ブリーフィングにて
―――きっと、誰もが想像していなかったでしょうね。
突如始まった電波ジャックによる宣告―――を中継した《ウォースパイト》艦内の放送に私はその事実を受け止めつつ、耳を傾ける。
期限は明日の朝七時。
それまでに王女ツバメを引き渡すか、街を放棄するか。
それとも街と運命を共にするかを選べと。
それ以外の回答は拒否し、その時刻を持って攻撃を開始する、という要求ですらない脅し文句の羅列。
「こちらから見れば、物量はどうしようもないものね」
一方的に通達され、切られた傲慢な放送の内容に私はその根拠を呟く。
現在のサイヨウに集結している戦力は二個戦闘中隊規模だ。
皇国からの増援は―――《サキモリ》二個小隊がたった今到着したぐらいで、戦力ではあるけれど少数ではある。
それに対して、最新の情報によると接近して来ている帝国の規模は一個旅団と超大型地上兵器 《タイニーフォート》一基。
絶望的と言えば絶望的だ。
『シオン。聞いてましたね』
間を置かずに、通路の天井に配置されたスピーカーから聞き慣れた合成音声が私の名前を呼んだ。
帝国の電波ジャックによる放送ですなんて言った張本人でしょうに、なんて思いつつ「ええ」と頷く。
「勿論、聞いていたわよHAL。―――すぐに各部門のリーダーとエグザイル小隊を会議室に招集。サイカとかハヤシとか、三連国の将校も呼び出して。皇国軍にも通信で繋いで」
本当ならフィオナが出さなければいけない指示を、私が出した。
「―――偵察部隊の情報だと、現在サイヨウの西に現れた帝国軍は二個大隊規模だ」
部屋の奥にあるスクリーンに、規則正しく並べられた机と椅子。
すっかり見慣れた薄暗いミーティングルームだ。
スクリーンの横で会議に参加しているよく知った顔と最近知り合った面々を眺めて、視線を右へ向ける。
そこでは無造作に伸ばした髭を蓄えた、野性味ある顔立ちの中年男性が特徴的な濁声で口を開いた。
「野戦砲や自走砲。戦車を始めとする各種戦闘車両に戦闘ヘリ。当然、リンクスも多数確認している。それに加えて、地上戦艦―――」
『タイニーフォート。略してTFです』
「修正ありがとう、ハル殿。―――なかなかインプットが出来んな」
『地上戦艦もあながち間違いではありませんよクリハラ少将。……話の続きをどうぞ』
「ああ。―――TFが西方、五〇キロ先で停泊中。以上が今回の攻勢で投入されるだろう戦力だ」
クリハラと呼ばれた野戦服姿の男はそう言ってレーザーポインタを不慣れそのものの動きでスクリーンに映る地図―――サイヨウの西を指し示す。
そこには敵軍を示す大小様々の赤いアイコンが並べられており、矢印を以て進行方向を示している。
そして、レーザーポインターが指し示したのは一際大きい艦船を上から見たようなアイコンだ。
「このTFはシオン殿が一人で対応し、自走砲を始めとする砲撃は《ウォースパイト》が対応して下さる手はずとなっている。……あまり気分がいいものではないが、我々は彼女らに任せるしか他ない」
クリハラ少将の言葉と共に、サイヨウの東にある《ウォースパイト》のアイコンから青い線が敵陣を突っ切るように伸びて、敵TFのアイコンの前に青い鏃に似たアイコンと《ストレイド》の文字が出現する。
そして彼は防衛作戦の概要を述べ始めた。
防衛部隊は私達 《ミグラント》と皇国のリンクス部隊と共にサイヨウの西街に展開。
市街外縁に築いた防衛線で敵の侵攻を食い止める。
その間にTFの無力化と砲兵部隊を蹴散らした私が街に戻り次第、適時攻勢に転じる。
―――どう動くかは状況で変化するので《ファットマン》や少将の指示の下行動すること。
あくまでこちらの目的は街の防衛である為、必要以上の追撃はしないこと。
「大まかな説明は以上だ。あとはHAL殿の補足事項となる。……よろしく頼む」
クリハラはそう言って下がって、その代わりに一機のセントリーロボットがスクリーンの左横に移動する。
『敵TFは垂直発射式ミサイルコンテナを三十基。五〇〇ミリクラスの三連装砲を四基有しており、地平線より向こうへの砲撃能力を有していると推察されます』
セントリーロボットからHALの合成音声が流れて、共に砲弾を表す線が曲線を描いて走り出してサイヨウで止まる。
『定石で行くのであればTFや野砲、自走砲や、より遠方からの地対地ミサイルによる先制砲撃でこちらの戦力を削いだのちリンクスを含む機甲戦力で攻め込んでくると予想されます』
「初手でこっちが壊滅しそうね」
HALの言った予想に思った事をそのまま口に出す。
実際、始まればそうなるでしょう。
こちらの戦力はどう見積もっても大隊の規模はない。
そして、現在確認出来ているTFは、それを成す事を存在意義として設計されているが故に実現出来る火力はあるのだから。
遠慮の無い―――淡々とした冷たい発言に椅子に座る北方三連国の将校は無言で私を睨むが、それだけ。
責め立てた所で何も解決はしないし、私がいなければ彼らはなす術もない。
更に言えば、この国の人間でもない私が文字通り命を張っての役目を背負わされているので文句を言おうがないのである。
『それを避ける為に―――』
「わかってるわよ。向こうの宣告した時刻前に私がTFを強襲。撃破、ないし無力化して最低でもTFの砲撃を阻止する」
帝国がTFを前線より後方に移動させたことがわかっていた時点で決まっていた事を自分の口から出す。
いつかと―――皇国の時と一緒だ。
開戦前に《アルテミシア・フロイライン》でTFを強襲して、その攻撃能力を奪う。
違うところを上げるならば、比較的近い場所にいるようだからオーバードブースターという追加装備をしなくていい事ぐらいか。
TFに対抗できる戦力を有しているのは《ミグラント》で、高い確率でそれを為せるのが私だけなのだから。
それだけでも―――街の破壊は避けられなくとも、被害は軽くすることは出来るでしょう。
でも、野砲や自走砲。地対地ミサイルの爆撃は避けられない。
それさえも、HAL秘蔵の艦載装備で対応するのだけれど。
「砲兵や地対地ミサイルの砲撃はHALがなんとかするのよね?」
『はい。あまり持ち出したくなかったのですが、手はあります』
私の確認にHALは肯定して、スクリーンに使用する装備の三面図を二種類投影した。
一つは盾にブースターのユニットと機銃を付けたようなもので、もう一つはカメラの望遠レンズに固定翼とブースターユニットを付けたようなものだった。
大きさはどちらも比較として用意された画像の《サキモリ》より僅かに大きいぐらい。
『これは《シールド・オービット》と言われるアクティブ防御システム群です。防空及び攻撃システムであるイージスや遠隔攻撃端末である《パラサイト》を組み合わせた、敵砲弾を受け止めたり、機銃で破壊する事で対象を無力化する装備です。所有数はシールドタイプが三〇機。レーザー砲タイプが一〇機。これで敵砲撃による被害を減らします』
「助かります、ハル殿」
『部隊の損失が致命傷になり得る以上、出し惜しみは出来ません。―――デイビットは皇国及び三連国混合リンクス部隊と共に市街外縁近くで敵リンクスの迎撃。イサークは三連国のリンクス部隊と共に防衛線後方で突破して来た敵機の迎撃をお願いします』
「「了解」」
『―――シオン。TFの無力化後は砲撃部隊の速やかな鎮圧をよろしくお願いします』
「りょーかい。さっさと無力化して街の防衛に加わるわ」
「イサーク。シオンの分の敵は残しておけ」
「え?」
「気にしなくていいわよイサーク。デイビットの戯言だから」
デイビットの意図が読めず困惑の表情を浮かべたイサークに助け船を出す。
「戦果が欲しいかと思ったが?」
違うのかと尋ねてきたデイビットに対して、私は失礼ねと言って続ける。
「あなた達が戦っている間に帰ってくるから残す云々考えなくていいわよ」
「やる気じゃないですか……」
「おい、聞いたなみんな。彼女が帰って来る前に敵の数を出来る限り減らそう。この人、全部横からかっさらう気だ」
『三人とも、私的な会話は控えるよう。辛気臭いのは理解しますが』
デイビットとイサーク共々、HALに窘められた。
いえ、イサークは巻き込まれに近いので加えられたのはちょっと不憫かも。
状況が切迫しているというのにこんな気の抜けたような会話をしている私達を見て、三連国の兵士―――隊長格らしい人達の多数は少し呆気に取られているようだった。
五日ほど前の乱入とその戦いぶりと、傭兵という立場からして相応の手練れであり荒くれ者達と思われてたのでしょうか?
それに対して少数の女性―――リンクス部隊の隊長たちは「この二人にしてこの人物アリ」という表情をしている辺り、デイビットとイサークとの訓練である程度の人柄は把握しているよう。
それを私は良好な関係を築けたと捉えるけど。
ともかく、HALからの必要事項の伝達はこれでお終い。
HALのセントリーロボットが下がると、再びクリハラ少将が前に出た。
彼は一度、会議室にいる人達を見渡して―――最後に私を見た。
その視線はどこか恐れているようでもあり、縋るようなものでもある。
「捕捉ありがとう、ハル殿。そして、シオン殿」
「……何かしら」
「最も危険な役割を背負って下さり、ありがとうございます」
そう言って彼は私に頭を垂れる。
―――彼らにとって、帝国の所有する規格外な兵器に対抗し得るのは私しかいないのは、どことなく複雑なのでしょうね。
「それは、終わった後にお願いしたいわね」
「いえ。先の事などわかりませんから。言える内に。聞いて下さる内に、と」
「―――そうね。じゃあ、戦闘が終わった後にもう一度、聞きましょうか」
私の要求に、彼は静かに頷いて会議室にいる人々に向き直って作戦会議の終了と準備の開始を宣言する。
さあ、動こうと多くの人が席を立ち始めた所で、
「―――よく理解していると思うが……」
まだ話したいことがあるのか、クリハラ少将が再び言葉を発する。
「今後の反攻作戦において諸君らも必要不可欠である。しかし、敵の数は膨大だ。犠牲なくは出来ないだろう」
誰もが自覚している事を彼は言う。
そうだとも。
彼我の数は違い過ぎる。
絶死の状況の中、それでも戦う事を自分達は選んだ。
その事実を今さら突き付けた所で、その意思は変えれない。
そんな長い話と覚悟を問うのか、思う傍ら次の言葉を待つ。
でも、杞憂だったと思うほどに―――意外な程に短かった。
「しかし、これだけは言わせてくれ。―――生きて帰れ」
そんな少将の言葉に、多くの人が応と答えた。




