各々の思惑はそこに④
『レーダーに反応! 数は六! 速いぞ!』
ノブユキからの警告に、シオンは左の操縦桿を押して―――《アルテミシア》は白い《フェンリル》からの斬撃を弾いて一気に上昇する。
双方ともに手加減した戦闘とはいえ、《アルテミシア》と並びかねない加速力を有する《フェンリル》のブースターの上昇力はそれほどでもないという、この交戦でなんとなくわかったが故の機動。
その僅かな隙を見て、シオンはその視線をレーダーマップに向ける。
西から光点が東へと移動しているが、レーダー更新間隔ごとに近づく光点の出現間隔は目を疑うほどに長い。
まるで―――長距離強襲用ブースターこと《オーバードブースター》を装備した《アルテミシア》のようだ。
そして、シオン達はそれを可能とする手品が何なのかを知っている。
『ジュピターワンよりエグザイル小隊各機へ。―――巡行速度から恐らく、緊急展開ブースターを装備した部隊です。さきほど聞いた《亡霊部隊》と思われます』
HALの分析にシオンは頷く。
到着前に―――二機は落とせるか。
そう判断して両手ライフルを脚部のハンガーユニットに懸架して、《カノープス》と《リゲル》を手に取る。
どちらも腕部補助腕が接続して手の平からでは足りない電力を供給し始める。
すぐにどちらも使用可能とモニターに表示された。
「了解。―――二人とも。正真正銘、ここからが本番よ」
そう呼びかけて、追いかけてきた《フェンリル》へ照準を合わせてからちょっとずらして《カノープス》を無造作に発砲する。
照準を外しているので当たらないが、それでも秒速三〇〇〇メートルを超える砲弾が通過する衝撃波は無視出来ない。
その衝撃波を受けて姿勢を崩した《フェンリル》は確かに高度も速度も落として、姿勢を正すことに注視する。
その合間に《アルテミシア》はその頭上を飛び抜け西へと向かう。
『六機の編隊を捕捉』
すぐに件の部隊を捉えた。
《アルテミシア》のレーダーでは追加ブースターの排除の為かその速度は落ちているようだ。
どれを狙うかを考えて―――一先ず数を減らすのがいいかとシオンは判断する。
適当に近い正面の機体に照準を合わせて、トリガ。
発砲炎とアーク光と、複合式からなる独特な砲音をその砲口から吐き出させて、徹甲弾が一秒と掛けずに一機を貫く。
次、というタイミングで、それらはブースターを散らばらせ始めた。
――――――――――――
それらは雑に表現するなら戦闘機の後部に巡航ミサイルやロケットの推進機を束ねたようなものを括り付けたようなものだった。
戦闘機は主翼である後進翼と尾翼と斜めになった垂直尾翼という、どことなく普遍的な構成をしているが機体本体はコンテナのように長く、戦闘機にあるようなコクピットのキャノピーはどこにも見えない。
後部のブースターユニットが散るように分解を始めて、接続されていた戦闘機と切り離された。
そしてその戦闘機も各所を爆砕ボルトで吹き飛ばし、内部に納められていた人型兵器を排出する。
その部隊は細部で装備が違う以外、同じ機種で構成されていた。
全体的なシルエットはマッシブで各部の装甲は曲線が多く、その多くが暗い紫で塗装されている。
胸部から腹部にかけて単体パーツなのか曲面装甲が張り付けられていて、肩部は縦にも前後にも長い。
腰部はスカート状の装甲等はなく、脚部は大腿部を下脚部から伸びる装甲がある程度保護している。
頭部は前後に長く、光学センサは細い線が左右対称に四本走っていた。
五機中、二機は銃身下に実体剣を装備したライフルと十字に似た形の盾を保持し、腰部には両刃型の実体剣を下げた基本的な構成。
三機はそれらに加え、ライフルの銃身下にアンダーバレルを装備。
背中に追加したユニットによってミサイルやロケットランチャー。大口径砲やガトリング砲等を積載していた。
その三機は機体各所のスラスターから推進剤を小刻みに吐き出して右へ旋回。
空港へ装備した火器を向けて―――そのコンテナから火を吐き出した。
――――――――――――
新手である緊急展開ブースターを排除したリンクス部隊の五機の内、三機が飛行場へ向けて何かを撃ち出したのをシオンは見た。
《ヒビキ》を介してシオンの思考を読んだ《アルテミシア》のシステムが自動的にその光景を拡大して、詳細を見せる。
飛来するものが何かを確かに表示していて、それが何をもたらすかをその姿が確かに語っていた。
そしてそれらの進む先は―――廃墟と化した飛行場だ。
「二人とも! ロケットとミサイルよ! 迎撃!」
通信に呼び掛けて返答を待たずに操縦桿を押し、《アルテミシア》は各所のブースターからプラズマを吐き出して加速する。
『《アルメリア》と交戦で手一杯だ。無茶を言うな』
デイビットの起伏のない返答。
彼の《シリエジオ》はさっきからずっと《アルメリア》なるリンクスと接近戦を繰り広げている。
その張り付き具合はレーダーで確認しているのでわからなくもない。
「この先もっと無茶ぶりがあるかもよ?」
『……勘弁願う』
そう軽口を叩き合って、両手の火器をライフルに持ち替える。
「《ヒビキ》! 両肩のマイクロミサイル!」
『了解』
シオンの指示で《アルテミシア》の両肩に装備された《フタヨ》の装甲カバーが開いて内部のマイクロミサイルを露出させ、火器管制がミサイルとロケット砲弾を捉える。
すぐに両方の操縦桿のトリガーを絞った。
ほぼ同時に三二発のミサイルが飛び出して、《アルテミシア》の速度が上乗せされたそれらは先に飛んでいたミサイルやロケットに着弾し、衝撃波によって対象を爆炎と破片に変える。
しかし、それだけでは全てを破壊しきれていない。
―――残りはライフルで落とすしかないか。
シオンはそう判断してフットペダルを踏む。
なだらかに降下しつつも時速一〇〇〇キロを超えればその機動は鋭く、すぐにロケット等の後方に追いついた。
『レグルス、迎撃します!』
イサークからの通信と共に左から二本の火線が空中を走った。
《ジラソーレ・セレーノ》の七〇ミリ口径のライフルと四〇ミリチェーンガンの砲撃だ。
ガトリング砲と比べて散発的でまばらな弾幕と言えど、その狙いは正確だ。
次々とその砲弾は飛翔体を射抜き、誘爆させていく。
その弾幕を、左へ回り込む軌道を取った《アルテミシア》の両手のライフルが僅かなれど濃くした。
一つ、また一つと黒煙を上げる花火へと変える。
そうしてすぐに飛翔体という飛翔体を撃ち落とした。
『……危ない……!』
一息つくような、イサークの安堵が通信に流れる。
飛行場には救出対象が隠れていて、滑走路は輸送機が着陸するのに必要だ。
それらに被害が出てしまえばこの作戦は振り出し所ではない以上、緊迫の瞬間だったのは確かだ。
しかし、作戦は続いているし、脅威は去っていない。
「まだよレグルス。ここから厳しいリンクス戦―――」
気を引き締めるべく、そう釘を刺した時だった。
コクピットに誰のものでもない砲声が飛び込んできた。
やや遅れて砲弾の飛翔音と、飛行場―――それも滑走路で爆炎が上がって。
当然、その景色に遅れてきた炸裂音が集音マイクを拾ってシオンの耳に届けられる。
それも―――複数。
「―――!」
最悪とも言える事態に、シオンは無言の驚愕を隠さないまま、操縦桿を引いてフットペダルを踏みつける。
《アルテミシア》はその場で旋回して、武装を切り換えてカノープスを手に取る。
まだ空中に居て、滑空砲だろうそれを撃ち続ける敵機に向けて発砲する。
炸薬では到達しえない初速をもって一〇五ミリの砲弾は撃ち出され、一秒という時間を経てずに敵リンクスの上半身に当たって、フレームごと引き裂く。
次、と標的を変えようとする間に、残った砲戦装備のリンクスは急降下を始める。
FCSはすぐに一機を捕捉し、レティクルを変化させて射撃可能を伝える。
引き金を絞って―――発砲。
放たれた砲弾は狙ったリンクスを先ほどの機体と同じような残骸へと変える。
もう一機、と照準を向けた所で最後の一機となったその機体は建物の影に隠れ、《アルテミシア》からの捕捉から逃れた。
それに構う事無く発射するも、砲弾は建物を貫通してその衝撃波で崩すだけだった。
見えたプラズマ光に外したと毒づきつつシオンは報告と状況を確認すべく通話ボタンを押し込む。
「砲戦仕様を二機撃破。一機は逃した。―――飛行場は?」
『こちらレグルス! 滑走路に穴が……!』
イサークの焦りにシオンは《アルテミシア》を振り返させて滑走路を拡大する。
―――滑走路を両断するかの如く中央付近にいくつもの穴が空いていた。
先ほどの砲撃で出来たばかりのクレーターは、どれも深くもないが浅くもない。
小型とはいえ輸送機で着陸するのは危険すぎる路面状況とも言えた。
「ポーターセブン。着陸中止して。滑走路をやられた。飛行場の施設は無事なのが救いね……」
あくまで淡々と事実だけを告げる。
その報告に、ノブユキと輸送機のパイロットが呻いた。
『マジか! クソッ。ここまで来たのに出番なしかよ!』
『慌てるなポーターセブン。状況は最悪だがな。予備のプランに切り換えるぞ』
予備のプラン―――簡潔に言えばリンクスで目標だけを回収し撤退するという実に簡潔なプランだ。
最初からそうすれば、というのもあるが流石にここまで彼女を護衛していた二人を置いていくというのも心が無いからこそ輸送機で。
ヘリでは圧倒的に距離が足りないのもあっての選択である。
それさえ叶わないが故の選択でもあった。
そんな混乱と切羽詰まった通信に、
『もしもーし?』
場違いで気の緩んだ女性の声が割り込んだ。
『こちら、あなた達に回収されるはずのお荷物。―――んっと……。一先ず、ゲペックって呼んで貰っていい? いいよね?』
実に緊張感がなく、そして聞き覚えのない人物の声にシオンは何者かと困惑するが、すぐに誰なのかを察した。
よくよく考えれば通信に割り込める人間はいるのだ。
それが彼女だったとしてもおかしい話ではない。
『―――ゲペック、でよろしいですか?』
その通信にレアが敬語で応答した。
『ええ。あなたは?』
『……「痛みを越えて」?』
『「海の向こうへ行こう!」。……と、いう事はあなたは……』
『こちら《アーベント大隊》所属。TACネーム、ナイトメアです』
『ナイトメア! ディットリヒ君から聞いてるわよ。あなたが来てたのね?』
『はい。彼女らの案内、援護役が必要で。―――噂は中佐から伺っております。ご無事のようで何よりです』
『それはもちろん! だって毎日ソロキャンよ? しかも護衛と監視抜き! この条件が嬉しくないわけないでしょ! これで美女が一人でもいれば完璧だったのに!』
『いや、あの、今追われる立場……』
『ほら、物事はポジティブに捉えないと、ってディットリヒ君も言ってたでしょ? でもあなたが来てくれたんだしそれでチャラね! 実際に会えるのが楽しみよ!』
「―――ナイトメア? この人が救助対象?」
作戦とは関係のない話が始まっていたので口を挟む。
『そうです。ディットリヒ中佐が以前に決めた合言葉が通じたので本人で違いありません』
『あら、冷たくていい声ね。……あなたが傭兵さん?』
「ええ、はじめまして。私はミグラント所属、ストレイドよ。以後お見知りおきを」
『はじめまして。ちゃんとした挨拶は後にさせて貰うわ。今はゲペックって呼んで頂戴』
「了解。一応尋ねるけど、護衛の二人は? 話ではいるはずだけど?」
簡潔な挨拶をして、街に隠れたリンクスを警戒しつつ疑問に思った事を尋ねる。
『ああ、ごめんなさい。二人とも無事よ。これからやる事の為に私が通信機を奪ったから通信出来ないだけで』
成程と思う度同時に、これからやる事の為に?
その一言にシオンは首を傾げる。
滑走路に深刻な被害が出た以上、着陸は不可能だ。
よって予備のプラン―――救助対象のゲペック一人だけを回収して離脱というプランに移行するのが基本だが―――なにか提案があるのだろうか。
『一つ確認するけど、輸送機は郵便社のよね?』
『はい? そうですが……』
唐突な質問にレアはなにか不思議そうに肯定した。
それはシオンも知っている。
すぐに用意が出来て足が速く、かつ滑走路が短くて済むからこその選択でもあるが。
訝しむシオンの事など露知らず、話は続く。
『ふむふむ。じゃあ、フルトン回収システムは装備されていると』
レアの肯定に彼女は満足そうにその事を強調した。
―――フルトン回収システム。
その名称にシオンは「……あ」と小さく声を漏らす。
帝国の辺境では郵便物回収システムとして民間で運用されている回収手段だ。
『ブリーフィングではそうですが……。ポーターセブン?』
『こちらポーターセブン。その設備は装備していますが……。まさか!』
話を振られて言葉にしたからか、シオンと同様に何かを察したらしい輸送機の機長は声を上げた。
その反応に対して、ゲペックは実に楽しそうに言う。
『お察しの通りよ。フルトン回収ならみんなで脱出が可能よ。……一番いい手段だと思わない?』




