次に向けて
見慣れたミーティングルームも、見ず知らずの部外者が入るといささか新鮮だ。
ミグラント主要メンバーに加えて、ヴィルヘルムやレア、エアリスといったラインハルト自治推進委員会の人間と帝国北部方面軍の人間まで入れば尚更というもの。
正面スクリーンの隣、ノートパソコンが置かれた机の前に立った白軍服の女性―――クリームヒルト・グナイゼナウ少将はHALのセントリーロボットとの準備を終えて、部屋にいる面々を一瞥して口を開いた。
「それでは、こちらの状況と直近の作戦について説明しよう。―――質問は適時していって構わん」
その一言と共にノートパソコンが操作されて、スクリーンに帝国全土の地図が表示された。
私達がいる横に長い大陸の北―――東から西まで走る《天層山脈》の北側のほとんどが帝国の領土であり、西はある所を境に国境の線は南へ進んではいない。
まあ、よくもここまで広げたものだと呆れるのだけれど。
そんな私の感想はともかくとして、地図に一点にマークが浮かんだ。
北へと流れる河川の中でも一際太い河―――《ヘイズ》という名前らしい河より北東方向に尺度を考えれば二〇〇キロほど。
シベリウスという街より少し東の所―――つまりは私達の現在地だ。
「と、行く前に。―――私の口からも先日の作戦の対応について礼を言わせてくれ。見事であった」
自分の立場からでも言いたかったのか、そう言って軽く頭を下げる。
「では話を始めよう。エアリスやヴィルヘルムには既に話してはいるが、ミグラント諸君にも知ってもらいたい話でもある」
そう言って、マウスのクリック音と共に地図のある場所が拡大されていく。
拡大された場所はヘイズ河よりも西で、《ベッハ》という東側に川が流れる街を強調した。
主要鉄道や街道からは外れているようで、東西に走るそれらは街へ向かっていない。
代わりに小さく表記された道路や鉄道が西と南へ走っている程度だ。
「この街は十年ほど前に侵略され、降伏して帝国領となった《デュムラー共和国》の一都市だ。この国を由来とするこの地域一帯は市民革命で王制から共和制になったばかりに帝国に吸収されたが故、独立志向が強い。ラインハルト自治推進委員会にも属して、独立や自治権の容認を求めるデモも定期的に行われている」
「………」
その説明に一度部屋―――ミグラントの人員に視線を泳がす。
誰かが何か言う素振りはないので、
「帝国ではよくあるお話かしら」
代わりに私が発言する。
「ああ。侵略ばかりで占領した土地の治安維持はしていても、インフラや産業には手つかずのままが多い。兵站目的のインフラ整備は速いんだが、民間となるとな。特に大動脈たる輸送経路を外れた街は」
結果、不満が募るばかりだとクリームヒルトは溜息を吐いた。
「この街もそんな街の一つだ。上水や下水のインフラは整っているんだが、それ以外は十年前のままの場所が多いし、建物も鉄道も同様だ。帝国の規格に更新することなく、な」
なんとまあ、疎かにされたものね。
よくあるケースとしては産業が成り立たずに人が他所に流れ、そのまま無人化するというが。
この街は運よくか―――近くを川が流れている利点を活かし、街の周囲で麦を始めとする穀物栽培や牛や豚などの畜産業が盛んで、その集積地の役割もあった事から占領前のインフラでも存続出来ているのだという。
しかし、である。
「大輸送が可能な鉄道は占領前―――どころか王制時代の蒸気機関が未だに現役だ。何とかディーゼルを導入したが、それも少ないし他にも更新するものや整備が必要なものは沢山ある」
要は古いから更新したいという話だ。
「ジョウキキカン、って?」
フィオナが耳打ちで尋ねてきた。
私なら知っていそう、と思ったのでしょう。
生憎、私は知らない。
「私はわからないからHALに聞いて」
『水をボイラーで加熱して発生する蒸気を使い、特にピストン等を動かして機械的仕事に変換する熱機関の事です。動力としてはボイラー、復水器等の付帯設備込みでの対重量比出力が悪い上に起動と停止には手間がかかるので、技術の発達と共に動力としての地位は低下を余儀なくされました』
私の冷たい一言が聞こえていたのか、HALの四脚に円柱ポッドのセントリーロボットから合成音声が流れた。
『蒸気機関車は貴重になっていくので保存を進言したいですが』
最後にどうでもいい個人的願望が流れるがこれはスルーする。
フィオナはわかったような、わかってないような顔をしてありがとと言ってクリームヒルトの説明に戻る。
曰くそういうインフラの更新は破壊工作への警戒からか、帝国政府の許可が必要なのだという。
「まあ、『そんなものより軍費だ』という派閥の阻止で不許可しか出ないのが現状だ。―――それなら独立、ないし自治権獲得して帝国政府を無視して自由にやっていく方がよい、という考えが生まれて今に至るのだが」
「それで、状況がよろしくない理由は何?」
クリームヒルトの前置きが長い気がして、本題に入るべく質問を投げかけた。
うむ、と私の冷淡な発言に気に掛けた様子もなく彼女は頷いた。
「先ほど言ったな。デモが定期的に行われてると。―――それは似た経緯で占領された他の街でも行われているし、ここ最近は軍主導で弾圧されている。戦争反対のデモもな」
「渡された新聞にあったわね……」
彼女の返答に、先日読んだ帝国の新聞の内容を思い出した。
―――戦争に反対するデモ隊の人々は国家反逆罪を適用され、収容所送りか前線送りが日常化。
《ラインハルト自治推進委員会》の帝国属領となった地域の自治権を求めるデモも弾圧が過激化し、今では軍を使って鎮圧しているとか、なんとか。
「装甲車で銃撃するなんて可愛いものだ。ある街では戦車の主砲が撃ち込まれたというし、リンクスでデモ隊を蹂躙したともある」
クリームヒルトの話に思わず過激だな、なんて呟きが差し込まれた。
「非武装の市民相手にこれでも充分に外道。度し難いほどの蛮行だが―――五日前。この街ではそれ以上の事が起きた」
その言葉と共にノートパソコンのキーを叩く音がして、スクリーンに別ウインドウが表示された。
カメラの性能が良くないのか映像は荒いものの、横断幕やプラカードを手に道路を行進する市民が映っていて、向こうには警官らしい防弾ベスト等の防具を纏った警官がデモの進行を誘導している。
空の明るさから日中の撮影だ。
カメラに映る人々の様子からして、撮影者はデモ行進でも隊列の中でも最前列ではないようで中列から後列にかけて並んでいるようだった。
『帝国人は出ていけ!』
『自治を認めろ!』
『我々は自分達でやっていける!』
マイクも良くないのだろう、横断幕やプラカードと内容は同じで音割れしたデモ隊の声が流れている。
映像の片隅には―――確かに、五日前の午後というのを表示していた。
そのデモ行進が一五秒ほど進んだ時だった。
デモ隊の前列に上から何かが降ってきた。
それは本当に一瞬で、そこに居た人達を潰して石畳に当たり―――眩しい光が走った。
次に聞こえたのはノイズの酷い炸裂音。
そして次の瞬間にはデモ隊の人々が文字通り吹き飛ばされ、レンズにヒビでも入ったのか映像にもヒビが入る。
そしてカメラを持つ人物も前列の人々と同様―――空中へと高くきりもみ状態になりながら放り出されたようで短いサイクルで空と地面を交互に映す。
空には持ち上がった土くれと人が写り、地面には着弾と炸裂の衝撃波で周囲の建物ごと破壊し、クレーターを作っていく光景が映っていた。
ゆっくりとした時間は地面に近づくつれに加速し―――地面へと叩きつけられた瞬間に砂嵐となって暗転する。
この映像を見た人の反応はそれぞれだが、
「………」
「………」
沈黙だけが揃っていた。
何が起きたのかは、戦闘を職務とする人々とその関係者ならばおおよそ察しているだろう。
爆撃や砲撃の類だ。
「地対地ミサイル?」
「―――にしては規模が大きい。爆撃機からの大型誘導爆弾じゃないか?」
すぐにこの惨状をもたらした存在の可能性を、思い思いに上げていくが問題はそれだけではない。
「この映像は、そのクレーターの片隅で回収されたビデオカメラに、奇跡的に残っていた映像だ。見てわかったと思うが―――」
「警官まで巻き込んでいる」
クリームヒルトの言葉の続きをヴィルヘルムが答え、私達が知らない部分の補足を言う。
「軍を除く公的機関の公務員は帝国本土国民しかなれない。地方の帝国領民は試験さえ受けれないからな」
「そう。彼らの中には帝都から派遣された者もいる。普段なら彼らを引かせた上で装甲車が投入されるはずなんだが」
そもそもそれ自体が大問題なのだけれど。
「もっと言うなら、これだけの事をしておきながらどこも報じていないんだ。新聞もテレビも、なにも報じていない」
「情報統制……」
エアリスが呟く。
「うむ。さしずめ、貴族連中―――あるいは主戦派の工作だ。しかし……」
「しかし?」
「見せしめ目的で報じてきたにも関わらず、今さら報道規制するか?」
腕を組み、怪訝そうな表情でクリームヒルトは指摘する。
曰く、本土出身者ごと巻き込む砲撃はともかく、非武装のデモ隊を装甲車や戦車などの戦闘車両とリンクスを使って、実弾まで用いた鎮圧行為をしておきながら隠さず報じていたという―――もちろん、映像に一部合成し嘘の字幕と音声追加という加工込みだが。
それが、今回はないという。
「本土出身者を巻き込んだからじゃないの?」
「それもそうだが……。彼らの調査結果が出ないと、なんともと言ったところだが頭の片隅には入れておいて欲しい。それと、これも見てくれ」
そう言って次にスクリーンに映し出されたのは、そのクレーター全体を見渡せる場所から撮影しただろう画像だった。
クレーターの大きさは周囲の建物の様子からして直径二〇メートル付近といったところか。
そして、その底は深そうに見える。
地面に深くめり込んでから炸薬が炸裂したならそれぐらいはありそうでもあるが。
このクレーターが、件の映像の場所でもあるらしい。
似たような結果をもたらしたものは―――私達は皇国で見ている。
いつかの皇国防衛戦―――宣戦布告直後、帝国のタイニーフォートのレールガンから発射された砲弾がもたらした被害に似ていた。
あれとは、規模がまるで違うから、口径も弾速もあの超電磁砲よりは劣るという事の査証でもあるけど。
「まだ調査中の段階だが……。使われた砲弾が見当がつかない」
腕を組んで難しそうにクリームヒルトは言う。
せめてわかる事は、離れていたが故に無事だった委員会の人間が回収した砲弾の破片から直径三〇〇ミリクラスの飛翔体だという事と。
キリヤ要塞の主砲、九〇口径四六〇ミリ三連装砲ではないというのが確実だという事ぐらいだ。
とんでもない大砲があるものだ、と辟易しながら、
「移動要塞ことTFの主砲や巡航ミサイルじゃないの?」
あり得るだろう存在を私が尋ねる。
あれほどの破壊が可能なものなど、それぐらいだろうけど―――でなければ『見当がつかない』なんて事は言わないか。
それはともかくとして、私の推測にハンスがそれも考えたと口を開いた。
「TFの主砲は確かにそのクラスの砲を艤装しています。―――しかしこの辺りに配備されているものの射程は六〇キロもないし、その範囲にTFは展開していません。それにミサイルにしては推進器のノズルや推進剤タンクらしい破片や部品が見当たらないことから巡航ミサイルとは考え難い」
「じゃあ、超電磁砲はどう?」
火薬よりも初速を得られる手法などそれぐらいだ。
その一言に、クリームヒルトとハンスは目を丸くした。
まるでそれは考えていなかったとでも言いそうな表情でもある。
「それは盲点だったが、三〇〇ミリクラスの超電磁砲だと? 実戦投入された超電磁砲は試作段階で一門しかなく、君に壊された六〇〇ミリだけだ。それにあの砲はデータ収集用の代物でしかないのに―――すでに小口径化したと?」
「考えれるものを挙げただけよ。そっちの実用化状況なんて知らないし。HALはどう思う?」
『あなたの推測と同じく。グナイゼナウ少将の言った要素を解決するにはそれが一番の解決策かと』
「だって。―――それで、どう?」
私の雑な推測とHALの細かな根拠に一理あると感じたのか、クリームヒルトは腕を組んで何かと考え込む。
「ハンス、我が夫よ。このベッハに近いTFの中でドック入りした艦は?」
「ありません。極秘もないですね」
「TFの移動連絡は?」
「隠蔽レベルにもよりますが……。今日の朝までの動きは全て予定通りです」
夫妻らしい二人の知っている情報とその確認という手早い確認はすぐに終わった。
どうも、彼女達が知り得る情報からでは未知の存在らしい。
「未知のTFか、あるいは極秘の類のか。もしいるなら、厄介だな」
クリームヒルトは整ったその顔を嫌そうに、まずそうな表情で歪める。
当然ながら、情報の無い存在というのはどこも嫌がるもののようだ。
「とにかく、だ。―――未知の兵器による砲撃と、報道規制までされた武力による鎮圧と。以上の事から以前から練っていた作戦計画を前倒しするべきだとこちらから委員会へと具申する」
以前から練っていた計画。
その言葉に、まあ無計画な訳ないかと声に出さずに思うだけに留める。
委員会が武力行使で帝国の弾圧に反旗を翻し、その組織にエアリスが合流した以上は、東で留まり続ける必要はないでしょうし。
そう思う視線の先で―――クリームヒルトの意見に、ヴィルヘルムが口を開いく。
「―――ヘイズ河渡河、及びキリヤ要塞攻略作戦を、か」
その言葉にクリームヒルトは「ああ」と頷く。
それが、私達の次の仕事だった。




