ミーティング
「この星に生きている人間の先祖が星外からやってきたって信じられる? シオン」
「一昨日の話かしら? フィオナ」
たった四日間―――個人レベルでは二日間の休日を終えて。
次の作戦とも計画とも言える予定を聞く為に、《ウォースパイト》艦内の会議室でラインハルト自治推進委員会の面々と北部方面軍司令のクリームヒルト・グナイゼナウ少将と部下で夫らしいハンス・グナイゼナウ少佐の到着を待っている―――そんな時でした。
タブレット端末に表示した資料―――ここ最近の帝国の戦力投入状況と解放戦線の動向について書かれたそれから目を離して会議室の中央に鎮座する机の中央付近の椅子に座るフィオナへ向けます。
「ええ。ちょっと信じれなくて、さ」
会話も無く待つだけの時間に耐えれなかったのか、フィオナはそう切り出しました。
その話の大本は―――一昨日の焚火パーティーの一幕。
ヴィルヘルムが語ったこの世界の人類の起源はどこからか、という研究の話でした。
曰く、発掘される人類の生活の痕跡は東に行けば行くほどにその痕跡が古くなること。
しかし、三五〇〇年ほど前から先はまだ見つからないこと。
五千年ほど前の地層から過去の地層に含まれる酸化物の多さから分析され、推測される当時の大気は人間にとって有害なほどの酸素濃度の高さではないかという事。
東に行けば行くほどに『空を飛ぶ箱舟』の言い伝えが増えていく事と。
この世界に生きる人間の言語がどこへ行っても《フロムクェル語》で通じる事。
これらに加えて、異世界の話を参考にして―――ヴィルヘルム本人ですら空想的だとする説を、その時に語りました。
それが先ほどフィオナが口にした《この星に生きている人間の先祖が星外からやってきた説》―――ヴィルヘルム曰く《惑星間入植説》です。
一緒に聞いた人達はまさかと口を揃えましたが、その節の説得力は確かなものでしたし、否定は出来ませんでした。
特に、HALはあり得るとさえ言い放ちましたし。
今になってそんな話か、と思いつつ彼女の続きを待ちます。
「この世の全ては神様が作った、というのが私の世界での常識だけどさ。シオンは―――」
どうだったか、と聞こうとしたのでしょうけれど、そこで彼女を口を噤みました。
私はいつかの戦闘での負傷とその《linksシステム》の過負荷で記憶障害を負い、再び意識が回復する前の記憶であるこの世界に来る前と来てからその日までの記憶を失っている状態です。
以前いた世界の話など出来ない状態では、人類の起源は何かという話は出来ません。
HALならばほぼ同じ歴史を持ち、されど未来に相当する時代から来ているので知識の補完は出来ますが―――それでも限界はあります。
軽率に尋ねれない代わりに彼女は、
「―――ハルと一緒だったわね。しんかろん、だったかしら」
生き物は長い年月をかけて、環境と生活の変化と共に世代を重ねて変化し分裂していくという、HALから聞いた説を口にしました。
「そうだろうという推測だけれどね」
「推測、か。ヴィルヘルムも言っていたわね。目の前にある限られた資料を元に考察し推測するしかないのが考古学だって」
なんて面倒なと、呻くようにフィオナは言います。
「なにか気になることでも?」
「もしそうだとしてさ。―――人間とエルフの先祖は一緒だったらいいなって思っただけ」
フィオナは人間と姿が近しくとも、寿命は遥かに違う種族であるエルフです。
その起源、先祖は何かというのは―――彼女が居た世界では特に探られていたり語られたりしていなかったようで。
その悩みは果たして重要なことでしょうか?
もっと頭を抱える話はいくらでもあるのだけれど。
「それは……私達の関係に重要な話かしら?」
そう尋ねつつ彼女の右隣の席に座って、頬杖をつきます。
返って来る回答は。
「……重要じゃないわよ。退屈しのぎのお話」
―――さいですか。
大して深刻そうでもなかったので身構えはしてませんでしたが意表を突かれました。
頬杖を一瞬だけ崩して、持ち直します。
「……それなら、待っている間にここ数日の戦況やら情勢やら見たらどう?」
溜息混じりに言って、私が見ていたタブレット端末を差し出します。
私達の仕事―――政が絡む傭兵稼業である以上、最新の情勢を知らない訳にはいきません。
特にお飾りとはいえ上層部である私達が情勢の触りすら知らないでは他の構成員に示しがつきませんし。
―――飾りのリーダーであるフィオナは知らなくてもいいかもしれませんが。
私の提案にフィオナは一つ溜息を吐いて、
「ちゃんと見たわよ。委員会は順調に帝国軍を押せていて、勢力圏とも活動圏とも言えるそれをゆっくりと西へ広げてる。けれど向こうも体制が整えてきたのと正体不明の砲撃も増えてるからここ数日は進行は減速傾向の地域が出てきた。それに呼応するように解放戦線のゲリラ活動も活発になってて委員会の戦力が割かれ始めてる―――でしょ?」
そこまでお飾りであるつもりはないと証明するかのように渡されている資料の内容をかいつまんで言いました。
要点は彼女の言う通りなので、修正する必要もありません。
「ちゃんと読んでるようね」
「お飾りでもシオンに恥ずかしい思いされないようにする事ぐらいやるわよ」
私の感心に、フィオナは口を尖らせます。
―――ちょっと彼女を甘く見過ぎたかしら。
もっと見直さないといけないなんて思いながらも、一つ聞いてみることにする。
「じゃあ、次の依頼―――作戦は何になりそうか予想してみる?」
「それは……。予想し辛くない?」
「なんとなくでいいのよ。言い渡される前に身構えることぐらいは出来るわよ」
そう私に促されて、フィオナは天井を見上げて考えだします。
ちょっと待つ、程度の時間の後に彼女は口を開きました。
「次の作戦が言い渡されるなら―――正体不明の砲撃の正体を探しに行くか、解放戦線への対応の為に緊急発進を繰り返すか、じゃないかしら?」
これだけの情報じゃそれぐらいしか思いつかない、と目の前に置かれたタブレット端末を私に戻すように指で押しました。
確かに彼女の言う通り、ここ数日の最新情勢だけでは判断材料としては少なすぎます。
それには同意です。
「そんなところよね。あとは委員会の所にどんな話が来ているか、というところだけど―――」
私の前に戻されたタブレット端末を手に取り、画面に映った情報を流し読みしたタイミングでした。
会議室のスライドドアが空気の抜ける音と共に開いて、
「お待たせ」
スリーピースのスーツを着た、茶色の髪をセミロングに揃えた、吊り気味の目付きの二十代前半の女性―――サイカが会議室へとやってきました。
続いて、外交官である七三分けの男性―――オサム・ハヤシと。
白を基調とした制服を着た恰幅のいい、カイゼル髭を蓄えた男―――早期警戒機担当のノブユキ・サキハラが入室してきました。
委員会から話を聞くのにふさわしい人選です。
続いて、
「おはよう」
癖のないブラウンの髪を持つ、顔立ちの美しい男性が会議室に入ってきました。
ラインハルト自治推進委員会、副代表代理のヴィルヘルム・ランツフートです。
後ろには彼の従姉に相当するエアリスと、北部方面軍のクリームヒルト・グナイゼナウ少将とハンス・グナイゼナウ少佐が続いて入ってきます。
そして―――
「今日は、よろしく頼む」
「……よろしくお願いします」
杖と歩行補助具を身に着けた褐色と白の斑に近い肌模様の男性―――プラム・バラミールと副官的人物のエメルがいました。
そして最後にHALのセントリーロボットが入室してきます。
一斉に揃った辺り、どこかで合流してここまで一緒にやってきたようです。
座ったまま迎えるのは流石に失礼なので、私達は椅子から立ちます。
雇われではありますが、一応は戦闘員。
兵士の類ではではあるのと《ウォースパイト》は船舶ということで脇を締めた海軍式の敬礼で迎えます。
「長く待たせてしまったかな?」
「いいえ。情勢の再確認ができましたのでお気になさらず」
ヴィルヘルムの挨拶にフィオナが応じます。
「戦況は芳しくないようで」
「ああ。正体不明の砲撃や解放戦線の乱入は悩ましい。対応をやって行かねば―――といきたいが、現実はそうはいかないな」
現在共有されている最新の情報通りのようで、言葉通りの表情でヴィルヘルムは呻きつつ席に座ります。
それを合図にするように会議室に集まった人達は各々の所属に分かれつつ着席していきます。
そして壁にはめ込まれたモニターに光が灯って、ランツフート帝国国土の地図が表示されました。
「では、グナイゼナウ少将」
「了解した。―――では、私から説明させて頂こう。ハル、先ほど渡したデータをモニターに」
ヴィルヘルムの促しに白い帝国軍制服を着た、長いアッシュブロンドに灰がかかった青の双眸の美女―――クリームヒルトが立ち上がって口を開いた。
まず彼女が語る情報は先ほど確認したここ数日の情勢と戦況なので割愛するとして。
「まあ、ここまではいい報告とは言い難いが―――ここからいいニュースだ」
まだ共有されていない情報を語るべく、彼女は一度会議室にいる人全員に視線を送る。
「裏のルートでまだ表向きには動いてくれないが―――帝国空軍がこちらに協力する方向にシフトした」
つまりは味方が増えるということでした。
「空軍が? どうして?」
その情報に、多くの人が抱いたであろう疑問をサイカが投げかけます。
「まず最初に語る事として―――帝国陸軍はな。海軍とは仲が悪いし、空軍に限っては劣悪なのだ」
曰く―――《レドニカ》に開いていた異世界からのものが振って来る《ノーシアフォール》の存在が関係しているという。
《ノーシアフォール》から齎されるものは異世界人に限らない。
その世界の文書であったり、なんらかの実物だったりと様々です。
その中には当然の事ながら武器、兵器さえも含まれており、回収されれば解析と分析が行われてレドニカに展開していた帝国とオルレアン連合各国へと還元されていきました。
帝国では―――担当していたのが陸軍だったというのが不幸の始まりでした。
《ノーシアフォール》で得たものの多くは陸軍とその研究所と協力機関に還元されて、海軍や空軍への還元は陸軍ほどないものだったそうです。
流石に不平不満で分裂するのは良しとしなかったので重要な技術は還元していたようですが、人間に限っては囲い込みもあったそうで。
航空巡洋艦なる超大型航空機の独占や異世界で空軍に属していた人物の専有等、積もり積もった不満に加えて。
「君達がこの前捕虜―――いや、保護か? 次期空軍主力機として試験運用していた試作可変戦闘機型マリオネッタの《アクィラ》で構成された《フリントロック隊》への濡れ衣で空軍の堪忍袋の緒が切れたんだ。陸の主戦派の横暴には我慢ならんと、空軍主戦派までも怒り心頭になったようで、な」
そこまでに至るほどに仲が悪いらしい、と言いますか。
「内乱が起きてる最中で内ゲバ……」
流石に呆れます。
内乱の最中で足の引っ張り合いを超えて内ゲバ―――事実上の離反。
委員会と北部方面軍が言えた義理ではないですが、帝国軍は何をやっているのやら。
「恨み辛みが積もってるからな。―――それに、クラウス・ウイングフィールド・ブシュシュテル大尉に濡れ衣を着せたのがもっといけないんだが」
「ナツメ大尉の従兄だったわよね? そんなに重要な人物だったの?」
耳が痛そうなクリームヒルトの口から出た《アクィラ》のパイロット―――その意味を尋ねます。
「二人の亡き祖父は空軍所属だったんだが―――空軍にとっては戦闘機パイロットの父とも言える偉人なんだ」
「ブシュシュテル家って陸の軍人として有名って資料を見ましたが?」
私のそんな指摘にヴィルヘルムが何事にも例外はあると口を挟みました。
「ブシュシュテル家は帝国に与して以降も陸の軍人を輩出しているが、二人の祖父は設立したばかりの空軍に入ったんだ。戦闘機パイロットとして類稀な才能を発揮し、瞬く間に有名になった男だ。それでいて温厚で出身問わず接し、平和主義だった彼は人望が厚くてね。今の上層部には現場叩き上げで彼の手ほどきを受けたパイロット出身も多いんだ。―――恩師の一族に対しての無礼を黙って見てはいられなかったのさ」
「そういう事だ。それに、空軍期待の新型である《アクィラ》の試験運用を妨害したことも拍車をかけている」
彼の説明をクリームヒルトが補足しました。
「それに―――クラウス大尉らフリントロック隊も先日の一件もあって委員会と共に戦う事を選んでくれた。彼らの実力は君達も知っているだろう?」
その問いに私は頷きます。
リンクスとは操縦系統が異なり反応速度は遅れているマリオネッタで私と《アルテミシア》相手に接近戦して生き延びているのです。
実力は証明されています。
「彼らが味方なら心強いですね」
正直な感想を私は言いました。
―――結果、味方が増えましたと。
なるほど、それはいいニュースですと頷いていると、
「―――で、ここからが問題だ」
私の気分を害するようにクリームヒルトが言います。
「空軍の協力を得る条件の一つとして《アクィラ》の運用を要求されてな。戦力として申し分ないし是非そうする予定なんだが―――」
濁る言葉と共に、モニターにいくつかの情報が表示されます。
内容は―――《アクィラ》を運用する上で必要な消耗部品と《ヴォルフ》を初めとする他機種との共通部品を見比べたリストでした。
ジェネレーターの燃料でもあるフェーズ資源や推進剤等はリンクスと共通のようですが、結構な数が独自部品ばかりです。
「まあ、見ての通り部品リストだけでも独自である以上、運用していくために整備には専門家が必要だ」
兵器である以上、運用すれば相応に整備が必要です。
そして、《アクィラ》は空軍の機体であると同時に航空機から人型への可変機構を有する為、ある程度の専門性も付与されます。
「―――が、北部方面軍にはかの機体を整備できる人間がいない」
「空軍からその人員を配属して貰えないのか?」
芝居がかかった所作で肩を竦めたクリームヒルトに、ノブユキが当然の質問をします。
確かに、それぐらいの支援はあってもいいと思うのですが。
彼の質問に、クリームヒルトは答えました。
「開発主任を含むその人員は第〇一六航空基地にいたんだが―――。君達も知っての通り、先日主戦派の軍警によって強制捜査という名目で、司令諸共連行されてしまっている」
それはクラウスから直接聞いた話でした。
カトフルという街で起きた独立デモに対する無差別砲撃と目撃者への濡れ衣と。
ほぼ同時に行われた第〇一六航空基地へ強制捜査。
これらが無ければクラウスは委員会と北部方面軍への合流はなかったと言えるぐらいの事件です。
そこで連行された人員に、《アクィラ》の整備が出来る人員が含まれていたと。
なるほど、それは人が居ないという事になって当然です。
経緯を知ってふむふむと頷いて―――その話が今ここで話された訳に気付きました。
人員が連行―――連れ去られたなら取り戻せばよいと。
「つまり、次の私達の依頼はそれってことね?」
「ああ、あなたの予想通りだ、シオン・フィオラヴァンティ」
察して仔細を省いて尋ねた私へクリームヒルトは頷きます。
「君達への次の依頼は、第〇一六航空基地にいた司令と《アクィラ》開発主任を含む整備士達の救出だ」
その言葉と共に、帝国国土の地図の西―――。
東から西へ伸びる、大陸の三分の二を南北に別つ《天層山脈》の最西端から北東方向に進んだ先にある地点にマーカーが表示され、そこにあるであろう施設の名称が表示されました。
《ハイゼンベルグ収容所》。
そこが次の目的地でした。




