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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一一章]Migrant
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サイヨウ防衛戦⑤




 サイヨウの西に広がる戦火に焼かれ陸上兵器の装輪やリンクスの脚で荒らされた―――かつてはなだらかで起伏のある草原だったその場所は、地上から見れば地平線と起伏の影にいる存在は捉えようがない地形でもあった。


 しかしその特性は条件が変われば見せる風景を変えてしまう。


『移動する集団を視認』


 《アルテミシア》に搭載された電脳―――《ヒビキ》が報告した。


 メインモニターにウインドウが開いて、拡大した映像を映し出す。


 そこには大勢の針金人形のように細い人影がプラズマの長大な噴出炎を棚引かせながら進む光景がやや見下ろすような角度でありありと映っていた。


 白く尖鋭的なリンクス―――追加された脚のブースターや腰部のブースターユニット、肩や背部から伸びるバインダーといった装備群で異形と化している《アルテミシア・フロイライン》が今いる場所は、高度四〇〇メートル付近。


 地上からでは地形の起伏で捉えられなくてもおかしくない位置でも―――遮蔽は意味を為さない高度だ。


 すぐに機体のシステムが情報を精査して、機体の情報を添付する。


『《ヴックヴェルフェン》と思われる機体とその大隊です』


「目標を確認―――《ヒビキ》。分散ミサイルを準備。全弾撃ち尽くすわよ」


 その姿を認めて、シオンは早速行動に出る。


 彼の指示を聞いて、すぐに《ヒビキ》が反映する。


 火器管制は武装バインダー《ヤタ》に搭載した分散ミサイルを選択し、一八〇〇メートルほど離れた《ヴックヴェルフェン》の群れを一機一機捕捉していく。


 長く感じて、されど短い時間でそれは終わった。


 すぐに引き金を引き絞る。


 《ヤタ》の装甲カバーが開いて、内部に格納されていたミサイルが次から次へと噴煙を吐き出しながら飛んでいく。


 ミサイルは設定された目標へと向かっていき、残り五〇〇メートルの距離で内部に格納されていた七発の子弾を放出。


 合計一一二発のミサイルが《ヴックヴェルフェン》の群れへと殺到する。


 ミサイルの照準警報を聞いたのか、針金人形のようなそれらは統率の取れた動きで散開して、回避機動を行いつつ飛来してきたミサイルを右腕の火器を用いて迎撃を始める。


 リンクス一個大隊―――六四機のリンクスが繰り広げる対空防御―――空へと上がって行く曳光弾が含まれた弾幕は圧巻の一言だ。


 六五ミリの砲弾が当たった衝撃でいくつかのミサイルの子弾は爆発するが、それでも他の子弾は次々と設定された機体へと進むのを止めない。


 回避機動に惑わされ地面と激突する砲弾。


 回避の遅れた《ヴックヴェルフェン》に直撃し、かの機体に仕込まれた爆薬を作動させるものとさまざまで。


 それでも、撃破出来たのは二〇機だ。


 部隊の損害としては大きいものの―――兵器として生み出された誰かのクローンである《スクラーヴェ》と《ヴックヴェルフェン》はそれに気にすることなく前進を続ける。


 しかし―――確かに、《アルテミシア》が放ったミサイルの襲来によって《ヴックヴェルフェン》の部隊はその侵攻速度を落としていた。


 その僅かな緩みをシオンは見逃さない。


 《ヤタ》内部に格納されていたミサイルのコンテナを排出。


 敵大隊に向かって急降下しつつ、磁気炸薬複合式電磁投射砲 《カノープス》と七〇ミリ機関砲 《リゲル》を《ヤタ》の裏にあるハンガーユニットに懸架して、大腿部に懸架していた銃剣付きのライフル―――右手は八五ミリ口径ライフルで、左手は七〇ミリ口径のアサルトライフルを掴み取る。


 地面から五〇メートルの高度まで降りて、大隊に対して掠めるように進路を取る。


 距離、二〇〇。


 《アルテミシア》は両手のライフルを敵機に向けて―――FCSが敵機を捕捉する。


 トリガ。


 ライフルは火を噴いて、飛び出した砲弾は《ヴックヴェルフェン》を射抜いて、爆薬を誘爆させる。


 一機あたり数発ずつの短連射を繰り返して、いくつものリンクスを撃破しつつ大隊から離れて、反転。


 またすれ違うように接近して、目についた《ヴックヴェルフェン》を手当たり次第に撃っていく。


『照準警報。一時方向です』


 《ヒビキ》の警告と共に《アルテミシア》は左へクイックブースト。


 撃ってきた機体へ応射して、次の照準用赤外線レーザーの検知音を聞いて回避機動に移る。


 《ヴックヴェルフェン》の大隊を中心に周回するようにブースト機動をしつつ、ライフルを向けて短連射を数度敢行。


 狙われた機体の内、回避が遅れたものは被弾して爆発。


 回避出来た機体や狙われなかった機体は手持ちのライフルを《アルテミシア》に向けて発砲する。


 《アルテミシア》は一度大きく移動して距離を取って、再び突撃。


 最大速度で《ヴックヴェルフェン》の大隊を突っ切りながら手当たり次第にライフルを撃っていく。


 敵機が撃った砲弾は後ろを通過していって、すぐに大隊の陣形の外に出る。


 クイックブーストで急上昇。


 急制動から反転して、右へ再び加速。


 左のアサルトライフルを敵リンクス部隊へ無造作に向けてフルオート射撃して、一機でも多く撃破する事を試みる。


『左腕、残弾無し』


 《ヒビキ》の報告と共にアサルトライフルの砲口から火が噴くのが止まった。


 すぐに《アルテミシア》は反転して後ろ向きに急加速。


 右手のライフルを短連射を何度も繰り返す。


 一機一機と撃っていきながら、左の突撃銃の弾倉を脇下のサブアームで交換。


『右腕、残弾無し』


「リロード」


 シオンはそう答えて、再び《アルテミシア》を反転させて《ヴックヴェルフェン》の大隊から一旦距離を置く。


「……ちゃんと回避機動をやったり、連携してくるのが嫌らしい」


 ライフルの弾倉交換をしつつ、《ヴックヴェルフェン》の対応を思い返しながらシオンは呟く。


 いくらパイロットや機体が特殊とはいえ《ヴックヴェルフェン》はリンクスのカテゴリに類する兵器だ。


 その動きや戦術、運用ドクトリンはリンクスのものと基本的に同じになる。


 撃たれたら防ぐ、或いは避ける。


 部隊員(かの乗員にそんな概念があるかは不明だが)同士で連携を取って迎撃行動を行う。


 使い捨てと銘打たれている割にはよく戦える、練度のあるパイロット達である。


 だからこそ―――差はあれど使い捨てるつもりなのに教育に手間暇を掛けているだろうその対応力にシオンは違和感を抱くが、 


「今ので敵機はざっと半数は減ったけど、弾薬は?」


 それは今考えることではないと切り捨てて、視線をモニターの片隅に向ける。


『ライフル、双方共に残り六〇パーセントです。カノープスは十三発。リゲルは八七発です。ミサイルは残弾ありません』


 《ヒビキ》が言う通りの状況がそこには映っていて、残りの《ヴックヴェルフェン》ぐらいはなんとかやれそうだ。


 しかし、その後も控えている以上はある意味足りない。 


「街に戻る時に補給が必須ね。―――ストレイドよりジュピターワン。弾薬の補給の準備をお願い」


『こちらジュピターワン。《アルテミシア》用のサプライポッドの準備は終わっています。すぐに送りましょうか?』


 シオンの呼びかけにHALの合成音声が応えた。


 どうやら既に準備は終えていたらしい。


 長期戦になるのと、シオンが相対する敵の数は尋常ではないことから予め用意していたらしい。


「中身は?」


『リゲルを二丁と《試製散布誘導弾コンテナ ハーモニカ》です』


 その内約に、シオンはあれかと嫌そうに視線を正面から逸らす。


 装填数がライフルのそれよりも三倍多い前者はともかく、後者の《ハーモニカ》は手持ち火器にするものにしては大きく、再装填は出来ない完全な撃ちっ放し兵器だ。


 しかし、撃ち切ったミサイルの代用としては十分な数のミサイルを撃てるので、接敵後すぐに多数の敵を撃つには持って来いな代物でもある。


「……要請したらお願い。―――今は交戦中だからね」


 気の進まなさは隠さないまま不承不承とシオンは答え、操縦桿を押してフットペダルを踏む。


 《linksシステム》で読まれた思考と物理入力による信号が擦り合わせられて、《アルテミシア》は敵大隊へと再度接近する。


 クイックブーストによる乱数機動を織り交ぜた突撃は彼我の距離を一瞬で縮め、すぐに交戦距離に入る。


 FCSが適当な敵機に照準を合わせて―――両手のライフルの砲口が瞬く。


 放たれた砲弾は《ヴックヴェルフェン》に突き刺さって、爆発する。


 リンクスと銘打たれた兵器らしからぬ、壮絶な最期だ。


『照準警報。一時方向です』


 照準用赤外線レーザーの検知警告。


 その音と共に《アルテミシア》は右へ遠慮なくクイックブースト。


 すぐに逆噴射して急制動。


 撃ってきた敵機に左手の突撃銃を向けて短連射して撃破。


『五時方向』


 《ヒビキ》の報告。


 すぐにレーダーを一瞬だけ見て、確かにその方角に敵の反応が映っていた。


 どういう偶然か、後ろを取られている。


 当然対応する為にシオンは右の操縦桿を引いてフットペダルを踏んだ。


 《アルテミシア》は急加速によって反転し、ライフルを向けたばかりの《ヴックヴェルフェン》に右手のライフルの砲口を向ける。


 右へクイックブーストして―――それに遅れる形で敵機のライフルが火を吐く。


 砲弾は《アルテミシア》には当たらず、応射する形で放たれた砲弾が《ヴックヴェルフェン》を穿つ。


『敵部隊、こちらを囲う動きを開始』


 今度の《ヒビキ》の発言は状況の報告だった。


 その内容にシオンは《アルテミシア》自体のレーダーを見て敵の光点が集まりだしたのを確認し、操縦桿を押す。


 再びの時速一〇〇〇キロを超える加速ですぐに敵部隊の内側から外側へと移動して、反転。


 今度は左へ移動しつつ両手の火器を小刻みに撃っていく。


『ストレイド!』


 交戦中のシオンの耳にフィオナの声が届いた。


 マイクを起動して無言のまま次の言葉を待つ。


『そっちに接近する部隊を《ストラトスフィア》が捉えた! 南と西からよ!』


「なんですって?」


 彼女の警告にシオンは視線をレーダーマップに向ける。


 データリンクで得ている無人早期警戒 《ストラトスフィア》の索敵情報に、フィオナが言った二つの方向から《アルテミシア》に向かって進む光点があるのを見た。


 西からのは一直線に向かって来ていて、一個中隊規模。


 南は二個中隊ほどの規模が東周りで動いているのがレーダーマップに映っている。


 移動速度からしてリンクスであるだろう事は想像出来て、その動きは、


『私のシオンを挟み撃ちにする気?!』


 フィオナの言う通りの動きだ。


 しかも《アルテミシア》は続く戦闘で弾薬を相応に消耗しているし、《ヴックヴェルフェン》の大隊を相手にすれば持っていた弾薬の多くを消費してしまうだろう。


 弾薬を枯渇させた状態で新手に接敵されたなら、碌に戦えないのは目に見えている。


 ―――《フロイライン》装備の《アルテミシア》ならばすぐに離脱できるから大した問題でもないのだが。


 ただ、対応可能数を超え限界に近い状況にある防衛部隊の所へ、この数のリンクスを連れて街に行くのはいい選択とは言えない。


「………街の状況は?」


 フィオナの発言はさておき―――気になる事を尋ねつつ、シオンは《アルテミシア》に回避機動を取らせて敵からの攻撃を避ける。


 そして撃ってきた機体へ反撃して、次の敵機へと照準を合わせて発砲。


『自走砲部隊が三分の一、救援に出たリンクスも六機撃破された。レグルスの救援が間に合ったところはともかく、全体的に予想外の奇襲で対応が出遅れてる』


 その質問にはノブユキが答えた。


 《ストラトスフィア》による情報収集と作戦指揮に携わる関係上、彼の方が全体的な状況を把握できているからだろう。


『防衛線は北側の攻勢が比較的穏やかなのと、南でプリスキンが頑張ってるのもあって辛うじて持ち堪えている。しかし、オーバードブースターで街の中に飛び込まれたのが痛いな』


「芳しくない、か」


『王女様がああも切り出しているが、指揮官は撤退―――街の放棄を提案している』


「当然よね。無闇に戦力を減らす訳にはいかないもの」


 ノブユキの報告にシオンはさもありなんと頷きつつ聞こえて来た警告音にフットペダルを踏む。


 《アルテミシア》は前、左右と急加速を連発して敵機の照準を振り切り、両手のライフルを小刻みに撃って敵機の数を減らしつつシオンは自身のこれからの動きを思案する。


 ―――と、言っても防衛部隊の状況と負担を考えればやる事は単純でしかない。


「このまま私の所に向かって来てる敵も撃滅する」


『了解した。―――君が街の防衛に加われないのが痛いな』


「仕方ないわよ。二個大隊相手にしてたのに一個中隊に侵入されて、被害が出てる所に三個中隊規模の部隊が来たら戦線が崩壊するわ」


 シオンは普段の口調でノブユキの苦しそうな物言いに答え、《アルテミシア》に急制動を掛ける。


 そして前方へクイックブースト。


 一機一機と撃破しながら敵部隊の上を飛び抜けて、


『ミサイル警報』


 《ヒビキ》の警告を聞いて反転。


 《アルテミシア》の肩部に追加された武装コンテナユニット《フタヨ》のカバーが開いて、後ろに下がりつつ降下。


 上にフレアを撃ち上げて、再び前にクイックブーストする。


 熱で欺瞞されたミサイルはフレアへと向かっていき爆ぜるが、《アルテミシア》には当たらない。


 モニターとレーダーを見て―――シオンはまだ《ヴックヴェルフェン》が多いと冷淡に言った時だった。


『敵リンクス一個小隊が司令部に高速で移動を開始!』


 ノブユキの悲鳴に近い指示が通信に飛び込んできたのは。




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