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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一一章]Migrant
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偵察①




 雲が遥か下に見えるほどの高空を、白い人影が飛んでいた。


 機体の全体的なシルエットは先鋭的な形状をしていて前後に長いという特徴を有している。


 機体の装甲のほとんどは白。


 差し色程度に薄い青紫のラインがいくつか走っていて、関節やマニピュレーターといったフレームは黒いものの、指先部分だけは赤く塗装されている。


 そして人のカタチからはやや外れた骨格を有しているというのもその外見から見て取れた。


 胸部を初めとする胴体は前に突き出てはいるものの尖ってはないし人のカタチに近いもので過剰なほどという物でもない。


 どちらかと言えば後方のバックパックが後ろへと伸びているものの―――やはり、胴体そのものは前後に長い。


 大きく見える肩アーマーも前後方向に長く、下腕部も上腕部と比べればやや人離れした長さで小指側―――手首付近から肘にかけて広がるような構造をしている。


 背部には取り付けている基部から先端へ細くなっていく装甲板に楕円状のドームに似たパーツを張り付けたような細長いバインダーを二基、左右に付けて鋭利な先端を背後へと向けている。


 下半身も人を模してはいるものの形状としては歪だった。


 大腿部は空気抵抗を考慮したのか鋭角な形状をしている以外に特長は無いものの、腰部の正面には股関節を保護するスカート状の装甲はなく大腿部の付け根は剥き出しだ。


 下脚部は異形そのものの形状をしていて、大腿部とのバランスを考えれば不自然な程に長く、太い。


 その原因は足裏に大型のスラスターユニットを組み込みその前後を整流目的らしいスタビライザーのようなパーツで挟んだが故に肥大化しているものの―――鋭角の付いた外装と長さ故かどことなくスマートさがあった。


 対して側面―――後進用のブースターユニットが大腿部に直接取り付けられている。


 後腰部には鶏卵を縦に割ったような形状のユニットが上にある背中のユニット寄りの位置に取り付けられており、その裏面にはブースターのノズルが大小二個づつ覗いている。


 その左右を挟むようにそのリンクスの脚部の長さとそう変わらないような、裏面にブースターが付いた大型のバインダーが装着されていた。


 それだけ機体を構成するパーツが人とかけ離れていても頭部だけは人間のそれに近い。


 フルフェイスの兜の面頬だけを取ったような頭部で額部分には角ばったコーン状のパーツが前へ伸びるように付いている。


 その先端から広がりつつ後ろへ伸びるようにV字の大型ブレードアンテナが付いていた。


 そして奥に見えるフェイスエクステリアはツインアイ方式で凛々しく、されどもの悲しげな表情を見せている。


 右腕には両刃の大剣に似たシルエットを有する、下半身の長さよりも僅かに短い砲身を有する一〇五ミリ磁気火薬複合式電磁加速砲。


 左腕には補助腕を展開し逆手持ちで保持する、銃身下にブレードを有する七〇ミリ口径のマシンガン。


 下脚部のハンガーユニットにはポロト皇国軍のリンクス用アサルトライフル―――銃身下に片刃式のブレードを取り付けたそれが懸架されている。


「―――以前の戦闘と私の意見を元に最適化した《フロイライン装備》の実戦テストに丁度いい、か」


 《アルテミシア・フロイライン》の手狭なコクピットの中で、シオンは一人呟く。


 モニターに表示される速度計は時速一五〇〇キロメートルを超えていた。


 地表は遥か下方にあって、高度計は三〇〇〇メートル付近と表示されている。


「―――ただの偵察なのにね」


 そう肩を竦めて独り言ち、モニター越しに空を見上げる。


 液晶ディスプレイに映った空は、地上で見るよりもどことなく暗い色に見えた。


『通信で聞こえているぞストレイド』


 そんなシオンの独り言を嗜めるかのように男の声が通信に入った。


 無人早期警戒機 《ストラトスフィア》。


 その管制を担当するノブユキ―――TACネーム《ファットマン》だ。


『三連国や皇国の偵察じゃ相手の撃墜スコアにしかならない。彼らよりも高速で行って生還可能な機体は《アルテミシア》しかいないんだ』


 彼の言う通り―――今日のシオンの任務は強行偵察だった。



 事の発端は、ダルト・シージス、及びシップダウン三連合王国軍の偵察部隊の最後の通信だった。


 大地を巨大な船が進んでいる―――。


 その通信を最後にその部隊の連絡は途絶えたが、遠方の情報を得難い三連国やポロト皇国にとってはこれ以上ないぐらい重要な情報だった。


 陸上を進む船など―――皇国軍にとって知らない存在ではない。


 それに国土を砲撃された記憶は、未だに新しいのだから。



『三連国内西方地域で活動しているとされるタイニーフォート(TF)の捜索。かの兵器の存在は今後の作戦において一番の問題になる。なんとしてでもその動向を捉えなきゃならないんだ』


 かの兵器の名前を言って、ブリーフィングで話された事をファットマンは復唱する。


 それがシオンに課された任務の概要だ。


 電撃侵攻攻撃仕様こと《フロイライン》を装備した《アルテミシア》で長距離を高速で移動し、敵支配地域を偵察する。


 捜索対象はランツフート帝国が配備していると思われる移動要塞とも陸上軍艦とも称せる陸戦兵器―――タイニーフォート(TF)


 対象を見つけ次第、画像を保存しすぐに撤退する。


 内容だけを言うなら簡潔な話だが、


「この前と同じ宝探しだけど、相手が物騒過ぎるわよね……」


 前回の出撃の、ツバメとその護衛の捜索の事を思い出しながら呟く。


 その時は回収後にランツフート帝国の部隊と遭遇し撃たれたが、その隊長だったリア・リーゼンフェルト少佐の不要な戦闘は避ける傾向でそれ以上の戦闘は無しで済んだ。


 今回はそうはいかないだろう事は想像に難くない。


『撃破しろとは言っていないだけ幾分かマシだろう?』


「敵の早期警戒管制機(AWACS)に捉われたらTFの対空ミサイルに追われる可能性もあるわよ。―――或いは既に捉われてて、迎撃機を差し向けられてるかも」


 それにしては迎撃がないけれど。


 そのあり得る予想と違和感に、ファットマンは不安など無いかのように答える。


『戦闘機ぐらい撃ち落とせるだろ?』


 言う方は気楽でいい、とシオンは呟いて通信を切る。


 一息吐いて、その視線をレーダーに向ける。


 今は何も映らないその表示は―――塗り潰されたりノイズで砂嵐にまみれてはいない事を示している。


『索敵情報―――高速で移動する物体アリ』


 事務的な口調の女性の声で《アルテミシア》の電脳―――《ヒビキ》が索敵の結果を述べる。


 数える気のない、何度目かの索敵電波の走査。


 眼下に広がる緩急のついた丘陵地帯にも動く影はそこそこあるようで、四角いマーカーが出現して、それを追う。


 それは四軌条二線の鉄道で、その一線を貨物列車が東へと掛けていく。


 積み荷は戦車や装甲車。


 人型機動兵器 《リンクス》も寝かされた状態で運ばれていく。


 客車らしきものも見えるので人や武器弾薬、食料等の物資も積んでいそうだ。


 それらはシオンが探しているものでは無いものの―――情報としては欲しい光景だった。


 シオンはその列車の情報を記録、保存して―――他にも見えたものと移動方向等の情報も逐次記録していく。


 しかし、その中にシオンが探しているものは一つもない。


「TFは無し。次のポイントに向かうわ」


 通信回線を開いて後方(ファットマン)に次の行動を伝えた。


 探しているものが見つかっていない以上は、移動する必要はある。


『了解した。気を付けろよ』


 返ってきたのはそれの了承と注意喚起。


 それを聞いてシオンは次のポイントをモニターに表示した地図を見て確認して、


「通信とレーダーが無事に動いているのは安心できるわよね」


 そう呟いて操縦悍を押す。


 それに《アルテミシア》は応えて、ブースターのノズルからプラズマ化した推進剤をまき散らす。

 



 西へ進んで、幾何。




『ランツフート帝国軍の識別を検知。一時方向、距離三〇〇〇〇』


 もう何度目かになるレーダーの走査と光学センサでの目視の再試行後すぐ。


 《ヒビキ》が警報に近い報告を言った。


 シオンは言われた方角へ視線を振って《ヒビキ》が言った場所を見る。


 すぐにモニターにサブウインドウが表示されて、拡大画像を映し出した。


 拡大された影響で画像は荒いものの、それはまさに大地を航行する軍艦とも称せる偉容が映っていて、


『TFを視認。―――当機 《アルテミシア》のデータにはないタイプです』


 偵察部隊が見つけ報告した―――シオンが探していたものだった。


 それも交戦記録無しのTFである。


「皇国を砲撃した奴では無さそうね」


 二か月前に交戦したTFを思い出しながらシオンは口を開く。


 その時のTFは―――双胴艦という船体が二つ並べられた構成のもので、今モニターに映っているそれとは大きく違う、船らしき形状を採っている。


『肯定。船体、艦橋の形状、及び主砲らしき砲が違います』


 シオンの発言に《ヒビキ》はそう答えて、モニターにいくつもの画像を表示させた。


 どれも今見えたTFの要所を拡大した画像のようで、拡大の限界なのか非常に荒い画像になっている。


 艦橋らしい構造物は塔のようにしか見えないが、主砲らしい旋回可能な三連装砲を船体の前方に四機配置しているのは辛うじてわかる。


 逆に、艦体の後方は不自然な程に平坦だ。


『ここからでは詳細はわかりません。接近する事を推奨』


 《ヒビキ》は《アルテミシア》の光学センサの限界を暗に指摘し、提案してきた。


 そもそも―――現在の《アルテミシア》の頭部に追加されているユニットの内約は探知や通信、データリンク用のブレードアンテナとその機材一式というもので、長距離を視認する為のカメラユニットではない。


 そういうパーツはあるにはあるがそれらは《フロイライン》の構成ではないし、それを付けなくとも索敵から戦闘までは素の《アルテミシア》の光学センサだけでも十分なのである。


「無闇に近づいて敵を刺激したくないけど……。仕方ないか」


 より精度の高い情報が欲しいだろうから、とシオンは判断してフットペダルを踏んで操縦桿を引く。


 《アルテミシア》は身体を逸らして―――後転しつつその高度を一五〇〇メートルまで大きく落として、脚が大地の方向に向けられると同時に再加速。


 増設されたブースターと調整された《プライマル・フェアリングシステム》による空気抵抗軽減による恩恵もあって、一瞬で時速一五〇〇キロメートルまで加速する。


 《アルテミシア》の速度と彼我の距離からして―――一分程度飛べばよく見える距離かしら、なんてシオンは考えて、


『ストレイド! 高速で接近する反応を探知した! 包囲、二-六-〇! 数は三!』


 コクピットにファットマンの緊迫した声が飛び込んできた。


 データリンクによって同期された地図に三つの赤い光点が現れる。


 レーダー更新間隔と共に更新されて現れる光点の間隔は確かに長い。


 移動速度が速い事の証明だ。


 速度からして戦闘機だろうなと思いつつ即決する。


「……TFの詳細だけ写真に納めて撤退するわ。先に《ストラトスフィア》を下がらせなさい」


『それでは索敵が―――』


「予備もある無人機とはいえそれも高価な機材でしょ。足も遅いんだから、早めに下がるべきよ」


『俺もストレイドと同意見だ、ファットマン』


 二人の会話に若い男の声が割り込んだ。


 《ストラトスフィア》の操縦士であるジョージ・カタヤイネン―――TACネーム《ボーラ》だ。


『こちらとら戦闘機じゃないし、無線で遠隔操作してる以上操作に遅延(ラグ)だってある。一度捉われたら逃げれない。下がるなら早い方がいいぜ』


 数度の操縦しているが故に機体の性質を理解したものの意見にファットマンはどこか悩ましそうに唸る。


『―――索敵可能範囲ギリギリまで下がる。たったそれだけの仕事をする仲間の()の仕事を放棄する訳にはいかん』


「妥協案ね。―――それでいいかしら? ティターニア」


 彼の意見にシオンは納得して、傭兵部隊の長でもあるフィオナに話を投げる。


 一応―――総合責任者はフィオナなのだから、彼女に許可や方向を定めて貰わなければ。


『―――え? ええ、それで行きましょう』


 まさか話を振られると思っていなかったのか、ずっと黙って聞いていたフィオナは不意を突かれたような声を出しつつ了承して―――話を纏める。


『《ストラトスフィア》はストレイドが探知できる距離まで後退。ストレイドはTFを撮影後すぐに離脱して。―――追撃部隊の扱いはストレイド、あなたに任せるわ』


『了解!』


「了解」


 彼女の判断に各々が頷いて行動に映し出す。


 ―――話している間に、《アルテミシア》はTFまで相応の距離まで近づいているのだが。


『照準警報。正面です』


 《ヒビキ》の警告。


 正面からの警告という事は。


お相手(TF)もそろそろ無視できないと判断したかしら?」


『こちらの動きを戦闘行動と判断されたものと推測』


 シオンのなんでもない呟きに《ヒビキ》が大真面目に推測を述べる。


 そしてシステムは素直に対抗措置を起動していく。


『両肩部多目的戦術システム《フタヨ》―――近接防御火器システム(CIWS)、及びフレアの準備完了。ご利用は計画的に』


 脳の視覚野に直接投影されたウインドウの使用可の表記と共に《ヒビキ》が言う。


 どこでそんな標語を覚えて来たのかしら?


 そんな言葉を飲み込んで―――シオンは視線をモニターに向ける。


 TFとその近辺を拡大した映像が別ウインドウで表示されていて、リンクスや対空砲が散開している。


 これから起こるだろう交戦に備えてだろう。


 そうはならないのに、とシオンは思いつつTFとの距離を見る。


 気付けばもう四キロを切っている。


 小さく見えた艦も、この距離まで近づけば相応に大きく見えて―――《アルテミシア》の光学センサでも充分なほどに詳細が見えた。


 艦橋はやはり海で使われているような艦船のそれと類似している。


 主砲らしい四機もある三連装砲の口径は大きそうだ。


 艦側面には多数の対空砲と対空ミサイルのコンテナが並べられている。


 そして艦後方の平坦な箇所には垂直発射装置のセルが大量に敷き詰められていた。


 シオンは手早く左の操縦桿のアナログスティックとボタンを操作して巨大な戦艦とも言うべきTFの姿を撮影し、保存する。


『ミサイル警報』


 コクピットに《ヒビキ》の警告とアラートが鳴り響いた。


 モニターにはTFから幾条もの噴煙を焚いて飛び出した飛翔体が映っている。


 でも遅い。


 既にこちらの目的はたった今達成したのだから。


「撮影完了。さっさと逃げるわよ」


 シオンはそう言って左の操縦桿のボタンの一つを押す。


 《アルテミシア》の両肩―――《フタヨ》と呼ばれる追加ユニットの正面多目的スペースのカバーが開いて、中に納められていた一二.七ミリ近接防御システムが露出。


 それと同時に上部のカバーも開いてフレア射出機も現れる。


 《アルテミシア》は飛び込むように降下しつつ、フレアを射出。


 燃焼光源によって《アルテミシア》と誤認したミサイルはそれに当たって爆発を繰り返す。


 その隙に右へクイックブーストして旋回範囲外へ飛び出て、TFから離れつつも追いすがるミサイルをCIWSと左手のマシンガンで撃ち落としていく。


 すぐに《アルテミシア》を追い掛ける対空ミサイルは一つもなくなった。


『ミサイル警報』


 次の警告を聞きつつ、《アルテミシア》は南東へ振り返って―――ブースターを全開で噴かす。


 一瞬で到達する時速一五〇〇キロメートルという速度は、ミサイルを置き去りにするには十分だ。


 あとはフレアでなんとかなる。


 そう考えながらも気がかりはあって、シオンはレーダーの表示に視線を向ける。


 ミサイルらしい赤のマーカー以外にもTFやリンクスの反応らしい紅点も表示されているが―――それらの速度は速いとはいえない。


 高速で接近する三つの機影というのは―――《アルテミシア》のレーダーの範囲外らしい。


「こちらストレイド。撤退するわ。追撃は?」


 見えない部分を知る為に通信を繋いで手短に尋ねる。


 その質問に答えるのは当然ファットマンだ。


『こちらファットマン。まだこちらの範囲内だから捉えているぞ。まだ近づいて来ている』


「向こうの方が速い?」


『勿論だ。―――いろいろ手を尽くしたリンクスとはいえ、戦闘機には劣るか』


「途中で諦めると思う?」


『いや、諦めないだろうな。三連国の支配地域に入るよりも早く交戦距離になる可能性の方が高い』


「じゃあ、追い返すとするわ」


 欲しい情報を聞けたシオンはそう言って通信を切ってレーダーを見る。


 すると、矢印状に並んだ三つの紅点がレーダーの片隅に現れた。


 それも時速一五〇〇キロで飛ぶ《アルテミシア》に近づく素振りを見せている。


「《ヒビキ》。《カノープス》に給電開始」


 レーダーの反応を見つつ、《カノープス》―――右腕の一〇五ミリ磁気炸薬複合式超電磁砲の射撃準備を行う。


 《アルテミシア》のジェネレーターの出力もあれば大容量コンデンサの充電はすぐに終わる。 


『《カノープス》、充電完了。全システムオールグリーン』


 そのアナウンスを聞いて、あとはどの機体から撃とうかとシオンは思案する。


 基本的に編隊の先頭が隊長機なのだから、それを狙おうか。


 そうすれば編隊僚機は撤退の方向に走るだろう、と予想したところでレーダーに動きがあった。


 編隊を組んだ三つの光点。


 その後方の二つだけが転進して、先頭に居たそれだけが自機に接近を計る動きを見せた。


「一機で私とやろうと?」


 その動きにシオンは思わず疑問を声に出した。


 先ほどの接触でこちらが《アルテミシア》―――帝国では《白魔女》と呼ばれ恐れられている機体であるのはわかっているだろうに。


 それを理解してなお、勝算があるというのだろうか。


「―――なんにせよ、やることは一緒ね」


 そう言ってシオンは真後ろに付いた反応を見つつ―――その距離を測る。


 ゆっくりと近づく反応が、《アルテミシア》まで残り二〇〇〇となるのは意外にも早く。


 そこでシオンは操縦桿を引いた。


 《linksシステム》で読まれた思考と、物理的入力のすり合わせが一瞬で終わって―――《ヒビキ》が機体に反映する。


 《アルテミシア》は仰け反って後ろ回りの宙返りを敢行。


 逆さまになりつつも火器管制システムは接近してきた戦闘機―――機首とエンジンブロックの膨らみ以外、どことなく薄く見えるそれを捕捉する。


 《アルテミシア》が逆さまになるのと、弾道計算が終わるのと―――《カノープス》が構えられるのとが同時だ。


 トリガ。


 炸薬とも違う発砲音と共に砲弾が発射された―――が。


「………!」


 逆さまになった視界の中で、シオンは無言で驚く。


 トリガーを絞った瞬間に―――その戦闘機は機首上げと横転を同時に行うバレルロールを敢行。


 その急なマニューバで―――《アルテミシア》のFCSの予測を振りきり、秒速三八〇〇メートルものの速度で飛来する砲弾を寸前で避けたのだ。


「今の攻撃を読んだの?」


 後ろ宙返りを終えて、再加速させたコクピットの中でシオンはやっと驚きの声を漏らす。


 避けられるとは思っていなかったからこその反応だ。


 背後にいる戦闘機を見ようとして、モニターにウインドウでその光景が表示される。


 被弾はしなかったものの流石に衝撃波は受けたのかバランスを崩したようで、どこかよろけるかのように機体を揺らしているのが見えた。


 それでも立て直すのは早く、再加速を始めたのかレーダーの反応も《アルテミシア》へと迫り出す。


「……厄介な奴が来たようね」


 追走を再開されたのを見て、シオンは思わず呻いた。




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