


 そして一歩踏み込んで、反撃の袈裟が繰り出される。


 《ジラソーレ》は盾でその初撃を防ぎ、次の振り上げを逸らす。


 左、右、左と下がりながら弾いて、続く突きを逸らそうと盾を掲げて、


「―――!」


 盾の裏面に《エルビング》の長剣の切っ先が飛び出る―――盾が貫通した証明だ。


 手放して後退。


 貫通した盾はそのまま横に振るわれて、上下に分断される。


 数度しか斬撃を受けていないにも関わらず盾が貫通した絡繰りをイサークは理解している。


「同じ場所に当て続ければ、すぐに割れるか」


 リンクスの格闘戦に耐えられるように作られた盾でも、斬り付けられれば相応の傷が入る。


 そして、同じ場所に傷を与え続れば割れるものでもある。


 理屈ではそうだが、実際やると相手も自身も動くし、盾による防御も受ける位置は変化し続ける以上は簡単にできるものではない。


 それが出来るのは―――完全に乗り手の技量だ。


「……流石は、歴代近衛団長の中で最年少と称賛された方だ……!」


 リンクスに乗せられてもなお見せつけられたその芸当にイサークは届かない称賛を口にする。


 防御を担う盾を失うという不利を背負わされてもなお彼は怯むことなく操縦桿を押し込む。


 《ジラソーレ》は長剣を両手で保持し、回転を加えての一撃を左へといなしつつ右へステップ。


 逆袈裟の角度で長剣を振るい―――敵機の盾へとぶつける。


 そのまま鍔を盾の縁に引っ掛けて、左肩からぶつかりつつ腕を引く。


 やや強引ながらも盾を《エルビング》から引き剥がし、敵機の手から離れた盾は地面を転がっていく。


 これで相手(ヤーナ)も防御の手段を一つ失った。


 ―――でもここからだとイサークはフットペダルを踏み込む。


 《ジラソーレ》は踏み込みつつ長剣を振り上げるも、《エルビング》は自身の得物を両手で握って振るい、その軌道が外側へと逸らされる。


 すかさず振り下ろして―――これは受け止めると同時に峰で下へと押さえられ、刀身を滑らせるように振り上げた。


 《ジラソーレ》は肩から腕を持ち上げてその斬撃を鍔で止めて―――弾く。


 頭上で長剣を一回転させて袈裟の角度で振り下ろすも―――《エルビング》も同じような軌道で長剣を振り回して、《ジラソーレ》の斬撃の軌道に重ねて弾く。


 左切り上げ、右切り上げ、左横薙ぎ―――。


 繰り出す斬撃が、如く鏡映しのように次々と防がれていく。


 膂力は《ジラソーレ》が勝っていても、受ける《エルビング》の太刀筋が振れることはない。


 ―――受けた衝撃を上手く受け流しているのだろう。


 そうイサークは予想すると同時に、自分の斬撃は読まれているなとさえ考える。


 相手(ヤーナ)は剣の達人でもあるのだから、それぐらい出来て当然かもしれない。


 次と繰り出した逆袈裟も軌道を重ねられて逸らされ―――敵機の得物の切っ先が自分に向けられたのを見た。


「―――!」


 すぐに飛び出た突きを左へステップすると同時に右と左のマニピュレーターの間―――長剣の柄で受け流す。


 弾いて、次に繰り出される逆袈裟を―――イサークはその軌道に合わせるように長剣を振るって受け流す。


 一歩下がって三撃目の袈裟斬りも右へ受け流し、四撃目、五撃目と下がりながらその軌道に重ねるように弾き続ける。


 一瞬で攻守が変えられたことにイサークは冷や汗を流しながら、操縦桿を前後させフットペダルを蹴り、《エルビング》の連撃を剣と足さばきで凌ぐも、


『被弾を検知。損傷軽微』


「―――っ」


 避けきれなかった斬撃が《ジラソーレ》の装甲を小さく切り裂き始める。


 それだけではなく、《エルビング》の斬撃も得物を振るう度に速度を増していく。


 疲れか、あるいは相手がイサークの剣技や癖に慣れてきたか。


 そのどちらにせよ、彼にとっては良い事ではない。


 相手がやったように攻守を入れ替える手が必要だった。


 繰り出された切り上げを同じ角度で逸らして、ここだとイサークは右の操縦桿を前に、左は後ろへと倒す。


 《ジラソーレ》は振り上げた長剣を上段で構えて―――切っ先を下へ向けつつ上半身を時計回りに捻る。


 切っ先は《エルビング》の頭部へと向かって―――しかし、相手も同じように剣を振るっていて、イサークの斬撃は寸前で受け止められる。


 防がれると同時に反対方向へと捻って長剣を回し、今度は反対方向へ打ち込むもこの結果も同様だ。


 四度打ち込んでも、結果は変わらない。


 踏み込みつつ上段から斬りかかって―――《エルビング》は後ろへ下がって避けた。


 振り下ろした剣を次は振り上げて反撃に動こうとした相手の動きを牽制。


 続いて繰り出した刺突は長剣の峰で右へと弾かれた。


「―――っ!」


 そのままカウンターとして振り下ろされる斬撃を峰で受け流し、続く頭部への突きを側面から当ててそのその狙いを逸らすも、装甲を掠める。


 続く連撃を防いでいくも、一つ二つと装甲を擦過していく。


『左上腕部、損傷軽微。右大腿部、損傷軽微』


 矢継ぎ早な報告はどれも軽いものばかりだが、それもいつまで捌けるかはわからない。


 状況を振りだしにするべく、《ジラソーレ》は次の切り返しを後ろへのクイックブーストで距離を取るように避けて、一度構え直す。


「―――速い……!」


 息が詰まる程の連撃に大きく息を吐きながらイサークは呻く。


 そして一連のやり取りを思い返して―――近接格闘戦の不利は単純に駆動系の応答性の差だろう、と考える。


 《ジラソーレ》を含む《XLK39》は通電性伸縮樹脂製の人口筋肉以外にも油圧系を駆動系に組み込んでいる。


 元となった機体から引き継いだのもあるが、ポロト皇国軍のドクトリンでもある防御性能や被弾時の信頼性を確保する為に残されたという事情もある。


 それ故に膂力も人工筋肉のみのリンクスと比べれば勝るのだが、その弊害として駆動系の応答性は一般的なリンクスとは劣るという欠点がある。


 電脳の《ヒビキ》を介して動く《アルテミシア》と同型であり、されど純粋にリンクスでもある《ジラソーレ》であっても例外ではない。


 ―――これが近接格闘戦で不利になる点だ。


 そして《エルビング》は機種として古いとしても駆動系が人工筋肉主体であるならば応答性で十分に上回れるということなのだろう。


 ―――単純な剣術では不利、であるならば。


「速度で勝っていく……?」


 《ジラソーレ》に限らず《XLK39》の大推力ブースターによる瞬発力を活かした戦法を考える。


 推力の高さとその移動距離を考えれば狭い市街地での高速戦闘は建物などに衝突しないよう、クイックブーストの連発を要求されるので乗り手に負担を強いるものでもある。


 しかし、使えれば強力な武器であることに違いはない。


「あとは搦め手、ですよね」


 イサークはやや乗り気ではない声音で現在の武装を見る。


 サミダレの長剣はこれまでに行われた激しい剣戟により相応の傷はあるもののまだ致命的な傷はない。


 下腕部の補助腕内部に格納した折り畳み式の高周波ナイフはまだ一度しか使用していないが、ナイフである以上、そのリーチは短い。


 マニピュレーターで保持しなくとも展開可能ではあっても、である。


 されど、それは不意を突くのにうってつけでもある。


 使いどころを見極める必要はある。


 これだけの武装でと考えれば長くは戦えない、と息を長く吐く。


 モニター越しに見る《エルビング》は長剣を真っ直ぐ構えたまま微動だにしないのは―――出方を見ているのか。


 なんにせよ―――動かなければ、状況は変えられない。


 イサークは操縦桿を押し、フットペダルを踏み込む。


 ブースターだけが作動―――プラズマ化した推進剤がまき散らされて、《ジラソーレ》の姿勢はそのままに一瞬で時速一〇〇〇キロメートルにまで加速する。


 ブースターの推力を加えた近接戦闘。


 そのまま突きを繰り出すが、敵機はまるで読んでいたかのように長剣でその刺突を逸らす。


 この速度でも間に合うのか、と驚くも相手の崩れた姿勢にイサークは手応えを感じた。


 斬撃にブースターの推力乗せの攻撃は、速度的に防御が遅れているのか、あるいは相手の膂力的に凌ぎきれないのかもしれない。


 そうとなればと次の手を繰り出す。


 クイックブーストで急制動して、今度は左のバックブースターと右のメインブースターを噴かして右へ旋回しつつ横薙ぎを繰り出す。


 ブースターの推力を加えた回転斬りは剣を当ててその軌道を逸らしつつ後ろへと下がっていくも、これも姿勢がやや崩れている。


 このまま押していけるだろうか、とフットペダルを踏み込んだ先で―――敵機の胸部装甲の各所が展開した。


 胸部上側の装甲の二か所が開いて内部に格納されていたものが露出し、赤熱化していく。


 背面でも同様なのか外装が展開しているようで、蜉蝣が立ち込める。


 そして頭部後方から飾り羽のようなものが展開された。


 キーン、という甲高い駆動音を聞くのと、敵機が前に出たのが同時だった。


 不味い、と思った瞬間にイサークは操縦桿を前に押し―――《ジラソーレ》は長剣を前に構える。


 それにやや遅れて金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り響いた。


 目の前には《エルビング》がいて―――鍔迫り合いしている状態だった。


 その拮抗状態は相手が押して《ジラソーレ》を弾くことですぐに解除されて、敵機の得物が下段で構えられた。


 すぐに《ジラソーレ》は長剣をやや下に構えて―――一瞬で目の前まで距離を詰めた《エルビング》の踏み込みながらの切り上げを受け止めて、弾かれる。


 ―――速くなった?!


 次々と繰り出される、目で捉えるのもやっとな程に速度が上がった斬撃をブーストによる加速も組み込んだ剣で捌きながらイサークは相手の手品の分析を始める。


 膂力で勝る《ジラソーレ》を弾ける膂力と速度の上昇は―――自分とは違う仕組みであるのは間違いない。


 なにせ、相手は各所のブースターを噴かしプラズマを撒き散らすことなく斬撃を叩き込んで来ているのだらか。


 そうなると展開された胴体装甲と頭頂部の飾り羽状のそれと甲高い駆動音がヒントになるだろう。


 人口筋肉がジェネレーターで発電した電気で稼働することを踏まえれば、


「……ジェネレーターの、リミッター解除……?」


 そうだろうという予測を立てる。


 フェーズジェネレーターがいくら発電の効率が良いとはいえど電気エネルギーを生成すると熱という損失は発生する。


 実際はわからないが、少なくともそれぐらいしか手品はないだろう。


 わかった所で、対処は限られるばかりか、


『被弾を検知。損傷軽微』


「―――っ」


 得物をぶつけ、火花を散らしながら次々と装甲を擦過していく状況にイサークは焦りを覚える。


 腕の動きと脚の動きで斬撃が来る方向は辛うじて見えるものの、振られる長剣は捉え切れない。


 下っても一つ、二つと被弾していく上に長剣に傷がつき、刃が欠けていく。


 長くは持たないのは明白だった。




 ―――それでも。




「―――負けられない……!」


 これは、身体を弄られ亡霊部隊となったアルスキー王国出身の軍人に対して、かの防衛戦争は終わったのだと止めるために。


 そして、未だ死にきれない彼女達への葬送でもあるのだからと。


 イサークはフットペダルを踏み込む。


 一歩、《ジラソーレ》は踏み出すと同時に得物を振るい、横薙ぎで振るわれた斬撃を上に逸らす。


 次いで繰り出される切り返しをブースターを噴かして機体を回し、弾く。


 《エルビング》の出力上昇による膂力と瞬発力の上昇とは対照的な、ブースターを併用する格闘で敵機の斬撃を凌ぎ始める。


 火花が散る剣戟は目まぐるしく、一層激しいものになった。 


 上段を上段で逸らし、下段を下段で受け止める。


 袈裟を逆袈裟で弾いて、横薙ぎを下から掬って、逆袈裟を上から押さえて肩でぶつかる。


 敵機を弾いてからの切り上げを横から叩き、突きを叩き伏せる。


 それでも拮抗は短時間しか持たない。


 《エルビング》が繰り出す三段突きを長剣の側面を当てて逸らすも、その刃は肩や頭部の装甲を掠め、切り裂いていき、続く斬撃を長剣で防いで火花を散らす。


「流石はヤーナさん、か。これでも適応してくるのか……!」


 単純明快に、剣技だけならば自分とは厚みが違うのだろうとイサークは推測する。


 若くて近衛の団長に上り詰めた女性だ。


 その鍛錬は想像を絶するものだろうし、研鑚も他者とは比べ物にならないのだろう―――亡霊になっても。


 剣術の差を埋める要素が必要になるだろう。


 ―――なら、仕掛けるのは誘いだろうか。


 付け焼刃な手は適応され、対処され。


 これ以上剣戟を凌ぐのも厳しいとするのならば―――駆け引きする要点を絞り、一手だけを上回って急所を突くしかないだろう。


 その手は―――どれだけ汚くとも一手ある。


 その瞬間を狙うべく、イサークは操縦桿を前に押す。


 《エルビング》の踏み込みながらの切り上げを左へ叩いて弾き、カウンターで突きを繰り出す。


 その瞬間に、《エルビング》の背中が瞬く。


 プラズマ化した推進剤の噴出と同時に長剣は横薙ぎに振るわれ―――《ジラソーレ》が持つ長剣を叩き折り、そのまま回る。


 一回転して、空いた脇腹へ二撃目が振るわれる。


 思ったより早く訪れた瞬間を―――ここだ、とイサークは左の操縦桿を引いた。


 その思考は読み込まれ―――《ジラソーレ》に反映される。


 左のマニピュレーターは折れた長剣を手放して引かれ、敵機が振るった長剣の向かう先にある脇腹を守る位置に戻されていく。


 敵機の得物はそのまま進んで―――割り込んだ《ジラソーレ》の左腕に食い込んだ。


「―――!」 


『左腕破損』


 《linksシステム》を介して反映される破壊の痛覚に顔をしかめながら、イサークは右の操縦桿のホイールスイッチを回して武装を切り換える。


 折れた長剣は手放し、右腕の補助腕が展開される。


 内部に格納していた折り畳み式高周波ナイフの刀身が外界へと姿を現し、補助腕が元の位置に戻って刃を固定する。


 ナイフへの電力の供給が始まり、高周波が流された刀身が叫喚を上げる。


 あとは、と思った瞬間に何かが破断するような音と、左からの衝突音を聞いて、


「―――ぐ、あっ!」


 左腕の痛みが酷くなり、脇腹にも痛みが走った。


 その理由は遅れて《カシマ》が報告する。


『左腕ロスト。胴体左側面に深刻なダメージ』


 《カシマ》が言う通り、正面のモニターには長剣をこちらへ押し当てる《エルビング》が映っていて、足元には装甲を淡い黄色で塗装された左腕が転がっている。


 相手の長剣は確かに《ジラソーレ》の胴体に食い込んでいる位置だ。


 どうやら相手は強引に叩き切るつもりらしい。


 ―――もう、時間は無かった。


 間に合え、と。


「さよなら、ヤーナ・パーヴロヴナ・ポルヤノヴァ」


 外部スピーカーのボタンを押し込みながらイサークは別れの言葉を口にして、フットペダルを踏み込んだ。


 《ジラソーレ》は一歩踏み込み、脇腹に長剣を食い込ませながらナイフを剥き出しにした右腕を突き出す。


 損傷を無視しながらの攻撃に気圧されたのか、あるいは《ジラソーレ》の外部スピーカーからの声に気を逸らされたのか、《エルビング》は微動だにしない。


 そんな《エルビング》の無防備な胸部中央にナイフが深く突き立てられる。


 その光景をモニター越しに見て。


「―――」


 コクピットが左の足元から潰れていくのを、イサークは見た。



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