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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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休みはそこで①




 意外にも―――《ミグラント》の経営陣というかトップというか。


 そんなお飾りの立ち位置の私とフィオナでも、二日間の休みというものが獲得出来た。


 ある意味予定外なのだけれど、ヴィルヘルムの皇国観光の日程が二日間になったから、というなんて事のない理由による運のいい話でもあった。


 まあ、人員の確保や各生活物資、リンクスや早期警戒機運用に必要な機材や追加装備の搬入等々、必要な仕事も前日までに終わらせてからの話で。


 仕事が終わっているのならば、待望の休日となるのだから。


 ―――本当の所は休みのない状態のような私達に『息抜きついでに羽を伸ばしてこい』という隠れたメッセージなのでしょうけど。





 ポロト皇国(この国)の秋は短い―――と聞くし、一年程度暮らしていれば理解出来る程度にそれは事実である、というのは理解している。


 しかし、天気と気温というものは気まぐれそのもので、短い雨季の中にも確かな晴れ間はある。


 それが二日続くと予報で言われるのは皇国の観測上、稀な事らしい。


 そんな稀な事が、今日と明日だという話だ。


 ホノカが手配した送迎のやや古びた外見の大衆車が去るのを見届けて、


「いい天気ね。まさに行楽日和」


「いい天気。―――ええ、そうね。太陽が憎たらしい程には、いい天気ね」


 隣に立つフィオナの言葉に、日光に弱い私はそう同意する。


 彼女の視線の先には―――梢を赤や黄色に染まった木の葉で彩った樹木が占める山林と、湯気を上げる水路と整然と立ち並ぶ旅館の数々。


 皇国―――湖よりも西。


 《天層山脈》へと至るなだらかな山谷地帯に黒くてふさふさな毛を有する子犬―――テルミドールを連れて、私とフィオナは来ていた。


 ここに来た理由は先ほども語った通りに休息だが、せっかくでもあった。


 二日間の休みだというのに、《ウォースパイト》の艦内という職場で過ごすのもいささか休日感に欠ける。


 それを不憫に思ったらしいゲンイチロウよりこの山谷の温泉街―――セイコク市ヨウユ町のヨウユ温泉街、一泊二日の温泉旅館のペアチケットを渡され、ここに至ったのである。


 どうしてそんなものを彼が持っていたかについては本人曰く、『視聴しているラジオ番組のプレゼント企画になんとなくで応募したら当ててしまったのだ』とのこと。


 三人家族となった自分達には無用の長物だが、使わないのも勿体ない―――との事で譲ってくれたのである。


 ―――これは余談だけれど、デイビットとノワにも同様のチケットが用意されていた。


 しかし、二人は別で行きたい場所があるといって断っているので―――結局ここに来たのは私達だけとなる。


 フィオナは黒のノースリーブのシャツにオフショルダーの赤いチェック柄のコートドレス。


 その下はホットパンツにタイツにブーツを履いている。


 私は相変わらずブラウスと黒のパンツにブーツ。


 黒いロングコートにつばの広い三角帽子と顔を覆うサンバイザーのセットだけれど。


「―――日中はその恰好じゃないと出れないのが残念でならないわね」


 私の同意にフィオナは肩を竦める。


 後天的な白皮症―――メラニン色素の欠乏で日光に弱い以上、私の外出着は天気がどうであれ物々しくなるのは仕方ないのをわかっているものの、彼女にとっては私の顔を無ながら出歩けないのは不満点でしかない。


 ―――夜ならば、問題はないけれど。


「―――まず、どうしよっか?」


 移動するべくスーツケースのハンドルを伸ばしたフィオナの質問に私は軽く思案して、口を開く。


「まずは旅館に行って、部屋の確認してから荷物を預けて商店街巡りでもしましょうか」


 歩き回るならば、身軽な方がいいでしょう。


 そう言ってコートのポケットから地図を取り出した。






「お嬢さんたち、いい時期に来たねぇ」


 旅館に荷物を預けてから。


 宿泊する旅館の通りを山に向かって進んで、一つ目の交差点。


 人通り多く、賑やかで飾り付けられた商店街の適当に立ち寄った小さな売店―――お土産屋らしい小物やお菓子が入った箱が並ぶ小奇麗な店内にて。


 店の主らしい齢七〇は超えているだろう、白い髭をたっぷりと蓄えた翁がそう話しかけて来た。


「いい時期?」


「そうとも。今夜、天灯を上げるんだよ」


 フィオナの反応に翁は外見年齢とは似合憑かないはきはきした口調でその内容を続けた。


 翁曰く、この地域で有名な収穫祭の目玉らしい。


 口には出さないが―――道理で賑やかな訳ね、なんて思う。


 細い木や竹ひごで作った籠に紙を張り付けた簡単なランタンに願いを書き、蝋燭を熱源に熱気球の要領空に飛ばすという。


 その話に、記憶が刺激された。


 確か、


「去年、ニュースでやっていたわね」


 そう、去年テレビで朝の報道番組で報じていた。


 ―――なんか、いい話ではない事項が含まれていた気がするけど。


 その話題の地はここだったらしい。


「ここのは規模の大きさから有名なんだが……。知らないで来たのかい?」


 私とフィオナの初めて知るという反応に翁は不思議そうな顔を浮かべた。


 時期が時期なのでそれを見る目的で来たのだろうと思っていたらしい。


「私達、元々移民で……。ここが温泉地だとしか知らなくて」


 フィオナが曖昧に答える。


 まあ、ここにある旅館のチケットがたまたま手に入ったからというよりは当たり障りないだろう。


「ああ、どうりでこの国らしくない人達だと……」


 彼女の返答に翁はそう得心すると、壁に飾られたいくつもの額縁を指差した。


 額縁には写真が入っており、その多くが色褪せていて年季を感じさせる。


 そしてそれらの多くは夜空に数多の天灯が浮かぶ風景が映っていた。


 あとは屋台とか、町の祭事とかの写真でもある。


 聞くに、秋の収穫祭の締めに行われるものらしい。


 どうりで人が多く賑わっている訳だ。


「……いい風景ね」


 それらを見たらしいフィオナが素直に言う。


 確かにいい風景。


 写真で見るよりもこの目で見た方がよりいいでしょう。


「そうだろう? 写真で見るより、自分の目で見るべきだとワシは思うよ」


「その天灯を飛ばすのは何時から?」


「午後の八時だ」


 翁の勧めにフィオナは「へぇ」と相槌を入れつつ私に身を寄せる。


「旅館の夕食は六時半だったわよね?」


 その問いに私は旅館の従業員に言われた事を思い返す。


 確かにその時間だ。


 好きなタイミングで夕食を頂けないのはそういう文化だから仕方ないかもしれないが。


「ええ。その前に戻って来て欲しいと言っていたわね」


「食後に見に行かない?」


 話の流れからして当然の問い。


 まあ、せっかくの誘いだ。


「……偶然とはいえ、見に行かない理由はないわね」


「遠回しに言わない」


 私の肯定にフィオナは窘めるような物言いをした。


 でもその言葉とは裏腹に嬉しそうだ。


 なら決定ね、と言って店の翁に向き直す。


「おじいさんオススメの場所はあるかしら?」


「それなら会場が一番だな。天灯は街中央の広場からしか上げないし、天灯に囲まれるならそこしかあるまいて。会場の外から見たいならない訳でないが……。お嬢さんたちは初めてだしのう」


 本人の言動的には穴場はあるようだが、かと言って会場で見る光景も捨てがたいらしい。


 なら、会場がいいか。


「じゃあ、会場で天灯は上がって行くのを見ましょうか。場所は―――」


 そう言ってコートのポケットから温泉街のパンフレットを出して、会場はどこかと知ろうとして、


「おいおい、お嬢さん。それ収穫祭用のではなくて平時のパンフレットではないか」


 パンフレットを見た翁がツッコミを入れて来た。


 確かに、私が持つパンフレットには今夜行われる収穫祭について記載されていない。


 旅館で手短に選んだものでしかないので違っていても変ではないけど。


 まあ、町の地図など簡単に変わるものでもないと翁は私が持つパンフレットの地図にレ点を入れた。


 どうやらそこが会場らしい。


 そして屋台も出ているし持っていけとレジ台の下から折り畳まれた収穫祭用のパンフレットを私に手渡してきた。


 さっきこのパンフレットに書いたじゃない、と思いつつもそれを受け取って、

 

「ありがとう、おじいさん」


 その親切に礼を述べるが、さも当然かのように彼は手を横に振る。


「いいさいいさ。ここで商いしている人間の、義務のようなものさ」


「……なら、余計にここで何か買わないとね」


 それこそがこの店主の行いへの対価となるのだから。


 そう言ってフィオナを連れて私は店の棚に並ぶ商品を一つ一つ見ていく。


 お土産は―――ホノカとゲンイチロウには当然としてサイカと、HALとデイビットとノワ達向けでいいでしょう。


 イサークにも渡そうか。


 これがいい、あれが良さそうとフィオナと相談した結果。


 ホノカとゲンイチロウとサイカにはガラス細工の万年筆。


 どこかコレクターじみた面を見せるHALには小さくも精巧な木彫りの鳥の置物を。


 デイビットには少々無骨で大きめなペン立てを。


 ノワには写真が入れれそうな額縁を。


 イサークには柄に彫刻が施されたペーパーナイフを。


「毎度あり。ちゃんと天灯を見ていけな」


「ええ。天灯のお話ありがとう」


 それらの会計と礼を述べて、私達はその店を出る。


 悪くない買い物をしたと何気なく言ってすぐ。


 フィオナが、


「ねえ、シオン」


 何かを思い出したかのような顔で私の名前を呼んだ。


「なにかしら?」


「店をはしごしつつ、山の紅葉を見た帰りにお土産買おう、っていう予定じゃなかったっけ?」


 その一言に、私は「あ」と小さく声を漏らす。


 確かに、そのつもりだった。


 しかし、現実は今お土産を購入したのである。


「……予定は未定で、決定ではないのよ」


「あなたも忘れてたのね……」


 しれっとは誤魔化せなかった。


 ええ、そうね。


 土産屋の翁との会話で忘れましたとも。


「流石に、この荷物持って散策はちょっととは思うわよ?」


 確かに、フィオナの言う事は最も。


 買ったお土産の中のほとんどは割れ物注意だ。


 そんなものを持ってあっちこっち歩くのは少々リスキーでしょう。


 一度、旅館に戻る方が良いでしょう。


 なんとまあ、効率というか手際の悪いこと。


 私が蒔いた種ではあるけれど。


「……一度、戻りましょうか」


 そう言って私達は来た道を戻る事にしました。




 

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