解放戦線殲滅作戦 A
そこは暗く、天井が低い通路だった。
当然、電球などの照明はなく、手に持った照明器具がなければその通路がどんな場所かさえわからないだろう。
そんな通路を、一つの明かりが先を照らしてどんな場所かさえも明らかにする。
土中を掘り進め、落盤を防ぐ目的で木製の支柱を走らせただけの簡易的な通路が、真っ直ぐ暗闇に続いていた。
「何故だ!」
そんな狭い通路を、これまた小さく駆動音が静かなトラクタに似た乗り物とそれが牽引する荷車が人が走るような速度で進んでいた。
その乗り物には使い古した野戦服を着た五人の男達が乗っている。
トラクタに二人。
牽引車には三人だ。
「何故《マウス》があそこまで容易く撃破された!? 提供されたのは試作機とはいえ、細部はともかく性能は正式機と互角のはずだぞ?!」
トラクタが牽引する荷車の後ろに座る、禿頭の男が頭を抱えて感情のままに喚く。
《マウス》が撃破されたのが信じられなかった。
弱点はあれど大抵の陸戦兵器では破壊困難な兵器が短時間で撃破されたことが。
直掩として付随していた《レオパルド》はどの部隊も迎撃され、近接防御兵装が充実していたにも関わらず、である。
前線で戦っていたリンクスを含む部隊がそのまま交戦して撃破できる訳が無い。
解放戦線が保有しているという情報はおろか―――正規軍ですら配備が始まったばかりの兵器だというのに、頭部の後ろ側の付け根という弱点の場所さえも知らないはずなのに。
それが男にはありえなかった。
冷静に考えれば―――その情報を持っていた可能性に気付けるはずなのだが、あまりの激昂故に彼が気付けずにいるのだが。
「そもそも、なぜ我ら解放戦線の本拠地がここだとばれたんだ……!」
そもそもの発端を彼は口にする。
ウラス旧王都は東西に長いマクス荒野の中心に存在する都市だ。
帝国との戦争で道が寸断され、情報無しで辿り着くことができないような都市であるにも関わらず―――ラインハルト自治推進委員会は寸分違わず攻撃を仕掛けてきた。
情報を漏らした存在が現状見つからない以上、どうやってと呻く男に、
「ルステム様! そろそろ脱出路の出口です!」
隊列の戦闘にいる男が、喚き続けていた禿頭の男に声を掛けた。
彼が指差す先には古ぼけた木の扉が通行人を今か今かと待ち侘びていた。
彼らが進む通路はウラスを統治していた王族が有事に備えていた脱出用の地下通路だ。
地下である以上、動きを悟られないで街の外に逃げられるのは利点だが、王都中央からニ十キロ近い距離は人間の足で踏破するには時間が掛かり過ぎる。
それ故に、小型でバッテリーで駆動するトラクタで移動しているのだが。
「やっとか! この通路は長くて敵わん……!」
その報告にルステムと呼ばれた男は嬉しそうに顔を歪める。
かの扉を抜ければ―――ウラス旧王都外縁から南西に一〇キロ先にある、捨てられた元ウラス軍の駐屯地がある。
ここには有事の際にと脱出用のトラックや軍用の人員輸送車。
必要最低限の武器弾薬から食料まで用意してある。
これらを使えば、脱出できる見込みがあった。
しばらくここに潜伏し、夜など警戒が薄まる時間を狙って出て行けば捕まることはないだろう。
ウラスと主力部隊がやられたのは痛手だが―――彼らにはまだ各地に同志が散っている。
それらを集めて、新たな同志をまた集めれば―――再起は計れる。
ウラスにいる同志は囮でも無ければ、無駄死にではない。
いつか、帝国を打ち倒す為の布石なのだから。
その為ならば―――彼らも報われよう。
ルステムはそう身勝手に考えながらも、トラクタから降りる準備を始める。
扉の前でトラクタは停止し、次々と男たちは降りて扉の前で一旦集まる。
トラクタを運転していた若い男が拳銃を腰のホルスターから引き抜き、懐中電灯を片手に慎重にドアを開ける。
そこには埃に塗れた階段が静かに待ち受けており―――上の地上階へと続いている。
拳銃を構え、慎重に登っていくと行き止まりになっていた。
男は慌てることなくその壁を押すと重々しく音と共に壁が動いた。
一〇センチほど進んで止まり、次が右へとスライドさせると一つの部屋に出た。
窓という窓は雨戸で塞がれた、詰所のような空間だ。
そうは広くはない、部屋を見渡して男は拳銃を下ろす。
しかし鼻孔をくすぐる異臭に顔をしかめる。
何かが焦げているような、そんな臭いだ。
戦場となった旧王都ではないのに、どうして。
何が燃えたというのだろうと考えて―――嫌な予感が頭を過る。
まさか、と男は外と通じる扉を開けて―――硬直した。
「どうした? なにかあった……?」
若い男に続くようにやってきた無精ひげの男も、若い男の様子と臭いに誘われてドアへと向かって固まる
二人が見たのは―――そこに広がっていたのは火の海だった。
トラックや輸送車が隠されているはずの倉庫は黒煙を上げて燃えており、武器、弾薬や水、食料等を補保管していた家も同様だ。
そして、それをやっただろう存在も見た。
「どうした二人とも―――!?」
遅れてやってきたルステムも二人の様子に釣られて外を見て、絶句する。
中に隠されたものごと燃えている倉庫と家屋もそうだが、自分達の目の前に立つ巨大な人影に視線を奪われた。
その人影は全身を覆い隠すかのように布切れを纏っていた。
クロークに似たそれの影響で正確な姿はわからないものの獣の後ろ脚のような一つ関節の多い脚部と、その体躯にしては二回りほど大きい爪を有する右腕が特徴的な機体だ。
フードに似た布地の奥からは骸骨に似た白い貌が覗いていて見る者を無言で威圧している。
その機体を―――男達は知っていた。
「《ラフフォイヤ》……! プラム・バラミールか!」
『久しいな、ルステム・メスィフ』
《ラフフォイヤ》の外部スピーカーに、低く静かな声がうるさくない程度の音量で流れた。
その肯定にフルネームで呼ばれたルステムはどこか納得したように言う。
「そうか……そうか! お前が我々の居場所をばらし、ここを襲撃したんだな! 裏切り者のお前ならば知っているものなぁ! 」
『ああ、そうだ』
逆関節のリンクス《ラフフォイヤ》のパイロット―――プラムは肯定する。
『ウラス旧王都―――旧王宮に隠されていた秘密通路を見つけたのは、他の誰でもない俺だからな。知っていて当然だ』
そう言ってパイロットの視線に追従でもしたのか、《ラフフォイヤ》は黒煙を上げているウラス旧王都の方角を見る。
大勢は既に決したようで―――聞こえてくる砲撃音は妙に少ない。
抵抗している解放戦線はいるのだろうが、それもすぐに鎮圧されるだろう。
『大軍は囮として使ってこそ効果がある。あのような状況ならお前は彼らを見捨てて逃げ、再起を図るだろう』
自分の考えを見透かされてルステムは歯を食いしばるも、そうだといって続きを促す。
『俺は、その逆をやっただけだ。―――委員会の部隊を目くらましに、貴様がここに来るのを待っていたんだ』
彼の発言に出会った頃からわかってはいたが―――相変わらず、よく頭の回る男だとルステムは思った。
この男が解放戦線に属したままならば、より楽に帝国と渡り合えただろうに。
事実、彼はラインハルト自治推進委員会を立て上げて解放戦線よりも規模が大きく支持者の多い組織にしてしまったのだから―――実に惜しい男だった。
「―――俺を捕えに来たか?」
そんなもう叶わぬ過去を思い返しながら、ルステムはプラムがここに来た理由を尋ねた。
何も考えずに来るような人間ではないのだからなおさらだ。
その質問に、プラムはあっさりと答える。
『聞きたい事がある』
「聞きたいことか?」
『ああ、そうだ。―――何故、帝国を相手に武力だけで事を成そうとする?』
返ってきた問いは―――あまりにも単純だった。
ルステムは失笑しながらも答える。
「そんなこと単純ではないか。奴らは我ら先祖の故郷を滅ぼしたのだぞ。それだけではない、解放戦線に参加する多くの人々がそうだ。今現在に至るまで家族友人を殺され、故郷を追われた。その復讐を報復を受ける義務が奴らにはある」
当然の事だとルステムは堂々を言い放つ。
『その復讐で、今の子供達の腹は膨れているのか?』
「そんなこと、些末なことよ。先祖が受けた数々の傍若無人。それを思えば耐えられよう」
『先祖が、な……』
堂々と言い放つルステムの話を聞いて、プラムはどこか憐れみが含まれた呟きをスピーカーごしに漏らしたが―――ルステムを含む五人はそのことに気付かない。
そんな呟きに対して何か言われるかと思えば、何も反応を示さないのも―――プラムにとっては残念でしかならなかった。
では次だと彼は口を開く。
『―――そういうお前は? 帝国の人間に何をされた? 故郷を焼かれたのか? 家族や友人を殺されたのか?』
「いや、なにも?」
次の問いに、何を言っているんだと言わんばかりにルステムは続けた。
「親から聞かされているだろう。自分達の境遇、悲願を。―――それを果たすのが子孫である我らの役目ではないかね?」
当然、というルステムの言葉にプラムは遂にため息を吐いた。
呆れも諦観も混じったそれは―――スピーカーには流さなかった。
―――これはもうどうしようもない。
『―――やはり、お前は盲目で空っぽな怪物だな。相手が何かを見ておらず、親に言われるがままを成すだけ。それだけでは、何も変わらない』
彼の答えに、プラムは分かりきっていたかつての失望を口にした。
何もないのだ、かの男には。
自分のような経歴も、憧れも。
受けた理不尽も、苦難も。
その上での選択も。
―――否、かの男は選択すらしていない。
先祖が敷いたレールをただただ進んでいるだけだ。
『未来は―――一人一人、誰でも自分の意思で選べるべきなんだ。こんなことで大人に消費されていいはずがない』
そう口にしたところで―――この男達にはその意味すら分からないだろう。
いつか、自分が解放戦線を見限り、潰すと決めたように―――彼らには言葉の意味が理解できないのだから。
『―――お前たちはここで消えてくれ。憎悪しかまき散らさないお前たちは』
その言葉と共に《ラフフォイヤ》の左腕がマントの内側から外界へと現れた。
その手にはリンクス用の散弾砲が握られていて、その砲口がピタリと男達に向けられる。
「ま―――!」
ルステムが何かを言う、その前に。
散弾砲の砲口が火を噴く。
次の瞬間には―――男達の意識は闇の中へと叩き落とされた。
――――――――――――
プラムは以前よりも大きく、そして鮮明に映るようになったモニター越しにそれらを見た。
もはや誰が誰かもわからないほどにばらばらになった五人の死体を見て、息を吐くと共に肩を落とす。
―――結局、こうするしかなかった。
―――暴力で、相手を黙らせるしかなかった。
解放戦線がやってきた事と、何が違うのだろう。
何を理由に、何を大儀として掲げた所で―――やったのは人命を奪う事だ。
―――それに、
『終わった?』
終わった気がしないプラムの耳に通信越しにエアリスの声が入った。
今回は特別に《ウォースパイト》の艦橋で督戦しているが―――光学センサの映像を共有していない以上、こちらの状況は映像で把握できないからだろう。
通信でわかるだろうとは思ったが、細かな所はわからないものらしい。
その問い掛けにプラムは頷く。
「ああ。ルステムの殺害に成功した」
『お疲れ様、プラム。』
「まだ終わりじゃない」
エアリスの労いに、彼は即座に否定した。
「これで、リーダーと本部を失った解放戦線は瓦解するだろうが―――。残党という個々の活動はまだ続くだろう」
『……そうね。解放戦線の本部が壊滅しても、各地にいる構成員は抵抗を続けるよね』
「ああ、そうだ」
『それでも―――報復の連鎖を煽る存在が一つ倒したのよ? 今はちょっとでも喜ぶべきじゃない?』
「いや、喜べない」
エアリスの言葉を、プラムは否定した。
「これは戦争だろう。しかし今、俺がやったのは個人的な私刑だ。―――ただの人殺しなんだ」
それは解放戦線とルステムがやってきた所業を止めることになったとしても、人命を奪ったという事実は変わらない。
殺すしかない相手だったとしても。
その点は、同じなのだから。
『―――ねえ、プラム』
表情を曇らしたままのプラムに、エアリスは通信で彼の名前を呼ぶ。
『確かに、あなたの言う通りかもしれない。けれど、今日の事は―――。今日の作戦は、間違いなく沢山の人の未来を守った戦いだったと思う』
諭すように、今回の作戦を振り返った。
彼女の言う通りだと、プラムは思う。
解放戦線の壊滅を狙った、本拠地への攻撃と指導部の殺害は達成している。
組織のトップ層や主力がいなくなれば、残された別集団は簡単に瓦解を始めるだろう。
いずれはいくつかの派閥にわかれるのだとしても、解放戦線という組織としての枠組みと軍需物資の安定的な供給は断たれるのだから、甘く見積もってもこれまで以上の活動はしにくくなるだろうことは予想出来る。
それを考えれば、いつか起こり得た事件の被害者が減ると思えば―――エアリスの言う通りにもなるだろうと。
『これで私達もあなたも。一歩、誰よりも遥かに遠い自分の夢に近づいたの。内容がどうであれ、その事実だけは胸を張るべきなの。―――あなたはそうしなければならない義務がある』
「義務?」
思ってもなかった言葉にプラムはオウム返しした。
―――義務。
その立場においてすべき事。
自分の夢―――いつか、海を越えて新大陸を探すという夢に一歩近づいたことに、胸を張る。
どうしてと疑問を口にした彼へ、
『そうよ。だって―――私の父、ラインハルトの夢を継いで、誰よりも諦めずに追い掛け続けたのは誰でもないあなただもの』
エアリスは呆れる事なく根拠を述べた。
ラインハルトの夢―――オルレアン連合との戦争の終結と、占領した地域を復興して独立の道を切り開き、海の向こうへ。
自分の憧れと夢。
同志を集め、規模を大きくしながらも長年追い掛け続けているもの。
何があろうとも、現実を突き付けられても。
諦めていないのは―――事実だ。
「そうだな。―――そうだとも」
それは否定できないからこそ、プラムは頷く。
自分が始めた事なのだから。
その程度で気を止む理由には、出来ない。
「すまない。……らしくない事を言った。謝罪する」
情けない面を見せたことを謝ると、エアリスは今度こそ呆れたような溜息を吐く。
それ以上の反応を返さないが―――わかればよろしいとでも言われた気分だ。
彼女の反応がどことなく温かいものに感じたのは―――気のせいではないはずだ。
―――ともかく。
今、自分がやるべき事は終わったのだ。
壊すもののない、ウラス王国軍の駐屯地跡に長居する必要はもうない。
「―――やるべきは、果たした。帰投する」
プラムは通信にそう告げて、《ラフフォイヤ》を《ウォースパイト》が停泊する方角へと振り返らせた。




