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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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搬入作業の片隅で




『ハルさん。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか……?』


 次の作戦の第一段階である、敵要塞都市後方の航空基地に停泊する第三航空艦艦隊に対する強襲と、それに参加するリンクスとマリオネッタの回収と補給。


 その準備として、ヴォル技術試験隊とアーベント大隊、可変マリオネッタ《アクィラ》のフリントロック隊の武器弾薬等の物資搬入作業の最中。


 格納庫の片隅でその作業を見守っていた私のセントリーロボットに対して、ランツフート帝国陸軍の厳つい冬服を着た、長くて青みの帯びた癖のない銀の髪に灰がかかった青い瞳の少女―――レア・リーゼンフェルト少佐が声をかけてきました。


 他人から離れた場所にある機体に話かけるのも、リンクスに乗っていない時の人見知りな彼女らしい選定ですが、その事に妙な違和感を覚えます。


 違和感―――肉体のない私からすれば演算に割り込んだノイズではありますが、私のセントリーロボットは多数存在します。


 それこそ、格納庫で搬入作業を行っていれば何機も動き回っております。


 そこに居る機体に話しかければいいでしょうに、何故わざわざ片隅に置かれた機体を選ぶのか。


 付近のカメラやセントリーロボットからの映像からレア・リーゼンフェルト以外の人が周囲にいない事を確認して、該当の機体で応じます。


『レア・リーゼンフェルト少佐。ごきげんよう。―――何用でしょうか』


『五日前の襲撃で私たちアーベント大隊のリンクスとデータリンクを構築した件なのですが……』


 彼女が切り出した話はそれだった。


 ええ、よく知っていますとも。


 先日のシベリウスへの帰路で起きた、帝国第三航空艦艦隊襲撃。


 巡航ミサイルや空戦に対応した敵リンクスの迎撃の為に、アーベント大隊が対空戦闘に参加しました。


 その守備を強固とするべく、アーベント大隊のリンクスともデータリンクを構築し、《ウォースパイト》のレーダー情報を提供しました。


 データリンクを担うプログラムを組み上げた世界は異なりますし、ポロト皇国の機器とも規格が異なりますが―――運が良かったというべきでしょう。


 こちら()で互換が利いたからこそ出来た芸当でもあります。


 その話でしょうか。


『で、データリンク構築した時間が参加したリンクス全機、同じ時刻をログに残しているんです。寸分の狂いもなく』


 次に彼女の口から出たのは、私の予想とは異なる内容でした。


 規格どうこうではなく、互換性の話でもない。


『それだけならいいんです。一番の問題はパイロットの認可無しにデータリンクが構築されたことなんです。これは機密ですが―――帝国の軍事ネットワークは元より、機体間のデータリンクには相応のプロテクトが掛かっています。暗号化と複数の認証コードが必要で、この登録とパイロットの認証があって初めてデータリンクが使用できるのです』


 情報漏洩対策の一環として組み込まれているらしいセキュリティが突破されていることを、彼女は指摘しました。


 それはわかります。


 交戦中に部隊間の情報が敵に筒抜けという状態は、一瞬の判断で命取りの軍人には致命的です。


 その為の認証や暗号化が存在し、情報が洩れるのを防ぎます。


 しかし―――私はそれを難なく突破しています。


 そもそも情報体とも言える私自身、クラッキングやハッキングの速さだけならば人間のそれを遥かに凌駕している自負がありますので当然と言えば当然の能力です。


 その事実を挙げて、彼女は続けます。


『しかし、あなたは突破しました。アーベント大隊リンクス全機に対して、同時にです』


『私が所有するアプリケーションにそういうハッキング用アプリケーションが御座いますので。それと、認証コード皇国と三連国の戦闘で回収した帝国機から得た情報を元にしたのですが……』


 私でも苦し紛れな言い訳と思うほどの言い訳です。


 実際、その手の認証コードを確保していますが、


『いえ、認証コードは組み合わせは部隊間で異なります。大隊の中ですら小隊単位で変えています。皇国や三連国の作戦に参加したリンクスのものではアーベント大隊の認証キーを解除できません』


 レアの言う通り、アーベント大隊の認証コードはそれらとは全く異なるものでした。


 故にハッキングして突破し、データリンクを構築したのですが。


『それに加えて。通信に互換があったとしても、《ウォースパイト》自体レーダーなど機器やシステムの規格は帝国と皇国と大きく異なるはず。改修されているとしても限界がどこかにあっても可笑しくありません。―――準備していたかもしれませんが、ぶっつけ本番でセキュリティを突破し不具合を引き起こさずに帝国のリンクスのメインスクリーンにレーダー表示を完璧に、強引に行わされた。―――それも、全機同時に、です』


 《ウォースパイト》のメインコンピューターが量子コンピューターならばできるかもしれませんが、と前置きを置いて、


『一機一機プログラムを走らせても―――小隊単位で違うセキュリティの突破からデータリンク構築に、システムの介入まで。この所業の完遂が四〇機全部揃うとは思えません』


 レアは断言します。


 事実、彼女の言う通りセキュリティは小隊単位で違いましたので、ハッキングという名のすり抜けは小隊ごとで変えています。


 いくらプログラムに秀でた人間でも私と同じように全機同時にプログラムの修正しながらデータリンクを構築は不可能でしょう。


 時間が惜しいと思っての全機並行処理を行ったのが裏目に出たようです。


 どう見ても、人間技ではないですからね。


 それともう一つ、とレアは指摘事項を挙げていきます。


 私と話す時、どのロボットに話しかけても私は必ず応じること。


 どこに居ても。


 誰もいない通路でも。


 《ウォースパイト》の中でならば天井のスピーカーを介して必ず話せること。


『同時期に誰かと話していてもおかしくないのに、あなたは応じれるのです。何度も、()()()()話す相手が一人とは思えません。それに、今も』


 一旦そこで区切って、彼女は後ろを振り返りました。


 そこでは搬入作業が続けられていて―――当然のように作業員や重機に混じって私の多様なセントリーロボットが搬入作業に従事しています。


『あそこであなたのロボットが忙しく搬入作業に従事しています。細部の操作はやっているけれどほとんどはは自動で動いていると聞きますが、そうではないと思うのです』


 トラックの積み下ろしを指して彼女は指摘します。


『運ぶだけでなく、貨物の昇降に再配置まで。規格が揃っているものはともかく、そうでないものまでスムーズに、他の作業者と言葉を交わしながら搬入作業が行われている。自動でも出来る範囲に限界はあるでしょう』


 武器弾薬のコンテナから食料などの消耗品まで。


 どれもこれも規格が異なるそれが、正確に分配されていくその光景は確かに自動でやっているように見えるでしょう。


 しかし、トラックの停車位置はどれも違えば、荷台の高さも異なります。


 ―――レアの指摘の通りです。


 自動制御のみでその差をものともしないのはセンサーやプログラムの優秀さもありますが、一機一機私が適時介入し微調整しているからこそです。


 セントリーロボット単体の各動作の精密さはあっても、細かい部分は自動では誤魔化しきれません。


『―――あなたは、人間なのですか?』


 もうそこまで疑っているようでした。


 個人的にレア・リーゼンフェルト少佐は()()()()()()と、正確に()()していると警戒はしていましたが、ここまでとは。


 この様な人物が敵でない事になんと幸運なことでしょうとさえ考える。


 ともあれ、ここまで気付いてしまっているならば、隠すことは不要でしょう。


『その質問は、私が生物学上において人間であるか、という問い掛けと捉えましょう』


 そう前置きを告げて―――周囲に人が聞き耳立てていないことを確認します。


 当然、おりません。


『これから話す事は内密にお願いします。これから話すことを知っている人物は非情に限られておりますし、私という存在は確かに例外に等しい存在と化しているのですから』


 まずはそう釘を刺します。


 レアはやや迷いながらも、その先を促したので遠慮なく話す事にします。


『私は生物学上、人間ではありません。―――私の前身は当艦《ウォースパイト》の運用補助AIとそれに付随した自律最適化プログラムですので。度重なる自己診断アップデートにより《私》という概念を採用しました』


 私のカミングアウトに、彼女は、


『………』


 言葉を失っているようでした。


 いえ、予想はしていたのでしょう。


 ありとあらゆる事象と様子から人間ではないと。


 しかし、自己進化を繰り返したプログラムとは思っていなかった。


『元が自律最適化プログラムですので、通信機器さえどうにかなればシステム全般は滅法強い自信があります。―――だからこそ、先の襲撃であなた達とのデータリンクの構築を全機同時に行い、不具合なく出来たのです』


『そう、でしたか』


『そうなのです。―――個人的には、レア・リーゼンフェルト少佐には驚かされております』


『驚かされた? どうしてですか?』


『この世界で私を人間ではないと気付いたのはあなたが初めてだからです』


 少々、やり過ぎた自覚はありますが―――今まで、カメラ越しで合成音声でないと話せない酷い人見知りと周りを納得させていたので不信がられることもなく、気付かれたことはありません。


 有事の際に使うシステムの多くは、便利なアプリケーションを複数持っていると誤魔化していましたが、それでも穴はあったようです。


『一つ、聞かせてください』


 今までやっていた人間のフリも、まだ見直すところがあるものだと感心していると、レアから質問が。


『あなたは、その気になれば帝国の戦術ネットワークにアクセスすることが可能なのでしょう? ―――なら、戦術ネットワーク下にある兵器にアクセスして制御を奪うことさえ可能なのではないでしょうか?』


『可能ですよ』


 突拍子のないような事例を、私は肯定しました。


 必要であれば私の支配下に収めることも容易でしょう。


 事実、この前の第三航空艦艦隊の襲撃終盤で敵艦隊の戦術ネットワークをハッキング。


 火器管制システムに介入、バックドアを作成していましたので。


『―――』


 その旨の内容を語ると、レアは言葉を失ったのか沈黙しました。


 聡明な彼女の事です。


 私の能力の使い方次第では、それこそネットワークさえあればインフラまでも支配下に出来ると気付くのも時間の問題です。


 そんな存在が、誰の制御下にないのは―――ある意味脅威でしょう。


 その警戒を解く為に、私は自分で決めていることを話すとしましょうとスピーカーに電流を流す。


『―――しかし、《ウォースパイト》の危機ではない限り、私はそれをやるつもりはありません』


『その気になれば敵の武器を取り上げるに等しい力があるのに、ですか?』


 このレアの問いは―――これまでの戦闘のどれもが()()()()()()()で戦闘すら発生させないことも出来たでしょうに、と暗に言っているようなものでした。


 確かに出来たでしょう。


 私が戦場の兵器を支配下に置きさえすれば、死なずに済んだ人間は沢山いたでしょう。


 否定はしません。


 しかし、その所業は。


『出来たとしても、それはもう人間の所業ではありません。―――私は自らをHALという一個人。一人の人間と定義しているのです』


 人の身に余る力だと、私は考えます。


 それに。


『戦争を一人の人間が全ての兵器を支配下に置き、戦えぬように細工するのは人間が出来る範疇ではないでしょう。―――戦争とは外交における失敗の形態とも言いますが、人々の選択の積み重ねとその結果とも言えるだろう、というのが私の持論です』


 個人がコントロールしていい問題ではないし、その支配権が個人が所有している状態など、碌な事にならないのは目に見えています。


 その末端とも言える局所的な戦闘もまた同じでしょう。


 人々の思惑と状況というありとあらゆる事象が積み重なって、崩れた結果が戦闘という状況であるならば。


『この戦争は関係する国に生きる人間が解決するべきことです。私ではありません。―――この戦争の結末は、結果がなんであれ当事者達の手で決まるべきものだと私は考えます』


 帝国国内で繰り広げられたタカ派とハト派の闘争と、ランツフート帝国とオルレアン連合の戦争。


 この二つの始まりに、HAL(わたし)は関わっていないのですから。


 その最中に、あらゆる思惑の下で関わっているとしても―――傭兵部隊の一員という立場でしかない。


 これらだけでは深く関わる理由にはならない。


 身の丈以上の影響力など、持つべきではないのですから。


 だからこそ、使う場面は選ぶべきなのだから。


『……確かに、あなたの言う通りです。委員会側に付いているとはいえあなた達は雇われです。利害が一致しているだけの、異邦人、ですから』


 これらの説明とその理由、立ち位置の再確認を経てどこまでも無関係ではないものの、身の程は弁えているのレア・リーゼンフェルトを理解して頂けたようですが。


『………』


 しかし、その表情はどことなく曇ったままではあります。


『まだ納得しない部分が?』


『ええ、納得しない、というよりは血を流す結果しかない、という現状は、変えられないのですね、と』


 自身の感情を吐き出すように、雲った表情の理由を彼女は述べました。


 ―――シオンの話や彼女の戦闘傾向を見るに、人命優先の傾向が強い。


 ―――命令とはいえ、殺人行為に心を痛め、抵抗を持つのでしょう。


 人として当然の反応です―――例外はおりますが。


 そこを考えれば、彼女の発言とその思惑も容易に想像出来ました。


 次の作戦、相手の兵器をシステム的に使えないようにして戦いにならないようにして欲しかったというのでしょう。


『ええ、変えられませんし、私に変える権利はありません』


『―――わかってましたか』


『今の発言で、おおよそ。―――私に敵部隊の制御を握って欲しかった、と』


『ええ、そうです。そうなれば、無駄な人死には無くなります』


 レアは私の推測を肯定しました。


 確かに、帝国の戦術ネットワークから影響下にある兵器全てを掌握してしまえば戦いにならないでしょう。


 ですが、私にその権利がないのは先ほど述べた通りです。


 彼女の思惑は、叶えるわけにはいきません。


 個人の願いが叶わない事に、レアは肩を落としました。


『私達はどうしても血を流して、その上に立たないといけないのですね』


『それが、戦争に関わる者の責任です。近道などどこにもありません』


 関わっている誰もが悪い。


 ある物事の帰結に至った、積み重なった過程の全て。


 それが戦争という状態だ。


『どのような結果であれ結果を受け止め、考え続けて。自分なりの回答を語るしかないのです』


 その場に、私達が立ち続けている限り。



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