スクランブル①
格納庫からカタパルトデッキへ上昇する昇降用エレベーターに電撃侵攻攻撃装備である《フロイライン》を装備した《アルテミシア》が入り、背後の扉が閉じるのを待って上昇が開始する。
「―――それで、このスクランブルの向かう先と目的地は?」
《アルテミシア》の大小いくつものモニターが並ぶ狭いコクピットの中、シオンは繋いだ通信相手にそう尋ねた。
視線はコンソールの設定画面に向けられていて、ミグラント内で使用しているデータリンクへのアクセスを実行させる。
その次は今回使用する武装の確認だ。
右腕、剣状に整えられた砲身が特徴的な一〇五ミリ磁気炸薬複合式超電磁加速投射砲《カノープス》―――ではなく、円筒状の砲身を有する試製一〇五ミリ滑腔砲《アンタレス》。
《カノープス》はその発射方式上威力はリンクスの火器の中では高威力とはいえ、一度の戦闘で砲身内部のレールやコンデンサの消耗、劣化が早い。
それ故の交換の頻度の多さから運用コストが嵩む代物である。
今回のスクランブルの相手はあくまでテロ組織であり、リンクスが多いだけ。
帝国軍のように特殊な機体が存在するわけでもない以上―――《カノープス》は何もかもが過剰と判断されての選択である。
それ以外は全く変わらず―――左腕、銃身下にブレードを有する七〇ミリ口径のマシンガン《リゲル》。
両肩部、多目的武装コンテナユニット《フタヨ》内にはマイクロミサイルが計六四発。
背部の武装コンテナユニット内臓バインダー―――多目的戦闘システム《ヤタ》は左が子弾数六発の分散ミサイル。
右側は榴弾装填の九七ミリ砲だ。
あとは脚部のブースターの懸架ユニットに銃剣付きの八五ミリ口径のライフルと七〇ミリ口径アサルトライフルが装着されている。
右腕の《アンタレス》以外は普段の《フロイライン装備》そのものだ。
『この出撃はラインハルト自治推進委員会からの要請よ』
シオンの問いに答えたのはフィオナだった。
情報を得るだけならばHALからでも、ノブユキからでもいいのだが―――飾りとはいえミグラントの長は彼女であるのだから、彼女から出撃理由が語られるのは当然だ。
『―――TFで東へ移動中の帝国講和派がクオン解放戦線の一部隊からの襲撃を受けてるの。ヴィルヘルム曰くこのTFは訓練艦として使ってるようで、実弾は少ないし艦載機は《ヴォルフ》とはいえ全部アップデート前の訓練機。解放戦線の機体と比べるべくもないけど、戦える正規のパイロットが少なくて不利だからって救援要請が委員会に届いたそうなの』
「それでたまたまそのTFの近くを通りかかっていた私たちに白羽の矢が立ったと」
『そういう事。方位は3-1-5、距離六十キロほど先よ』
リンクスならばすぐの距離で―――《アルテミシア》ならばかなりの近距離だ。
「敵の数は?」
『連絡では反応は二十あるって。早期警戒機無しの情報だからもっと増えるはず』
「テロリストがTF含む部隊を相手に数を揃えないとは思えないわ」
それよりも多くいるでしょうと推測した所で、昇降用エレベーターがカタパルトデッキに到着し停止する。
カタパルトの天井は既に解放されており、たった今、視線の先で円形のレドームを積んだ航空機が射出されていった。
全長二五メートル近く、翼幅一六メートル程。
ブレンデッドウイングボディと言われる翼と胴体を一体にした構成でどことなく戦闘機に似たシルエットを有しているものの、背負った薄い円盤と機体を繋ぐ支柱がその姿の美しさを崩した単発ジェット機。
無人早期警戒機《ストラトスフィア》だ。
情報収集しなければならないからこそ最優先での出撃である。
エレベーターが停止したのを確認して、誘導員の指示に従って《アルテミシア》はエレベーターから出ると、すぐにエレベーターは降下を始める。
次の機体―――カルメの乗る《XLK39L/03 サザンカ》をカタパルトへ移動させる為だ。
『《ラプア》よりストレイドへ。二番レールへの移動をお願いしますわ』
フォト―――ノワの声ではない、ラプアと名乗った少女の声が通信に入る。
カルメと共にミグラントに参加したフレデリカだ。
一先ずは適当な仕事をとブリッジ要員として雇用されたが―――丁度シフトの時間と重なったようである。
「ストレイド了解」
その指示と誘導員の旗信号に従って、シオンは《アルテミシア》を指定の場所に立たせる。
二本のレールの上に立たせて、足先がカタパルトのシャトルと接続された。
『《アルテミシア》の接続を確認。レールカタパルト、システムオールグリーン。電圧よし……。進路、クリア』
フレデリカは結構な怠け者だが仕事はちゃんとやる人だとカルメからは聞いているものの―――確かにその通りだとシオンは納得する。
リンクス搭乗経験はあるとはいえ、本来の兵科は生身での狙撃手なのでややたどたどしいところはあるが。
現状、エグザイル小隊は前衛担当ばかりなので、彼女をリンクスの乗せて後方支援役として―――などとシオンは内心考えているが。
『発進権限をストレイドへ委譲。発進、どうぞ』
モニターにその旨が表示されたのを確認して、シオンは復唱する。
「発進権限の移譲を確認」
視線を正面に向けて、カタパルトの先を見る。
障害物などない、二本のレールが走る甲板だ。
「ストレイド、《アルテミシア・フロイライン》。出ます」
そう宣言してフットペダルを踏み込む。
後腰部ブースターユニットのメインブースターと、それを挟むように配置されたブーストバインダーのブースターがプラズマ化した推進剤を吐き出す。
それに連動してカタパルトの加速も始まる。
静止状態からの急加速にシオンをシートに押し付けられつつも正面を見据え続ける。
加速しつつ後ろへ流れていく《ウォースパイト》のカタパルトデッキの側壁と、カタパルトが切れる先端が急速に近づいて。
《アルテミシア》は軽く―――速度に反するような緩慢な動きと共に上昇する。
ランディングギアとなっていたソールユニットはカタパルトのシャトルから離れ、その足を仕舞うように脚部追加ブースターのスタビライザーが正位置へ。
足裏のブースターも推進剤を吐き出し、《アルテミシア》を重力の楔から引き千切る。
そのまま加速して―――《アルテミシア》は《ウォースパイト》の狭い甲板から外界へと飛び出した。
時速八〇〇キロメートルで加速するのを止めて、巡行に入る。
一応は二機半個小隊という部隊構成での出撃である。
『―――《アップリケ》、《サザンカ》出るわよ!』
通信にカルメ―――TACネームを《アップリケ》とした少女の声が入った。
モニターに別ウインドウが表示され、背後の《ウォースパイト》から飛び出した赤いリンクスを捉えていました。
装甲は灰色を基調に整えているものの各部に赤く塗った装甲が貼られている以外は素の《アルテミシア》とほぼ変わらない。
しかし、確かに違う点はその脚部だった。
ヒール状の踵には両刃のナイフが剥き身で取り付けられ、脛と膝の装甲も鋭利なものに変更されており、そこには刃が入っている。
《アルテミシア》を含む《XLK39》は脚撃による攻撃が多いことからこの装備は有効ではという考察で取り付けられた武装だった。
それ以外に変わった武装は―――傍目にはない。
主武装として銃身下に散弾砲を装備した《アルテミシア》が使用するものと同型のアサルトライフル。
左肩のハードポイントに実体剣を装備し、左腕には棺に似た形状の厚みのある小型盾。
右背には九七ミリ多目的砲。
左背には垂直発射式のマイクロミサイルポッドが装備されている。
《アルテミシア》は元より《シリエジオ》や《ジラソーレ》と比べれば明らかに普遍的な構成だ。
とはいえ、普遍的なリンクスと比べれば十分に重武装でもあるのだが。
ゆっくりと近づいてきた僚機にシオンは通信で呼びかける。
「カタパルト発進の感想は?」
『―――背中を押されるより引っ張られる感覚なのは新鮮ね』
返答はさっそく疲労を覚えたようなコメントだった。
こっちの方が推進剤の消費が少なくて展開が早い―――というのがカタパルト発進の主眼である。
パイロットへかかる肉体的負担はリンクスの《チャンバー式慣性制御システム》で軽減はしているので少しはマシなのだが―――自分の意思と離れた加速はどうも違和感を覚えるらしい。
「シミュレーターでいくらか練習した甲斐があったわよ。上手に発艦してる」
『ほんとに撃ち出すとは思わなかったわよ……』
「皇国もこれで航空機とかオーバードブースターとか緊急展開ブースター装備のリンクスを発進させたいみたいだし、データ取りが、ね?」
それも目的に含まれている―――と聞いてカルメは呆れに似た呻き声を通信に漏らした。
防衛戦争に備えてとはいえ、とことんまで想定しているとは思っていなかったようだった。
国としては中立の立場を採るとはいうものの、その維持はよくも悪くも過激である。
侵略者に対し徹底的抗戦し痛めつけ、相手にはなにも与えない。
ポロト皇国相手に武力に訴えた行動は割に合わないと周辺国に知らしめてこそ初めて維持できるのである。
そのアプローチの一環が―――短距離で離陸できる可能性のあるカタパルトなのだが。
雑談はここまでと言ってシオンは、
「―――こちらストレイド。現場に急行するわ」
方位を確認しつつ、フットペダルを踏み込む。
《ヒビキ》を介してシステムに読まれた思考とその入力は一瞬ですり合わせられて―――《アルテミシア》の各所のブースターがプラズマを盛大に噴出させて、その反動を持って時速一〇〇〇キロメートルまで加速する。
やや遅れて《サザンカ》もそれに続く。
モニターに映る周りの風景は一瞬で後方へと追いやられていく。
『レーダーマップの情報を取得。モニターに表示します』
丁度そのタイミングで規定高度に到達した無人早期警戒機から提供され、HALによって重ねられた周辺地図をも映すレーダー情報が《ヒビキ》の合成音声と共に表示された。
進行方向にはTFらしき帝国軍の反応が一つ。
その付近には二〇―――否、二十五ほどの所属不明の識別信号が映っていた。
状況から見れば、これが救援要請を発したTFそのもので、付近のはクオン解放戦線の機体だろう。
しかし、映る反応はそれだけではない。
『こちらファットマン。更に二十の所属不明機の反応を捉えた。TFの南方向に二十数キロといったところか』
ノブユキが指摘するように―――そこにも所属不明機の反応が存在していた。
レーダー更新でも消えない辺りはエラーではないはずである。
状況を考えれば―――この部隊も解放戦線のものだろう。
しかし―――地形的にTFから見えない山の向こうで待機の様子を見せるのはどうしてだろうか。
『TF相手に戦力の逐次投入を行うつもりか? それは愚策だろうに』
『TFとはいえ訓練艦なのでしょう? 実弾をどこまで配備しているか未知数ですが……。TF側の戦力は正規軍と比べれば少ないのは間違いないかと。消耗した所に、と見れば悪くないかと』
ノブユキの疑問に、HALが推測を述べる。
『あるいは、救援に対するカウンター』
『―――その場合、彼らは運がないな。対応する救援がストレイドじゃ話にならん』
同情にしてはそれほど関心がないような反応に、シオンは口を挟む。
「少しは相手を憐れんだらどうかしら? なかなかに薄情よ? ファットマン」
『テロリスト相手に情など要らん。子供を盾代わりに戦わせ、民族浄化を日常的にやっているような外道共に』
「それもそうね。―――それで、ティターニア。私たちはどうするべきかしら?」
仰ぐべき相手に指示を仰ぐ。
副団長でもありリンクス部隊の隊長でもあるシオンが判断しても大して変わらないのだが。
通信の先―――判断をせがまれたフィオナは驚きの狼狽と僅かな沈黙のあとに、口を開く。
『……ストレイドとアップリケはそのままTFへ向かって。解放戦線の増援分はプリスキンとレグルスで対処してもらうわ』
「わかったわ。それで行きましょう」
即決に近い判断に頷いて―――進路をやや右へと逸れる。
TFへ直接向かうのではなく、その進路上へ向かうような機動だ。
そう時間を掛けずに―――レーダーマップを見つつ左へ旋回。
TFから見て右舷側正面だ。
そのまま速度を上げて―――TFの輪郭がはっきりしていく。
それと同時に、今まさにTFに乗ろうとする機影の数々も。
武装が施された兵員輸送ヘリが六機に、武装ヘリが三機。
残りの十六機はリンクスだった。
正面から見るには全体的に細身だが、その装甲は平面が多い。
四肢は前後方向に長くて独特のシルエットを醸し出している。
腹部は細く、肩幅のある胴体。
頭部も前後方向に長く、顔の中央は無機質な単眼式の光学センサが怪しく明滅している。
装甲を濃淡二色の砂色で視認性を抑えた、ライフルと実体剣、盾を装備する普遍的な構成だ。
その機体の識別は不明。
システムはすぐに外見を精査して、その機影に補足するように《レオパルド》の文字をつけた。
帝国では既に退役した、旧型のリンクス。
つまりは、クオン解放戦線で間違いない。
ならば遠慮はいらないと、突撃姿勢のまま《アルテミシア》は右手の一〇五ミリ滑腔砲を持ち上げる。
火器管制システムがそのリンクスを捕捉し、レティクルを重ねて―――すぐに発砲可能を伝えた。
トリガ。
《アルテミシア》自体の速度を上乗せされた高速徹甲弾がその砲口から飛び出して―――狙ったリンクスを横から貫いた。




