類は友を
「いやー。実に面白い話が聞けたよ。国の税金レベルから教育に関しているとは」
レオンさんはメモを見つつ、感嘆の声を上げる。
「それなら、義務教育なら基本的にお金は国持ちになるのか。それに徹底的な教育の義務化……。子供達全員に行えれば、確かにそれなら識字率を上げる事が出来る」
信じられないが、と呟く。
「君が教師か、教育機関に関わる人物ならもっと話を聞きたかった……」
学校での授業やら、そこでの生活やら。何だかんだ話していたら、気づけば一時間以上も経っていた。
流石に、アリア殿下は戻らなければいけないので、必然的に僕もホテルへ戻る事になる。
国立図書館のカフェを出て、リムジンまで歩く傍らレオンさんと僕は王女三姉妹の少し後ろ、ちょっと離れた位置で未だに学校の話題で持ち切りだった。
正面ではアリアとアルフィーネが何かを言い、アルペジオの顔を赤くさせて何か反論している。どんな話が気になるが、聞くととばっちりでも受けそうだと考えてしまう。
「すみませんねぇ……。ただの学生で」
《ノーシアフォール》さえ無ければ、そろそろ社会人か大学生だが。
「いや、構わないよ。それを元に、この世界なりに教育のシステムを作っていけばいいのさ」
「大変だぞ、きっと」
「それでも、やってみたい。―――教育にこそ、一個人が自分の将来を決める為に必要だと思うからね。将来、未来は親や誰かが決めるものではなくて、その人が決める事だ」
「……ほう」
レオンさんの言葉からなにか、信念みたいなものを感じた。
「僕が家を出た理由は、さっき聞いたよね?」
「たまたまね。親に反発したんだって聞いた」
「そう。―――僕は、ある日までは親の言う通りに家督ついで、許嫁を得て生きていくと思ってたんだ」
「ある日まで、ってことは何かあったのかな?」
「あったとも。ある日にね、僕の教育係がこう言ったんだ。『本当なら、貴方の将来は貴方自身が決めるものだろうに』。この言葉に、心が打たれたね。その人、とても苦労して家庭教師なった人で、『教育こそ未来への道のりだ』なんていつも言ってた。そんな人の言葉だから後々になって、『僕の人生ってなにもかも決まっていて、それでいいのか』って。日が経つにつれて、どんどんその気持ちが大きくなっていった」
ここまで語り、レオンさんは一拍おく。
「それで父さんに聞いたんだ。『僕は言う通りにしていればいいのか』と。その答えは、『お前は私の言う通りにしていればいい』。―――まるで用意されたレールの上を走っているようだった。なんて自由が無いんだとも思った」
少し表情を綻ばせ、懐かしいように語る。
「そこからは嵐のようだったね。教育係の知り合いを頼って住み込みで国立図書館に就職出来るよう図ってもらって、父さんに反旗を翻すのは」
「どうだった?」
「うん。親不孝者って怒られた。でも結果的に良かったと思ってる。今はやりたいように、好きなように生きていられるからね」
「勇気あるね」
「十四で一大決心だよ。―――それで図書館で働き、学問を学ぶ傍ら、こう思ったんだ。『たくさんの人に教育の機会があれば、もっと自由な人生を送れる人がたくさんいるんじゃないか?』。幸いかどうかはわからないけど、この時に異世界には学校なる教育機関が存在するって聞いたから、ならこれを設立しようと考えたんだ」
同じ志を持つ人もいるにはいる、とレオンさんは語る。
その目はやる気に満ちていて、生き生きしている。
「長い道のりになりそうだね」
「なるに決まってる。でもやりがいはあるさ」
そこまで話していたら、もう駐車場に着いてしまっていた。
「もうお別れか。明日は?」
名残り惜しそうに、レオンさんは訊ねてきた。
「明日は飛行機でレドニカにある基地だ。ある意味、向こうに帰るってことになる……のかな」
住み処的には基地に住んでるようなもんだし、その表現でいいだろう。帰る場所なんて、もう無いが。
「そうかー。明日には帰っちゃうかー」
本当に名残り惜しそうだ。まだ聞きたいことがたくさんあるのだろう。
熱心だなぁ、と思っていたらレオンさんに、急に肩を組まれた。
「なあ、チハヤ君。ちょっといいかい?」
「なんですか一体」
小言で話すあたり、あまり聞かれたくない事なのだろう。
「アルペジオと、仲良くしてやってほしい。一人の人間として、さ」
「どういう事です?」
自分に好意向けてるだろう女子を、他の人に仲良くしてほしいと頼むとは、まさかこの人。
「あいつ、王女で王位継承権四位ってことは知ってるね? 王位狙える位置だけども、彼女はその気が無いのも知っているかい?」
前者は知っていたけど、後者は初耳だった。その事を告げると、まあ知らなくて当然かとレオンは呟いた。
「彼女、自分を王女だとか、兄弟姉妹ではなく競争相手としか見ない周りが嫌なんだよ。そんな環境に嫌気が差して、一人の人間として見られたいって言って身分隠して―――本人曰く、アリア殿下の手助けがあったって言ってた―――騎士団に所属したんだ」
へえ、と相づちを打つ。意外にもしっかりした簡潔な理由だ。
「軍なら経歴関係なく扱われるからね。最終的にバレたけど、まあ他国を見れば王族が騎士団率いるって前例はあったからすぐに受け入れられた。それから仕方なく本名名乗っているけど、あの様子だと、一人の人間として接されてるようで良かった」
「一団員として、毎日訓練で上官から叩かれたり叩いたりしてますよ、彼女」
それこそ彼女は望んでるだろうね、とレオンさんは言う。
「最初会った時は、王女という色眼鏡の壁が嫌いだと言ってて王族らしくなくて驚いたけど、僕と似てて親近感があったね」
彼は昔を―――アルペジオと会った時の事を思い出したのか、遠い目でアルペジオの背中を見ていた。
道具扱いから実家を出ていったレオン。
王女としてではなく、一人の人間として見られたくて騎士団に所属したアルペジオ。
確かに、似た者同士だ。
「アルペジオも、いい隣人に恵まれたようで」
アリア、アルフィーネ、レオン、団長に副団長達騎士団の皆さま。
人に恵まれているに違いない。
「アルペジオもって事は君も家族絡みで良くない事が? そして、後に会った隣人達が良き人達だった?」
「そう、事件で両親は死に、妹は自閉症に、ね。そこから保護された孤児院でたくさんの恩師に」
類は友を呼ぶと言うが、意外とそうかもしれない。
「僕らよりも大変な人生だな。同情したら怒るかい?」
「怒らないよ。―――それだけ後々が良かった」
それだけ、今が辛い。
「……アルペジオの事、友人として頼むよ」
「もう少し、彼女の事大切にしたらどうよ? 他の男に女の子の事をお願いするって普通しないぞ?」
僕から見ても、アルペジオはかなりの美少女である。元いた世界の男連中が見たら放っておかないと断言出来る。学校ならクラスの高嶺の花。告られること必須だ。
そんな自分にとって親しい彼女を他の男に任せるだろうか?
「いやぁ……。僕、アルペジオからなんとも思われてないようだからね……。誕生日にプレゼント渡したら、『別にいいわよそんなの。気にしなくていいのに』って言われたし」
「なんてヤツだ。人の好意を」
「そう言いつつも受け取る辺り、ちゃんとしてるよ。それに後日お返しとして万年筆くれたし。あの時は『別にあんたの為じゃないし』って言ったっけ」
「…………」
なぜか、容易にその光景が想像出来てしまった。
割れ鍋に綴じ蓋。
レオンさんは朴念仁か鈍感。
アルペジオはレオンに対してツンデレ。
アルペジオの思い、この人に届くのかしらん。
そう言いたいし、ため息を盛大に吐きたいが、そうしないのがいいだろう。
「アルペジオも大変だ……」
二人に幸あれ……ば、いいなぁ。