準備の中で
私たちの次の作戦が決まったなら、始まるのは準備です。
ミグラントの武器弾薬はさておき、同行する委員会や北部方面軍のリンクスやマリオネッタ。
ヘリや各戦闘車両から、しばらくの食料と日用品まで。
幅広い物資の積み込みの作業が始まりました。
そして、ミグラントの次の仕事は『過激派組織、クオン解放戦線の壊滅』です。
ランツフート帝国が二つの勢力による武力衝突が避けられなくなった今、比較的少数といえど帝国内で活動するテロ組織としては大規模な組織の読めない動きは委員会や講和派としては無視できない障害でもあります。
そうでなくとも―――いろいろと問題の多い厄ネタでもあります。
それに加えてエルネスティーネが遺し、帝国内インターネット上に公開された情報に拠ればクオン解放戦線にリンクスをはじめとする軍事兵器を提供していたのはまさかの帝国の主戦派でした。
兵器製造も引き受けているという《オーベルマイヤー・ヘビィ・マシナリー社》や《プローグレスス社》を経由して、退役し解体予定の兵器を横流ししたりテスト段階の試作品を提供していたそうです。
これまた闇の深い、自作自演のお話でもありますが―――解放戦線の思惑はさておき、彼ら自身がまさか憎き怨敵の傀儡に過ぎなかったとは。
なかなかに道下な立場に思えてきますが―――同情は必要ありません。
女性は攫っては犯し、孕ませて帰すという民族浄化に加え、子供は洗脳の末に兵士に仕立てるという人権侵害を続けているのですから。
それに起因する多数の問題もある程度解決するべく壊滅させるのですが。
そして組織を壊滅させる以上―――肝心の解放戦線、その本拠地の所在を把握しなければなりません。
委員会はおろか、裏で支援していた帝国でさえも掴みきれなかったその本拠地は―――委員会の創設者でもあるプラムがその所在地を掴んでいました。
帝都より西―――以前、プラムたちを保護しに向かったマクス荒野。
北の海岸線を沿うように東西方向へ四〇〇〇キロ近く伸び、南北方向へは最大五〇〇キロの幅を有する広大な荒れ地。
かつて多数の国々が存在し、されど実験戦争なる期間でその全てが滅ぼされた地域です。
その中心部。
そこには移動手段に乏しい時代であった当時、荒野であるが故に難攻を極めた《ウラス王国》なる王国があったという。
北へながれる名前を失った河川の近くに構えた王都は戦争に備えて堅牢な城壁で囲った―――当時存在したマクス荒野に在った国々の中では規模の大きい都市だったそうです。
それも―――異世界のものが降ってくる黒い球体こと《ノーシアフォール》で技術力を底上げした帝国の勢いを削ぐことは出来ませんでしたが。
戦争に敗れ、僅かに生き残ったらしい国民は去り―――朽ちていく最中だったその都市をクオン解放戦線の前身たるクオン残党軍を中心とした敗残兵が集っていきました。
相応の年月と活動を末に、その都市は巧妙に戦争廃墟に偽装された武装都市となっているそうです。
何故プラムには場所が特定出来て、帝国には特定できなかったのかについては単純にプラムが元々クオン解放戦線に所属していたからに加えて、そこに至るまでの道のりと周辺地形を記したメモを大事にもっていたからに過ぎません。
後者はマクス荒野自体が広大で、実験戦争のせいでかの地の大まかな道路を記した地図は当然ながら、詳細な地図さえも失われているのと。
上空から見ようにもどこもかしこも廃墟ですし―――意外にも空からでは地上の偽装は見抜くのは困難を極めます。
それに加え、物資と人の移動は深夜に限られ、かつライトを使わずに暗視装置のみで行っていたから見つからなかったに過ぎません。
なんともアナログな手法のごり押しによる隠蔽でしたが―――それも元関係者が知ってメモを持っていればなんてこともありません。
そのメモと航空写真と照らし合わせれば、解放戦の本拠地が浮かび上がるのは当然の帰結でした。
場所が分かれば―――あとは本丸を直接叩くのみです。
配備されている戦力は旧式ばかりとはいえリンクスを含みます。
判明しているだけでもテロ組織としては大規模な一個旅団規模。
軍需企業が裏で支援しているならば未確認の兵器まであってもおかしくはありません。
それらを加味して―――今回の作戦は委員会、及び北部方面軍の部隊を合わせてニ個旅団を投入します。
航空輸送艦三機と《ウォースパイト》一隻でそれらを近辺まで輸送し、旧ウラス王都―――現解放戦線本拠地を襲撃します。
それが今回の作戦の概要で。
今はその準備をしている最中でした。
「おーい。これはここでいいかな」
搬入作業で賑やかい《ウォースパイト》格納庫。
運び込まれていくコンテナとタブレット端末に表示した搬入リスト―――私の担当になっている食料品周りのそれと見比べていると、体格のいい男性に声を掛けられました。
ミグラントでも帝国でも珍しい黒髪を撫でつけるようにオールバックで纏めた、精悍な顔立ちの男性でした。
使い込んでいるのか膝や肘まわりは擦れては土汚れの目立つ作業着を着ています。
彼が指差すのは―――運転してきたらしき小型トラクタが牽引するコンテナでした。
その扉は開いていて、中には大量の袋が積み込まれています。
その袋には『ギリコ産強力粉』と表記されていて、つまりは小麦粉です。
ここ最近仕入れているもので―――北部地方、キリヤ要塞よりも東で栽培され生産されているという小麦粉でもあります。
「はい。そこに置いて下さい。あとはこちらで運び込みます」
「おう、頼んだ。―――ところで、異邦の少女よ」
「なんでしょう?」
「ミグラントはここ最近、北部地方の生鮮食品―――野菜や肉を仕入れているようだが、味はどうだ?」
その問いに私は変わった話をしてくると思いました。
何故そのような質問をと聞き返すと、どうも彼は委員会の中でも北部から東部にかけて農畜産を担当しているそうで、天層山脈より北であるが故の寒冷気候の下でも安定した食料生産の研究、実践を繰り返しているのだとか。
素直な回答をと望まれてしまったので、素直に答えることにします。
「地域差と思ってますが―――正直に言えば一つ一つの味が薄いかなと。カバーは出来ますけど」
皇国のものと比べて野菜の多くは歯ごたえは弱い気がしますし、肉類は気持ち硬い上に脂も多くはなさそうです。
―――なので今回の補給では牛脂などの動物性油も仕入れているのですが。
私なりの素直な意見に、彼はむうと唸りました。
「良くも悪くも、侵略の影響で占領地の農耕酪農は振り出し状態なのが響くか。気候的に相性のいい麦や痩せた土地でも育つイモは早々に軌道に乗ったのだが、しかし土壌改良がネックで他の作物はなかなか……。その上に飼料の質は畜産物の質にも影響する。キリヤより西の農畜産物よりも数は元より味は劣るし痩せていると言わざるを得ないが―――北部と東部の人間が食っていくにも―――」
軽い回答のはずが、問題解決の思慮になってしまいました。
搬入のはずでしたが―――彼個人はやはり現場の人間のようです
委員会の人手が足りないとでも言うのでしょうか。
話はこれでよろしくて? と尋ねて自分の仕事に戻るとしましょうか。
口を開きかけて、
「クレメンス!」
聞き覚えのない名前を呼ぶ、聞き知った女性の声が格納庫に響きました。
振り向くとそこには―――三つ編みにした長い朱色の髪の女性が階段を降りているのが目に入りました。
これからミグラントと共に行動する駐在要員の一人として《ウォースパイト》に滞在することになったエアリスです。
委員会からの依頼で想定外の状況に陥った時、ヴィルヘルムの代行として判断する役目をプラム共々賜り同行するその人でした。
「シベリウスに戻って来たって連絡は聞いてたけど、作業者として堂々と入るとは思ってなかったわよ? クレメンス」
急ぎ足でやってきたエアリスは開口一番にそう言いました。
その口ぶりは確かに親しさがあります。
既知の仲なのでしょう。
事実そのようで、
「お久しぶりです、エアリスさん。お元気そうでなにより」
クレメンスと呼ばれたオールバックの作業着姿の男は彼女の姿を認めるとそう返しました。
長くあってはなくとも、相応には会っているような物言いでした。
「なかなかスリリングな一人旅だったけどね。そっちは大幅に合流が遅れたようだけど。そんなに畑が心配?」
「畑というか室内栽培といいますか。―――なんとか設備の稼働に漕ぎ着けましたよ。これで野菜の冬季生産の計画が進めれる」
「採算は採れそう?」
「それは……。出来れば、言わない方向で……」
仲睦まじく、なんだかんだと言い合い始めます。
表情もお互いに穏やかで、笑顔で応酬を繰り広げる辺り良好な関係なようです。
「お知り合い?」
「知り合いっていうか、従弟ね。ヴィルヘルムとは一ヶ月違いの異母弟」
異母弟、という言葉にこれまた独特な家庭事情がありそうな、と思いました。
声には出しませんが。
「そういえば自己紹介がまだだったな。クレメンスだ。委員会では農耕水産指導部の農耕研究と指導を担当している」
「シオン・フィオラヴァンティといいます。ミグラント副団長にしてリンクス小隊|《エグザイル小隊》の隊長を務めてます」
自己紹介と共に差し出された手を握り返しながら答えると、その言葉に彼は驚きました。
「君が件の《白魔女》か! よくテレビで報じられているリンクスの!」
彼曰く、どうも帝国国内のテレビ―――主戦派側の報道社のニュースであまりの損害を叩き出す《白魔女》は議会直々に懸賞金がかけられたとか、最大の障害だとか報じられているそうです。
大損害を与え続けているのは否定できないし、そうなっても仕方ないですよねとは思います。
そうであるならば、叩き潰すだけです。
「主戦派の偏向報道を見るんですか……」
影響を受けてはないかと少し不安がるとクレメンスは口を大きく開けて笑い声を上げました。
「報道とはよくも悪くも言い方と切り抜きだ。報じ方一つで印象が変わってしまうし、そもそも報じないという手まである。情報の入手経路は複数持たねばな」
委員会側の報道機関だと君の懸賞金など報じてはないぞと言われてしまえば、彼の行動も一理あるというものです。
確かに私に懸賞金が掛けられているだなんて知りもしてませんでしたし。
誰かが握り潰しているかもしれませんが―――HALあたりにでも調査をお願いするとしますか。
HALの事ですから私たちの会話はすでに聞いていて、調べに走っているでしょうが。
一先ずはやってきた品のチェックですと手元のタブレットを操作しつつ―――二人の会話を流し気味に聞きます。
「それでクレメンス。ヴィルヘルムへの報告は済んでるの?」
「もちろんだとも。頼まれていた旧マグ共和国の古文書の残りやモリフから採取した試料も渡している。これであいつの考古学研究が進めばよいが」
「自分の仮説をより確かなものにしたいんでしょ、たぶん。東に行けば行くほどって言ってたし」
「より証拠が欲しいか」
「そうでしょうね。―――でも、あなたが搬入作業に加わるなんてらしいけど、」
「ヴィルヘルムに、細かい話はあとにしてあなたに会ってこいと言われたのでな。それに食料品運搬で人手が欲しいとも」
「まあ、あなたなら大抵の重機は扱えるものねぇ……」
「終わったらヴィルヘルムと一緒に農畜産物まわりの政策について会議しなければならん……」
「―――がんばりなさいな」
会話から察するにどうもクレメンスは現場で動き回っているの人のようです。
その割にはいろいろと手を広げているようでもありますが。
彼は一通り話すことは話したようで、それではまたと言って乗ってきたトラクタに乗り込むとゆっくりと後部ランチの方へ走らせていきます。
「相変わらず働きものねぇ……」
その口ぶりは確かに、付き合いの長さを物語ってました。
親族故の付き合いの長さかと考えますが―――それを尋ねる理由はありません。
代わりに。
「こちらへは何用で?」
一通りのチェックを終えて、食糧庫への移動を端末で指定しつつ尋ねました。
彼女はこの艦の居住区にしかいないはずでしたが。
「皆の働きぶりを見に来たのよ。労いにともいうべきかしら?」
私の問いに、彼女は当然とでも言うように答えました。
彼女はラインハルト―――現皇帝の兄に当たる人物の一人娘です。
その名前を持ち、かの人物が掲げていた同じ志と目標を引く継いだ委員会にとって無縁ではありません。
「もうちょっと付け足すと顔見せの側面が強いかなーと」
「顔見せ?」
「ええ。委員会に合流して早々、身の安全上から《ウォースパイト》に乗ってたもの。―――名前は知ってても顔を知らないって人の方が多いのよ」
曰く、そこまで重役ではないものの―――これから委員会の活動に関わっていく事を思えば、顔ぐらいは知られておかなくてはと思ったそうです。
名前だけは。裏で支援していたのもあって何気なく知られていたようではありますが。
そんな人物が合流し、現場を見てまわって、仕事を邪魔しない程度に話を伺う。
それだけでも―――知っている人を増やして、人伝に人柄を知られれば。
「私も主要メンバーの一人になるんだもの。表舞台にいないと。―――搬入作業の邪魔にならない程度に歩いてるから安心してね」
私にウインクしてから、それではお仕事頑張ってと手を振って離れていきます。
少し歩いて―――私の目の前で搬入作業をしている誰かに声をかけ始めました。
話しかけられた委員会の構成員はしばらく何かと話して―――驚いた表情を見せます。
やや戸惑って、どこか感激したようにエアリスの手を取って何かを言いました。
彼女の言うとおり―――意外にも、知られてはいたようです。
そして作業員は他の人も呼びつけて―――エアリスの前に人だかりを形成します。
その反応と状況は予想外だったのか、辛うじて見えたエアリスの表情は逆に困惑していました。
表に出ていなかったとはいえ、彼女は有名人の枠です。
その事を自覚していなかったのかもしれません。
『シオン』
そんな光景を眺めていると、聞き慣れた合成音声を伴ってHALのセントリーロボットがやってきました。
仕事の手が止まっているというのでしょう。
「ええ、すぐに次のチェックに移ります」
そう答えるとそちらではないと言われてしまいました。
ではなにかというと。
『先程の会話を聞きまして。あなたに賞金が設定されているとか』
先ほど、クレメンスが語った件でした。
どうも帝国軍は私に懸賞金を設定し、その事を報じたようだ、という話はどうやらHALに聞こえたようです。
『帝国のインターネットを調べてみました。クレメンス氏の言うとおりです。あなたに懸賞金が設定されています』
案の定、調べたようでした。
正確な額は最大で軽くリンクスが二機ほど購入できる額だとか。
それはそれは結構な金額です。
「お金で命を狙われますか。―――交戦禁止を通達しておいて何を考えているのでしょうか」
『余程無視しきれないと判断したか、対抗策が出てきたと見るべきかと。あるいはあなたへの牽制』
HALの推測になるほどと頷きます。
それならば懸賞金を設定できないこともありません。
でも、
「一番の問題はフィオナがこれを知ることですね」
確実に発生するだろう問題に私は溜息をつきました。
一応、フィオナは私が(いろいろな要因を含めて)傭兵として戦うことを認めてはいますが―――その内心はどちらかと言えばNOです。
危険に身を晒す生活であると同時に実質上専用機でもある《アルテミシア》の負荷は私にどんな障害をもたらすかわかったものでもありません。
その状況下で、懸賞金が設定されたと知れば―――どうなることやら。
『彼女を納得させるのはあなたの役目ですよ、シオン・フィオラヴァンティ』
そして説得に協力してくれる味方はいません。
やや重たく感じる頭を抱えながら、ああ悩ましいと呟いて次に持ってこられた物資とタブレット端末に表示されているリストを見比べます。
目下の問題を紛らわすには、仕事など別の事をやるのが一番ですから。
それで逃れれるわけではないのですが。




