サイヨウ防衛戦①
宙に浮かぶ三胴艦―――《ウォースパイト》から尖鋭的なシルエットを有する白いリンクスが飛び立った。
下脚部に履かせるように追加されたブースターユニットと腰部にも後ろへと伸びるブースターユニット。
前に突き出た肩部装甲と後ろに伸びるバインダーが、人のそれから外れたシルエットを更に異形の姿へと変貌させている。
電撃侵攻攻撃仕様―――《フロイライン》と呼ばれる装備群を身に纏った《アルテミシア》だ。
カタパルトから放り出されたと同時にシオンはフットペダルをより強く踏みつける。
物量入力と《linksシステム》で読まれた思考が《ヒビキ》を介して一すり合わせられ、機体に反映される。
《アルテミシア》のブースターからより多くの推進剤がプラズマ化して噴出して、一瞬で時速一五〇〇キロメートルに到達する。
レーダーに映る敵TFの反応は五〇キロ先。
つまりは二分足らずで交戦距離に到達する。
「《ヒビキ》。 カノープスに給電開始」
『了解。カノープス、全システムオンライン、給電開始』
シオンの命令と共に《アルテミシア》の右腕とその補助腕で持つ|磁気炸薬複合式超電磁砲に電力が供給される。
視界の片隅―――脳の視覚野に直接投影された武装の項目。そのカノープスの表示に砲身内コンデンサの残電力量が表示された。
これで撃てる状態になった。
そう準備している間に《アルテミシア》はサイヨウの西外縁部上空を飛び抜けて草原に出る。
遮蔽物など何一つ無い、砲撃後の穴や大破して放棄された軍事兵器の数々が各所に転がる戦場痕だ。
そして、モニターに影がいくつも映った。
『飛翔体を視認。巡行ミサイルと推定』
《ヒビキ》の報告。
対処は―――背後が動いた。
街の外縁から二十枚の板が飛び出して、宙に浮かぶ。
リンクスと同程度の高さ、幅を有するそれはプラズマの奔流を吐き出しながらホバリングを開始。
続いて、円筒状のものが並んで先端にあるレンズを西に向ける。
ゆっくりと吐き出されるプラズマの奔流と一瞬の制止。
瞬間、《アルテミシア》の行く先の空でいくつもの爆発が起きた。
高エネルギーレーザー兵器による迎撃だ。
自律型レーザー砲は次々と目標を変えて、巡航ミサイルを高価な花火へと変えていく。
シオンはそんな光景から視線を外して《ストラトスフィア》のレーダー情報と周囲を見る。
比較的近い所に居る部隊は二つ。
《アルテミシア》の進行方向から見てだいたい二時の方角と、十一時の方角に中隊規模の集団が。
あとは二時の方角にいる部隊よりも後方―――距離にして一〇キロ程の場所にある小高い丘ににも一個中隊規模。
「《ヒビキ》。敵からの攻撃に最大限警戒して。二分足らずで接触出来るとはいえ、迎撃してこないとは限らないわ」
砲撃やらミサイルやら撃ってきそうだと思ったシオンは《ヒビキ》に警戒を促して―――視界の片隅に何かが光ったのを知覚した。
警報は無いが、光は瞬くように一瞬だけ。
逡巡して―――すぐにシオンはフットペダルを踏んで《アルテミシア》を急上昇させる。
なんでもない、嫌な予感からの機動だ。
照準用レーダーの照射を極力避ける為に地上に近い高さで飛んでいたが、この際は仕方ない。
それにやや遅れて空中で何かが爆ぜて―――進行方向の草原で広範囲が爆ぜた。
否、上から来た見にくい程小さく、多数の何かが地面に着弾したが故の土煙だ。
そのまま進めば、恐らく《アルテミシア》が居ただろう場所である。
『推測―――フレッシェット砲弾の子弾。もしくはクラスター砲弾による爆撃』
その光景を見て《ヒビキ》が分析を下す。
確かに、広範囲を攻撃するならそれらの砲弾を撃ち込むのが最善で。
高速で飛行する《アルテミシア》に当てるなら最適解とも言えるだろう。
ただ、問題は。
「照準警報は無かったわよね?」
シオンは発砲炎が見えた方向を見ながら操縦桿を押して、《アルテミシア》を西へ飛ばしつつその事を尋ねる。
たまたま視界に光が入ったから動いたものの、本来であれば照準用レーダーやレーダーを照射されたなら機体のシステムが警告音を鳴らすはずである。
なのに、それが無かった。
『肯定。照準レーザーやレーダーの照射はありませんでした。友軍の光学センサ等による間接的観測に基づいた砲撃、或いは直接照準の可能性あり』
シオンの確認に《ヒビキ》は肯定し、その手段を上げる。
「それだと、機体の火器管制とか照準用レーザーを頼らないで撃ったことになる……。―――!」
撃ってきた相手のおおよその手法を口にした所で、次の発砲炎が見えた。
照準警報は―――ない。
これは直感に近いとシオンは呻きつつ操縦桿を引いて、フットペダルを踏み込む。
《アルテミシア》は急制動を掛けて、僅かに後進。
右方向―――五〇〇メートル程離れた場所で比較的小さな爆発が起きて―――コクピットに雑多で唸るような音が聞こえてきた。
『音紋解析―――フレッシェット砲弾と推定』
先程と同じ砲弾で、かつ照準用レーザーによる捕捉無しの攻撃。
撃ってきているのは同じ機体だろう、とシオンは当たりを付ける。
このような芸当が出来るパイロットで思い当たるのは一人だけ。
しかしその相手をする必要はないし、優先度も今は低い。
優先はTFとシオンは自分に言い聞かせて操縦桿を押して、再び加速する。
『照準警報―――ミサイルです』
《ヒビキ》の警告と共に、アラートがコクピットの中で喧しく鳴り響く。
高度を上げた事で地対空ミサイルに補足されたようだ。
レーダーで飛来してくるミサイルとその方角を確認して、高度を維持したまま高速飛行を継続。
FCSがミサイルを捉えた所で、肩部多目的武装コンテナユニット《フタヨ》からフレアを射出しつつ急降下。
《アルテミシア》とフレアの区別が出来なくなったミサイルの多くは燃焼光源の欺瞞兵器へと向かい、残り僅かな数だけが白いリンクスに追いすがる。
その先端を《アルテミシア》に向けた所で、シオンはもう一度フットペダルを踏み込む。
瞬間的に加速して―――ミサイルの旋回半径よりも内側に飛び込んでミサイルの追尾を振り切る。
『こちらファットマン。対空ミサイルを撃った車両をマークした』
ファットマン―――ノブユキからの報告と共に早期警戒機 《ストラトスフィア》からの情報が入って来て、いくつもの紅点に補足情報が追加された。
そしてFCSが連動したのか補足可能な範囲にあるそれらを四角形のマーカーが囲う。
ありがたいとシオンは独り言ちて、
「《ヒビキ》。分散ミサイルを準備して。《ストラトスフィア》からの情報を元に対空ミサイルをロックオン」
《ヒビキ》へ口頭で指示を出す。
『了解』
《ヒビキ》の応じる声と共に《アルテミシア》の両背にアームで接続された武装コンテナバインダー―――《ヤタ》の装甲カバーが開いて、中に納められていたミサイルコンテナがせり出した。
メインモニターにロックオンマーカーが幾つも現れ、対空ミサイルと判定されたマーカーと重なって―――射撃可能をどこか軽快な電子音が告げる。
迷うことなく引き金を絞った。
その信号を受け取ったミサイルは噴煙を焚いてミサイルコンテナから左右合わせて二つが飛び出す。
円筒状のそれはしばらく飛翔して―――外殻を弾き飛ばして内部に納めていた七つの子弾を展開。
それらのブースターに火が点ると同時に基部から緩やかに離れて、個々に設定された目標へと飛んでいき―――着弾。
炸裂し紅蓮の炎が巻き上がる。
ミサイルコンテナ内にあったミサイルや燃料であるガソリンにも誘爆し炎上する対空戦闘車の上空を《アルテミシア》が急ぐように飛び抜ける。
『ティターニアよりストレイドへ』
ティターニア―――フィオナからの通信。
『プリスキンの《シエリジオ》から取得した音響データをジュピター・ワンが解析したわ。―――《オニキス》の一五五ミリ砲と一致してる』
続けて出て来た名詞に、シオンはそれならばと納得した。
《オニキス》―――レア・リーゼンフェルトと名乗る佐官が駆る、砲戦重装型の黒いリンクス。
皇国防衛線以来、一度しか見ていない彼女の砲撃でもその手癖手腕は類稀にないものだ。
状況が特殊だったとはいえ、フレッシェット砲弾による攻撃対象への一掃は砲と砲弾の特性への理解が無ければ到底できない芸当。
そんな彼女ならば―――高速飛行する《アルテミシア》に対して火器管制の補助無しによる砲撃で狙って来ても、なんら不思議ではない。
「《オニキス》の一五五ミリ砲の推定スペックは?」
『待ってよ……。―――有効射程で言うなら五〇キロはあるそうよ。それ以上も狙える可能性もある』
手元のモニターを見ながららしい様子でフィオナは答える。
その分析が正しいならば、この戦場のほとんどは彼女の有効射程と言っても過言ではない。
しかし、実際はそうではないのだが。
『音速の数倍の速度があったとしてもかの機体から離れるように高速飛行する《アルテミシア》に対して当てるならもっと近づかなければ当たらないでしょう。―――《アルテミシア》の速度と砲弾の速度。敵の配置等から考えておそらく、先ほどの二回の砲撃が限界かと』
二人の会話にHALが割り込む。
まだ知識と分析能力が足りないフィオナよりも自身が答えた方がいいと考えたのだろう。
HALの言う通り《アルテミシア》はサイヨウより西へ五〇キロ先、敵部隊後方にいるTFへ向かっている。
そして《オニキス》は街に近い位置で砲撃を実施している。
砲弾の飛翔速度は《アルテミシア》よりも速いからといって無闇やたらに撃って、その流れ弾が味方に当たる可能性は十分にある。
そして離れれば離れるほど、避けるまでの猶予が増えていく。
それを考えるなら―――最接近したタイミングしか撃ちようがない。
「じゃあ、もう《オニキス》からの砲撃はない、と」
『恐らくは。―――レア・リーゼンフェルト少佐との通信記録の分析でも味方ごと敵を撃つような人物とは思えませんので』
それはシオンも把握している。
皇国防衛戦の時とツバメ捜索の時との彼女の会話で―――敵味方問わず人命を優先し、敵兵士を弔う判断するような人物だ。
物言いはどこか堅物な気配はあっても、温厚な人柄であると言える。
戦闘時は情を切り離せてはいるようだけれど。
「それは僥倖。だけど、妨害は彼女だけじゃない」
シオンはHALの分析に安堵を見せる事なく言って―――コクピットに再び警告音が鳴り響く。
先ほどと同じくミサイルのアラートで、機体自身のレーダーが飛来する誘導弾を捉えて赤く表示する。
視線を正面から少し左に動かして、そこにある地図を見る。
地図と《ストラトスフィア》から得られた敵の反応が映るレーダーマップで―――街とTFの間―――だいたい中間の位置に《アルテミシア》の反応がある。
残り半分といったところだ。
そして正面にいくつもの光が瞬き出す。
狙われた、と判断して《アルテミシア》は降下して地表付近に降りる。
そして遥か頭上を、黒く小さな影が一瞬で飛び去っていく。
行く先は―――サイヨウだ。
『敵TFから砲撃を確認。着弾まで十四秒。―――備えてください』
対砲兵レーダーで捉えたらしい情報と分析をHALが通達する。
それらも―――レーザー砲で迎撃され、空中で花火となるのだが。
通信は今大騒ぎしているだろうが―――シオンはその周波数の回線に繋いでいないので聞く事も出来ないが。
それに合わせて視界の所々で発砲炎と噴煙が上がり出す。
一射、時間を置いてまた一射。
着弾の光景はシオンの現在地からでは見えないが―――想像は出来る。
第一射は街の外縁かその前に着弾して、第二撃は街の中で爆ぜる。
それらはミスでもなんでもない。
野砲や自走砲―――それらを扱う砲兵の仕事は地平線の向こうにいる、見えない敵に打撃を与えること。
最初の数射は試射で、照準修正を経た第三射以降こそ本番なのだから。
それの解答を叩きつけるが如く、発砲炎と噴煙がたちまち各所から上がり出す。
『敵、効力射来ます。備えて』
極端なまでに無情に聞こえる、HALの宣告。
僅かな時間とはいえ、その限られた時間で起こした行動で生き残れる可能性はあるからこその通達だ。
ここに、巡航ミサイルやTFの砲撃が加われば被害は拡大し続ける他ない。
全滅はないとしても―――一刻も早く、TFを無力化しなければ。
そう思うシオンの視線の先に、艦船に似た影が地平線の向こうから生えてくるように伸びて来る。
あれが目標だ。
「敵TFを視認」
『敵TFを視認』
それの存在を認めて、シオンと《ヒビキ》の声が揃った。




