墓参りへ
静かに走るリムジンの中で、僕は目の前に座ったその人に向けて、何度目かになる事を質問する。
「いいんですか、その……王宮を抜け出して」
「いいんです。フランの墓参りぐらい許してくれますよ。皆さん騒いでいるでしょうが」
ロングスカートにジャケットを着た、アリア殿下が何度目にもなる答えを返す。
「……怒られる私の身を考えて頂きたい」
「うぅ、アルペジオ姉様に怒られるの嫌だ……」
頭を抱えたいだろうボディガード兼運転手のケンと実際に頭を抱えているアルフィーネも呻くように呟いた。
首都観光三日目。
シェーンフィルダー家長女、アリア殿下も同行しての首都観光である。
まずはシスターことフランチェスカ・フィオラヴァンティの墓参りである。行き先は、首都北西区の端にある有名な霊園。
なんでもたくさんの有名人が眠る霊園らしい。王女の恩師であるからこそ、シスターの墓を建てるのに相応しいとされ、そこに埋葬されているとのこと。せめて、少しでも元居た世界に近い場所に、という理由もある。
蛇足だが、アルペジオは今日も別行動。もちろん彼女がどこにいるかは知らない。
向こうもこちらがまさか長女のアリア殿下と行動しているとは思うまい。いっそのこと暴露して、驚く表情を是非見てみたいけれども、アリア殿下から直々に内緒にとお願いされては仕方ない。
今日は日曜日ということもあって、街は余計に車が多い。人も多く、それなりに賑やかだ。一人一人の表情は―――中には死んだ目つきの人もいるが―――基本的には明るく、家族同伴の方々も目につく。転んだ妹を立ち上がらせる兄の姿も、窓越しながら見えた。
とても二大勢力間で戦争中だとは思えない光景がそこには有った。
「―――戦争とは無縁に見えるね。夜も街灯どころか部屋から明かりも漏れてるし」
夜に空襲する側なら狙い放題じゃないかねと呟く。
「レドニカとは離れていますからね。それに、ここまで飛行機で飛んで来るのは無謀でしょう。何重にも重なった各防衛システムや迎撃機の存在で」
アリア殿下がその疑問に答えてくれた。
確かに。第二次世界大戦でも、日本が空襲されるようになったのはターニングポイントたるミッドウェー海戦を過ぎて、マリアナ沖海戦とレイテ沖海戦以降のはず。アメリカの爆撃機が超長距離を飛べるようになり、与圧キャビンをつけて高度一万メートルまで高く飛べるようになってからだ。歴史は苦手だがこれで合ってると思う。
この世界の技術力ならジェットエンジンの爆撃機でここまで来るのにそう難しいことではないだろうが、向こうにとって低リスクで来れるほどいい条件が揃っていないのだろう。
「……ならいいけど」
弾道ミサイルとかを考えたが、そもそもこの世界に、少なくたともオルレアン連合側では作っていないようで。
ミサイルと弾道弾はシステムが違うのだから仕方ないが、そもそもの話。宇宙へ行こうと熱く語る技術者が居ないのかこの世界に来てないのか、どうやらそこまで行けるロケットを作れるだけのノウハウが無いのではないだろうか。いずれはV2ロケットみたいなものでも作るかもしれないが。
帝国が作っていないとは限らないが、完成していれば撃ってきているだろうし、まだその段階ではないということだろう。希望的観測だけど。
「まあ、なんにせよ最悪はこの世界の歴史に残る大規模で、凄惨さの戦争になるのは間違いないか」
「そうなのですか?」
「僕がいた世界はそうなった。その後は、人類全滅の最終戦争一歩手前まで行きかけた」
東西に別れた冷戦。放射能の恐ろしさをよくわからないまま進んだ核開発に、大陸間弾道弾の配備。その極めつけはキューバ危機だ。
「チハヤ様はこの戦争がどうなるか分かりますか?」
アリア殿下が興味深そうに訊いてきた。王女としては聞きたいのだろう。
「専門家じゃないし、歴史は苦手だけどね……。―――街のインフラから見て、隣の芝が青いからという理由で戦争を仕掛けることはないとは思うけど」
上下水道、発電所、鉄道網や各橋梁はマニルカの発展具合から察するに、かなりのコストがかかっているに違いない。これが破壊されればかなりの損失になる。そして復興に人も時間もお金もいる。
占領したそこで暮らしていく腹つもりなら、これは無視出来ないだろう。
だからこそ、起こりにくい。
「ただ、言えるのはこの先の戦争は変わるだろうね。まずは国力や技術力の誇示し続ける冷戦かな。次は発展途上国内での連合側の思想と帝国の思想に別れて起きる、二大勢力の代理戦争。その次は民族間レベルでの紛争だ。隣人レベルで殺し合うような。最後は狂信的な一神教徒が起こすテロリズムか」
つまるところ、大国に対して小国間や、国対組織の非対称戦。
「それに対して、どんな問題が起こり続けましたか?」
「印象的なのは難民問題だな」
シリア等の紛争地から陸続きで安全なヨーロッパへ向かうとか。
「フランから聞きましたね……。故郷から出る事を余儀なくされた方々がいると。受け入れようにも人が多いとも。この世界でも同じ事が起きましたから、参考に聞いても?」
「ごめんなさい。そこまで詳しくないのです。最終的に受け入れ出来ないほどまで膨れ上がってあっちこっちに分散させたりしてたから」
国によってはほとんど受け入れてくれないし。日本とか。
「それにしても、同じ事が起きているだって?」
「はい。帝国が占領した国々からの難民が、こちらに」
アリア殿下はそう言って視線を窓の外へ向ける。それにつられて僕も外を見ると、そこにはこの辺りの人らしくない容姿―――褐色肌の男女六人グループの人達が楽しそうに話しながら歩いていた。
信号機が赤から青に変わり、リムジンが走り出して彼等を遥か後方に離していく。
「彼等が?」
「もう70年も昔の話ですけどね……。帝国からの戦火を逃れ、ここまで逃げてきた人達です。連合内で分担して彼ら難民の受け入れをしました。彼らは多分、クオン公国の民ですね」
「よく、すぐに出てきますね。その知識」
特徴的な容姿だとしても、地方的に差はあるはずである。断定までは出来ないだろう。僕は流石に人種、民俗見てどこの国の人かなぞころっと答えられない。地方ぐらいはわかるが。
「勉学は怠っておりませんので。フランの教えですね」
当然のように答えられた。
「帰りたいのに、帰る場所がない。彼等の気持ちも少しはわかると、フランは言ってましたね」
異世界だから余計にと、彼女は言っていたらしい。
僕も同じ気持ちだった。
異世界転移ものなら定番として、元の世界に戻ろうとするが、僕はそれすら考えていない。
それはきっと、元の世界にあの人も、シスターも、アイツも、あの子らが既にいないからで。
戻ったとしてもきっと僕は一人なのは間違いないからで。
戻るなら元の世界に、それも過去だ。
だからこそ、戻ろうと思わない。
もし、そんな事をしたらきっと、僕はシスターにボコボコにされるだろう。
振り返って帰ってきた貴方は嫌いだと言われるに違いない。