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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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模擬戦②




 一戸建て住宅やマンション―――に似せたハリボテが立ち並ぶ演習場の道路を尖鋭的な装甲を淡い黄色で染め上げたリンクス―――《ジラソーレ》がブースターの轟音と共に駆け抜ける。


 その大小様々なモニターで覆われた狭苦しいコクピットの中で、くすんだ赤髪の少年―――イサークはモニター越しに建物より僅かに高い程度の低空を飛ぶ小さな人影を睨み続ける。


()()、再度捕捉しました。一〇時方向』


 訓練最終日、その締めとも言える模擬戦の最中。


 《シリエジオ》が先手を取り続ける息を突く暇のない苛烈な一撃離脱戦法を凌ぎ切り、僅かな隙から距離を取り、つかず離れずのを同航戦を繰り広げて。


 ―――三度目となる接触を若い女性の機械的な声がイサークの耳に入った。


 装備が増えていき、操作が煩雑になるのを見越して《ジラソーレ》に追加された独立型戦闘支援ユニットの《カシマ》だ。


 《アルテミシア》に搭載されている電脳、《ヒビキ》を参考に製作された対話式補助AIで、敵機の索敵や照準警報。


 武装の選択やリロードを始めとする、いくつかの動作を肩代わりできる程度のものだが。


『照準警報。十時です』


 照準用レーザーの検知とその警報を耳にするのと、それにやや遅れて視認した瞬きにイサークはフットペダルを踏んで操縦桿を引く。


 その物理的信号入力と操縦システムたる《linksシステム》で読み込まれた思考が一瞬ですり合わせられ、《ジラソーレ》は一瞬で前進から後退へと切り替わる。


 《XLK39》の各所に搭載された大推力ブースターによる瞬間的加速―――クイックブーストと称される回避機動だ。


 極端なまでの移動方向の変更で、飛んで来た()()()()()は《ジラソーレ》の前で毒々しいピンクの花を咲かせる。


 イサークは再度前に加速させて、今度はブーストと共に跳躍。

 

 低空を飛ぶ敵機―――淡い桜色の、いくつかの装甲が外された同型機、《シリエジオ》を正面に捉えて左手の盾を掲げつつ右手のアサルトライフルを構える。


 すぐに火器管制(FCS)が《シリエジオ》を捉えて射撃可能を電子音とレティクルの変化を以って教える。


 トリガ。


 その方向から砲弾が飛び出し、リンクス用の主兵装らしい重低音を響かせる。


 《シリエジオ》は前進方向に急加速して《ジラソーレ》からのペイント弾を振り切るように回避。


 すぐに降下して市街地を分けるように走る道路へと着地して、地上を滑走する。


 ロックオンシーカーが《シリエジオ》を捉えようとして、しかし建物に重なった途端にロックオンシーカーが外れる。


 リンクスよりも高い建物が少ないとはいえ相手との位置、距離次第では射線を切る遮蔽物とするなら充分であるという証明だ。


 イサークは素直に撃つのを止めて、フットペダルを踏む。


 《ジラソーレ》は上昇して―――すぐに道路をジグザクに移動する《シリエジオ》を捕捉。


 発砲すると同時に、《シリエジオ》もまた跳躍して空へと逃げ、すかさず右へとクイックブーストで移動する。


『照準警報』


 警報を聞いて―――《ジラソーレ》は盾を左へクイックブースト。


 すぐにライフルで応射するも、その砲弾は《シリエジオ》の後ろの空間を通り過ぎて行く。


 それを合図に前進のブースターから推進剤をまき散らす、相手の射線を振り切る左右前後ろと繰り返す急制動と急加速の応酬。


 しかし二機の距離は確実に近づいていく。


 ロックオンシーカーとそのレティクルの横、《シリエジオ》との距離を示す数字がついに三〇〇メートルを切った。


 《XLK39》の加速能力ならば近接格闘を仕掛けられる距離で。


 《シリエジオ》の距離だ。


『照準警報』


 《カシマ》の警告。


 フットペダルを踏んでクイックブーストで急制動。


 そのまま進めば《ジラソーレ》がいただろう空間を火線が走っていく。


 一瞬だけ動きを止めるその制動の最中で再びの警報が鳴り響く。


 それに釣られて《シリエジオ》を見るのと、その左手が保持する銃身の短い散弾砲が向けられるのが同時。


 《ジラソーレ》は左手の湾曲した盾―――多目的防盾 《ミナヅキ》を正面に構え、背部のサブアームで懸架した盾と大型実体剣の機能を有する《サミダレ》でミナヅキでカバー出来ない範囲を覆いつつ左へクイックブーストする。


 マズルフラッシュ。


 放たれたペイント弾は白と藍の二色で塗装された盾を毒々しいピンクで汚す。


『接近警報』


 再三の警告を聞き流しつつ、盾にしたサミダレを後ろに回して眼前に迫った《シリエジオ》の姿を見る。


 接近している間に右手の武器が片刃の実体剣(もちろん刃の入っていない訓練用)に変わっていて、振りかぶった所だった。


 対する《ジラソーレ》もライフルを右大腿部へと懸架して反対側に取り付けている片刃の実体剣の柄を握る。


 ―――抜刀。


 ほぼ同時に振られた実体剣の軌道がぶつかり合い、拮抗する。


 外装式装甲の張り付け具合が違う以外、互いに同じフレームを有する機体同士の膂力と推力が同じであるが故だ。


 大半の他機種ならば結果は違ったろうが。


『今の抜刀、見事。―――間に合うんだな』


 コクピットにデイビットの淡々とした声が入ってきた。


 集音マイクが拾った外部スピーカーからの音声だ。


 その称賛にイサークは通話ボタンを押して言い返す。


「間に合いますよ、これぐらい」


『簡単に切られても困るが。ここからは本気モードといこう』


 彼の返答にデイビットはそう返して―――《シリエジオ》の頭部のバイザーが降りてきて結合し、多数の光学センサのレンズを明滅させる。


 近距離高速戦闘用装甲バイザー―――《サカイ》の起動だ。


 左腕を振り上げ、振り下ろす。


 持っているのは―――剣状に形を整えたメイス。


 盾では間に合わない―――。


 イサークはそう判断してフットペダルを踏み込んで後ろへとクイックブースト。


 単に下がるだけの機動はやや遅れて―――手にしていたブレードに当たり、そのマニピュレーターから叩き落とされる。


 そして《シリエジオ》は追撃すべく接近のクイックブーストを敢行する。


「っ……!」


 間髪もない攻めに脂汗を浮かべつつ、イサークは左の操縦桿を押し込む。


 その操作に《ジラソーレ》は忠実に従って―――マニピュレーター側に稼動したミナヅキを正面に構える。


 ()()()が作動して《シリエジオ》を捉え、盾上部のカバーが開く。


 そうして現れた直径二〇ミリ近い穴から火が噴いた。


 突然の射撃だが―――《シリエジオ》はすぐに回避機動を取ってその火線から逸れる。


 サミダレに内蔵されたミサイル等を物理的に破壊する為の自衛火器で、リンクスの装甲など貫けないが―――迎撃用故に照準用光学センサを組み込んでいる以上は相手の警報装置を作動させることは出来る。


 二〇ミリ口径でも各種センサ系に損傷を与えるぐらいは出来るので牽制にもなる。


 弾は勿論のことペイント弾なので光学センサを汚す程度の能力しかないが、それを損傷と想定するのならこの回避は当然でもある。


 それでも相手の接近を阻害出来て―――武器を手にする時間を得た。


「《カシマ》! サミダレの装甲を排除! チェーンガンを用意!」


 AIに指示を出しつつ右の操縦桿を引く。


 《ジラソーレ》は右背部のサブアームに接続していたサミダレを手に取り―――《カシマ》の操作によって盾を担う装甲が排除された。


 大剣とも長剣とも取れる両刃式の実体剣となったそれを構えて、再三の斬撃を今度はブースターも噴かして機体ごと弾く。


 相手が姿勢を崩しつつも離れたのを見て、すでに脇下から展開した左背のチェーンガンの銃撃を浴びせる。


 《シリエジオ》はそのままクイックブーストを連発して火線を振り切り続ける。


 クイックブースト後の慣性と、制動のタイミングを狙って―――九七ミリ速射砲が火を噴いた。


 僅かな飛翔時間を経て―――着弾。


 九七ミリの粉末塗料の訓練弾は爆発を演じるように青い煙をまき散らす。


 撃破判定の通信は―――ない。


 その煙の中から飛び出すように桜色の機体が左へと飛び出した。


『敵機健在』


 《カシマ》の言う通り、《シリエジオ》は稼働状態を維持していた。


 その後腰部に接続された武装懸架ユニット―――《オサキ》の左端のユニットから一枚の青く汚れた、折り畳まれたスタビライザーが外され重力に引かれて地面へと落ちていく。


 さしずめ(事実そうだろう)オサキのスタビライザー懸架ユニットだけを下から前へと反転させ、展開して盾として使ったのだろう。


 外したのは盾として使用不可と判定され、ただの重量物をぶらさげ続けるよりも外して軽量化を図ったからだ。


「簡単にはやられてくれないですか……!」


 イサークは無事な《シリエジオ》の姿を見て呟いて、


『照準警報です』


 すぐさま聞こえてきた照準警報を耳にしてフットペダルを踏んだ。

 

 



 ――――――――――――





「避けて貰わなければテストにもならないから、それでいいが」


 尖鋭的な装甲を淡い桜色で染め上げたリンクス―――《シリエジオ》の狭いコクピットの中でデイビットは呟く。


 彼はいつも通り、華奢というよりもやせ細った体つきの彼の動きを補助するべくスケルトンと呼ばれる外骨格を身に着けているが―――普段と違うはその頭。


 フルフェイスのヘルメットを被っていて、その表情を伺い知ることはできそうにない。


 このヘルメットは彼の弱い心肺機能を補う酸素マスクと《シリエジオ》の頭部に追加された近距離高速戦闘用装甲バイザー《サカイ》を運用する為に追加されたヘッドマウントディスプレイを組み合わせたものだ。


 機動力と近距離戦闘を重視した《シリエジオ》ではその交戦距離の近さと機体の速さが仇となって相手がモニターから簡単に外れがちな上に、火器管制(FCS)までもが外れやすくなっている。


 それを解消するべく、高速でも敵機の補足し続けれるようにと追加されたのが《サカイ》だ。


 《サカイ》が未起動の時は目元のモニター部分が上げられた状態で待機し起動すればそれが自動で下がって来てその画面に機体各部の光学センサの統合映像が映し出され、パイロットには死角のない全方位視界を得ることが出来るという優れモノだ。


 ―――《XLK39》のコクピットに使う予定の全天周式モニターが満足のいくものもなっていないことから来る苦肉の策でもあるのだが。


 傍から見れば、酸素の薄い高空を飛ぶ航空機に搭乗するパイロットかのように重装備なそれを纏ったデイビットは左へ顔を向けつつ《シリエジオ》の左手の武器を散弾砲に切り換える。


 相手は非装甲部の多さと名称は違えど《シリエジオ》と同じ機種―――つまり速度は同等。


 七〇ミリ手程度の()で攻撃するよりも散弾という()で捉えるのが良策、と考えての選択だ。


 右手のアサルトカービンの照準と射撃を囮に適時撃ち込む。


 相手―――イサークが操る《ジラソーレ》は当然のように右へ左への急加速でその弾幕から逃げつつ、右手のライフルや左のチェーンガンで応射してくる。


 一度右へクイックブーストして相手の射線を外れ、もう一度フットペダルを踏み込む。


 相手の右側―――盾の無い側へ大きく周って再び照準を合わせる。


 ロックオンカーソルが敵機(ジラソーレ)を捕捉して、右のアサルトカービンを発砲する。


 相手(ジラソーレ)は左へ急加速して、続く短連射を急上昇して回避する。


 そして反撃するべく右手のライフルが持ち上がった。


 コクピットに警報が鳴る。


 《シリエジオ》は右へクイックブーストを行い《ジラソーレ》からの射撃を回避する。


 続く攻撃を―――左前方へのクイックブーストで火線を潜るように避ける。


 その慣性で移動しつつカービンの短連射を繰り返して、散弾砲を撃つ。


 そのどれもが大きく避けられるが―――それは想定の内。


 デイビットは右の操縦桿のトリガーを絞った。


 アサルトカービンをセミオートで撃つ。


 散弾の回避後を狙った、避けにくい一撃。


 放たれた七〇ミリの砲弾は―――《ジラソーレ》の構えた盾に防がれ、そのピンク色でその装甲面を汚す。


「盾があるのは強いな」


 称賛するかのような口調でデイビットは言う。


 イサークが盾を使うだろうのは想定の内だ。


 《シリエジオ》も《ジラソーレ》も、部位ごとの装甲の有無に違いがある以外は《アルテミシア》とほぼ同一の機体で機動力を重視した思想である。


 それでもイサークが盾を使うのは―――近接格闘における有用性と彼の意向と適性からに過ぎないとはいえ、


「俺では剣技で勝てる目は少ない」


 格闘戦でも盾による剣筋の受け止めや逸らし、殴打を有効にするのがイサークの防盾術だ。


 そしてデイビットが口にした通り、剣技もデイビットを上回る腕を持っている。


 装備が防御的で、かつ射撃戦を重視しているように見えてその実、持ち前の優れた剣術が一番の攻め手という辛口な相手なのだ。


 シオンのように機体の速度で相手を振り回しつつ手持ちの火器で射撃戦を敢行すれば勝てるだろうが、


「―――踏み込まねば、経験にも成長にならないな」


 彼女(シオン)のようにどうあがいても機体の操縦にタイムラグが発生する訳でもない。


 リンクスで行うブレードを用いた戦闘は必要不可欠で―――その研鑚は必要だ。


 フットペダルを踏んで、操縦桿を押す。


 メインブースターがプラズマ化した推進剤を吐き出して《シリエジオ》を前へ急加速―――高速巡行へと移行させる。


 けたたましく鳴り響く照準警報と共に左右へのクイックブーストを織り混ぜ、彼我の距離をもう一度縮める。


 右手のカービンを九七ミリ多目的砲に持ち替え、その砲口を《ジラソーレ》に向ける。


 装填された砲弾は榴弾―――という設定の煙幕弾(スモーク)


 信管作動距離は二〇〇と設定。


 FCSが一瞬で計算し、対象を捕捉(ロックオン)


 発砲。


 リンクスが使用する砲弾としては遅い部類の速度でそれは《ジラソーレ》へと向かって飛翔し、設定された距離で炸裂する。


 広がる煙幕が榴弾の爆発の想定で―――一瞬でその範囲外に移動できる《ジラソーレ》にとってその対処は造作もない。


 あっさりと左へのクイックブーストで離れた所を、左の散弾砲で追い打ちを仕掛ける。


 これも散布界の広い弾種で、ブースターの莫大な推力で回避機動を行う《アルテミシア》を含む《XLK39》系列機には効果的だ。


 放たれたその攻撃を《ジラソーレ》は急制動と反対方向への急加速でそれを避けきる。


 動きが鈍ったその隙に接近しつつも《シリエジオ》は右手の武器をまた切り換える。


 多目的砲を《オサキ》に戻して、後腰部ブーストポッドの懸架ユニットに取り付けた巨大なチェーンソーを手に取る。


 折り畳まれた長い柄を展開し、そのリーチを延長する。


 そうしてマニピュレーターで握られたのは大槍に似た近接武装―――《クサビマル》だ。


 それを片手で構え、再びの散弾砲で牽制。


 前にクイックブーストして急接近して大上段で振り下ろす。


 対する《ジラソーレ》は左背のサブアームに懸架したサミダレでその一撃を逸らす。


 大振りしたその隙を狙ってミナヅキを突き出す。


 その殴打を―――複眼化された頭部で見ていた《シリエジオ》は後方への急加速でそれを避けて、


「―――!」


 続く、()()の一閃をクサビマルでその峰に当てて逸らす。


 今のやりとりで武器を切り換えたらしい。


 手際がいい、とデイビットは呟いて散弾砲を《オサキ》に懸架する。


 今度はクサビマルを両手で持ち、ブースターを焚くと同時に左から右へ横薙ぎに振るう。


 ブースターの大推力とフレームの膂力を合わせた一撃は、盾を構えた同型機であっても弾くには充分な威力を持った一撃だ。


 弾かれた《ジラソーレ》はブースターを小刻みに噴かしてその衝撃を堪える。


 そのまま相手は後退しながら着地し、停止。


 使用不可の判定でも下されたのか、盾を捨てて《シリエジオ》に合わせるかのように大剣を両手で握ってブーストすると同時に跳躍。


 《シリエジオ》もそれに応えるようにクイックブーストして―――今度は大上段で振り落とす。


 その斬撃は―――《ジラソーレ》が繰り出した横薙ぎで弾かれ、その軌道を大きく逸らされる。


 返す一刀でその攻勢は変えられた。


 《ジラソーレ》が繰り出す一撃、二撃、三撃をデイビットは後退しつつクサビマルで受け止め続ける。


 続く四撃目を前に出て鍔競合いの形で止めた。


 今度はこちらが相手を弾いて―――とデイビットが考えた途端、まるで思考を読んだかのように《ジラソーレ》は大剣を持つ腕を少しだけ引いた。


 そのまま少し捻って、大剣の鍔をクサビマルの柄に引っ掛けて、引っ張る。


 そんな小技一つで《シリエジオ》は手にしていたクサビマルを捥ぎ取られてしまった。


「―――!」


 一瞬の小技にデイビットは無言で驚く。


 今までの模擬戦の中で鍔迫り合いが無かった訳では無いが―――鍔を用いた剣の剥ぎ取りは初めてだ。


 ともかく、次の動作に入った《ジラソーレ》の対処に動く。


 下がってブレードもメイスも取る時間はあっても、次の攻撃を防ぐ時間はない。


 腕以外で動くものは、と考えて()()を稼働させる。


 後腰部右端のオサキに装着したスタビライザーを下回りで展開。


 その先端を大剣にぶつけてその軌跡を一瞬だけ止めて、下がりきる時間を稼ぐ。


 後退しつつ、ブレードと散弾砲を引き抜き前に転進。


 一度斬りかかって―――その一撃はいとも簡単に受け止められる。


 すぐにブレードを引いて、散弾砲を向ける。


 FCSの補足を待つまでもない接射。


 トリガ。


 同時に黄色の人影はプラズマ光を発して正面から消える。


 そうとしか言えない急加速を《シリエジオ》の頭部に追加された《サカイ》の複眼式光学センサは確かに捉え、デイビットに見せている。


 ―――右上。


 警報と共にその方向へ振り向いて、相手の動きを視認する。


 《ジラソーレ》は大剣を振りかぶっておらず、左肩を前にして突貫してきていた。


 その回避は―――間に合わない。


 斜め上からのタックルの直撃を受けた《シリエジオ》は姿勢を大きく崩して地面へと落ちだす。


 いくら《チャンバー式慣性制御システム》が何よりも優れたG軽減システムと言えど緩和しきれない衝撃がデイビットを襲い、その視界を大きく歪ませる。


 それでも賢明に姿勢を制御して―――ハリボテの建築物を派手に破壊し、地面を大きく削りながらも着地する。


「―――っ!」


 接近警報―――それも右前方。


 そのアラートに釣られて向けた視線の先には《ジラソーレ》が居て、大剣を大きく振りかぶっていた。


 辛うじて手放さなかった右手のブレードを振り上げて、その上段からの斬撃をブーストと共に辛うじて受け止める。


 ―――ただ、片腕だけではブースターの推力を上乗せされた《ジラソーレ》の重量は抑えきれないのだ。


 散弾砲で、と思って左の操縦桿を押して、視界の片隅に表記された『左腕:散弾砲ロスト』の文字を見つける。


 どうやら、先ほどのタックルで手放してしまったらしい。


 銃火器は残りの銃火器は右側のハンガーユニットに懸架していて、左のハンガーユニットには近接武器しか吊るしていない。


 それを手に取った所で、相手は後ろへ回避するだろう。


 ―――ならば、とデイビットは操縦桿を引く。


 《シリエジオ》はデイビットの思考をそのまま反映して、左手で相手の腕を掴み、引くように腰を落とす。


 そのまま体重を後ろに向けて、背中から倒れた。


 押すのではなく引くという動作に呆気を取られた《ジラソーレ》は為されるがままに引っ張られ、突き上げられた右膝で蹴り上げられる。


 それだけで《ジラソーレ》は前転するように投げられ、背中から地面に激突する。


 ―――ぶっつけ本番でも、なんとかなるものだ。


 上―――逆さまになった視界の中、デイビットをそう独り言ちる。


 今の機動は―――HALが所有する映像作品に出て来た格闘技で、たった今それを咄嗟に出したのだった。


 しかし、思ったよりも《ジラソーレ》は吹っ飛ばされていないのは予想外でもあった。


 ―――直感的にブースターを切って過剰に飛ばされるのを防いだか。


 訓練中に何度も制御不能になって吹っ飛んだ経験が生きてい査証かとイサークの確かな対応にデイビットは冷静に分析して。


 ―――ともかく、この状況は絶好のチャンスだ。


 感心を終えてすぐに右の操縦桿のアナログスティックを操作し、武装を選択する。


 《シリエジオ》は仰向けのままブレードを手放し、九七ミリ多目的砲を引き抜いて敵機に向けた。


 《ジラソーレ》は上半身を捻って、右背の九七ミリ砲を《シリエジオ》に向けて。


 FCSが相手を捕捉する電子音と、照準用レーザーの検知を告げる警報が鳴り響いて。


 双方の砲口から火が噴くのは―――ほぼ同時だった。







 ――――――――――――――――――






『はい、状況終了』


 白い煙幕によってモニターが白色化した《ジラソーレ》のコクピットの中でシオンの模擬戦の終了を告げる宣言が流れた。


『いい戦闘だったわ。―――引き分け。相打ちよ』


 次の一言でイサークは長く息を吐きながらシートにもたれる。


 今日こそはと思ったが、どうやら勝てなかったらしい。


 しかし、悔しさというものは感じていない。


 今日の模擬戦は―――とにかく長かった。


 発見から交戦までは短いが、その後が長かった。


 リンクス同士の戦闘はパイロットの実力が拮抗すれば五分程度で終わるとされる。


 しかし、一撃離脱の交錯と同じ方向へ進みながら距離を一定に保っての射撃戦と終盤の近接戦と射撃戦の織り交ぜという流れは。


『双方の接触から八分五八秒……。今までの模擬戦と比べると今回は長引いたわね』


 シオンの言う通り、交戦時間として長引く結果となった。


 それが示すものは、


『レグルスが腕を上げたのもあるが―――大剣や盾と言った相性のいい武器があったからだろうな』


 デイビットが自身の所感を述べる。


 大剣とカテゴライズされているものの細さ的には長剣ともいえるサミダレの事だ。


『射撃戦は回避も上々で、ガードが堅い。その上、格闘戦までこなすと来た。これは基本構成の方向が決まったな』


「プリスキンこそ。武器の切り替えがずっと早くなりましたし、太刀筋も鋭くなっています。それに、序盤の近距離で行われる小回りな機動は相手にしていて苦しかったですよ」


 褒めて来るデイビットに倣って、模擬戦の全体と序盤の攻めの所感を言う。


 何度、撃破されたと思ったか。


『はい二人とも。デブリーフィングは機体の洗浄の後にしなさい』


 和気あいあいとした、互いの健闘を讃え始めた二人にシオンが割り込んで止めに入った。


 普段通りの冷たく素っ気ない対応だ。


 しかし、シオンが窘めたようにこの話はデブリーフィングでやるようなものでもある。


 二人は続きは後だと、了解とはきはきと答えると、


『元気がいいわね。それじゃあ―――今から五分間、頑張って逃げ惑いなさい』


 シオンは二人の様子に水を差すが如く、何か悪戯でも思いついたかのように言う。


 そして次だと言わんばかりに―――レーダーに《UNKNOWN》と表記された光点が現れた。


 つまりは。


『この魔女め……!』


 デイビットがそう悪態をついて、《シリエジオ》のブースターが吠えて立ち上がる。


 模擬戦で時々行われる―――シオンの操る《アルテミシア》の乱入だ。


 実戦を想定して消耗し疲れきった状態でもある程度戦えるように、という思惑の下で行われるのだが、それは今回もだったらしい。


「鬼ですね……!」


 彼に続くように、イサークも《ジラソーレ》を起すべくフットペダルを踏みつける。


 立ち上がりながら残った武装を確認して―――、


『―――冗談よ。最後まで気を抜かない為の練習よ』


 聞こえて来た愉快そうな声と共にレーダーに映る光点に《ドローン》という表記が追加されたことに毒気を抜かれた。


 それが嘘だったことに再び肩の力を抜いて、質の悪い悪戯に抗議するべく口を開いた。


 ―――本当に、質の悪い。


「……勘弁してくださいよ」


『質が悪いぞ……』


 二人の気を抜きつつの抗議にシオンはくすくすと笑う。


『それじゃあ二人とも。早く帰投しなさいな』


 その指示に二人は了解と力なく答えた。


 




 

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