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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第四章]恐ろしいもの、作り上げたのは
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飲む



 嫌な事があったら酒を飲めばいい。だいたいはそれで流せる。


 そんな事を本で読んだことあるのだけど、僕自身飲んだ事はなくて。


 まあ、日本ではお酒は二十歳になってから、なんて科学的根拠の無い法律や標語が二十一世紀を四半世紀過ぎかけてもなお続いているので、飲むこともなかったけども。海外じゃ年齢とアルコール度数によっては十六からでも飲めるらしいので、別にそれくらいからでも飲んでもええんやないのと思う。


 まあ、要するに。言いたいのはここは異世界なのだからそんな事は気にせず、十八歳の僕は酒を飲む事にした、という事である。


 飲んで流したいこと、があの11ヶ月間の記憶なのでまずい気もするが、やり過ぎなければいいのである。


 そういう訳で、午後10時。

 僕は宿舎の一階にあるリビングに来た。


 何故リビングかというと明日、飲み会の切り盛りをする団長ことベルナデットさんが非番なのだ。なら二日酔いしてもいいじゃない、とのことで、ここで人を集めて夜通しで酒を飲むなんて事をやっている訳で。



「お、珍客が来たぞー?」


 リビングのドアを開けて、まず聞いたのは酔っ払ったベルナデットさんの声。

 既に出来上がっているベルナデットさんは悪い大人だった。


 テーブルにはいくつものボトルが置かれて、並べたらボーリング何回出来るだろうと考えてしまう。

 あとは酒のつまみでチーズやらジャーキーやら何やらが山ほどある。ここにいる皆さんはどうやら本気で飲み明かすつもりらしい。


「こんばんは。―――凄いですね、これ」


 いつから飲んでるのだろうかと思う。それなりに広いリビングだが、アセトアルデヒドの臭気が鼻腔を突く。


 リビングにいたのは、全員で五人ほど。明日非番の人がほとんどだろう。それと全員が僕より歳上のお姉さん達。


「こん~。なにー? チハヤちゃんもお酒を飲みにぃー?」


 騎士団のスナイパー、メイ・トリスタンさんもいて、肩を組んできた。


「そんなところです。ご一緒しても? ―――って、臭っ。メイさんどれだけ飲んでるんですかっ」


「ビールジョッキをー、えっと……10ぐらい?」


「その前にワインをボトルで2つは空にしてるぞ」


 グラスを傾けた女性団員が、補足してくれた。

 ここは酒豪の場だろうか?

 なんて事を思いながらもメイさんから離れて、棚から適当なグラスを持ち出してソファに座る。


「参加歓迎だがな。―――調子が悪かったんじゃないのかー?」


 ベルナデットさんがボトルを傾けながら訊ねてきた。

 グラスを出して、注いで貰いつつも答える。


「《ノーシアフォール》に飲まれる前の11ヶ月の悪夢を見たんですよ。気分が悪くなるったらありゃしない」


 無色透明の酒を一口飲む。意外ときつくて甘い、そんな酒だった。


「あー……。壮絶な経験だっけか? 災害の体験ってトラウマだもんな……。酒を煽りたくなるよなー。ほらほら飲め飲め」


「まだグラスに入ってますよ……」


 そう言ってチーズを手に取り食べていく。



 何だかんだ、参加者の愚痴やら何やらを聞きつつ。

 泣き上戸やら絡み酒やら、キス魔に襲われかけたり、脱ぎ癖がある人を止めたりと一時間と30分。



「やいチハヤ! オメーに言いてぇ事がある!」


 グラスをテーブルに叩きつけながら絡み酒筆頭、ベルナデット団長が言った。

 目は完全に据わっており、酔いも回ってきたに違いない。


「はいはい。なんですか」


  私 自 身 も酔ってるには酔っているが、それほどでもない。まっすぐ歩けます。


「オメー! 360度! 周りが美女だらけの女の園! なのになんとも思わねーのか!」


 突然なにを言うのでしょうか。この酔っ払いは。


「こんなダイナマイトボディの持ち主が何人もいてよぉー? こんなにも麗しい美女がいるってのによぉー……」


 そう言いながら、隣に座っていたサンドラさんの豊満な胸を揉みしだく。


「やめて下さい団長!」


 ナチュラルにセクハラというか、わいせつ行為そのものの現場だった。


「ベルナデットさんって中身おっさんですよね」


 お酒を飲んだせいか、ポロリと本音が出てしまった。


「んなことよりも、大事な話だろうがー。オメェ、そんな女の子と変わらない―――どころかそこらの女よりも可愛い容姿して4ヶ月半いるのに恋沙汰とかそんな話出てこねぇーからよー……。そこんところどうなのよぉー? いるか?」


「……美人揃いなのは認めますよ? それに似つかわしいプロポーションの方々であることも認めます。―――でもこう、近寄ってくる女の子って不思議といないんですよ? それに、私って異性と見られてるんですか?」


 ここ最近の皆さんの私を見る目ってこう、友人を見る目なんですよね。


「…………見てない」


「…………男って嘘じゃないの?」


「…………一人称、たまーに私だから女の子でしょ?」


「チハヤは男の子って見るより、女の子って見た方が楽よー。それぐらい容姿が男じゃないしー。体つきも女の子みたいに華奢でー。喉仏ないしー。声も女の子っぽいしー。女の子扱いした方が自然に接せられるのー」


 団長以外の皆さんが、正直な事を教えてくれた。


 心の何かが、ぷつりと切れた気がした。


 グラスに入った酒を煽って、机に叩きつける。


「知ってますよっ! 私、そんな容姿だってことよく知ってますよ! 声が女性よりだってことよく知ってますよ! 男の服似合いませんもんね! 女物の方が似合いますもんね! 力も皆さんより弱いですもんね! そんな男この世にいませんもんね! もうそんな必要ない(※女装)と思ってたのにリンクスの都合で、ズボンだとはいえ女性団員服支給ですもんね! 化粧が上手過ぎて皆さんに化粧レクチャーしましたもんね! この前買ってきた服なんか下着以外大半が女物ですもんね! わかってますよ! 私が女の子な容姿なんてぇー!」


 逆ギレ、アンド泣き上戸。酔った勢いとはなかなかに凄いものらしい。

 息継ぎ無しで声を荒げてここまで言えば、さすがに肩で息をしてしまうものです。

 でも、気分的にすっきりしました。感情を吐き出すって大事。


「おう。ノリノリで女装しておいてその台詞言えるのかよ。嘘言ってんじゃねーぞ」


「まあ、否定できません」


 満更でもないのはバレてたらしい。行き過ぎは嫌だけど。


 そう呟いて酒を注ぎ、また飲み干す。


「答え、これでいいですか?」


「けろっと戻るのかよ……。うん、お前さんがまだ彼女居ないってのはよくわかった」


 驚きつつもほれ、とまたグラスにワインが注がれる。


「まあ、好きな人と死別すれば恋愛なんて嫌になりますよ。誰かと添い遂げる、なんて考えれないですし」


 それだけ、シスターの死はショックだった。


 この前、アリア殿下からパラレルワールドのシスターからの言葉は聞けてはいるけれど。


「本当、大変な人生送ってんな……」


「もう少し普通の生活を送りたいですよ、全く」


 異世界でノーマルライフ。やれば出来ると思います。

 ただし、問題を起こさないとは限らない。


 くく、とシニカルに笑ってからベルナデットさんは口を開く。


「その容姿で男のライフスタイル出来るかねぇ……。――それにしても、よく飲むな。何度か飲んでるか?」


「いえ、人生初めてです」


 その言葉に、キラリーンとでも効果音がしそうな表情を浮かべたベルナデットさんが、他の四人を手招きして何か内緒話をし始めた。


 嫌な予感がするなぁ、と思いながらもジャーキーを食べていく。

 生姜に味噌つけて食べたいとか、焼き鳥とか鶏皮とかほしいなあ等と思っていたら。


「よっしゃあ! 飲み比べやっぞ畜生!」


 何言っているんでしょうこの人は。


 そう冷たい目で見ていたらジョッキに並々とビールが注がれた。


「そっちが勝ったら酒のボトル。こっちが勝ったら一つ言うこと聞いてもらうぞ!」


 理不尽を、酔っ払いが要求してきた。


 何言っても聞き入れてくれそうにない。

 なら、勝てばいい。肝臓に悪いけど。


「いいですよ。勝たせていただきます」










 勝ちました。


 酒豪五人相手に。


「これでお酒のボトル五本貰い~」


 床に倒れた五人を見つつ、コップに入った水を飲む。


 気がつけば夜が明けてて、完全に飲み明かしてしまった訳で。


 五人とも何か寝言言いながら呻いているので大丈夫だろう。多分。



 リビングはもはや、テーブルを中心に無造作に転がった空のボトルで埋め尽くされていた。


 窓枠に腰をかけつつ、水を一口。やっと水にありつけました。


 さて、この惨状をどうしましょうかと考えていたら、リビングのドアが開けられた。第一発見者の登場です。


「うわっ……! 何これ!」


「おはようございますー。アルペジオー。飲み明かしましたー」


 呑気に笑顔で言うあたり、間違いなく、私もかなり酔っている。


「とりあえず、片付け手伝ってくれます?」





 この後、僕ら飲み明かし勢はマリオン副団長の雷を受けたのは言うまでもない。




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