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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一二章]The torch shines on the frontlines
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 何故、レア・リーゼンフェルトは私をチハヤユウキと見破れた―――もとい、そう推測出来たのか。


 それは私がこの地方の人間ではないという要素もそうだが、いくつかの要点がシオンとチハヤとで重なったからだそうだ。


 本人としてはいつぞやの戦争における皇国の降伏条件の一つであった(チハヤ)の引き渡しという条件はあくまで上層部がでっち上げた嘘だと思っていた―――私の乗機である《アルテミシア》とその戦闘を見るまでは。


 実戦経験の少ないながらよく訓練された軍隊にしては戦い慣れた、防御的な戦闘をする皇国のリンクスとは違う好戦的で思い切りのいい戦闘機動。


 リンクスの火器としては口径の大きい右手のライフルと、普遍的な口径のアサルトライフルの二丁持ち。


 近接格闘戦は不得手で、避けがち。


 かつ、状況と作戦によっては装備を変える柔軟さ。


 戦闘機動のほとんどはブースターによる高速移動で、四肢の動きは機械的。


 コクピット―――パイロットの命を狙う容赦のない戦闘。


 これらは帝国で記録され、知れ渡っている(チハヤ)とその乗機であった《プライング》が繰り広げた戦闘と重なる部分が多い。


 それらと、レアが見た皇国を含む極東地域の食事作法と、その地域で使われる食器に対して(シオン)が見せた西側諸国に似た食前の祈りと、食器等の道具を扱う不自然なほど慣れた手付き。


 そして彼女が以前読んだという、もの好きな研究者によるリンクス研究の論文にあった、『男性が長期間リンクスに乗り続けた場合の後遺症』の症状の一つ―――メラニン色素の生成異常による後天的で部分的な白皮症の発現と、(シオン)の特長の一致。


 それを踏まえてオルレアン連合からの脱走は真実としても、死亡は偽装されたものと仮定し、情報を精査した結果―――レアは(シオン)が異世界人、チハヤユウキであると結論付けたのだった。


 本人としては私の正体を暴いて弱みを云々という後ろ暗い思惑の下では無くて、推理小説のように違和感の感じる部分を推測していった結果、その結論に至っただけに過ぎない―――というのがなんとも締まらない所でもある。


 今の私はオルレアン連合からの逃走の際の負傷や《linksシステム》の過剰な負荷により記憶のほとんどを欠落させてしまっている事と、リンクスでの戦闘は記憶ではなく身体が憶えているからこそ出来ているということと。


 私の正体を言い広めた場合は契約を即刻破棄する旨と、私の今後や皇国の外交的にも色々と大変な事になるという話をHALと共に説明し、偶然知ってしまったヴィルヘルムとアデーレも口を揃えて黙って貰う事になったけど。


「まさか、私の正体が見破られるとはね」


「―――少しは危機感を持って欲しいわよ、シオン」


 ヴィルヘルムへの報告と、夕食を終えて。


 《ウォースパイト》の艦橋で残務処理という名の各書類に目を通しつつ、レアに私の正体を言い当てられた事をフィオナに報告すると、終始驚きっぱなしだった彼女は深呼吸の後に呆れという感想を口にした。


「素っ気ない口ぶりもそうだけど、『今日はスーパーの特売日で卵を買いに行かなきゃ』みたいな世間話の空気で言う話題じゃないわよ」


『フィオナの言う通りです。シオン』


 フィオナの苦言に、HAL―――四角柱のポッドに四輪のメカナムホイールを装備したセントリーロボットから男の合成音声が流れて同意する。


『彼らにとって私達が必要戦力になる以上、その情報の悪用は信用問題なるのでやらないと思われますが。それは今後も誰かがあなたの正体に勘づく事を意味します。戦い方はさておき、今後の立ち振る舞いは意識しなければいけませんよ』


(チハヤ)についての報告書を読んでいたヴィルヘルムは全く気付いていなかったようだけど?」


 なんなら、アデーレ中尉までもそんなわけないでしょうと言い放ったぐらいだ。


 容姿があまりに変化していた事と、書類に書かれていただろう人柄とは違い過ぎて完全に(シオン)はチハヤとは別人と思っていたらしいけど―――レア・リーゼンフェルトは違ったらしい。


 ビビりというかコミュ障というか……。観察眼と考察力は私が戦場で相対した当人その人のそれだ。


 ここ数日見ている彼女と、戦場で出会った彼女が同一人物だなんて思い難いが。


『そうだとしても、あなたの正体が正確に推測される可能性があるのはリスキーです。露呈しないよう考えるべきかと』


「レアの優れに優れた観察眼だからだと思うけどね」


 こればかりは対策しようがあるとは思えない。


 リンクス―――《アルテミシア》の武器を変えたところで、動きで気付かれる以上は。


「それで、今の段階での退職希望者の数は?」


 露骨な話題転換。


 そんな私の質問にHALが答えるようで、メインスクリーンがあれこれと入れ替わり一つのリストを表示する。


 リストの名前は『退職者希望者一覧』。


 数はざっと一〇人はいそうだ。


『出向組を除いた申請は現在一二人です。アシザワ重工からの出向組は四名。空軍は二名。医療関係者からは一人も出ておりません』


 そんな思考はさておき、HALが正確な人数と内約を告げる。


 思いの外、退職の決断が早い人はいたらしい。


『艦内の監視カメラの映像では悩んでいる人は相応にいるのを確認しております。退職者は増えるものと』


「まあ、増えるでしょうね……」


 メインスクリーンに映し出されたリストの名前を見つつ手にしたタブレットで艦のサーバーにアクセス。


 そのファイルを開いて詳細を見る。


「………」


 ―――出向組はさておき、民間雇用の内約はあまり嬉しいものではなかった。


 その一二人の内の半分は予備役入りの整備士や事務員と言った具合で―――まあ、ここは何とかなる。


 問題は。


「……厨房が壊滅状態ね」


 そう―――辞める人間の内半数が厨房担当の調理師達だった。


 現在、調理師は十一人ほど勤めているけれどその半分を超えてしまっている。


 《ミグラント》に所属する人員はざっと一五〇人ちょっと。


 艦艇として見ると規模が段違いな《ウォースパイト》の人員と考えるとかなり少ないものの、無人早期警戒機とリンクスの運用、整備に関わる人間と、そのデータ分析をする研究要員しかいないので少なくなって当然だ。


 そして導入している調理機材は相応に巨大かつどれも便利なものな上にある程度はHALのセントリーロボットの手伝いがあるので提供、及び作業人数の割に個々の負担は少ないので人数は有り余っているような状態でもあったが。


 残り五人となれば、これは頭が痛い問題へと発展する。


『出向組の補填は軍とアシザワ重工に任せれますが、調理師達は難しいですね』


 予想は出来ていたものの、発生した問題はよくわかっているようでHALは唸るように現状を指摘する。


 炊事係が少なくなるという事は一人あたりの作業量が増えるという事であり、作業時間が増えるという事でもあって。


 限られた時間内に人数分の食事が用意出来ないという問題が起きかねない事を如実に表していた。


 それは軍隊としては重大案件だ。


 缶詰やレトルトパウチされた食事ではない、温かく美味しい食事というものは士気の維持に欠かせない重要なファクターだ。


 これを疎かにすれば軍隊がどうなるかなど、歴史を紐解けば自明の理である。


 そして、人間には休息が必要。


 十一人だったなら周二日の休日の提供はおろか日々の調理は十分に回せていたものの、それだけ辞めてしまえばそれもままならなくなるでしょう。


 侵攻を受け、家族や友人を奪われたが故の感情を理解出来ないとは言わないけれど。


 簡単に解決するか、と言ったら怪しい問題だったりする訳で。


 その簡単な解決方法を、


「急いで募集を掛ければいいじゃない」


 フィオナがあっさり口にする。


 確かに人と増やすには手っ取り早い手でもあるけれど。


 そうはいかない理由を言おうと口を開いて、


『職業安定所の審査が通るのに書類の郵送を含めて最速でも四日を要します。そこから希望者からの書類提出と審査、面接等々……。受付終了の手続きまでと必要な手続きを遂行していれば帝国出発日を迎えてしまいます』


 HALが先に答えてしまったのでそのまま口を閉じる事にする。


 予定では明後日からの全体休暇の後、五日間の調整、出発準備を経て帝国へと出発する予定である。


 ざっと二週間近くの時間があるのだけれど、この期間で退職予定の炊事係と同人数以上の人を雇おうとするのは手続きの時間から見ても足りないのが目に見えている。


 それに加え、一人ひとりの背後を洗う時間が必要だ。


 前回―――もとい、《ミグラント》 立ち上げの際も二週間足らずの募集期間だったが、文字通り政府と皇族センノミヤ家の手回しとごり押しと、情報部の昼夜を問わない調査があって実現が出来たからに過ぎない。


 そうそう何度も使える手ではないのだ。


 それに加え、入社一日目でいきなり職場諸共海外出張―――それも帝国人の勢力に組しての活動である。


 準備期間さえ用意できるか怪しい条件で、果たして希望者が出るのかしら?


 ―――実に悲観的な思考ながら、こんな条件で引き受ける人は恐らく居ないでしょう。


「ポンと雇えないなんて不便ね」


『いくら背後に国家機関や皇族が居たとしても《ミグラント》は一介の民間企業です。法的手続きには逆らえません。管理というものがある以上、非効率的であったとしても手続きというものは必要不可欠です』


 フィオナの疎む音にHALが機械的に答える。


『こればかりはホノカ陛下や軍、アシザワ重工に言って抱えている料理人を複数名配属していただくしかないかと』


 そしてあっさりと解決策が提示された。


 現状、速く密偵等の可能性を排除しつつ新規で雇う手はそれしかない。


 フィオナは呻きながらもそれしかないか、と呟いて了承する。


 取り敢えずの解決策が出たのでこの問題はこれで終了と言えるが、類似する問題はある。


「明日にはサイカとカンナに言ってこっちに出向いてくれる炊事係を探して貰うとして……」


『それと同じく各部署の人員補充も並行して行わなければなりませんよ、フィオナ』


 HALが指摘するように、それもある。


 まあ、民間雇用組よりは人を集めやすいが。


「そっちは……。早期警戒班と整備班が対応してくれるでしょ?」


『申請と人員の策定は彼らの領分ですが、補充の許可はフィオナとシオン両名のサインが必要です。―――私達は民間企業ですので、勝手は出来ません』


 その物言いにフィオナの表情が曇った。


「……面倒な書類仕事、と」


 机に向かって書類に目を通しサインを書くだけの仕事だが―――まあ、ずっと座って文字の羅列を見るのは堪えるものはある。


 私も嫌いだ。


『非効率的ではございますが、必要ですので。―――まあ、人を呼ぶ為だけの書類です。量はずっとずっと少ないのですぐ終わるかと』


 HALなりのせめてのフォローにフィオナは安堵する。


「ま、まあそれぐらいなら……。明後日から実質休みだし、ちゃっちゃか出して欲しいわね」


『それらに加え、明後日から四日間連続で装備搬入が予定されています。私のセントリーロボットで対応出来ますが、受領サインや物資の確認をしないといけません。その仕事もありますよ』


 上げて落とすとはまさにこのことか。


 確かに予定には入っているが―――まさか、フィオナは自分が対応することになるとは思ってもないでしょう。


 他の団員は休みと確定してしまった以上、私達が対応せざるを得まい。


 それに、私はヴィルヘルム達の食事の用意もしないといけないし、八日間の休暇は実質ないようなものだ。


 口を開けて絶句するフィオナに、せめてのフォローを入れるとしよう。


「まあ、経営者の悲しいところよね。休み無しって」


「シオン、それフォローのつもり……?」


 げんなりした彼女の呻きに私は、


「……フォローになってないわね」


 肩を竦めて答えた。





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