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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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パーソナルマーク





「《高速展開ブースター》は《シリエジオ》に! ロケットブースターは《ジラソーレ》に追加だ!」


 やる事が決まればその準備は恐ろしいほど速く進んでいく。


 それが作戦開始まで時間がないとなれば尚更だ。


「《アルテミシア》、《フロイライン》に換装完了です!」


「はいよ! 武器と弾薬のチェックを忘れるなよ! 今回からフロイラインは改修型だからな! それと武装も違うからな!」


 そんな忙しく働く整備士達の道間声が響く《ウォースパイト》格納庫にて。


「これでどうだ?」


 身体補助用外骨格ことスケルトンを身に着けた水色の髪の痩せぎすの少年―――デイビットが()()を指し示しながら尋ねた。


 その先には白に僅かな青紫の差し色が走った尖鋭的でやや歪なシルエットを有する人型兵器。


 下脚部に履かせるように追加されたブースターユニットと腰部にも後ろへと伸びるブースターユニット。


 前に突き出た肩部装甲と地面へそ先端を向けたバインダーが、人のそれから外れたシルエットを更に異形の姿へと変貌させている。


 《フロイライン》と呼ばれる装備群を身に纏った《アルテミシア》―――その左肩部装甲の平坦な一面。


 そこに一枚のエンブレムが追加されていた。


 満月を背景に祈るように手を組んだつばが広い三角帽子を被った女性が、そこに描かれていた。


 《シリエジオ》と《ジラソーレ》も《アルテミシア》と同じ左肩部装甲にそれぞれ違うエンブレムが描かれている。


《シリエジオ》には、桜の花弁一枚に巻き付く紐が切れた蛇の操り人形。


《ジラソーレ》には、太陽を模した円に翼を広げた黒い鳥。


 ―――せっかく一人ひとり違う機体に乗っているのだからとパーソナルマークでも追加しないか、という提案がHALとデイビットと整備班の一部から上がり、許可した結果である。


「私のは、イメージしていたのとはちがうのですが……」


 自身の乗機―――《ジラソーレ》の左肩に描かれたエンブレムを見て、イサークが所感を呟いた。


 エンブレムを描くにあたって描く担当であるデイビットはともかく、私とイサークにはどんなエンブレムがいいかを聞かれている。


 私は全投げだったけど、イサークは違ったらしい。


「リクエスト通りだと出自が相手に感づかれると思うからアレンジを加えると言っただろう」


 曰く、連想ゲームだという。


 《ジラソーレ》は異世界語―――名付け親であるHAL曰くイタリア語(※らしい。私はわからない)でひまわりの事で、それは太陽のように咲く事と、イサークの出身であるアルスキー王国の国章にもそれが含まれている故のアレンジで。


 それでは絵面が少々寂しいとデイビットは思ったらしく―――太陽と縁のある動物として鴉を描いたという。


「鴉が、太陽と縁のある動物?」


「HAL曰くそうらしい。―――あくまで、HALがいた世界で伝わるいくつかの伝承だそうだが」


 不吉や凶兆の代名詞ではなく、神様の使いであり、太陽に棲むとも太陽を取り戻してくるともいう黒い鳥の伝承。


 なるほど、連想ゲームだ。


「そう考えれば、縁起のいいエンブレムと思えないか?」


「……そうであるなら、いいんですけどね」


 デイビットの得意げな説明にイサークは納得したような、していないような反応をする。


 異世界の伝承などこの世界では知ったことではないし、周知されている訳でもない。


 不吉だと見られるのが関の山でしょう。


 でも、彼のリクエストに合うように、縁のある意味が付け足されたなら。


 受け入れるに値したのでしょう。


「これは、これでいいかな」


 そのエンブレムを受け入れる言葉が彼の口から出た。


 良かった良かった、と思いながらも視線は《シリエジオ》の左肩へ向ける。


「じゃあ、《シリエジオ》は?」


「《シリエジオ》は桜を意味するのだろう? それと、俺のTACネームである《プリスキン》は蛇を意味すると。―――あとは、俺の経歴だ」


 デイビットの経歴―――ということは。


「……《スクラーヴェ》、だったかしら」


 聞いた話とその名称を口に出す。


 《ヴックヴェルフェン》という使い捨て同然の機体に乗せる、遺伝子操作や薬物投与で急成長させたクローン。


 その一人―――その中でも自意識に目覚め、生存意欲を見せた個体が彼。


「そうだ。―――俺は《ヴックヴェルフェン》という使い捨てリンクスに乗せられるクローンだった。それから偶然()()()、逃げ出してここに居る。―――そんな経歴を絵にしてみた」


 命令され何も考えず戦うだけの誰かのコピーなどという存在は―――確かにまるで操り人形のようだ。


 そこから逃げ出したことを、繰り紐を切られたと表現するなら―――確かにそんなエンブレムになるのでしょう。


 ふむふむなるほど、と頷いて最後は。


「私のは……《白魔女》の異名そのままね」


 《アルテミシア》の左肩に描かれたエンブレムを見て、肩を竦めて感想を言う。


 《白魔女》―――帝国で称される私と乗機である《アルテミシア》の異名だ。


 レア少佐が言うには、オーバードブースターを装備して飛翔する《アルテミシア》の姿が箒に乗って飛ぶ魔女に見えたからだそうだが。


 そんな私の評価に、デイビットは事も無げに答える。


「その異名もそうだが、色々と要素は足したぞ。HALと話し合いながらだが」


 魔女はあからさまなので省略するとして月は―――《アルテミシア》という名前からの連想ゲームだという。


 《アルテミシア》はキク科ヨモギ目の植物に付く学名で、その由来はある神話の女神の名前であり、月の女神という。


 そして祈る姿は《アルテミシア》の前身たる《XFK39/N53》の機体名 《プライング》が由来だ。


 なるほど、デイビットの言う通り連想ゲーム。


 魔女等と呼ばれ畏怖されるならエンブレムにして、その畏怖を増幅してしまえ、と。


「悪くないセンスね」


「いいセンスだ、と言ってもいいぞ」


「……いいセンスね」


「締めが『だ』だったら完璧だった」


 一体何を求めているのかしら。


 そんな予定調和な茶番劇をデイビットと繰り広げていると、


『エグザイル小隊、リンクスへの搭乗を願います』


 HALのアナウンスが入った。


 《ウォースパイト》が作戦開始地点に近づいた合図でもある。


「それじゃ、搭乗開始」


 その合図と共に、二人は自身の乗機へと向かっていく。


 当然、私もだ。


 《アルテミシア》のハンガーへと向かって胴体に登り、前に倒れた頭部の左をすり抜けせり上がっているバケットシートに座る。


 右の操縦桿に刺すように置いていた《linksシステム》の脳波読み込み装置であるブルーライトカット用のバイザーが付いたヘッドセットを頭に装着する。


 シートベルトを着けつつ、正面にあるコンソールであるタッチパネル式のモニターに触れる。


 それが合図のようにモニターに光が灯って―――《那由他OS》と《XLK39P》の文字が現れて、いくつかの数値とアイコンが表示されて、


『メインシステム、スリープモードより再起動しました。メンテナンスモードで待機』


 機械的で事務的な女性の合成音声が流れる。


「さあ仕事よ《ヒビキ》。今日もよろしくね」


 《アルテミシア》に搭載された電脳に向けてそう言って、シート左下に隠すように配置されたレバーを引いてシートをコクピットの中へと降ろす。


 湾曲した大中小様々なモニターが隙間なく敷き詰められた狭苦しいコクピットを見つつ私は口を開く。


「―――コクピットハッチ閉鎖」


 私のその言葉に、頭上のハッチが後ろからスライドして格納庫の天井を見えなくする。


 その次には頭部が降りて来て後ろにスライドし、定位置で固定されて。


『コクピットハッチ閉鎖しました。《チャンバー式慣性制御システム》起動。フェーズ粒子、正常に整流開始。メインモニター起動します』


 G軽減システムが起動して、灰色一色だったモニターが格納庫の景色を映し出しコクピットの中を明るくする。


『《XLK39P アルテミシア》正常に起動しました』


「《アルテミシア》起動したわ」


 外部スピーカーのボタンを押しつつ話して整備員達へ連絡する。


 了承する声と共に正面に武装用ハンガーがやって来て、《アルテミシア》の前で停止した。


 銃身下に片刃式の銃剣が取り付けられた見た目は同じながら口径が違う、八五ミリのライフルと七〇ミリのアサルトライフルを下脚部の懸架ユニットへ装着。


 逆手持ち式銃身下に加熱式ブレードを組み込んだ七〇ミリ口径のマシンガン、《リゲル》を左手に。


 そして両刃の大剣に似たシルエットを有する、下半身の長さよりも僅かに短い砲身を有する一〇五ミリ磁気火薬複合式電磁加速砲 《カノープス》を右手で保持した。


 それらとライフル二丁の予備弾倉がコンソールに反映されたのを見つつ、他の武装を再度確認する。


 右背部の多目的バインダー《ヤタ》のコンテナ内部には今回から九七ミリ多目的砲ユニットを装備。


 装填した弾種は多目的榴弾。


 左背部の《ヤタ》には分散式ミサイルを計一二発を積んでいる。


 両肩の多目的武装コンテナの《フタヨ》にはマイクロミサイルを合計三二発積載。


 そして脚部追加ブースターユニットとテールブーストバインダーで構成される《ハイウインド機動戦闘システム》には対ミサイル欺瞞兵器である燃焼光源(フレア)が追加されていた。


 勿論、合計六四発分が装填済み。


「こちらストレイド。《アルテミシア・フロイライン》装備の確認を完了。出撃まで待機します」


 通信でそう報告して、シートに体重を預ける。


 あとは開始時刻までここで待つだけ。


 今回は移動距離が長い為、《アルテミシア》はフロイライン装備で出撃し、《ジラソーレ》はこの前の模擬戦で使った装備構成である《セレーノ》にロケットブースターを追加。


 《シリエジオ》は《スケルツォ》という名称に決まった装備群に追加する形で背部に主翼を含む使い捨てブースターユニットを追加している。


 そして離陸時の推進剤の消費を抑える為、全機レールカタパルトでの射出である。


 そこから現地周辺まで移動し、輸送機の着陸の障害となるリンクスや対空兵器の撃破。


 その時々の状況に応じて対応することとなる。


 詳細が現地まで接近しないと得られないのは少々歯がゆいが―――そればかりは仕方ない。


 まだ現地の情報を得られる距離まで友軍の早期警戒管制機《AWACS》が到達していないのである。


 ただ、案内役がいない訳ではないのが唯一の救いか。


『こちら《アーベント01》。《ナイトメア》。通信テストだ。―――エグザイル小隊、聞こえているか』


 通信に意外でもない案内人の声が入ってきた。


 《アーベント大隊》のレア・リーゼンフェルト少佐だ。


 今回のエアリスなる人物の救出作戦はアーベント大隊と共同することになっている。


 アーベント大隊一行は《ラインハルト自治推進委員会》所属となっているものの、三連国での一件で帝国軍から離反―――反逆者として追われる立場となったので堂々と作戦に参加できるとか。


 ―――と言っても本来は《シベリウス》で部隊を集結する予定を変更しての参加なのでリンクス四機しか参戦出来ないのだが。


「こちらエグザイル1。ストレイド。感度良好。問題無さそうよ」


 ともかく通信の接続、品質テストに答える。


『エグザイル2。プリスキン。同じく』


『こちらエグザイル3。レグルス。良好です』


『感度良好。―――こちらは全員ではないが、今日はよろしく頼む』


 ここ二週間見ていたレアの臆病風に吹かれたビビりな態度とは程遠い、はきはきした口調がその結果を示した。


 よく戦場で相対したレア少佐のよく聞いた声音。


 聞いていた、されど疑わしかった話がこれで証明された。


 乗り物に乗れば人が変わる人間というのは居ると聞くけれどここまでの豹変は中々ないのではないかしら?


 そんな所感はさておき。


「ええ。支援と敵兵器とか敵部隊とかの情報、よろしくね」


『勿論だとも。―――本当ならデータを渡す筈だったが……。面倒を掛けるな』


 社交辞令の如く、ブリーフィングで決められた事を確認し合う。


 本来―――レアの言う通り委員会の依頼を受けた《ミグラント》には帝国で運用されている兵器、試作兵器や各部隊のデータが提供されるはずだった。


 しかしそれは《シベリウス》についてからという話で、それよりも先に戦闘するとは考えていなかったからこその事態だ。


 敵部隊や兵器の情報があるのとないのでは出来る事や心構えが変わってくる、ということでその生き字引兼戦力としてレアと彼女が率いるリンクス一個小隊が今回の作戦に同行する事になったのだが。


「正確な情報がすぐ入るだけマシよ。皇国と三連国じゃ帝国のリンクスの詳細な情報なんてないもの」


『それでもあなたは確かな戦果を上げている。やはり、味方で頼もしいかぎりだ』


「褒めたって報酬はきっちり頂くわよ?」


『苦労代分、報酬を弾むよう進言しておく』


 憎まれ口のつもりだったけど、軽く流されてしまった。


 レアは相応に、急な事態に巻き込んだことに思うところがあるのかしら。


 そんな会話が一段落した所で、


『射出ポイントに到達しました。エグザイル小隊、カタパルトへの移動をお願いします』


 ノワからの出撃を促す通信が割って入ってきた。


 実際、機体が僅かに揺れて―――《ウォースパイト》がカらタパルト発進地点に停泊したようだった。


 どうやら時間らしい。


「それでは少佐。また後でお話しましょう」


『ああ。―――最適の健闘を』


 そう言って、こちらの発進を邪魔しない為にかレアからの通信が切れる。


『レグルス。カタパルトへ移動します』


 その通信と共にイサークが乗る《ジラソーレ セレーノ装備》が歩いてエレベーターでカタパルトデッキへと向かっていくのが見えた。


 続いて、デイビットの《シリエジオ スケルツォ装備》がハンガーから離れる。


 私はまだ動かない。


 今回は二人が《アルテミシア》よりも先ににカタパルト発進するからだ。


 立場的に私が一番最初に発信するべきなのでしょうけど、悲しいことに《シリエジオ》と《ジラソーレ》の最高速はフロイライン装備の《アルテミシア》よりも遅い。


 速度を落とせばいいのでしょうけど―――追加したブースター類で推進剤を節約できる二機と違って《アルテミシア》にはそれが無い。


 推進剤がギリギリになるほど積んでいない訳でもないけれど、飛行時間という移動時間を少し減らす為の措置だ。


 《ジラソーレ》がエレベーターで上がって行くのを見届けて、《シリエジオ》がエレベーターの前で待機する。

 

 ―――今出れば《ジラソーレ》がエレベーターに乗る頃にはその後ろで待機出来る頃合いね。


「それじゃ行くわよ《ヒビキ》」


 そう判断して、私は操縦桿を押して《アルテミシア》をハンガーから一歩出た。




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