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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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休みはそこで②




 おやつ時の紅葉で彩られた山道の散策は、存外悪いものではなかった。


 ―――もっとも、その風景に感嘆していたのはフィオナだ。


 彼女がこの世界に来る前、暮らしていたという森やその地域では木の葉が鮮やかな色に変化するなど聞く事はあれど自身の目で見た事は無かったという。


 そして、この国に来ても見たのはテレビ越しで、生で見たのは今日が初めてとなる。


 黒い球体と呼ばれ、実際は異世界と繋がった穴である《ノーシアフォール》を初めとする災害じみた現象に巻き込まれたとしても、そこまで悪い境遇じゃないとフィオナは複雑そうに言うけれど。


 私は―――紅葉を見ても思う事は何一つない。


 HAL曰く、私の出身の国はどうも皇国のように自然豊かなで四季の移り変わりで風景をころころと変える国のようだけれど、その記憶相変わらず。


 無いような、靄がかかっているような、ノイズが走るような。


 ふと思い出そうとして、そんな感覚にしかならないのを繰り返すだけ。


 せめて、フィオナが見た景色だからと少し無理して色眼鏡(サンバイザー)をずらして、景色の原色を見はしたけれど。


 それでも―――感動を覚えることは無かったけど。




 そんな散策を終えて午後六時には旅館に戻り、贅沢な夕食を頂いてしばらく。


「夕飯美味しかったね」


 空はすっかりと暗くなり、電灯が太陽と月の代わりに街を照らす時間帯。


 数字として表記するならば七時半ごろか。


 帽子もサンバイザーも外して外に出れる、私にとってはこの上なく気楽な時間帯。


 嵐の最中とも言える人混みの中。


 テルミドールも連れて、その流れに身を任せるが如く収穫祭の主会場たる広場に向かう道すがら、フィオナが先ほど食べた夕食の事を話題にした。


 普段の食事ならば主食以外におかず、副菜、汁物程度なのだが、これに四品以上追加されるフルコース料理は私達にはほぼ無縁で経験のないものだ。


「ええ。多種多様、薄すぎず、されど濃すぎずの絶妙な味付けばかりで楽しめたわね」


 記憶に新しい料理の味を思い返しながら頷く。


 その多くは淡泊なものの、調味料よりも素材の味が強いものばかりだ。


「あれらは素材の味ね。―――華やかな飾り付けといい厨房の人達、いい腕の人達よ」


「お、ライバル視?」


「いいえ。学ぶ機会があれば、学びたいぐらいよ」


 そんな機会は訪れないでしょうけど。


 そう話しながらも足は人の流れに沿うように動く。


 ―――夜の温泉街は賑やかだ。


 アスファルトで舗装された自動車が通るはずの道路は封鎖されていて、代わりというように歩行者が思い思いの方向へ歩く。


 道端をいくつもの屋台が所狭しと並んで何らかの食べ物や飲み物を売り、遊戯場を広げている。


 夕食は先ほど頂いたので食べ物は要らないけれど。


「―――あ」


 フィオナが何かを見つけたのか声を漏らした。


「どうしたの?」


 そう尋ねて、彼女の視線を追い掛けてそれを見つける。


 その店舗は飲み屋かその類でしょう。


 店の前に当然の如く出店が構えられていて、座敷が広がっていた。


 そして座敷の奥には高さの違う卓が二つ並び、その上には空の瓶がいくつも並んでいる。


 そしてまだ二桁にも届かないんだろう少年が地面に張られたテープから小さな弓を構え、矢を放っていた。


 飛んで行く矢―――何も刺さらないでしょう先端が丸くなったそれは瓶に当たることなく卓の奥の木板に当たって乾いた音を打ち鳴らす。


 二つ三つと外して、残りの二本も外せば店主から渡された矢は全てとなる。


「くっそー!」


 少年はどこか楽し気に負け惜しみを言い放つ。


 出店の脇に避けていた店主は転がった矢を慣れた手付きで拾い集めると大きく声を上げた。


「さあさあ、五本五〇リン! 一本当てれば好きな飲み物一つだよ!」


 なるほど、瓶に矢を当てれば何か飲み物が一つ貰えるようね。


 弓、か。


 ―――彼女(フィオナ)が目を惹くのも無理はない。


 この世界に来る以前は弓を持って狩猟採集生活していたと聞いているし、弓クラブに顔を出しては撃っていたし。


 やりたくなるものなのでしょう。

 

「やっていい?」


「いいわよ」


 五〇リンで適当な飲み物二つは格安だ。


 私の了解にフィオナはどこか嬉しそうに財布から五〇リン硬貨を抜き出して出店の店主に差し出す。


「店主?」


「へい!」


「一回やるわ」

 

 受け取った玩具のような弓矢を手に彼女は位置につく。


 具合を確かめるように弦を引っ張って、矢を指で回して―――実に不満そうな顔を見せる。


 それでもまず一本と矢をつがえ、適当に狙いをつけて放つ。


 緩やかな曲線を描いて飛んだ矢は狙っただろう瓶に当たる事はなく、その手前の卓上に当たって跳ねた。


 見ていただろう観衆から「ああ」とか「惜しい」という声が上がるが、彼女は空かさず矢をつがえ放つ。


 次の一射は驚くほど正確に瓶に当たって、それを弾き飛ばした。


 それだけでは彼女の手は止まらない。


 第二射、第三射、四、五。


 並んだ瓶を素早く次々と弾き飛ばすのに時間は掛からない。


「おお!」


 周囲の野次馬も声を漏らし、歓声と拍手を彼女に送る。


 フィオナ本人はもう充分そうだけど、初手一発目が外れたのは気分が悪いのかどこか消化不良な顔だ。


 もう一セットぐらいやれば気が済むでしょう。


「親父。彼女にもう五本追加して」


 そう言って硬貨一枚を彼に放り渡す。


 料金を渡された以上、店主は応えざるを得ない。


 少し引き攣った表情で彼はフィオナにもう五本の矢を渡す。


 結果はもう明白でしょう。


 フィオナの技量ならば、玩具じみた弓でも全弾命中は容易いという事だ。


「ねーちゃん手加減してくれよ!」


「せっかくだもの。当てれるだけ当てたいじゃない」


 店主の呻きに彼女は意地悪そうな笑みと共に答える。


 気分は上々。


「それで飲み物は―――」


「酒はダメよ。葡萄酒一杯でぐでぐでに酔うほどに弱いんだし」


 注文を言う前に釘を刺す。


 彼女の酒癖はあまりよろしくない。


 お酒一杯で顔は赤くなりやや呂律がおかしくなるぐらい―――と言えばその弱さは察してくれるでしょうか。


 あるいは本人は真っ直ぐ歩けると言っておきながらゆっくりと直線から逸れていくと言えばよいか。


 ともかく、これから天灯を見るのに酔っ払った彼女を介護しつつは勘弁願いたいものね。


 その苦言にフィオナはバツの悪そうな顔を浮かべる。


 自覚はあるのだ。


「わかってるって。レモネード二つ」


「九本じゃないのかい?」


「そんなに飲みきれないわよ」


 それもそうだと店主は頷いて、酒の代わりという選択のレモネードが入った瓶二本をフィオナに手渡す。


「流石の腕前ね」


「ちょっと弓が悪かったわね。もう少ししっかりしたものなら全部当ててるのに」


 出店から離れ、天灯を上げるという会場へ向かいつつ。


 フィオナは先ほどの所感を述べた。


 弓に関して素人な私でもわかる、簡素で粗雑な弓だ。


 あれで当てる方が一苦労でしょう。


 まあ、指摘する事があるとすれば、これはお祭りだ。


「これは縁日よ? 本格的なものじゃなくて当然よ」


「あはは。わかってる。―――どうぞ」


 差し出された瓶を受け取り、封を捩じって開けて中身のレモンで風味付けされた甘い炭酸飲料を飲む。


 レモンの風味と控えめな甘さと、炭酸のきつくもなく弱くもない刺激。


 普段飲まないものな上に市販品だけれど、いざ飲むとどうしてか美味しいものだ。


「時間潰しにはなったかな?」


 腕に巻いた時計を見ながらフィオナは言う。


 時間は―――四五分。


 天灯が上がり始めるまで十五分程度。


 確かに、いい時間潰しにはなった。


「急がないと。いい場所がなくなりそう」


 時間的にはもう少しで始まるからでしょう。


 そして会場の方向へ歩く人も増えだしている。


 それらを察してか、フィオナはどこか焦った様子で言う。


「そうね。もう場所は取られたかもしれないけど」


「そんな事言わない!」


 彼女はそう言って、私の機械仕掛けの手を取って引っ張った。





 ―――と、言っても充分に間に合ったのだけれど。




「良かったら願い事でも書きますか?」


 近辺の店舗とテントの電灯以外の明かりは照らされていない、天灯を上げる主会場についてすぐ。


 その手提げ鞄程度の大きさの紙袋―――天灯の用意をしている所を見ているとそう声を掛けられた。


 振り返ると実行委員会の人でしょうか、法被を着た三十代の男性が天灯を持っている。


「私達今日来たばかりの観光客だけど、書いていいものなの?」


 私が口を開くよりも早くフィオナが尋ねた。


 準備もなにもしていない、ここに来ただけの余所者がそういう事をして良いものなのか、という問いに彼は普段ならそうだと答えた。


「短かったとはいえ、戦争があったからね」


 戦争による各破壊活動からの復興作業や経済の悪化で観光客も人手も減り、作れた天灯は例年より少なく、そして。


「―――願い事を書く人も用意しただけの数よりもずっとずっと少ないんだ。だから今年は例外的に観光で来た人にもお願いしよう、という事になったんだ」


 そう言って彼は人差し指で自分の斜め後ろを指差す。


 そこには屋根だけのテントがあって、その場所で私達と同じ観光客らしい人達が天灯に何かを書いている。


 その向こうには火をまだつけられていない天灯の数々。


 なんとか数は用意したけど願い事は書かれていないということを証明するかのようにそこに置かれていた。


「なるほど。―――なにか書いたら?」


 彼の説明とその光景を目にして私はフィオナにそう促す。


 彼女はやや迷って、


「じゃあ、一つだけ」


 せっかくだからと言って天灯と筆を受け取り、すらすらと何かを綴りだす。


「シオンは?」


「生憎、天灯に綴って願う事はないの」


 私はどうか、という質問に肩を竦めて答える。


 無い訳ではないけれど。


 ―――個人的な願いというのはある意味で叶っているから。


 その内容は良しきも悪しきも言葉にする必要はあるまい。


 無いとはぐらかしたことにフィオナは口を尖らせる。


「えー、書こうよー」


「個人的な願いを天運に任せるのは好きではない、と言うべきだったかしら? 自分で動いて、細やかに叶えたいもの」


「それは……わからなくはないわね」


 辛うじての説明に、彼女は理解を示した。


 誤魔化しに近い回答ではあるけど、話題を切り換える間には出来た。


「それで、なんて綴ったの?」


 なんとなくの話題転換。


 されどフィオナは含みのある妖艶な笑みを見せる。


「内緒♪」


「そう」


 まあ答えてはくれないでしょうね、と納得するとフィオナは不満そうにごねる。


「もう少し気にしてよ!」


「秘密にしたいなら、しつこく聞く必要はないでしょう」


「そうして欲しかったんだけど」


 どっちなんですか。


 彼女の不満げな態度に困りながら、小さく溜息を吐いて。




 ―――突然に。


 辺り一帯は黒く塗りつぶされた。


 私の目に映る景色も、あっさりと暗転する。


 会場の明かりはおろか近辺の店舗。


 果てには街の電飾や看板、街灯まで。


 光を放つもの全てが周囲を照らすのを止めた。


 闇に呑まれたかのようなその空間の中央に一つ、灯火があった。


 白い提灯の内側に灯された朱が温かな光を放って、天に堕ちるように漂い、舞い上がり始める。


 それが合図かのように一つ、また一つと火が灯され登っていく。


 それはまるで、降雪の逆再生でもあるかのように数えきれない程の提灯が天へと。




 ―――いい旅をプレゼントされたものね。


 夜の闇を数多の灯がゆらゆらと揺れる幻想的な空間の中、ここに来た経緯を思い返す。


 わかってて、ここの旅館のチケットを渡したのでしょう。


 戦場に居続ける事を望み、強いられた状況に対して少しでも償うかのように。


 この国の人間が、この温泉街の催しを知らないなんて事はないでしょうから。




「―――あなたと一緒にいる時間が夢となって消えないようにって、願ったの」


 数多の灯火が闇夜を星のように煌めく、その最中。


 私の隣で明かりが灯されると、


「……?」


 それが先ほどの質問の答えだという事に気付くのに少し時間が掛かった。


 フィオナが天灯に綴った願い事はそれらしい。


「なかなか素敵な言い回しだと思うけど……。あなたと一緒にいるのは現実よ?」


「そう、だけどさ。―――あなたは、いつも危ない場所に行くでしょ?」


 その言葉の意味は―――語ることは不要でしょう。


 戦場に立つ以上、間違いなく死の気配は近づいてくる。


 その瞬間は自分自身がどれだけ身構えていようとも、呆気なく訪れるでしょう。


「だから、そうなってしまわないようにって、ね?」


 暗く弱々しい、されど温かな光で淡く照らされる最中。


 彼女はそう言って、私の顔を覗き込み柔らかな笑顔を見せた。


 ―――その笑顔はずるいと思うし、


「……いつも誓ってることじゃない」


 よく言っている事だと指摘すると、フィオナはううんと首を横に振る。


「そうだけどさ。……私に、一人の時間を過ごさせて欲しくないから」


 そう言って彼女はするりと私の後ろに回って、その両手で抱き寄せてそのまま、


「―――危ない事を率先していくのは、見ていて怖いよ」


 私の後頭部に顔を埋めて、小さく言った。


 ―――少し意識をすれば、小さく震えているようだった。


 寒いからではないのはわかる。


 ―――これから私達は、ヴィルヘルムの依頼でラインハルト自治促進委員会と共に戦う事になる。


 それはつまり、北方三連国のサイヨウでの戦闘載ような大規模な戦闘に駆り出される可能性があると言う事で。


 あの防衛戦で物量に押し潰されかけたのを―――フィオナは思い出し、そこでの私の取った行動を恐れたのでしよう。


 天秤の傾きが違えば―――私は死んでいた可能性だってあるのだから。


 それが今後何度も続くとなれば不安を覚えないなんて事はないでしょう。


 彼女を安心させるには―――掛ける言葉は、あまりないけれど。


 後ろから私を抱き締めるフィオナの手に自分の義手を重ねて、


「厳しいかもしれないけど、善処するわ。―――あなたを一人にする訳にはいかないもの」


 これまでそうしてきたように、これからも。


「―――だって私は、あなたの伴侶なのだから」


 彼女の確認に、私は言い聞かせるように呟いた。



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