サイヨウ防衛戦 a
黒を基調に白や橙色が差し色として宛がわれた、背部ユニットに一五五ミリ砲二門を装備した重厚なリンクス、《オニキス》の全天周型コクピットの中で、
『《イーヴァン・ツァイラー》がやられた!』
共通通信に飛び込んできた叫び声同然の早期警戒管制機からの報告に操縦服を着た長く青みがかかった銀髪の若い―――二十になったか、なっていないかぐらいの女性は、表情一つとて変えない。
「彼女なら、やって見せてもおかしくはない」
起こった事象に対して彼女は驚くことなく独り言ちる。
《白魔女》―――ポロト皇国戦以降、度々出現しては大損害を与えて来る白い高速戦闘型リンクスとそのパイロットの事だ。
前回、皇国戦で一隻のTFを正面から強襲し戦闘不能に陥れ、別の日には航空巡洋艦を数隻堕としている。
対抗手段を構築してきたとはいえ―――それさえも上回るだろうと彼女は考えていたからだ。
それに《イーヴァン·ツァイラー》というタイニーフォート―――今サイヨウ攻略作戦に引っ張り出された帝国の艦船型TFは近代化改修を受けているとはいえ、型式も運用思想も古いTFだ。
ポロト皇国が考案した、あるいは《白魔女》が実践していた《リンクスを高速で飛ばしてTFを強襲する》という新戦法に自衛手段はあったとしても、肉薄されれば碌な抵抗も出来ず無力化されるだろうことは、彼女にとっては想像に難くない。
ともかく、TFは当初の予定である《ダルト・シージス、及びシップダウン連合王国》 副都市、サイヨウ攻略戦における火力支援と言う名の砲撃は行えなくなった。
「当初の予定なら、ここからプランBに移行か」
あらかじめ、ブリーフィングで話されていた事を思い出しながら彼女は呟く。
その内容はあまり、良いとは思えないプランなのだが。
どうなることやら、と先を憂いながらトリガーを絞る。
コクピット越しでも身を竦めるような轟音と、反動による揺れ。
リンクスが積載、運用する火砲としては大きい一五五ミリ砲の轟砲だ。
味方―――彼女が指揮する部隊、その最前線で戦うリンクスと観測を担当するスポッターの得られる敵の位置情報と、《オニキス》が収集している各種気象情報が加えられた照準の成果は確かに得られる。
『こちら《クラック〇一》。敵リンクス二機の脚部損壊、転倒を確認。お見事です《ナイトメア》』
中隊長の一人からの報告と称賛。
ナイトメアとTACネームで呼ばれた女性にとっては造作もない砲撃なのだが謙遜は避けて、心配事を尋ねる。
「パイロットの脱出は出来そうか?」
『皇国のリンクスのハッチは首の後ろですから容易かと。―――ああ、いえ、無事な敵機が救出に動きました』
「なら、そのまま救助させて下がってもらおう。妨害はするな」
『了解!』
自分の意向や主義に寛容な部下の場違いに明るい返事を聞いてすぐにコンソールを操作して砲撃態勢を解除しに掛かる。
砲撃をやれば―――当然対砲兵レーダーで発射地点を捉えられ砲撃を撃ち込まれる。
それを回避する為に、移動する必要があるのだ。
『おい! このへっぽこ砲手! お前が砲撃を外したからだぞ!』
通信に南側でもう一つの大隊を指揮しているリンクスパイロットから苦情に近い糾弾が入ってきた。
『お前が《白魔女》を撃墜できていれば《イーヴァン・ツァイラー》は砲撃できただろうに!』
「超音速で飛んでいる相手にFCSの補助無しで当てるのは至難の業だ」
五月蠅いやっかみな通信にナイトメアは努めて固い口調で答える。
本人としては《アーベント大隊》の面々からは良くされている事は理解しているし、反対に他の部隊からはいい印象を持たれていないのも承知している。
故に簡潔に正論での返答になった。
『FCS使えよ!』
「彼女に気付かれるから無しで撃ったんだ。―――あなたにそれができたのか? 《ラッセル》」
南側から攻めているリンクス部隊の隊長の怒鳴り散らす声に彼女は顔をしかめて言う。
『ちっ。口だけは達者な……。部隊の指揮も下手な癖に。全然リンクスの一機も街に近づけれてないだろうが!』
「……相手の現場指揮官の手腕だろう。連携が緻密だ。下手な攻め方をすれば、無意味な犠牲を出しかねない。―――そちらは強引に前線を押し上げた結果、どれだけ消耗した? 街の外縁部に辿り着いても、味方の消耗と他兵科の進撃速度の違い。敵の反撃で深く浸透出来ていないだろう」
現に、街の防衛部隊とミグラントに所属しているらしい《白魔女》と同型機と思われる淡いピンクのリンクスの連携で足止めを受けている状態だ。
《モリト》や《オオソデ》というポロト皇国製のリンクスと虫のような歩行戦車の連携はともかくとして、、淡いピンクのリンクスが帝国部隊に飛び込み短時間だけ乱戦に持ち込むものだから援護しにくいことこの上ないだろう。
『……言ってろ! お前らの戦果もあたし達のもんにしてやる!』
ラッセルというTACネームで呼ばれた彼女は負け惜しみに近い言葉を吐き捨て、通信を切った。
これで静かになった、と思いつつ彼女はコンソールを操作して《オニキス》のフットユニットの踵側に展開したアウトリガーを格納する。
「こちら《ナイトメア》。陣地転換する。持ち堪えれるか?」
『《こちらシェイプ〇一》! 持ち堪えれますよ! なんせ、相手さんは数が少ないですからね』
「油断するな。追い込まれた獲物ほど、想像を超えてくるものだ」
余裕を見せる前衛担当の中隊長の言動に釘を刺して、ナイトメアは乗機である《オニキス》を左に方向転換させてブースターを噴かす。
そうしてしばらくすると、さっきまで居た場所で爆発が起きて土砂を巻き上げる。
「―――対抗砲撃が速くなった」
『そうですね、少佐』
ナイトメアの呟きに、彼女よりも年上で副官の中尉が同意する。
「報告では弱兵ばかりと侮られていたが……。レーダー要員と優秀な兵士が残っていたか」
『敵リンクスや歩行戦車の動き、連携も悪くないですよ。生き残ってきた分、一人一人が相応の実力を得たかもしれませんね。―――あとは有能な指揮官が残っているのかも』
「あとは、街の東にいる《ウォースパイト》―――ミグラントが支援しているか。何にせよ、油断は出来ない。―――《アーベント大隊》各位、動きを止めるな。隙を見せれば一瞬で喰われるぞ」
一通り分析して、麾下に警告を促す。
返って来る声はどれも応と威勢のいい声ばかりだ。
中佐は―――よくこれだけのはみ出し者を集め、信頼を勝ち取った。
《オニキス》を繰り、丘の影に隠れて砲撃態勢に移行しながらナイトメア―――レア・リーゼンフェルトはもうこの世に居ないディットリヒ中佐に対して感心した息を漏らす。
―――止まれなくなった戦争を止めたい。
そう誘われ、ついて行った果てが侵略戦争の先兵というのは、なかなかに皮肉なものだ。
だが、それももう終わりになることを、レアは知っている。
コンソールを操作して―――通信回線は《アーベント大隊》専用の秘匿回線に切り返える。
「大隊各位。可能な限り戦闘の侵攻を遅らせろ。―――《ラインハルト自治促進委員会》が来るまであと少しだ」




