状況の確認と次の作戦と
シベリウスまでの帰路で遭遇した、帝国軍第三航空艦艦隊の襲撃はなんとか撃退する事ができました。
しかし予定にない戦闘の代償として、積載している軍需品の補給の必要が生まれてしまいました。
使用した武器弾薬と、各種消耗品や予備部品など。
情勢が変わった今、主戦派との戦闘が激化することが予想されます。
その予想下では、現在《ウォースパイト》に積み込んでいる分ではそう遠くない内に補給を要することになります。
更には、《XLK39 三号機》こと《サザンカ》の運用が始まったのに加えて、狙撃手として参加する事になるフレデリカの乗機の調達までとなると、間違いなく足りなくなります。
故に、一度皇国まで戻らないといけません。
行って、帰ってきて四日の行程となります。
そして、委員会の本拠地でもあるシベリウスに戻ってくれば。
「戻ってきて早速だが、次の作戦の話だ」
《ウォースパイト》艦内。
ミーティングルーム。
ミグラントの主要メンバーと、委員会の主要メンバーが集まったその部屋で、
「首都防衛都市《アブレヒト》の攻略作戦の目途が付いた。講和派勢力の多くが参加する大規模作戦でもある。……君達にも参加してもらうことになる」
癖のないブラウンの髪に、奥二重の細い吊り目で瞳の色は鮮やかなエメラルドグリーンの男性―――ヴィルヘルムがそう口を開き、ノートパソコンを操作して壁に埋め込まれたモニターに一枚の地図を表示させました。
そこには北へ流れる川の東西を挟むように構築された街が表示されています。
帝都防衛都市として位置づけられた都市、アブレヒトです。
―――私達が補給で離れていた四日間、戦況は当然のように変化しています。
大きなニュースとしては―――帝国首都から東に位置する首都防衛都市の一つ、《アブレヒト》の近くの街まで勢力を伸ばすことに成功しました。
オルレアン連合との戦争を早期、かつ穏便に終わらせたい講和派としては主戦派であり傀儡に過ぎないジルヴェスターが皇帝に即位するのは何としても防ぎたい事態です。
その思惑が、作戦の進捗に良い結果をもたらしたのでしょう。
《アブレヒト》を攻略すれば帝都までもう少しです。
しかし、当然ではありますが《アブレヒト》は首都防衛都市と位置付けられているため、その都市が一つの要塞としての側面も有しています。
つまり、ここの攻略作戦は大規模なものとなるのは間違いありません。
「ここが堕ちれば帝都を守るものはない―――主戦派としても、ここが重要拠点だ。双方共に持てるもの全てを使った戦闘になるだろう」
「ある意味、決戦の舞台ね」
何気なく呟いた私の一言にそうだとヴィルヘルムが頷きます。
「そうなる。―――事実、主戦派の戦力がここに集結している」
そしてノートパソコンを操作して、壁に埋め込まれたモニターに表示されていたアブレヒト周辺の地図に、いくつかの画像が表示されました。
十数メートル程の防壁と野砲やトーチカで囲まれた城塞都市や、都市内部の駐屯地の広場に並んだ戦車や装甲車などの軍事車両。
駐機姿勢のリンクス《ヴォルフ》のみならず、要塞都市内部に敷設されているらしい飛行場には戦闘機が何機も並んでいます。
加えて、一隻の巨大な陸上艦の画像が表示されました。
艦の中心線上に大口径の四連装砲を前に二基、後ろに二基装備した超大型艦です。
他にも武装はあるでしょうが、目立つものはそれです。
「アブレヒトの東には最新鋭のTF、《エーミール・ハスラー》が立ち塞がっている。これの無力化も考えなければならない。それに加えて―――」
モニターの地図が縮小―――表示する範囲が増えて、帝都まで映る程度にまで広がります。
そして、帝都とアブレヒトのだいたい中間地点に光点が表示されます。
「―――帝都とアブレヒトの中間地点に航空艦艦隊の基地がある。ここに、数日前君達を襲撃した第三航空艦艦隊が待機している」
ヴィルヘルムの説明と共にもう一枚の画像が表示されました。
基地というにはただっ広い敷地に、数百メートル級の航空機が何機も並んでいます。
一番目立つのは―――一目見れば装甲車に翼をつけたような航空機、と表現しようがない《ウォースパイト》に匹敵するほどの巨大なシルエットのそれです。
カモの嘴を角張らせたような機首に、それこそ六角柱を潰したような胴体と尾部に向けて細くなっていく後部。
全翼機と形容するよりも、前後の翼を翼端のブースターユニットのようなパーツで繋いだような構成のそれは―――第三航空艦艦隊の旗艦という空中強襲揚陸艦《リンドブルム》が着陸していました。
防御陣地が敷かれた要塞都市にTF。
航空艦艦隊まで揃っているとなると、最早一個師団規模なんてものではございません。
ざっと、三個師団相当の戦力が集結している事になります。
それだけではないようで、それらの画像に加えて確認できたらしい戦力のリストをモニターに出します。
「他にも、亡霊部隊やリンクス用クローン兵士《スクラーヴェ》の《ヴックヴェルフェン》まで揃っている」
もうなんでもござれ、です。
ここまで揃ってしまえば、それは決戦と言って過言ではないでしょう。
「―――主戦派はここでこちらを叩き潰す算段を立てた、と」
「ああ。だから、こちらも出せる戦力全部を集結させている」
北部方面全軍とラインハルト自治推進委員会の戦力に加えて、帝国空軍や帝都から離れた講和派に属する部隊と。
航空艦三六隻、TF《マティアス・ランツフート》一隻をアブレヒト攻略に投入するとヴィルヘルムは言いました。
それだけ出しても、数だけならばやっと少し上回るというのが規模の大きさを物語っています。
確かに、ヴィルヘルムが肯定したように決戦と言っても過言でもないでしょう。
「で、私たちの役目は?」
肝心の部分をフィオナが尋ねました。
役目―――つまりは仕事です。
これだけの大規模な作戦となれば、どの役割だとしても自前の戦力で事足りるケースが増えていきます。
部隊間の連携を考えるならば、余所者である傭兵部隊の使いどころは限られる。
―――まあ、限られるとしてもその実力は折り紙付きであるのは確かなので、どこでどう投入するかが肝と言えるでしょう。
「細部はこれからだが―――確定事項として、作戦当日、アブレヒト攻略作戦開始前に、シオン君には再編された第三航空艦艦隊に対して、彼らの出撃前に奇襲していただきたい」
フィオナの問いに、ヴィルヘルムはどこか言いにくそうに答えました。
いろいろとミグラントは危なっかしい役目を―――というよりはその危なっかしい役目を大抵、私がやっているのですが―――何度も担わせるのは気が引ける部分があるのでしょう。
あまりに危険な役目をやらせ続けるとフィオナも機嫌を損ねる上に関係の悪化も予想できるので、避けれるのなら避けたいという気持ちが見え隠れしています。
それが出来ない以上は、迷惑料の上乗せと何らかの形で還元するしかないのですが。
「―――シオンだけで二十隻近くの航空艦を破壊しろって?」
案の定―――フィオナは機嫌を損ねていました。
まあ実際のところそれをやれと言っているものです。
この前の戦闘で全体の半数ほどは撃破しましたが、護衛は少なかったことを思えばさもありなんな戦果です。
ニ十隻という規模の艦隊と、相応に配備しているだろう護衛を単機で相手取るのは―――厳しい。
フィオナの確認に、ヴィルヘルムは否と首を横に振りました。
「いや、もちろんこちら側からも出す。選抜になるがアーベント大隊と、ヴォル技術試験隊。それに加えて《アクィラ》四機で構成したフリントロック隊だ」
「リーゼンフェルト少佐のみならず、ナツメとクラウスの部隊も?」
「そうだ。よく知った者達だからシオン君も連携もしやすいだろう」
ヴィルヘルムの言い分も最もです。
立場上仕方なかったとしても、何度も刃を交えた中であり―――共に作戦を担った経験のある人達でもあります。
互いのことは、知らない部隊よりも相応にわかってはいる。
自分達だけではないことに、フィオナは少し溜飲を下げます。
「まあ、シオン単独じゃないならいいけど……。航空基地まで近づく方法は?」
今度は肝心のプランを尋ねました。
対象の艦隊は、帝都とアブレヒトのだいたい中間地点にいます。
アブレヒトから西へ、約一〇〇キロ。
それだけの距離を一息に移動するのはリンクスから見ればそう苦労するような距離でもありません。
当然のように。対空レーダーによる監視もある。
《ウォースパイト》で近くまで運んでとはいかないでしょう。
そうなると、取れる手段は一つしかないでしょう。
「《アルテミシア》にオーバードブースターつけて突撃と」
状況から出来る予想を、私が言いました。
私の一言にヴィルヘルムは頷きます。
他の参加者―――と言うよりもクラウス達の可変マリオネッタ《アクィラ》以外は、選抜されたメンバーに長距離侵攻用の緊急展開ブースターを装備させて強襲させるようです。
その装備自体もそう多くは用意出来ない上に、発進方法も相応の滑走路が必要である以上、発進場所も限られます。
今回は辛うじて一〇機分集めれたそうですが、それ以上の戦力は用意出来ない。
参加するメンバーを考えれば、配置されているだろう直掩を物ともせずに地上に停泊している航空艦を無力化するのには十分かもしれませんが。
そこに私とフロイライン装備の《アルテミシア》が加われば鬼に金棒でしょう。
強襲まではわかりました。
あとは、気になる案件として。
「強襲するのはいいけど、私たちの回収―――帰りはどうするの?」
当然、回収と帰還の方法です。
今回も相応に遠い距離からの突撃で、敵の支配地域の只中。
最前線になるだろうアブレヒトからは一〇〇キロは離れています。
出撃前に艦隊を叩けたとしても、アブレヒトで戦闘が始まってるかはわかりませんし、転進し向かったところでそこは敵の陣地のど真ん中。
艦隊を攻撃して補給もせずに次の戦闘は流石に無茶があります。
その事を指摘すると、ヴィルヘルムは「その意見はもっともだ」と見抜いていたかのように頷きました。
ちゃんと考えていたようです。
「艦隊に打撃を与えた後は《ウォースパイト》で回収してもらおうと考えている。一旦補給して貰い、アブレヒト攻略に参加してもらう予定だが―――よいか?」
簡潔ながら回収の方法を話して―――HALとフィオナに視線を送りました。
ミグラントのリーダーでもあるフィオナは当然として、HALにも確認を取るのはHALがウォースパイトの所有者であるからでしょう。
『私は構いませんが、フィオナは?』
HALはそれが役目だと言わんばかりにあっさりと了承しました。
別に委員会の航空艦でも、とは思いましたがそこそこ速く、十一機のリンクスと四機のマリオネッタを回収する必要がある以上、相応の搭載数を要求されます。
それら全てを満たせるのは《ウォースパイト》ぐらいなものです。
だからこその了承ではありますが、かと言って最終決定権は組織の長でもあるフィオナにあります。
「……やるしかない。そうでしょう?」
不承不承という空気を見せつつも、彼女も了承します。
ヴィルヘルムは親切にも選択を用意してはいますが―――それでも私たちには拒否権はありません。
委員会に雇われているとしても、私たち《ミグラント》の後ろはポロト皇国です。
ありとあらゆる思惑の中、皇国の外交上の目的を達成する為の走狗です。
皇国に利を生む為に戦わざるを得ない。
それが今の私たちなのですから。




