薄暮を飛ぶ⑦
大小いくつものモニターを組み合わせた狭いコクピットに警報が鳴り響いた。
『照準警報。三時です』
《ヒビキ》のアナウンスにやや遅れて、シオンは右を見つつフットペダルを踏んで操縦桿を引き絞る。
その操作が操縦システムと電脳を介して《アルテミシア》に反映されて―――前進していた機体の移動方向へと両腰のバックブースターがプラズマ化した推進剤を盛大にまき散らして移動方向を文字通り反転させる。
後退と上昇を合わせたクイックブーストは右から飛来してきた砲弾の驟雨を寸前で回避。
戦闘機をそのまま大きくしたような航空機―――撃ってきた相手である駆逐級の航空艦を睨み、射撃するべく右の操縦桿を傾ける。
右腕を持ち上げてカノープスを構え―――FCSが敵艦を捕捉し、シオンの思考に合わせてレティクルが艦尾に重なる。
レティクルが変化―――射撃可能。
トリガ。
炸薬の火炎とアーク光が混じった独特なマズルフラッシュと共に一〇五ミリ高速徹甲弾が砲口から飛びだす。
秒速三五〇〇メートルに届くその弾速は文字通り一瞬で狙った駆逐艦の艦尾―――ジェットエンジンに当たる。
一拍遅れて―――内側から爆発し、多くの破片をまき散らす。
二基あるエンジンの内、一基でも破壊出来ればその推力の低下は半減する。
そうすると航行は可能でも戦闘の続行は不能となるようで、その駆逐艦は高度をゆっくりと下げつつ回頭していく。
その進路は離脱する方向だ。
《ウォースパイト》に砲撃が始まっている今、追撃する暇はそうない。
シオンは《アルテミシア》を加速させて砲撃を開始した軽巡洋艦級を追い掛け始める。
速度差を考えればすぐにでも追いつけるが、
『照準警報。七時方向です』
「彼女達も必死よね」
後ろからの警告に、シオンはバレルロールで背後から追い立ててくる砲弾を避ける。
モニターにウインドウが開いて、背後の映像が映し出される。
四機のリンクス―――ブースターユニットに安定翼をつけたフライトユニットや、翼状ブースターと脚部追加ブースターユニットを装備した《ツィーゲンメルカ》がそこに映っていて―――内一機からマズルフラッシュが焚かれた。
小刻みに射撃を《アルテミシア》は小さな乱数機動で偏差を狂わして躱していく。
続く警報は、
『ミサイル警報』
《ヒビキ》の警告と同時にフライトユニット装備の《ツィーゲンメルカ》―――主翼下に懸架されていたミサイルが噴煙を吐き出して狙った対象を追い掛け始めた。
その数は四。
煽るような警報を耳にしながらシオンは別ウインドウで表示された背後を見つつ―――ロールしながら緩やかに降下を始める。
ミサイルが追いかけているのを確認しつつ、左の操縦桿にあるフレアの射出用のボタンを押し込み―――後腰部のバインダーや脚部追加ブースターユニットの側面から燃焼光源が広がるように次々と排出されていく。
ロールを止めて急上昇。
急な方向転換にミサイルは目標を見失い、フレアを対象と誤認したミサイルは《アルテミシア》が進んだ先とは異なる方向へと向かっていく。
『ミサイルを回避。流石です』
「褒めるのはまだ早いわよ、《ヒビキ》」
『そのようで。―――照準警報、正面です』
続く正面からの警報―――巡洋艦級の航空艦からの対空砲射撃を見て、シオンはフットペダルを何度と踏み込む。
右右右上下左左右―――。
縦横無尽に揺れ、あまりの速さで歪む視界の中、次々とクイックブーストを連発して対象との距離を詰めていく。
そうして―――FCSが巡洋艦級の航空艦を捉えた。
『目標捕捉』
「エンジンを狙う」
すぐにカノープスを構え、レティクルがシオンが口にした部位へ重なる。
発砲。
轟音と共に撃ち出された高速徹甲弾は瞬く間に巡洋艦のエンジン一基を撃ち抜き、その機能を奪い去っていく。
その隣のエンジンへ、続けて第二射を発砲。
結果はつい先ほどと同じで、エンジンブロックから火を噴き推力を失った航空艦は緩やかに降下していく。
それから視線を逸らし、周囲を索敵して次の巡洋艦―――重巡洋艦級と表記された航空艦を見て、その後方に続き自身の進路上に浮かぶ小型の航空艦の艦隊を見る。
その一団が現在《ウォースパイト》に近く、艦底の主砲で砲撃している一団だ。
今はまだ距離や《ウォースパイト》自体の回避機動で被弾は少ないものの、このままでは被弾が増えていくだろう。
いくら外殻の防御性能が高いと言えど、それは装甲自体の話だ。
実際は艦上に色々な装備や設備があるし、それらが壊される可能性さえある。
それに、防空戦闘の一環として《アーベント大隊》のリンクス部隊も展開している以上は無視も出来ない。
てフットペダルを踏んで加速する。
接近までの間に、《ウォースパイト》の状況を知るべく通信を繋ぐ。
「こちらストレイド。巡洋艦を無力化。そっちの状況は?」
『こちらティターニア。被弾はしてるけど、HAL曰く敵の火砲を過大評価してたって言ってるから艦自体は無事よ。味方にも被害はないけど、消耗はしてる』
シオンの確認にフィオナが当然のように答えた。
《ウォースパイト》に直撃する砲弾が増えているとは聞いていたものの―――今のところ、そこまでの被害はないらしい。
だからと言って安心する訳にもいかない。
『でも、流石にいつまでも受けれないわよ。アーベント大隊各機に被害が出かねないし、艦内もちょっと不安の空気が流れてる』
「なら、さっさと―――」
次の航空艦をと言いかけた所に、接近警報がコクピットに鳴り響いた。
『頭上です』
《ヒビキ》のアナウンスにシオンはモニター越しに薄暮の空を見上げる。
そこには急降下してくる人影があった。
翼状ブースターと脚部に追加されたブースターユニット―――《ツィーゲンメルカ》だ。
右手には両刃式の実体剣が握られており、大きく振りかぶっていのが見えた。
「あなたの相手をする暇はないのよ」
シオンはコクピットの中で淡々と呟き、フットペダルを踏みつけて操縦桿を引く。
《アルテミシア》は急制動からの後ろへクイックブーストでその斬撃を回避。
空振りした敵機はブースターを焚いて急降下の勢いを殺し、《アルテミシア》へと向かって再度加速。
横薙ぎの斬撃を繰り出してきた。
自分達が苦手とする接近戦だが―――それでも対策がないわけでもない。
《アルテミシア》は左手のに保持した機関砲―――その銃身下に付いている銃剣を用いてその斬撃を弾き、後退しながら二手、三手と凌ぐ。
続く振り下ろしの四撃目を、その軌跡に合わせるように振り下ろしてその軌道を僅かに逸らして、左肩からぶつかるようにブーストしてタックルを食らわせる。
右背のバインダー《ヤタ》内部に格納されている九七ミリ砲を展開。
タックルで弾かれた敵機へ向ける。
照準―――重なると同時に敵機が不安定な姿勢のまま右へとクイックブースト。
レティクルが外れるもシオンは構わず発砲する。
発射の反動を旋回の初動にして、後退するようにブースト。
《ツィーゲンメルカ》を正面に捉えつつ右手のカノープスを向けて―――発砲。
秒速三五〇〇メートルを超える弾速を有する超電磁砲の至近距離射撃。
時間差も距離も無い射撃を―――敵機は避けられるはずはなかった。
胴体に一〇五ミリの砲弾が貫き、その衝撃が機体を上下に別つ。
上半身と下半身に分かれた敵機は被弾した衝撃を受けて弾かれるように力なく落下していく。
これで《ツィーゲンメルカ》は三機ねとシオンは数え、《アルテミシア》を近い距離にいる駆逐級の航空艦へ向けて加速させる。
警告音に遅れて始まる対空ミサイルの一斉発射に対して、リゲルの連射で一発ずつ迎撃し、迎撃しきれなかった分を旋回半径の内側へ飛び込んで誘導を切る。
続く対空砲火の雨を乱数機動で潜り抜けて右舷の艦底側へ。
反転して後進。
カノープスをエンジンに向けて二発撃ち込んで―――エンジンユニットが内側から爆発するのに合わせてクイックブーストで離脱する。
もう一度反転。
次の駆逐艦を追い掛けるべくブースターを全開で噴かせる。
連なる駆逐級の航空艦を上や下からの超電磁砲の砲撃で無力化、ないし撃破を短い時間の中で繰り返し、
『駆逐級、撃破を確認』
エンジン二基を破壊され、推力を失った艦体各所から火の手を上げ出した駆逐級の撃破を《ヒビキ》が通達する。
おおよそ被弾した場所―――正確には装甲を貫いて内部に飛び込んだだろう砲弾が火薬庫に飛び込んで引き起こしただろう爆発だ。
その誘爆を繰り返す航空艦を横目に見つつ、《アルテミシア》は残り一艦となった重巡洋艦級へ加速する。
「これでこの一団は重巡洋艦を落とすだけね」
『肯定です。―――後方より三機が接近。散開しました』
シオンの独り言ちへ《ヒビキ》は反応して警告を発する。
機体のレーダーでそれを確認すると、モニターに後方の映像が別ウインドウで表示される。
戦闘機のような背部ユニットと大型の武装ユニットが組み合わせられた大型飛行ユニットを装備した《ツィーゲンメルカ》が二機と、翼状ブースターと脚部追加ブースターユニットを装備した機体が一機の三機編成。
左右へ別れたのが大型飛行ユニット装備機で、最短距離を飛んでくるのが翼状ブースター装備機だ。
十字砲火でも狙っているのかしらと呟きつつ、シオンはそのまま重巡洋艦へと向かう。
敵機と自機の速度は大して変わらないので、距離も縮まる気配もない。
しかし、
『照準警報。正面です』
回避機動を取らさられれば話は別だ。
重巡洋艦との距離は一二〇〇メートル。
高度は、こちらが上。
対空ミサイルや相応の口径の火砲ならば十分に射程圏内だ。
すぐにフットペダルを踏んで《アルテミシア》に回避機動を取らせる。
左肩のブースターが火を灯し―――右へクイックブースト。
遅れて砲弾が飛来してきて、それは何もない空間を飛び去って行く。
それを合図とするように対空砲火が始まり、いくつもの火線が白いリンクスを襲う。
《アルテミシア》は各部のブースターを瞬かせて乱数機動で躱していく。
「……《ヒビキ》。重巡のどこから攻撃してきてる?」
マズルフラッシュを見て―――いくつかが艦底ではなく艦上からである事に気付く。
その指摘に応じるように拡大した画像が別枠で開く。
『一二〇ミリクラスの速射砲と六〇ミリクラスの対空砲が艦上から放たれています。すぐに急降下して艦底からの接近を推奨』
《ヒビキ》の分析を聞きつつ、シオンは機体を急上昇するようにクイックブーストさせる。
露骨で単純な機動は―――簡単に再補足を受ける。
敵艦の速射砲の砲塔僅かに動いた。
『照準警報』
警告と同時に左へロール機動。
横への一回転で射線を躱して、制動かけつつカノープスを持ち上げる。
照準は速射砲に合わせて―――トリガ。
放たれた砲弾は一秒足らずで速射砲の砲塔に直撃し、その圧倒的な運動エネルギーで文字通りに吹き飛ばす。
一つ目、二つ目と破壊して―――攻撃を止めさせる意図か、照準警報がコクピットに鳴り響く。
当然、重巡洋艦へ接近しながら左右上下方向へのクイックブーストの連発で回避だ。
『艦底からの接近を推奨と言いましたが』
「砲塔を壊しても一緒じゃない?」
『弾薬の節約も兼ねた提案―――ミサイル警報。四時と七時方向です』
次の警告に《ヒビキ》の苦言が言い直された。
武装と方角を考えれば大型飛行ユニット装備の《ツィーゲンメルカ》からの攻撃だ。
右、左と見て―――該当の機体の主翼下から噴煙を帯びて発射されるミサイルを見た。
数は二。
『警告。レーザー誘導です』
続く報告は誘導方式だ。
ミサイルの弾頭に配置された赤外線レーダーではなく、他者からの照準用レーザーによる誘導。
つまり、フレアなどの欺瞞兵器による誤誘導での回避は効果が薄いということだ。
その役目は誰かは気になるものの―――そもそも敵に囲まれているも同然の状況下だ。
クイックブーストの連発で追尾を強引に切ったり、機関砲などで迎撃するのも有りだろう。
あるいは―――と重巡洋艦を見る。
―――それも悪くないわよね。
思い付いた手をそう評した時だった。
『接近警報。後方です』
「ミサイル接近してる時に突っ込む?」
回避機動を繰り返していたら―――どうも、追い掛けて来ていた敵機の近接格闘の距離になっていたらしい。
相手の出方に少し驚きながら前にクイックブーストして反転。
実体剣を振り下ろした翼状ブースター装備の《ツィーゲンメルカ》を視認しつつ、両手の武器をバインダーの内側に懸架し、大腿部に懸架してある銃剣付きのライフル二丁へと切り換える。
ブレードを手に接近を仕掛けてくる敵機へその両手の火器を向けて、後ろへクイックブースト。
僅かに距離を離しての射撃を《ツィーゲンメルカ》は右、左へと回避して、もう一度《アルテミシア》に向かってクイックブースト。
振りかぶった一撃を、《アルテミシア》は右手のライフルの銃剣で弾く。
左手のアサルトライフルを向けて無造作に発砲。
敵機はこれは落ちるように回避して―――後退。
何故今下がる?
対《アルテミシア》戦は接近戦を仕掛けるのが有効でしょうにと疑問を抱くが、
『ミサイルが接近しています』
その答えがすぐに示された。
ミサイル接近までの時間稼ぎだ。
なるほどと苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべつつ、シオンは操縦桿を引く。
《アルテミシア》は振り返りつつ加速し、重巡洋艦に近づきつつミサイルとの距離を離しにかかる。
左右へのクイックブーストで誘導弾を横に振って―――機体をもう一度反転。
左手のアサルトライフルを持ち上げて迫り来るミサイルへ向けてフルオート射撃を敢行。
七〇ミリの砲弾がすぐにミサイルを捉えて破壊し、そのまま残りのもう一発も迎撃する。
『ミサイル警報。二時と十時の方角。数は八』
「おかわりね」
『今度は赤外線誘導です。フレアの使用を提案します』
追撃の報告に、シオンはレーダーをチラ見してまたまた機体を反転させる。
飛び込むように急降下を始めて―――対空砲火の中をジグザクな機動で敵艦へと接近していく。
アラートの警告音がミサイルとの距離が縮むのに合わせて早鐘のように速くなっていくのを耳にしながら、武装を再びカノープスとリゲルに持ち替える。
《アルテミシア》はすぐに敵艦に肉薄―――艦上で急制動して上から飛来してくるミサイルを見た。
―――ここ。
そう念じて―――左の操縦桿のフレア排出のボタンを押し込んでクイックブーストによる瞬間加速で艦首方向へと飛び出す。
《アルテミシア》の瞬間移動はミサイルの弾頭に配置されたシーカーには捉え切れない機動で、置かれるように排出された燃焼光源を設定された対象だと誤認してその場所に殺到する。
重巡洋艦の艦尾に着弾して爆発を起こすも―――損傷は大したことはない。
―――そこまでやわな外殻をしていないか。
着弾箇所を別ウインドウで確認して、シオンは視線を正面に戻す。
そして進行方向の左に見えた僅かな膨らみを見つけてその正面側へと回り込む。
横に長い窓が付けられたそこは、この重巡洋艦の艦橋だ。
その内側に何人かの人間がいるのが見えて、姿を現した尖鋭的で白い異形のリンクスに驚いているようすがモニター越しに確認できた。
《アルテミシア》の右腕が持ち上がって―――超電磁砲を艦橋へと向ける。
レティクルが重なると同時にトリガ。
放たれた砲弾は艦橋へと飛び込み、その衝撃波をもって内側から破裂させた。
制御を失ったらしい重巡洋艦はその艦首をゆっくりと下げていき落下を開始していく。
これで敵艦隊の第二陣は全滅だ。
さて次はとレーダーを見て、
『接近警報。頭上です』
「―――っと」
突如と鳴り出す警報に吊られて後ろへ下がるようにクイックブーストする。
《ヒビキ》が警告した方向から一機のリンクスがブレードを振り下ろしながら飛び降りてきた。
翼状ブースター装備の暗い灰色のリンクス、《ツィーゲンメルカ》だ。
残り三機の追撃要員の内一機だが、かの機体を駆る乗り手はまだ諦めはしないらしい。
何度も妨害されていて思っているよりも航空艦の撃破が進んでいない以上、そろそろ本格的に対処するしかなさそうだ。
シオンは後退しつつデータリンクされた《ウォースパイト》のレーダーを見て―――次の艦隊が母艦に接近していることを把握する。
既にミサイルの射程圏内ではあるし、そう時間をかける事無く艦砲射撃の射程だろう。
猶予がないのは間違いない。
「やるなら速攻ね」
シオンはそう口にして―――機体を反転して地面に舳先が向けられつつある艦首方向へと加速する。
《ツィーゲンメルカ》も左手で持ったライフルを構え、ブースターを咆えさせて《アルテミシア》を追い掛け始めた。
『照準警報』
途端に鳴り出す警告に合わせて右、左とクイックブースト。
舳先を通り過ぎて続く射撃を右にロールして回避。
逆さまの状態から地面に向かってクイックブーストで急降下。
すぐに艦底側へと回り込んで―――相手から見えない位置に入り込む。
落下する重巡洋艦の艦底に背部を器用に張り付かせて、
「《ヒビキ》。両肩のマイクロミサイル準備。全部よ」
『了解です』
シオンの指示に《ヒビキ》は応じて、両肩の武装ユニット《フタヨ》の装甲カバーが展開される。
その中には名前の通りに小さいミサイルがいくつも収まっていて―――あとは発射されるだけだった。
発射準備を整えてすぐに―――《ツィーゲンメルカ》が舳先から姿を現した。
艦底に張り付いるのが見えなかったのか、まるで探すように辺りを見渡している。
レーダーにも写らないだろう。
なにせ、相手の友軍の反応と重なってしまっているのだから。
その隙が―――シオンにとって狙い目だった。
FCSが敵機を捕捉し、ロックオンマーカーを重ねる。
トリガ。
《アルテミシア》の両肩が噴煙を上げるのと、ミサイルアラートで気付いたのか《ツィーゲンメルカ》が《アルテミシア》を見つけるのが同時だった。
《ツィーゲンメルカ》はライフルを構えようとして―――撃つ事なくすぐに後退を始めた。
小さいとはいえど、リンクスには確かな損傷を与えるミサイル。
その数―――三〇以上。
それだけを食らえば普遍的なリンクスにとってはひとたまりもない。
ミサイルに対して弾幕を張るようにライフルを撃つも―――不意を突く形で放たれたのと。
その数は一機のリンクスが対処するには確かに多かった。
一つ、二つと被弾していき―――不運にもライフルにマイクロミサイルが被弾し、爆発で破壊される。
それが、破綻の合図だった。
その《ツィーゲンメルカ》は必死に回避機動を行うも次から次へと被弾していき、ついには背部の翼状ブースターにまで波及していく。
最後の五発が当たった所で―――ブースターからプラズマの奔流が吐き出されるのが止まった。
ブースターの破損だ。
そうなれば辿る道は一つだった。
推力を失った《ツィーゲンメルカ》は重力に引かれて落ちていく。
四肢が藻掻いている辺りは―――コクピット自体はまだ無事だ。
それを見てか、あるいは通信を受けたか。
離れて見ていたらしい飛行ユニット装備の《ツィーゲンメルカ》がかの味方機を救助するべく急降下を開始する。
飛べなくなったリンクスと救助に向かったリンクスに追撃は―――シオンはやらなかった。
先を考えれば追撃した方が得はあるだろうが、シオンの優先事項は航空艦艦隊の撃破だ。
リンクス相手に時間をかける必要はそこまでない。
フットペダルを踏んで《アルテミシア》を加速させて―――落下する重巡洋艦の艦底から離れて、より暗くなった薄暮の空へと上昇する。
自身の状況と次の動きを報告するべく、シオンは通信を繋ぐ。
「こちらストレイド。第二艦隊を撃破。次の艦隊へと向かうわ。遅れてるからペースを上げていくわよ」
『いえ。ストレイドはただちに《ウォースパイト》の射線上から退避を』
それに応じたのはHALで、その内容はまさかの退避だった。
―――射線上?
その一言にシオンは首を傾げる。
今の《ウォースパイト》には、自衛用のCIWSと垂直発射型のミサイル。
ミサイル迎撃用の自律式レーザー砲モジュールや自律式の防盾などぐらいしかなく、対艦用の砲などないはずだ。
―――にも関わらず、射線上からの退避が勧告されるというのは。
「何か隠してたわね」
『ええ。流石にこれ以上は迎撃に出ている皆様のみならず、当艦も被害が増えてしまいますからね。オールドレディもスカートを上げて走らねば』
「ジョークはいいから。―――それで、何をするつもり?」
ややうんざりと釘を刺して、これからやることが何かという説明を促す。
そんなシオンの催促にHALはもったいぶる事なく答えた。
『当艦《ウォースパイト》に搭載している特装砲を使い、敵艦隊への攻撃を開始します』




