薄暮を飛ぶ⑧
観測用光学センサとレーダーを見比べて―――第二陣である重巡洋艦級含む航空艦艦隊の壊滅は時間の問題でしょうと私は推測を建てる。
事実、そうなるはずだ。
チハヤ―――シオンと《アルテミシア》の実力ならば、迎撃の《ツィーゲンメルカ》の退却も時を同じくして起きるだろう。
問題はその後だ
この次に接近して来ている第三陣の艦隊も同規模だ。
追撃のリンクスがいないだけいいのだが―――今度は友軍がいない事による誤射の恐れが無い状況にシオンは晒される事になる。
対空砲火はより熾烈になることでしょう。
接近も今までよりも難しくなる。
それはつまり、当艦への被弾も増加していくのが確実ということだ。
外殻装甲区画や光学系や電子系の艦上装備もまだ被害は軽微ではあるものの、破損ないし破壊でもされれば、この世界の技術力では修理も困難なものも多い。
―――背に腹は代えられない、とはこのことを言うのでしょう。
生憎、自分の本体は防弾性外殻に収まった電算機器と記憶媒体の集合体なので人間のような背も腹もないのですが。
《ウォースパイト》の艦首下部に格納したユニットに通電させて起動させる。
チェッキングを走査させて―――まだ動くことを確認した。
一番の問題は砲齢だが、まだ使えるという結果に安堵する。
『ジュピターワンより全艦に通達します』
《ウォースパイト》艦内のスピーカー全てと、艦上で対空戦闘を行うエグザイル小隊各機やアーベント大隊各機へ通信を繋いで、私の決定を通達します。
『状況を鑑みて、これ以上の被弾を抑えるべく当艦は秘匿していた武装を用いて対艦戦闘を実行します』
『対艦戦闘? おい、《ウォースパイト》は対艦戦闘用の武装はないって報告してなかったか?』
案の定―――ポロト皇国軍人であるノブユキから秘匿されていたことに対するお怒りの言葉が返ってきました。
彼の言う通り、ポロト皇国には《ウォースパイト》には使用不可となり売却したレールガンと自衛用の火器以外は所有していないと自己申告しています。
実際は所有していたのだからその反応は正当なものです。
『申し訳ございません。皇国に訪れた当時はどこまでも信用できないと判断しておりましたので有事に備えて一部の装備や機構は敢えて報告しておりませんでした。―――本当は対艦戦闘用の装備は一定数所有しております』
『―――そういうのはちゃんと話して欲しいものだがな……!』
『ご安心を。本日までにこの事を知っていた人物は私しかおりません』
一応、交戦前にフィオナには『対艦戦闘用の装備はほとんどない』と存在をほのめかしてはいましたし、彼女もその一言で隠した武装があることを察してくれたようではありましたが。
謝罪になっていない謝罪を返して、艦橋をはじめとする関係部署のモニターに唯一使用可能な攻撃兵装を表記します。
たった一つしかないのは可笑しな話にも思えますが、ほとんどの対艦兵装は砲身などの交換部品が既に無く外されていたり、肝心の砲弾がないので一覧にすら出す必要さえありません。
もう少し付け加えるならば、元の世界で行った大改修で取り付けた規格外の武装しか残っていないとも言います。
一番頼りになる本来の自衛火器である超電磁砲も弾体加速用レールもなければ砲弾もないのです。
《XLK39》用磁気炸薬複合式電磁投射砲の《カノープス》や《オリオンⅡ》をそのまま転用出来ればある程度は解消するのですが―――それは望み薄です。
そんな個人的願望はさておき、それらの結果がたった一つの武装となる訳ですが。
『高出力プラズマ特装砲《ムラマサ》……?』
確認を、と促すと艦長席に座るフィオナはモニターを怪訝そうに睨みつつ声に出して武装の名称を口にしました。
砲と分類はしていますがその実態は砲とは全く異なる、現在の当艦が搭載する武装では一番破壊力を有する武装です。
まさに、隠していたとっておきがこれです。
『はい。現状、これしかありませんが航空艦相手には十分すぎるかと』
『シオンの負担も無視できないし、状況は依然不利……。使うわよ』
飾りとはいえ、一応は組織のリーダーでもあるフィオナの決断が下りました。
そうと決まればあとは動くだけです。
『全艦に通達。当艦はこれより対艦戦闘を開始。総員、なにかにしがみついて下さい。―――進行方向そのまま。右回頭一三五度』
これから採る機動を宣言して、東への移動を維持したまま艦を右へ回頭します。
敵から見れば滑るように東へ進みつつ回転して、艦首を向けてきたのだから気味悪く見えるでしょう。
反重力で浮いている上に、移動方法は進行方向という重力の向きに落下しているので可能な機動です。
『なんですかこの機動!?』
『戦車の回転砲塔みたい……!』
《ウォースパイト》艦上で戦うアーベント大隊の驚愕の通信が聞こえてきました。
当然でしょう。
当艦から見ればその場で回ったと思えば、左後ろへ滑るように―――東への移動を続けているのですから。
周囲を飛んでいた《ナハトノイン》のリンクスもいきなりの回頭と奇抜な移動で驚いたのか一旦距離を離します。
対して、通信を聞いていたデイビットの《シリエジオ》とカルメの《サザンカ》は距離を取っていて、左舷側へと移動しています。
『ナイトメア。今、私が推奨する対空戦闘配置をデータリンクに上げました。再配置の指揮をお願いします』
『え? あ、ああ。わかった』
この隙に艦上で対空戦闘を担っていたアーベント大隊の配置を変更します。
右舷側に展開していたのを艦前方、両絃に再配置です。
『エグザイル小隊各機は接近してくるリンクスの迎撃を継続。当艦の射線に入らないよう細心の注意を』
『了解した』
『ハ―――ジュピターワン。敵艦を攻撃する武器を持ってたの?』
『ええ。流石に、この状況を打開するのにもったいぶってはいられないので。苦情は作戦後にでも』
『……了解したわ』
淡泊なデイビットはともかく、軍人としてのキャリアのあるカルメはノブユキと同じ反応を見せました。
それでも不承不承と呟きつつ戦闘に戻るのは流石です。
『こちらラプア。陣地転換に少しばかり時間を頂きますわ。―――訓練してない機体で、この速度で移動する艦上を飛び回って移動は難しくて』
『面倒をかけます、ラプア。―――最適な移動ルートを送りました。参考にしてください』
『助かります』
『レグルス、復帰します!』
フレデリカの誘導を支援してすぐ。
補給を終えた《ジラソーレ》―――イサークも戦線に復帰です。
『レグルスも当初の役割のままです。お気を付けて』
カタパルトデッキから飛翔していく《ジラソーレ》を見送りつつそう送り出します。
時を同じくして――レーダーから巡洋艦の反応が一つ消えました。
すぐにその反応の存在を確認するために観測用光学センサを向けると―――重巡洋艦が落下を始めていました。
火の手を上げる艦橋と後方の無事な主機の様子から《アルテミシア》が艦橋を破壊したというのがよくわかりました。
《ツィーゲンメルカ》からの追撃を躱し、落下する重巡洋艦を利用して一度姿を隠して―――マイクロミサイルの一斉発射で奇襲して無力化する手口は鮮やかそのものです。
残った《ツィーゲンメルカ》の二機は落下していく同型機の救出を優先するようで、急降下と対象の機体を追い掛け始めます。
通信で呼びかけるのは今のタイミングでしょう。
『こちらストレイド。第二艦隊を撃破。次の艦隊へと向かうわ。遅れてるからペースを上げていくわよ』
話しかける寸前に、チハヤユウキ―――もとい、シオンからの通信が入りました。
《アルテミシア》は重巡洋艦の艦底から離れており、既に上昇を始めています。
確かに彼の言う通り、次の一団が既に射程圏内に入っているので迎撃のペースが悪いのは間違いないでしょう。
ですがそのまま進むと《ウォースパイト》の射線上です。
『いえ。ストレイドはただちに《ウォースパイト》の射線上から退避を』
すぐに呼び止めます。
私の制止にしばらくの思案の間を置いて、シオンは応答します
『何か隠してたわね』
私の言動で攻撃の手段を隠していたことに気付いたようです。
もちろん肯定します。
『ええ。流石にこれ以上は迎撃に出ている皆様のみならず、当艦も被害が増えてしまいますからね。オールドレディもスカートを上げて走らねば』
『ジョークはいいから。―――それで、何をするつもり?』
ややうんざりと釘を刺して、これからやることが何かという説明を要求してきました。
そんなシオンの催促に私はもったいぶる事なく答えます。
『当艦に搭載している特装砲を使い、敵艦隊への攻撃を開始します』
『特装砲? 主砲ではなく?』
主語の違いに彼は更に質問を重ねてきました。
主砲に該当するレールガンは既に皇国に売却していますし―――そもそもあれも改修で追加していたものでしかありません。
そういう意味で言うならば《ウォースパイト》に主砲に該当する火砲は無いに等しい。
『はい。艦砲としては特殊な立ち位置ですので、主砲とは呼べないのです』
『艦砲としては特殊、ね。了解。一旦離脱するわ。指示を貰っても?』
『了解しました。高度を落としつつ東へ離脱をお願いします。その方が後々楽かと』
『りょうかい』
シオンはそう言って《アルテミシア》を東へ加速。
艦隊から離れていきます。
これで友軍を巻き込む可能性を排除出来ました。
『特装砲《ムラマサ》、展開します』
宣言して―――該当のユニットを起動します。
《ウォースパイト》艦首下部が開くように展開し、内部に格納していた砲身を迫り出していきます。
横に長い砲口を持つ独特な砲身が外界に露わになり、基部から旋回。
持ち上がって―――敵艦隊へと向けます。
砲塔と同軸で取り付けられた照準用光学センサと赤外線レーザーが対象を捉えます。
あとは砲に電力を供給を開始。
チャンバーに純金で造られた触媒を送り込み、電圧を加えてプラズマ化させていきます。
『フィオナ、「射撃可能です」と言いますので合図をお願いします』
『え? あなたが勝手に撃つものじゃないの?』
『艦砲射撃とは艦長の宣言と共に放たれなければならないものなのです』
そういうものだ、と言うとフィオナは「そうなの……?」と困惑した様子を見せました。
『そういうものなのです』
嫌そうな顔をしますが彼女の役目なので押します。
『そういうものでなければならないのです』
『―――わかったよ』
すぐに折れました―――いえ、この場合は腹を括ったと表現すべきでしょう。
『―――個人的な願望としましては「薙ぎ払え」と宣言して欲しいのですが』
『撃てじゃないの?』
『これは薙ぎ払うものですので』
注文が多いわねと苦言を漏らしつつフィオナは了承します。
そう話しているうちに砲身内の電圧が臨界に達しました。
FCSも艦と近い位置の駆逐級の航空艦へと合わせます。
射撃可能です。
―――照準補正に俯角方向にマイナス二〇と入れて、
『射撃可能です』
『特装砲、《ムラマサ》。……薙ぎ払え』
フィオナの宣言を聞いて―――私は射撃の信号を《ムラマサ》の砲身へと送りました。
その信号は光ファイバーを一瞬で駆け抜け―――砲塔の基盤に到達し、その命令を実行します。
荷電されプラズマ化した触媒がチャンバーから解放。
砲身がプラズマを一気に加速させていき―――一条の刀身を生成しました。
『―――は?』
『―――え?』
『なんだこれは?!』
通信に驚愕の声が流れます。
それはそうでしょう。
今、目の前で繰り広げられる光景は火砲の射撃ではありません。
薄暮とは言え、太陽が照らさなくなった時間帯であり、それに加えて街もなく灯りなど一つとてない地域です。
地表は既に暗闇と言っていい状況下だ。
―――にも関わらず、周囲を日中の様に照らす長大なプラズマの奔流がずっとずっと薄暮の空へと伸びてく様はとても砲撃とは言えないでしょう。
さながら―――剣のようでもあります。
特装砲とは名ばかりで、その実態はプラズマカッターの怪物なのですから。
そんな《ムラマサ》を文字通りに横へと振ります。
発射の反動と負荷で緩慢な動きではありますが―――それでも相応の速度で砲塔は旋回していきます。
横へと薙ぎ払われる巨大なプラズマの刀身は狙っていた航空艦とそれに続く編隊の下を過ぎ去って―――その刀身を消失させます。
撃沈はしておりません。
ただ、艦底を通り過ぎただけ。
それだけで―――戦闘が止まりました。
戦闘の音さえ一つない、沈黙。
その状況下で一番最初に動いたのはアーベント大隊の面々でした。
レアの一言で瞬時に意識が切り替われるようで、《ツィーゲンメルカ》に対しての対空戦闘が再開します。
これに《ナハトノイン》各機も劣らず、回避機動を行って少しずつ離れていきます。
それでも双方共に精彩さが掛けるのは先ほどの一射の光景で動揺したのでしょうけれど。
それはともかくとして―――こっちはその気になればそちらを壊滅させる事など容易い、と艦隊司令などが察してくれれば良いのですが。
一応、委員会から貰った帝国の軍用回線にアクセスして敵艦隊―――第三航空艦艦隊のデータリンクにバックドアを作成しておくとしましょう。
あとは敵艦の火器管制システム内部に補正値という名の乱数を仕込めるように準備します。
これで再び戦闘に突入してもすぐにクラッキングし、FCSが正常に作動しないようにして相手の艦砲射撃は当たらないようにすることが出来るようになります。
あとはデータリンク上のレーダー―――敵艦隊の後方にいる早期警戒管制機のレーダー情報も盗み見て、
『HAL? 一隻も当たってないけど?』
バックグラウンドで処理しているその最中、フィオナが引き気味に聞いてきました。
《ムラマサ》の発射の派手さか、もしくは撃沈していない事から来る反応でしょう。
もしくは、その両方。
『―――整備はしていましたが、調整不足でしたね。元々、本艦の製造国とは違う国の兵装を強引に付けた代物ですから本来の性能を引き出せなくて当然かもしれませんが』
ひっそりとマイナス補正入れて外したことは内緒にしまして―――それらしい御託を並べます。
あくまでも第一射はこっちはそちらを壊滅させる事が出来るという脅しです。
そう何度も撃てる代物ではないのですから。
幸いなのは―――その必要もない状況にはなりそうだという事ですが、それも今は話さないことにします。
話しても信じれないでしょうし。
『一先ず、相手が臆してくれると良いのですが』
『むしろ今後の戦闘で使われたら困ると鬼気迫る勢いで攻勢に出たらどうするつもり?』
『その時はその時です。今は、相手の出方を見るべきかと』
フィオナの指摘は尤もですが―――現状は相手の出方次第です。
周辺に展開している《ナハトノイン》の《ツィーゲンメルカ》も規格外の光景の連続で動揺しているのか少し距離を置いていますが―――何かに気付いたのか散開し、離れていきます。
その正体はレーダーに接近する一機の反応が原因です。
そして、当艦の前にやってきたその姿も光学センサで捉えます。
尖鋭的で各部に追加ユニットを装着した白いリンクス―――《アルテミシア・フロイライン》です。
今の砲撃で動きが止まった《ナハトノイン》の態勢を乱せると踏んで一旦戻ってきたのでしょう。
図らずも―――これで「《白魔女》が航空艦相手に対艦戦闘する必要がなくなった」と勘違いしてくれると非常にありがたいのですが、どうなることやら。
『―――とんでもないものを隠してるわね、ジュピターワン』
通信にも彼の声が入り―――艦橋のモニターにもその姿が表示されました。
『シ―――ストレイド!』
相変わらずの嬉しそうなフィオナの声。
『思ったより被害はなさそうね』
淡々としていながら、隠しきれていない安堵に私が応じます。
『はい。敵艦砲の威力を過剰評価していたようです。想定よりも外殻への損傷はありません』
『それならいいけど。―――今のもう一発撃てる?』
次の確認は《ムラマサ》の次弾でした。
触媒はまだ余裕がありますが―――問題は砲身です。
発射後に走らせたチェッキングプログラムの情報では想定以上に砲身のレールを摩耗させています。
次弾が撃てない、なんてほどではありませんが―――砲身の交換無しに何発も撃てるものでもありません。
今の段階で同じ規模なら五発まで保証、という所でしょう。
結局は試作品止まりだったという証明でもありますが。
撃てはします、と言おうとして―――レーダーに動きがありました。
周囲に展開する《ツィーゲンメルカ》の反応が離れて行きます。
それにやや遅れて、航空艦の第三陣も回頭を始めています。
その理由は―――当然のように《ウォースパイト》のレーダーに映りました。
『―――いえ、その必要はありませんのでご安心を』
南東の方角に反応が現れました。
識別は―――ラインハルト自治推進委員会。
数は五。
『―――こちらラインハルト自治推進委員会、第一艦隊所属航空巡洋艦《ハインツ・インメル》! 待たせたな! 』
通信に《ハインツ・インメル》の艦長の溌剌な声が飛び込んできました。
その通信には艦長であるフィオナが応じます。
時計を見て時間を確認して、
『―――こちら《ウォースパイト》。思ってたより速いじゃない』
事前に聞かされていた到着時間よりも速いことを指摘します。
『飛ばしてきたのさ! もちろん、《ウォースパイト》の砲撃も見えていたぞ。とんでもないものを持ってるな!』
『……ジュピターワンが隠してたのよ。今さっき知ったところ』
『それはびっくりだな。お蔭で現在地がわかって助かったが』
『それはジュピターワンに言って頂戴。―――他の増援は?』
『あと八隻は来る予定だ。さて、主戦派の第三艦隊は―――』
どこだ、と問うつもりだったのでしょう。
そこで声は止まりました。
何故なら、答えは簡単です。
レーダーがそれを物語っているのですから。
『それはちょっと遅かったですね。敵艦隊は転進し、撤退を始めています。リンクスも同様です』
私の言う通り―――レーダーにはその動きが表示されていました。
半数近く艦を減らした相手にとっては未知のプラズマ兵器で攻撃されるリスクがあり、一番の脅威でもある《アルテミシア》が《ウォースパイト》の防衛に回った。
それに加えて講和派と委員会所属の航空艦が接近して来ている状況下です。
時間が経てば不利になっていくのは明白。
これ以上の損害は割に合わないと見て、潮時だと判断を下したのでしょう。
つまり、
『戦闘は終了です。お疲れ様でした』
彼らの急ぎは取り越し苦労になったという意味でもありますが。
『――――――まあ、結果良ければなんとやらだな!』
それを受けてか、《ハインツ・インメル》の艦長は悔しさを微塵にも隠さずに呻いて、なんとか前向きに取り繕いました。
本人なりにショックなようですが、まあ発言の内容からして前向きには捕らえているようです。
ふう、とフィオナは息を吐いて、椅子に身を委ねました。
艦橋にいるだけとはいえ、状況を見続けるのは心臓に悪いものなのでしょう。
その緊張から解放されて、力が抜けたようでした。
それでも彼女は自分の務めは忘れておりません。
『……戦闘終了を宣言するわ。―――展開してる部隊はすぐに艦内へ帰投を』
そう通信で戦闘終了を宣言しました。
『ナイトメア了解。―――アーベント大隊。帰投するぞ』
『ラプア、了解しましたわ。近くに搬入口ありませんこと?』
『ラプア、頑張ってカタパルトまで来ることね。―――アップリケ、帰投するわ』
『レグルス了解しました。さっき出たばかりですけど』
『もうちょっと補給長引かせても良かったんじゃないか? プリスキン了解』
各々から了解の返答が返ってきます。
そして、最後に、
『こちらストレイド。帰投するわ』
シオンの返答が通信に入ります。
彼が最後なのは最後までの警戒なのと、隊長としての責任なのでしょう。
それに、これだけは艦橋に直接です。
そうする理由は―――彼なりのフィオナに対する気遣いのつもりなのでしょう。
彼だけは《アルテミシア》に乗ることに一番のリスクを背負っていて、フィオナに心配させているのだから。
『ええ。待ってる』
フィオナの返答を聞いてから、通信が切れます。
モニターには、カタパルトデッキにに着地する《アルテミシア》が映っています。
あとは格納庫に戻るだけで、それ以降は甲板要員と整備班の仕事です。
私たちの仕事は、これでお終いです。
いえ、あるにはあるのですが―――それらは私が個人で担っていいものばかりです。
夕食の前に、いきなりの戦闘で余計に疲れたでしょうし―――すぐにでも休ませるとしましょう。
『フィオナ、ノワ。お疲れ様でした。あとの事はお任せ下さい』
『え、いいんですか?』
その申し出に、ノワが目を白黒していました。
護衛の航空巡洋艦との連絡も、と考えていたのでしょう。
『元々、航行から連絡まで私が担っていましたからね。問題はありませんよ』
『それじゃあ、お言葉に甘えて……。フィオナさん?』
大丈夫だと言うと、ノワは遠慮がちに受け取り椅子の上で脱力するフィオナに声を掛けます。
『ええ。HAL、あとはよろしくね』
こちらは遠慮はありませんでした。
その態度は特に気にするものでもありませんが―――シオンの事を思えば余程の心労があるようです。
『はい。お疲れ様でした』
そう労って―――二人は休息と出迎えの為に艦橋を後にしました。
二人を見送り、艦内のカメラを逐次見つつ。
各部署のセントリーロボット群を並行で操作しながら、二つの不安を出力します。
あの《ムラマサ》をはじめ―――無申告の武装の扱いをどうしていくか、と。
《ウォースパイト》の脅威度は間違いなく上昇しただろうな、ということを。




