一ヶ月。僕は炊事係です。
僕がこの世界に来て一か月が過ぎた。オルレアン連合軍第八騎士団『フォントノア騎士団』は黒い球体こと『ノーシアフォール』に近い基地で付近の捜索や待機の日々を送っている。
この間にも数回、『ノーシアフォール』から異世界のガラクタが降る『コーアズィ』が起きているのだけれど生きた人間が回収されたという話は聞かない。死んだ人の方が多いとは回収担当のシャルルさんの話だ。彼曰く、生きてこの世界に来る人の方が珍しいんだとか(ほぼ無傷とか稀の稀らしい)。
使えそうな物とかを回収してはそれが何かを調査、兵器などは後方に送り、それ以外は騎士団で管理したり民間の業者に卸している。異世界人である僕もその手伝いを何回もしており、知っている物の名称、用途、使い方を説明したりしていた。
これは余談になるのだけれど、倉庫の中からアコースティックギター(全くの無傷。予備の弦もたっぷり)を見つけた時は色々な意味で驚いた。
これが楽器である事を言ったら、嘘だとか初めて見るとか、疑いの目で見られた。
とりあえずその場で適当に調教施して休憩代わりに一曲弾いて楽器であることを証明して見せたら拍手喝采になった。そのままギターは僕の所有物になり、時々弾いてくれと頼まれるようになるのは少し先の話になる。
ギターを入手して数日。
今日の昼弁当の材料をオーブンで焼いてる間に、鼻歌交じりにギターを弾いて待つ。
僕以外にも料理担当として十人ほど雇われて(さすがに僕一人とその日の担当では回せなくなったので料理人を何人も雇ってくれと頼んだ)、僕の仕事は献立決めと調味料作り、調理の指揮采配や彼らの料理の授業へと変わっていた。
異世界の料理が学べます、等と謳って募集をかけたのかすぐに人が集まったのは言うまでもない。
料理食べて感銘を受けたのか弟子入りまで志願する人がいた、とかは蛇足だろか。
まあ、まだ未熟者だから弟子はとらない(本音は家庭料理に手を込んだ一手間いれた程度の人間だから)とは断ったけど、彼らは僕の技術を学びはじめ腕をめきめき上げている。気を付けないと追い越されるかもしれない。むしろ、追い越して。
僕は菓子作りの方が得意だし。
「同じ曲ばっかり弾きますねぇ、チハヤさん」
ギター弾いていると、ジルにそう話かけられた。茶髪で精悍な顔つきの、二十代中ごろの勤勉で気さくな男で、僕の調理の仕方を細かく一つ一つ、一品一品メモして再現しようとし創作にも力をいれる見どころのある人である。きっとこの道なら大成するだろう、と素人の僕が思えるほどだ。
「そうだね。この曲、結構好きなんだよね」
「異世界の音楽ですか。なんて曲です?」
「FoxHoundっていうロックバンドのSUNRISEっていう曲。このギターで弾くような曲じゃないけど」
そう言って、ワンフレーズを鼻歌で歌う。歌詞は英語だけども、フロンクェル語に訳して歌ってみたい。
「フロンクェル語でお願いしたいですよ。意味がわからない」
早速ジルが言ってくれた。言うのは簡単だよね。
「英語からフロンクェル語に訳せってか。日常会話がせいぜいの異世界人にはキツいぜ。―――夜明けが見たいよって歌だよ、これは。サビの最後に一緒に踊ろうとか言うけど」
「えいご? なんて意味だいそれ」
「僕がいた世界の、一言語。僕が解せる言語の一つ」
ちなみに、僕はかつていた保護施設の影響で母語の日本語以外にフランス語、英語とイタリア語なら話せるマルチリンガルだったりします。フランス語ならスラングまで言える。あの神父のおかげで。
「はあ……。君がいた世界って言葉がたくさんあるんだねぇ。この世界、フロンクェル語しかないから不思議だ」
なにか結構すごいこと聞いた気がする。
「フロンクェル語しかない? この世界の言語が? ジルさんそれ本当か?」
「嘘は言わないよ。民族は結構いるのに言語だけは一緒なんだよ。そんなに不思議かい?」
ジルの言葉を聞いて、僕は首肯する。この世界は何か、変だと思った。
「おはようー」
ジルと会話しながらギターを弾いていると、聞き覚えのある声がしてきた。僕は食堂の入り口を見て挨拶を返す。
「おはよう、腹ペコ殿下。出来立ては無いよ」
横目でジルを見ると僕を青ざめた顔で凝視してる。反応が面白いなー。いつもの事だけど。
「チハヤ、その呼び方はやめてもらえる? 私が誰だかわかっていて?」
腹ペコ殿下呼ばわりされた彼女は不機嫌そのものの態度で言い返してきた。
「わかってて言ってる。事実だし」
「王族に対してその態度。斬首刑にされたいのかしら」
「それはいいね。毎日殿下直々のスカウトを受けなくて済みそうだ。――いいギロチンでよろしく」
首置いていきますよ?
「……ホント食えないやつ。専属料理人の勧誘のほうが堪えるようね」
「勧誘回数増やす気か。それは勘弁だわー」
「夕食をフルコースで。全員分よ。デザート付き。毎日――」
「わかりましたわかりました。先ほどまでの無礼お許し下さ
い。アルペジオ・シェーンフィルダー殿下」
その量は死ねるので素直に頭を下げる。フルコース料理とかやりたくない。
彼女――アルペジオ・シェーンフィルダーはわかればよろしいと言って朝食を受け取りに行った。
「怖くないんすか、チハヤさん。こっちは銃殺されるんじゃないかとハラハラもんなんすけど」
ジルがビビりながら小声で言った。肝が小さい男だなぁと思う。昨日、包丁3つ使ってジャグリングしたら泡吹いて止めにきたぐらいの小ささである。見てて愉しかったのは内緒。
「あれぐらいどってことないよ。あれよりおっかないの、かつていた世界に呆れるほどいたし」
元フランス陸軍で先祖に著名な異端審問官がいる神父とか、元マフィアのイタリア人とか、ベルギーの有名な武器商の一人娘とか、某国の山岳兵で傭兵も経験し趣味が登山の国籍不明の人とか。
そして全員キリスト教カトリックの聖職者。これ蛇足。
「おっかないのと言うより王族ですよ王族! オルレアン連合、第三位国。ストラスールのシェーンフィルダー王家の直系! 継承権第四位の王女……それが彼女、アルペジオ殿下っすよ! 機嫌損ねたら文字通りの首になるかもしれないのに……。あんた死にますよ?」
ジル必死だなぁ。ちょっと遊ぼうか。
「さっき言ったじゃん。わかっててやってる。愉しいし」
「恐ろしいわっ!」
「彼女の反応、というよりは回りの反応が見てて愉しくってなー。ついついやり過ぎちゃう。実際に処刑受けてみたいし」
冗談じゃすまないレベルになってるかも。
「止めろー! 俺たちの寿命を縮めるどころか、調理の腕を頭打ちにする気か?!」
「まぁ、本音は恐かないってところ。それに美味い料理する人を簡単に処刑しないのはわかってるし」
アルペジオとは何度か言葉を交わした仲で、ある程度の人柄はそれなりにわかっている。
アルペジオ・シェーンフィルダー。
十六歳。
オルレアン連合、第三位国『ストラスール』のシェーンフィルダー王家のお姫様。
ちょっと高圧的なところはあるけど、意外にもお人好しで可愛いものを好む年頃の女の子らしいとこもあるお方。
育ちからか食道楽、もしくは健啖家。それでなのか料理の味にはうるさく、僕の作った料理やらお菓子やらの評価に美味いの一言を簡単に出さないほど。
でも最後にはちゃんと言ってくれる辺り気に入っている様子。全体的に言えば態度はともかく結構いい人。
ちょっと高圧的なのは身分上そう振る舞っている、もしくはそう振る舞うしか出来ない人。もしくは……。
「まあ、どうでもいいね。好きに生けれればそれでいいし」
そこまで言って、オーブンのブザーが鳴る。
ジルが先に厨房に戻り、僕が遅れてハーフエプロンを着けながら入る。ブザーを鳴らしたオーブンの扉を開き、中から沢山ある金属の箱の内一つを取り出す。長方形のステンレス製の箱でリンクス整備班の方々に大量に作って貰ったものだ。
調理台の上に置き、箱を逆さまにして中身を出す。四角い長方形のパンが出てきた。
見た目は完璧だが、中身はわからないのでパンを切るためのノコギリのような包丁で切る。
外周を被う茶色い焼き目と白いスポンジ状のそれは僕が望んだものだった。
「よし、上手に焼けたと」
そう言って切れ端を摘まみ食いする。 まさに料理する人の特権である。
「どうです? 食パン、とやらの出来は」
ジルが興味津々に聞いてきた。この世界にパンはあっても、僕が知ってる四角い食パンは存在してなかった。それ以外にも無いものがあって僕は驚きはしたけど、無いと作りたい料理が出来ないので、周りの方々の協力(主に整備班の全面協力。対価は試作品やその調理器具を使用した料理の最優先提供)の元、元いた世界の料理を作ったりしている。
僕は黙って切れ端を渡す。彼はすぐに口の中に入れて味わう。
「……ごく普通のパンです。ちと塩気が薄いですかねぇ」
「そりゃそうだ。基礎は一緒なんだから。それに無塩バターで塩の量減らしたし。でもこれで材料は揃った」
僕は笑顔で言って、次の工程へ。
肉厚の鍋(※提供整備班)に菜種油を満たして温度計(倉庫に埋もれてた品。ボロいけど使える)を着けてコンロに火を点ける。適切な温度になるまで時間はあるのでブロックの豚肉を一枚切り落とし、小麦粉、卵、パン粉の順に付ける。適正温度になった油にそれをそっと入れる。油の弾ける音ときつね色に変わっていくそれは見るだけでもヨダレが出てくる。美味しそうだ。
ジルは隣でキャベツを千切りにしたり、食パンをオーブンから取り出して同じ幅で切っている。切れたパンの幅はほとんど一定で彼の得意技かと思うほどだ。
油の中のそれがいい具合に揚がってきたので油から揚げで金網の上に置く。よく油を落としてからそれをキャベツの千切りと共に自作の特製ソースを塗った食パン二枚に挟み、包丁(なんとダマスカス鋼。そして整備班製)で二つに切る。ザクッ、と言う音と共に切れたそれは僕がよく知る料理だった。
「カツサンドの完成、と」
そして味見のために食べる。炊事係の特権の行使である。
肉はジューシーで揚げたてゆえにサクサクした衣が妙にマッチしていて、病み付きになりそうな食感である。作ったソースの酸味がパンとキャベツとカツに見事にあっていて、何個でも食べたくなってくる。と言うよりもっと食べたい。久々に食べた知ってる味だし。
「ジルー。食べるー?」
残り半分を食べたい衝動に駆られながらも、ジルに話を振る。これは人に出せる。僕はそう判断してジルにも味見して貰う。
「いいんですか? やった!」
そう喜びながら彼がカツサンドに手に取ったところで、
「チハヤぁぁ! それを私に寄越しなさい!」
どっかの腹ペコ殿下がこちらに向けてカウンターに身を乗りだしながら言った。相変わらず飯になると鋭いなこの人。食い意地張ってるなぁと思いながら、
「ジル。今のは幻聴だ」
「雑な嘘ですね!?」
「この段階じゃまだ試作だ。料理人以外食っちゃいかん」
ジルの正面に立ち、肩に手を置いてもっとらしい理由を言う。ジルは戸惑いながらも一口。
アルペジオの方へ視線を向けると、あんぐりと口を開けて絶望したような表情を浮かべていた。この表情を見ると、僕はとても愉しい気分になる。大変気分がよろしい!
「なんすかこれ! 衣と肉のジューシーさが合ってる! それにソースが組み合わさって深い味を出してる! 美味い!」
そう言って続けて二口目といって食べていき、最後には全部食べてしまった。なんとなくアルペジオの方を見ると怨めしい目付きで僕を見ていた。その視線で人を殺せそうな、そんな目付きだ。女の子がしていい目付きじゃない。
「ジルが食べてその評価ならよしだな。整備班分作って、昼に届けるぞ」
僕は何も見なかった事にして、ジルに次の指示を飛ばした。