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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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何年経っても




 《ウォースパイト》艦内。


 居住区画、第一層図書室。


 ハルと名乗る、《ウォースパイト》の所有者が所有する異世界の書籍に興味を惹かれてヴィルヘルムに案内された部屋で私は、


「………」


「………」


 とうとう()と会ってしまった。


 出会ってしまった。




 ―――再会して、しまった。




 椅子に座り、解説でも受けていたのかセントリーロボットが隣に控える彼の年齢は―――外観では二十代後半から三十代前半ぐらい。


 記憶の中の年齢とそれからの年月を考えなくとも、彼の年齢は自分と同じ三十二歳のはず。


 身に着けている衣服は真新しく、カーキ色のカーゴパンツを履いて白の長袖シャツの上にフライトジャケットを羽織っている。


 レンズの付け替えが用意な医療用の、物々しい眼鏡を掛けている。


 吊り目ではあるものの顔立ち全体はどことなく優し気だが痩せこけていて、無造作に伸ばしているような髪は全て後ろへ撫でつけて固めていた。


 特徴的なのは肌の色が褐色だということ。


 それは記憶と変わらないものの―――左頬や右耳、首元や左手など一部分は病的に白く変色していた。


 右足と左腕は何らかの障害を抱えているのか真新しい補助具が取り付けられているし、歩行補助用の杖まで用意されている。

 

 一目で障害を抱えているとわかるその様でも―――長く戦い続けた者らしい精悍なものになっていたとしても、記憶の中のあどけない顔つきの少年の面影は、確かにあった。


 彼―――プラム・バラミールは病室で安静にしていると聞いていて、ここにいるとは思ってもいなかった私は戸惑いしか覚えなかった。


 心構えなど、していなかったから。


 そもそもラインハルト自治推進委員会創設者の救出作戦は聞いていても、その人物が彼だなんて思っていなかったから。


 いつかの、とある集落の浄化作戦という名で行われた虐殺と証拠隠滅の大火で死んだと思っていた人物だったから。


 隣に立つヴィルヘルムに無言で図ったなと視線を向けると、三つ下の従弟はその美しい顔を白々しくこれは意外だったと言わんばかりに背けた。


 ―――わかっててここに連れてきたらしい。


 心の準備ぐらい用意して欲しいとも、少しはデリカシーというのを学べと言いたくなる。


 最初から言えばいいのに。


「………私は、プラム・バラミールという者です」


 予想外の事態で固まり現実逃避する私に痺れでも切らしたのか、プラムは敬語で自ら名乗った。


 そして私を、私の目を見て言う。


「間違っていたら、申し訳ないのですが……。《エアリス・ランツフート》とお見受けします。間違い、ないでしょうか?」


 ―――驚くしかなかった。


 二十三年前に会ったきりなのに。


 監視付きで軟禁にも近い立場だった私の容姿なぞほとんど知られていないのに。


 そんな人物を、記憶は朧げになって目の前にいる昔の姿と今現在を結びつけることは困難になっているでしょうに。


 幼い頃の容姿と似通う部分を比べて(エアリス)と気付けたというのでしょうか。


「私の事、覚えて、おられますか。父君、ラインハルト殿下に連れられてある森林の中の小川で会ったのを」


 続く一言に―――私はその日の事を思い出す。


 父、ラインハルトに連れられて来た今はどこかもわからない森林の川の畔。


 そこで偶然にも、プラムと出会ったのだ。


 彼もたまたまそこでキャンプしていて。


 同じ野宿趣味同士、一緒にどうだと父が誘っての一泊の思い出だ。


「いつか、海の向こうへ行く為に殿下の手伝いをすると約束した―――あの日を、憶えておられますか」


 その一言に私は―――ああ、なんという事だろうと天を仰ぐ。


 彼は―――プラム・バラミールは。


 ずっと、忘れずに憶えていたのだ。


 偶然出会い、焚火を囲んだあの時の事を。


 それでいて、父の死後も彼の語った夢と約束を守り続け、果たそうとしていたのだ。


 ラインハルト自治推進委員会を立ち上げ、仲間をひっそりと集め―――リーダーをヨーゼフに任せてからも、自分なりに出来ることを水面下でやり続けた。


 自分なりの方法で、父の夢を追い掛け続けていた。


「ええ。覚えてる。覚えてるわ。忘れるわけ、ないもの」


 嬉しさで泣きたいのを堪えて、


「あなただったんだ。プラム・バラミール。委員会の発起人は」


「大きくしたのはヨーゼフです。私は、最初に立ち上げて、仲間を少し集めて―――それだけです。それからはずっと帝国には追われ、クオン解放戦線の相手です」


「でも、あなたが立ち上げていなかったら委員会は存在しなかったし、父のかつての仲間も委員会に合流していなかった」


 それに。


「ヨーゼフから聞いてるよ。―――委員会の紹介をやって人を増やすのを影で手伝っていたり、解放戦線のテロに介入してたり。クオン解放戦線の少年兵や捕虜を保護して委員会に回してるって」


 プラムが保護されて以降、ヨーゼフから聞いた話を挙げる。


 ヨーゼフ―――もとい、委員会に参加する人の半分はプラムからの紹介だったというし、彼が駆るリンクス《ラフフォイヤ》が帝国軍と解放戦線の軍事衝突に介入し、被害を食い止めようとしていたと聞く。


 ―――リンクスを駆ってまでやって、帝国軍からネームドでマークされているほどとは驚愕するしかないけど。


 そして、解放戦線からは少年兵と帝国軍捕虜を保護し、委員会へ保護されるよう取り計らったりしていたとも。


「本当に、父に頼まれた事をやってたなんて」


 いつか、手伝ってくれという父の言葉を、ただ一人で。


「約束、でしたから」


 私の感心に彼は懐かしい目で答えた。


「彼が暗殺されたと知った時―――この程度で、海を越えてまだ見ぬ他の大陸を探すという夢を諦めたら彼は失望するだろうと思ったんです」


 だから。


「今度は自分が、自分達がそれを語って進む番なんだと、覚悟を決めただけです」


 虐殺と大火を生き延び、父ラインハルトの死を知ってもなお決めた、いつかの覚悟を彼は言った。


 まるで呪いだ―――とは、思ってもその言葉は口には出来ない。


 それを指摘した所で、彼は止まらないのは確かだ。


 ―――裏で主戦派に復讐を企てた私とは雲泥の差で。


 彼の境遇を決定づける遠因となった実験戦争や迫害。


 彼の住む地への虐殺を止めれなかった皇族故に負い目を感じていたのが―――恥ずかしいほどの。


「もっと早く、あなたに再会していればよかったわ」


 思った事を、ぽつりと溢す。


 早く再開出来ていたならば―――こんな思いはしなかっただろうから。


 プラムの身体は、障害塗れの身体になっていなかっただろうから。


「そんな事はありませんよ。貴女達が委員会に関わり出したと聞いた時からいつか、委員会に合流すると信じてました」


 そう言う彼の様子は言葉の通りで、全く気にしていないようだ。


 父ラインハルトが暗殺されて、志を同じくする改革派と呼ばれた人々は時を同じく駆逐されて振り出しに近い状況から、組織を立ち上げて仲間を集めてと、十一年以上も続けていたのに。


 合流の遅さを、咎めず。


「再会できて光栄です。エアリス殿下」


 そう、嬉しそうに彼は言った。


 ―――ああ、本当に合流を信じていたのだなと。


 だから、待てたのだ。


 昔出会った時と変わらない―――生真面目だなぁと、懐かしく思う。


 だからこそ―――立場を弁えて敬語にしているのか。


 目の前にいるのは何も知らない解放戦線に属する幼い少年ではなく。


 そこから飛び出して、誰も知らないような経験を経た一人の大人なのだから。


 ―――なら、私も堂々とするしかない。


 ―――プラムに、恥じないように。


「ええ。これからもよろしく。プラム」


 そう言って右手を差し出して、やや強引に彼の手を握る。


 相応の事があったのだろう、傷だらけで厳つい戦士の手だ。


「よ、よろしくお願いします、エアリス殿下」


 距離の近い私の振る舞いに、戸惑いながら彼は応える。


 二十三年の月日が経過しているのだから当然の反応かもしれないけど―――少し、堅苦しいなと思った。


 昔の出会った時の気楽さが欲しいなとも。


 なら、お願いしようかと思って口を開く。


「あと……」


「はい」


「敬語!」


「………?」


 突然の名詞のみの発言にプラムは理解していないような表情を浮かべた。


 これは私の言葉足らずなので、修正するとしよう。


「昔馴染みだし、敬語は無しで!」


 その一言に、彼はいよいよ困惑の色を深くした。


「いえ、流石に―――」


「いいから!」


 狼狽するプラムをそう叱咤して、もう一度笑顔を作って言う。


「よろしく、プラム」


 気軽な一言に、プラムは狼狽しつつも、


「よろしく、頼む。エアリス」

 

 私の望むように、彼の素らしい口調で短く答えた。




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