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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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焚火を囲もう




 十一月となれば、夏の頃と比べて日が落ちるのは早いのは当然で。


 ポロト皇国よりも緯度の高いシベリウスならばなおさらです。


 辺りはすっかり暗い―――と、言っても私の背後、《ウォースパイト》の開かれた後部ランチから射す証明でそう暗くはありません。


 空は星々が瞬いているのが分かる程度には、光量はある。


 凍り付きそうな気温の低さを示すように吐く息は白い。


 ここまで言えば私が《ウォースパイト》の外に出ているのは分かるでしょう。


 では、何故外にいるのかと言いますと。


「焚火と言えばマシュマロよ!」


 私の正面。


 炎を上げる焚火台の向こう側。


 小さな折り畳みの椅子に座る、三つ編みにした長い朱色の髪とほりが深くハッキリした顔立ちの女性が背後のバスケットから白いクッション材のようなそれが詰まったビニール袋を取り出しながら言いました。


 彼女―――エアリスが『親睦を深めたい』と言い出しまして。


 彼女を始めとしてヴィルヘルムとヨーゼフと。


 ラインハルト自治推進委員会の発起人たるプラム・バラミールとエメルと、ジェラールというふくよかな体躯の男と。


 ポロト皇国代表としての女皇ホノカの妹であるサイカと。


 ミグラントを代表しての、私とフィオナは食後のデザートと称された焚火に誘われたのでした。


「いやー。ずっとこういうこと出来なかったし、逃走中も必要最小限で飛び出したから出来なかったけど……。こうして食べるマシュマロは美味しいのよね!」


 エアリスの喜々とした発言と共に、二人に一つの割合で置かれた小さなキャンプテーブルにそれらが置かれていきます。


 これをどうやって食べるかを知らず困惑の表情を浮かべたのは、


「………えっと」


「どう、しろと」


 フィオナとサイカでした。


 二人とも助けを求めるような顔で私を見ます。


 二人はこういうのは初めてでしたか等と思いながら鉄串を手に取り、その先端にマシュマロを指して見せます。


「こうして、焚火で炙って適当に焦げ目をつけて蕩けさせてから食べるんですよ」


 そう説明しつつ私達以外、誰もがそうするように焚火の炎に突っ込みます。


「焦げて火が付かないようにして……」


 くるくると回して、話した通りの状態にしてから引き抜きます。


 白かったそれは程よく焦げ目をつけて少しばかり形を崩していました。


 それを噛んで糸を引かせて見せます。


 少し硬く甘いだけのマシュマロは香ばしさを伴って、これまた美味しい。


 それを見た二人はなるほどと頷いてから私と同じようにマシュマロを鉄串に刺して火で炙り始めました。


 頃合いを見て引き抜き―――フィオナは私が焼いたよりも蕩け少し焦げ目の多く、サイカのは火が燃え移ってしまっていました。


 彼女は慌てて息を何度か吹きかけてその火を消しますが―――フィオナのものよりも焦げています。


 それほど酷いものではないのですが。


 各々の所作でかじりつき、糸を引くそれを上手いこと噛み切って飲み込み、目を丸くしました。


「……美味しい!」


「少し焦げてても悪くないわね」 


「でしょー? グラハムビスケットもあるからこれに挟んで食べるのもアリよ!」


 二人の反応にエアリスはさあ次だとバスケットの中からビスケットの袋が出てきました。


 用意周到です。


 彼女に言われた通りにして食べて―――二人は先ほどとほぼ同じ反応を見せました。


 普段食べるような方法でもないので、珍しさも加わってのことでしょう。


 出来立てには勝てませんねと思いつつ、私が煎れたコーヒーが入ったマグカップに口をつけます。


 口の中の甘味を苦味でリセットして、


「このコーヒー。美味いな」


 同じく一口飲んだらしいヴィルヘルムが驚くような反応をしました。


「食堂のコーヒーメーカーも中々の味だが、これは味わいがしっかりしている。機械任せの味ではないしが―――なにか香辛料でも入れているのかな?」


「シオンが淹れたコーヒーだっけ?」


 ヴィルヘルムの好評価と分析に、三つ目のマシュマロを焼いているサイカが尋ねました。


 その問いに頷きます。


「ええ。いつものカルダモン入り」


「カルダモン。そうか、どうりでコーヒーの香ばしさだけではないと」


「彼女、防衛戦争まではカフェの店員だったのよ。それはもう結構人気なバリスタとして話が出回ってて、私も是非そのお店に足を運びたかったのだけれど……ね」


 彼女が最後に言い淀んだのは―――そんな生活が戦争で終わってしまったからです。


 そして、あらゆる思惑の下で傭兵稼業が始まっています。


 そのきっかけが帝国であるのは、語るまでもありませんが。


「……つまり、私達は今、その件のバリスタの味を頂いていると」


 言外に含んだ意味を察したのかヴィルヘルムはそこは指摘しませんでした。


「本人はコーヒーが一番らしいけど、私個人としてがココアもオススメよ」


 サイカの何気ない補足情報に、ヴィルヘルムは衝撃受けたかのように口をあんぐりと空けました。


 どうしたのかと思う時間がある程度の、一瞬の間の後に彼は言います。


「どうして今回、ココアではないんだ……」


 マシュマロの食べ方の一つに、ココアに入れて若干溶かして食べるという方法があります。


 彼はそれをやりたかったというのでしょう。


 それはまたの機会に、としか言えません。


 私の淹れる飲み物からのお茶会における菓子はどう、という談義を始めた二人から意識を逸らして、プラム達別働隊の方へ視線を向けます。


「ぷらむ。モットましゅまろヲ、食ベタラドウダ? ヒサシブリ、ダロウ?」


 マシュマロを一つ食べたタイミングで、ふくよかな体躯の男が片言で口を開きました。


 その顔―――肌は褐色と白の斑模様です。


 ―――ナナミの予想ですが、双方共にリンクスの操縦システムである《linksシステム》に適性が無い男でありながら接続し続けているが故の障害だそうです。


 私と同じ後天的な白皮症に加えて、システムによる深刻な精神的負荷が彼―――ジェラールという男を蝕んでいるそうですが。


「セッカク、えありす殿下ガ、用意シテクレタンダ。少シ、贅沢シテモイイ」


 ここ数日、リンクスから離されているからか。


 その思考は何の変哲もないものに思えます。


「そうよプラム。今日ぐらい、多く食べてもいいと思うけど」


「そうだが……。二人も食べてくれ。なかなかありつけない甘味だ」


 エメルにも促されるも、プラムは二人へもっと食べるように促し返しました。


 遠回しな遠慮です。


 一行のリーダーだから、という細やかな特権や役得はやってこなかったことを暗に示すかのような発言でもあります。


 その会話がエアリスの耳にも届いたのでしょう。


「あらプラム。残りの心配なんてしなくていいのに」


 そう言って彼女はマシュマロが入った大袋を二つ見せます。


 どれだけ食べる気ですか、とは口には出さないけれど。


「……私よりも、二人や一緒に行動した仲間たちの方が苦労しているのです。補給も、不安定でしたし。相応に労わらなければ……」


 プラムは合流前の活動における状況の不利さや補給の不安定さの影響を言うも、


「それは以前。今は今よプラム」


 ばっさりと切り捨てられました。


 実際、補給の不安定さ等はもう無縁に近い立場に戻ったのですからそんな節約じみた事をちまちまと続ける必要はないのですし。


「労う事は大事だけど、この瞬間ぐらいはその紐を緩めてもいいんじゃない? せっかくの親睦の機会だもの。気遣いはほどほどに、ね?」


「………そう、ですね」


 エアリスの言葉に反論はないようで、プラムは頷きました。


 話に聞けば、どうも二人は幼少期に一度だけ会っているそうな。


 故ラインハルトの語る未来に憧れ、その活動に参加すると約束して以降に起きた諸々の事件を乗り越えて。


 それから二十数年ぶりの再会だそうです。


 なんとも気長とも言いますか、粘り強いと言いますか。


 それほどの年月になるほどにラインハルトなる人物と彼が語るものは魅力的だったというのでしょうか。


 ―――私がそれを知る術は、ほとんどないのだけれど。


 わかればよろしい、とエアリスは言わんばかりに頷いて、


「それと、敬語は無しと言ったでしょう?」


 追加で苦言を言いました。


 これも話は伺っていて―――二人は同い年だとか。


 あとは二十数年前の縁だから、とかなんとか。


「……わかっ、ている」


 エアリスの言葉に、どことなくしぶしぶと従うような、不慣れそうな口ぶりでプラムは自身が持つ串にマシュマロを刺して焚火で炙り始めました。


 長い間会わず、関わっていなかった割にはそのブランクを感じさせないやりとりです。


 マシュマロをグラハムビスケット二枚に挟んだものを一つ平らげた所で、


「ところで、シオンとやら」


 そう、私へ顔を向けながらプラムが口を開きました。


「あなたも、《linksシステム》の負荷の影響を受けていると聞くが」


「―――そうだけど、それがなにか?」


 コーヒーを一口飲んでから応じます。


「何年、リンクスに乗っている?」


 問われたのは搭乗年数ですか。


 聞いている話と、皇国での戦闘からを数えて―――


「一年と、半年ぐらい?」


 正確な数字は覚えてないので断言はできないけど。


 その回答にふむとプラムは唸りました。


「それで、肌色が全身白くなって、き―――か」


 何かを言い淀みましたが、それ以上は言いませんでした。


 ―――この様子から察するに、ナナミから参考程度に私の症例をいくつか聞かされたのでしょう。


 プラムは男性の身でありながら適性のないリンクスに乗って戦っています。


 当然、その代償はある。


 彼は見た所、皮膚の脱色と右足と左腕の麻痺を患うほどのようですが。


「私の場合はちょっと特殊だから、参考にしないほうがいいと思うけど?」


 脳に負荷を掛けているのに加えて、システムの一部を脳へ直接書き込んでいるのです。


 ただ接続するだけとは段階が違います。


 そのことは敢えては言いませんが。


 話題はそれではないと、プラムは首を横に振ります。


「いや、自分の身にも起きているし、他者の症状は嫌と言うほど見てきた」


「―――あなた達以外にも、適性のない男性でありながらリンクスに乗った人が?」


「二十年近く、戦っているんだ。―――相応に、見ている」


 私の予想に肯定して、彼は夜空を見上げました。


「私は適性は低くとも、症状の進行は遅いからか誰よりも長く乗れているが―――。他の人達は長くても五年しか、もたなかった」


 その一言に―――フィオナがその身を震わせました。


 私にも当て嵌まる話題だからでしょう。


「女性には無いが男はその適性の無さからそのうち、限界が来る。廃人になるか、植物状態になるか。あるいは接続中に死ぬか、だ」


「………」


 それは―――聞いた事はなかった。


 私は脳にプログラムを書き込むという後付けで適性を獲得しているものの―――それでも、色々と新陳代謝変化や記憶障害等の影響があります。


 その果て。


 限界があるとはだれも思いもしない。


 ―――否。


 それを知る為の研究さえ、私の知る限り皇国にはほとんどないし、帝国の論文もレアが知る程度しかない。


 だから、誰も知らない。


 彼ら(プラム)以外には。


「それを知っても、オレの仲間たちは未来を変える為にリンクスを駆り、解放戦線と帝国を相手に戦って消えていった。―――あなたは、どうだ」


 問うのは―――戦う理由でしょうか。


 または、リンクスに乗り続ける理由か。


 私がどうして戦場(ここ)にいるかなんてよく知っているし、どうしてリンクスに乗って戦っているのなんてよくわかっている。


「―――私は《アルテミシア》に乗って戦うしかないの」


 端的な答えは、それです。


「守りたい人がいて、その為に戦ってきただけ。使う武器が、リンクスだったというだけ。―――なのに、それを知ろうとしない周りの人間は私の力を恐れるし、亡き者にしようとしたり追い払おうとする。―――そんなのから逃れて安全な場所が戦場だった」


 記憶を振り返れば、戦ってきた理由のほとんどはそれです。


 理想も大儀もない。


 手に届く範囲の人を守る為に、戦う事を選んだ。


「そのついでに利用価値があって、それで私と隣人の身の安全がある程度保証されているから戦場(ここ)にいる。生きる為にね」


 何よりも小さく、確かな理由です。


 その回答に、プラムは予想外だったのか警戒するように目を細めました。


 まだ何かあると訝しむような目でもあります。


 確かにこの言葉には嘘はありませんが、口にしていない部分もあります。


 それをこの場で語るのは、少々デリカシーなしなので言わないのですが。


「とても、それだけとは思えな―――」


 言葉通りの疑念を顔に浮かべて彼はそこまで言って、


「ああもう! そういう気の滅入る話題は無し! もっと面白い話をしようよ!」


 会話の空気の暗さに嫌気が刺したのか。


 エアリスが大声で割って入りました。


 楽しい時間にする話題ではないのは違いありません。


「ヴィル! なんか面白い発見とか今予想してる学説とか説きなさいよ! いくらか文献やら遺跡やら地層やら調査やってたでしょ!」


 とんだとばっちりと言いますか、流れ弾と言いますか。


 話題転換を要求されたヴィルヘルムはその整った顔を困惑で歪めました。


「いきなりですね」


「そこの二人がおもーーーい話をするもの。あの話の暗さは聞いてられないわよ」


 そういうエアリスの顔も困った顔をしています。


 これは一旦謝るべきか。


「それは失礼」


「……すまない」


 そう思ったのは私だけでなくプラムもそのようで謝罪の一言が揃って出ました。


「わかればよろしい。―――それで、何かある? ヴィルヘルム」


 私達の謝罪に呆れたように言い放ち、再びヴィルヘルムへ話を振ります。


 話を振られたヴィルヘルムはコーヒーを一口飲んでから口を開きました。


「では、私が時折口にして研究のテーマにしている人類の起源はどこかという話を」


 そう前置きを置いて―――彼は語りました。


「今ある資料だけの推察でいささか空想が過ぎる考察であり、話に聞けた世界の歴史を参考にした推察だがな。―――結論から言おう」


 そこから説明をしたほうがいいだろうからともったいぶって、彼は言いました。


「我々の先祖は、我々が今生きているこの大地―――否、この星。その外からやってきたのではないのではないか、と私は考えているんだ」


 その前置きに、焚火を囲む私達は各々の関心を寄せる声を漏らして、


『それは興味があります。聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?』


 言葉通りに、興味深そうな素振りと共に三脚型のセントリーロボットからHALの合成音声が流れました。



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