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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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解放戦線殲滅作戦①




 その男にとって―――それは突然だった。


 なんでもない、この時期らしい寒い朝のはずだった。


 寒い中、使い古してバネがへたったベッドと薄くなった布団から這い出て、朝の一杯であるお茶を飲もうと水が入ったやかんを火にかけたばかりのそこに、破裂音に似た轟音を耳にしたのだから。


「―――な、なんだ?!」


 聞き慣れない―――それこそ、戦闘で聞き慣れた砲声でも発砲音でもない轟音に、彼は思わず外へと飛び出る。


 男が飛び出したそこは乾燥レンガで組み上げた家屋が立ち並ぶ区画で、自分と同じように突然の轟音に家から飛び出した人達が周囲を警戒しながら道路まで出て行く最中だった。


「今の音は?」


「わからねぇよ。こんな事初めてなんだからよ」


 近所に居を構える顔見知りの質問に男はそう答えて、先に出ていた人達と同じように周囲を見渡す。


 どこも何も起きてはない、轟音が鳴り響いた以外は変わりのない風景だけがそこにあった。


 何気なく彼は朝焼けの空を見上げて―――北の空に浮かぶ白い人影を見つけた。


 青白い光を瞬かせながら、ずっとずっと高い場所から見下ろすそれは―――男には既視感のあるものだった。


 空を浮かべる人影など、思い当たる兵器は一つしかない。


「ありゃリンクスか? 高くて見えないが……」


 目を凝らしながら男は推測を口にする。


 男が思い当たったのはその兵器だった。


 頭に専用の機器を取り付けて機体と接続し、操る人型機動兵器のそれは確かにブースターの推力任せに飛翔する事は出来る。


 しかし、その白い機体は高い所にいるせいで―――機種が何かまではわからなかった。


 見た事のない機体のようにも見えるたが、男には緊張感などない。


「また上がスポンサーから玩具でも貰ったんかね?」


 男は呑気にそう言って―――それと同時に、その人影からいくつもの噴煙が散り散りになっていくのを見た。


 噴煙を帯びた何かは真っ直ぐ、高度を下げていって地表の近くで閃光を燈らせる。


 遠くで連続して立ち上る小さなキノコ雲とくぐもった音は―――男には見覚えも、聞き覚えもあった。


 装甲車が爆破された時とよく似ていたのだから。


 それが起きた意味に男は気付いて、


「―――襲撃?! そんなまさか!」


 ありえない事態に男は動揺して、誰にでも言うのでもなく現実を否定する。



 何故ならば―――マクス荒野の中央に位置する旧ウラス王都がクオン解放戦線の本拠地であるなど探ることを帝国がやっていないと知っているから。



 ―――しかし。


 男が抱いたものを否定するように、近くに設置されたスピーカーから襲撃を意味する喧しい警報が鳴り響き出した。





 ――――――




 廃墟に似た、されど生活している風景が含まれたその都市の各所で爆炎が上がった。


 火に焼かれているものの多くは対空砲だったり、地対空ミサイルのコンテナだったりと様々だ。


 そして、その炎を消して延焼するのを防ごうとする者と、思わず逃げ出す人とに別れる。


 その光景を見ているものが、街の上空に浮かんでいた。


 白く尖鋭的なシルエットを有するリンクスだった。


 下脚部に履かせるように追加されたブースターユニットと腰部にも後ろへと伸びるブースターユニット。


 前に突き出た肩部装甲と後ろに伸びるバインダーが、人のそれから外れたシルエットを更に異形の姿へと変貌させている。


『確認できる対空兵器の内、約三〇パーセントの撃破を確認しました』


「まあ、そんなものよね」


 そのリンクス―――《アルテミシア》のコクピットの中。


 《ヒビキ》からの報告にシオンは淡々と呟く。


 作戦の第一段階として―――旧王都の東で行われる航空輸送艦によるリンクスと歩兵の空挺降下の為に、脅威となる対空兵器とリンクスの撃破を遂行する必要がある。


 それがシオン含むエグザイル小隊とアーベント大隊の一部隊であるクラック隊の役目なのだが。


「ブリーフィング通りだけど、ウラス王都って広いのね」


 シオンはそう呟いて、モニターに映る景色を見る。


 そこに広がるのは南西から北西に流れる河川を挟む寂びれた廃墟だが、一国の王都だったと聞いて納得の規模の都市だ。


 広さだけを見れば帝国属領地域の都市と比べてもなんら遜色は無い程には広い。


 テロ組織の本拠地としてある程度は拠点化しているしているようで、所々に各種兵器を置く為の倉庫や広場が点在しているし、防衛兵器として対空兵器もまばらに配置されてもいるのだが。


 ―――キリヤ要塞と比べるにはおこがましいほどには少ないが。


 それでも存在する以上は無防備な空挺降下組には脅威だ。


 このまま継続して対空兵器の破壊に移る―――その前に。


「格納庫らしき場所をマークしておきましょうか」


 シオンはコンソールの画面に地図を表示して、見える範囲で格納庫らしき場所と戦闘車両が停められている場所をシステムの補助を受けながらマークしていく。


 そしてデータリンクにアップロード。


「こちらストレイド。地図に戦闘車両が停車してる広場と格納庫らしき場所をマークしたわ。それと、まだリンクスが動いてない。参考にどうぞ」


 味方に報告して、《アルテミシア》の持つ武装を銃剣付きのライフル二丁に持ち替える。


 カノープス(レールガン)は威力過剰であるし、右手武装だけ変えてもリゲルとの組み合わせは連射速度やリーチの違いでむしろ勝手が悪くなるからこその持ち替えだ。


『流石ね。―――プリスキンとアップリケは街東部のマークされた格納庫へ向かってリンクスが起動する前に叩いて。レグルスはストレイドと共に対空兵器の破壊を』


『了解。容赦がないな』


『この狭い市街地で推力お化けなこの機体での格闘戦は避けられるからいいじゃない』


『それはそうですけど……。空挺降下を考えるならやるしかない、か』


 シオンからの報告と情報更新を元にフィオナが指示を飛ばし、シオン以外のエグザイル小隊のパイロット三人が各々の考えを通信で言い合う。


 レーダーで東から来る三機の反応を確認して、その方角を見ながらシオンは会話に割り込む。


「ほら、ちゃっちゃとやるわよ。私たちだけじゃ拠点内部の制圧はおろか街の制圧さえできないんだから」


 時間も押してる、という指摘に三人から了解の応答と同時に三機が散開したブースターの長大なプラズマ光がモニターに映った。


 それを見届けて、


『照準警報』


 突如と聞こえた警報にシオンは驚くことなくフットペダルを踏みつける。


 《linksシステム》を介して《ヒビキ》に読まれた思考とその物理操作が擦り合わせられて―――《アルテミシア》は脚部と後腰部のブースターを噴かして急上昇する。


 たった今いた空間を幾本かの火線が飛び去って―――白いリンクスを追い掛け始める。


 《アルテミシア》はすぐさま右へクイックブーストしてから降下して、追い縋る弾幕を避けていく。


「対空砲が動き出したわね」


 攻撃してきた設置型の対空砲―――そのマズルフラッシュを見つめながらシオンは高度を下げていき、擦れ違いざまに左手のアサルトライフルを撃って破壊する。


 急上昇して、目に入った地対空ミサイルに向けて右手のライフルを掃射する。


 八五ミリの徹甲弾はミサイルをコンテナごと貫いて―――その衝撃と火花で内部の炸薬が引火して爆発を引き起こす。


『ミサイル警報。八時の方角です』


 《ヒビキ》の警告とシステムの警報に、シオンは機体のレーダーに視線を向ける。


 言われた方向にある光点からミサイルを示すマーカーが飛び出るように表示された。


 ミサイルも起動したようねと呟きながら適当な対空兵器をライフルで破壊して、接近してきたミサイルを左へのクイックブーストで旋回半径の内側に潜り込んで誘導を振り切る。


 振り返って―――右肩の多目的バインダー《ヤタ》内部の九七ミリ砲を展開。


 FCSが撃ってきた対空ミサイルを捕捉し―――発砲。


 その結果をシオンは見る事なく、次の対象に目を向けた。


 建物すれすれの低高度で、作業に近い淡々と重ねていく優先目標の破壊を繰り返して、


『こちらファットマン。新たな反応の出現が継続している。向こうも状況を理解し始めたぞ』


『付近に回転翼機の出現を確認。武装ヘリと推測』


 ノブユキと《ヒビキ》の報告が同時に流れた。


 《ストラトスフィア》からのレーダー情報にも、《アルテミシア》のレーダーにもその反応が捉えられており、シオンは機体を右へと振りむかせて近くに出現した新たな機影を捉える。


 確かに《ヒビキ》の報告通りで、細い胴体の左右に飛び出した安定翼の下部に何らかの武装をぶら下げたヘリコプターが五機、まばらに飛んでいるのを捉えた。


 たった今離陸したところだったようで、その機首がこちらに振り向きつつある。


「武装ヘリを見つけた。迎撃するわ」


 シオンは通信にそう言って、左背のヤタ内部に格納されている分散ミサイルを選択。


 《アルテミシア》の左背のバインダーの装甲カバーが開いて、ミサイル発射管が迫り出す。


 ヘリ五機をFCSが個別に捉えて、ロックオンシーカーが重ねられていく。


 捕捉を告げる電子音とマーカーが変化するのを見て、左の操縦桿のトリガーを絞った。


 噴煙と共に一発のミサイルが飛び出して僅かな距離の飛翔を経て、外装が外されて内部に格納されていた子弾が各々に設定された目標へと散っていく。


 飛び上がってすぐだったからか、突如と放たれたミサイルへの対応は粗末なものだった。


 単純に横移動を始める機体もあれば、高度を上げ続けるだけの機体までもある。


 回避機動とも言えない単調な動きは、当然ながらミサイルを振り切ることはできない。


 一機、二機と続き―――まず最初に目に入った五機全てが被弾して爆炎に呑まれて地に落ちていく。


 しかし、シオンの視線は既にそこから離れていて、


「さて、お次は、と」


 目に入った対空兵器を次々と銃撃しつつ、シオンは周囲を見渡す。


 視界の片隅―――左の方角に長大な発光を見つけて、すぐに振り向く。


 数は三つで、その注目が《ヒビキ》が読んだのか別ウインドウが開いてすぐに拡大される。


 それは濃淡二色の砂色で彩られた人型兵器だった。


 正面から見るには全体的に細身だが、その装甲は平面が多い。


 四肢は前後方向に長くて独特のシルエットを醸し出している。


 腹部は細く、肩幅のある胴体。


 頭部も前後方向に長く、顔の中央は無機質な単眼式の光学センサが怪しく明滅している。


 ランツフート帝国では退役済みで、解放戦線では主力の旧式リンクス―――《レオパルド》だ。


 建物よりも高く飛んでいるのは最短距離で急行する為だろう。


 リンクスが出てきたということは、他でも起動し出しているという事だ。


 警戒を促すべく、シオンはホイールスイッチを押してマイクを起動する。


「ストレイドよりエグザイル小隊各位。解放戦線もリンクスを出してきたわよ」


『丁度、リンクスが起動し始めたって報告するところだったわ』


『同じく。起動したばかりの機体に手こずらされなければ先に報告できた』


 カルメとデイビットからの応答に、あらとシオンは声を漏らす。


 どうやら二人も起動したリンクスをすでに相手にしたらしかった。


 報告が出来なかったのは見てすぐに交戦に移ったからだろうか。


 仕事を奪っちゃったかと尋ねようかとシオンは口を開こうとして、


『こちらナイトメア。アステリズム隊、砲撃ポイントに到着。支援を開始するわ』


 《オニキス》を駆るレアの報告が入ってきて、言おうとした言葉を飲み込む。


『クラック隊、現着した! 交戦を開始する! 東部の対空兵器や戦闘ヘリの対応は私たちに』


 続いてアーベント大隊のリンクス部隊の一つ、クラック隊が旧王都に到着した事を報告した。


 これで予定通り、第一段階である旧ウラス王都東部での空挺降下作戦の障害排除の体制が整った。


『ティターニアよりエグザイル隊へ。予定通りここからリンクス撃破を優先しなさい。射線には気を付けて』


 それの確認と次の段階への移行をフィオナが宣言する。


 各々が了解と応じて、


「ストレイド了解」


 シオンも応じて―――つい先ほど見つけた《レオパルド》三機の一部隊へと向かって《アルテミシア》を加速させた。




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