図書館にて
「…………。はぁ。わかったわ」
かくかく然々語ること数分。
包み隠す事もなく、王宮見学中にでアリア殿下の耳に僕の事が入ってしまったことやら、従者だったシスター―――フランチェスカ・フィオラヴァンティの事とか。
同じテーブルに座ったアルペジオが額に手を当てながら、ため息をつきつつ言った。その隣には優男が。
「要するに、アリアお姉様が偶然知ったのと、お姉様とチハヤの恩師が平行世界線上の同一人物で、墓参りのあとその縁で一緒に首都を見ていたと」
「まあ、そういう事です」
説明した僕ではなく、アリア殿下がそう答えた。
「お姉様なら仕方ないか」
意外にも、納得した様子で顔を上げるアルペジオ。
そこまで不仲じゃないのか?
「この前の様子から兄弟姉妹間の仲、そんなに良くないと思ってたけど」
「アリアお姉様とアルフィーネは例外よ」
かなり少なかった。
深い詮索はしないし、するつもりもないけど。
「まあ、それで、隣の方は? 彼氏?」
話題転換。さらりと言ってしまうあたり、僕もなかなか性格悪いのかもしれない。
「な―――なな、何言ってるのよ! こ、こいつとは只の友人よ!」
図星だった。――推測、LOVEな方で好意持っているのではないか?
「あははは……。そんな立ち位置じゃなくてごめんよ。いや、本当に。―――はじめまして、僕はレオン。レオン、とかレオでいいよ。老若男女、誰にでもそう呼んでもらってる。あとはここ、国立図書館の一職員で、将来はこの世界初のガッコウなる教育施設の設立」
優男―――レオンはそう名乗って手を差し出す。この世界は学校なる教育機関に類するものがないらしいが、設立を目指す人はいるらしい。
「僕はチハヤユウキ。好きなように呼んでください、レオン」
僕も名乗って、手を握り返す。
「聞いたよ。最近やってきた異世界人だとか。アルペジオと仲良くやってるらしいね。出来立ての御菓子とかお預けしたりしてからかってるって?」
「もう聞いてましたか。……怒った?」
「むしろ逆さ。彼女が来たぐらいに御菓子を切らしてやるといい。この世の終りを宣言されたような表情をしてくれる。そこから別の美味しい御菓子を出すとこれまた幸せそうな表情で食べる。この差は見てて面白いからやってみるといい」
「今度やります」
即答した。しかもいいこと聞いた。
彼と僕はそのあたりは似てるようだった。いい友人になれそうだ。
「ちょっとレオン! そんな事を教えない!」
アルペジオから抗議の声。
「別に知られてもいいんじゃないか? 意外にも胃袋押さえられてるようだし」
「うぐ……!」
「そうそう。アルペジオ、君の料理を褒めてたよ。是非、専属シェフとして―――とか言ってた」
ペラペラと喋ってくれるレオンさん。意外にもお喋りな性格らしい。
ため息を吐いてから、アルペジオに視線を向ける。
「まだ諦めてなかったのか。何回断ったのやら。―――それで、ここにはアルペジオとはデートで?」
「だから違う!」
「ただの友人さ。図書館は僕の職場だからね。アルペジオの方が来るんだよ。館長が早く上がらせてくれたからお茶しにここに」
否定の仕方が二人とも違っていて面白い。主にアルペジオ。
「それより、チハヤ。まだ説明してない事あるでしょ」
「うん?」
「どうしてここにいるのか、よ」
そう言われて、そういえばまだそこは話してなかった事に気付いた。
「……必要?」
単にお茶しに来ただけなのだが。店のチョイスはアリア殿下だけど。
そう答えたら、アリア殿下が補足するように付け足す
「まさかと思って、多分この時間ならアルペジオがレオンさんとここに来るんじゃないかと思いまして」
わかってて来てるよこの人。というか。
「お姉様がここを選んだのね……。はぁ……」
僕が何か言うよりも早くアルペジオが呆れたように肩を落とす。
僕の言いたい事ではないので、
「レオンさんの事知っている?」
思った事を言う。初対面じゃないのか。
その疑問に、レオンさんが答えてくれた。
「ここで、アリア殿下と何度か鉢合わせしてるんだ。アルペジオといる時にも」
なるほど。そりゃ顔見知りぐらいにはなるか。
うんうんと納得していると、アリア殿下は驚きの一言を言うのである。
「フルネームはレオナルド・レステンクール。この国では一位二位を争う大貴族の長男ですよ」
うん?
「ちょっとアリア殿下。それは言わないでくれって言ってるだろ」
「異世界人なのだから、言ったところで影響はないでしょう?」
「そりゃそうだけどさ。あまり知られたくないことだよ、それ」
何だかんだと言い合い始めた二人を見つつ、何か知っていそうなアルペジオに教えてくれるかわからないけど話を訊く事にする。レオンさんとはそれなりに付き合いあるようだから。
「アルペジオ。レオンさんって訳あり?」
「あっさりと言い当てるわね。―――そうよ。道具扱いは嫌だって言って絶縁状叩きつけて、実家を出て、好きな仕事してる人」
なんでも、親と親族の権力争い―――家督やら許嫁やら何やらの自由の無さに耐えかねての家出だという。
それで縁が切れる訳もなく、戻ってこいとか復縁したいなどと手紙が毎月来るらしく、返信したくもないとは彼の弁だとか。
「そうだけどさ……。人の家庭事情を赤の他人に言うってどうよ……」
はあ、とレオンさんはため息を漏らす。
「訊くのもなんだけどさ……。それで教えるのはどうかと思うよ、アルペジオ」
「聞いてきたのチハヤじゃない!」
そうだけど。
「まあ、向こうがどう思っていようが僕には関係無い。それよりも、なんだがチハヤ君」
あっさりと気持ちを切り換えたレオンさん。
「異世界の教育体制について聞きたいんだ。昔会った異世界人から聞いてはいたんだけど、詳細が聞きたくて」
そう聞いて、そういえばこの世界は学校なる教育機関が無いのだと再度思い出す。
「この世界の教育周りってどうなっているんだ?」
素朴な疑問である。学校が無いのに、ここまでインフラを備えた都市を造る事が出来るのだろうか?
「上流階級以上は、家庭教師が基本ね。大貴族とか王族になると教育係が住み込みでいるから、彼らがいろいろと教えてくれるわ」
アルペジオからまず簡単な説明が話される。
「中流層なら、今では大半の企業や研究機関等が自社や職員の子息を集めて、社員でローテーションを組み、子供達に読み書きや専門知識、技能を教えてますね」
それに付け加える形でアリア殿下が説明する。
企業が子供への教育の段階で、専門的な教育を行う。それはつまり、将来の即戦力になる社員を育てるということになるのか。
なるほど。それならなんとかこの都市の建物やインフラぐらい作れるだろう。
『学校』なる教育機関は無い。だけど教育の必要性は認識しており、各々でバラバラにやっているというわけか。
「下層は?」
「下層は、親の能力と収入次第……」
「最低でも、自分の名前が書けて簡単な読み書き計算が出来れば充分、とされるレベル」
レオンさんの説明があらかたの説明だろう。
「……今、僕はカルチャーショックとかギャップってヤツを体感した……」
素直な感想。そう言って、僕は日本の教育システムを口頭ながら説明する事にした。
六歳から十二歳までの小学校、十二歳から十五歳までの中学校(ここまで義務教育と付け足す)。十五歳から十八歳までの高校、そこから専門学校、大学や大学院など。
公立、私立の違い。共学、男子校、女子校の違い。あとは高校で学ぶ事の違い―――普通校、工業高校、商業高校、農業高校などの差―――など、とりあえず僕がわかる範囲で話す。
アリア、アルペジオ、アルフィーネの三人は興味深そうに聞き、レオンにいたっては隅から隅までメモ書きしていた。
やはり、義務教育というのがどうも斬新だったらしく根掘り葉掘り聞かれる事となったのは言うまでもない。




