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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一一章]Migrant
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その合間で①




 北方三連国―――《ダルト・シージス及びシップダウン三連合王国》は皇国よりも緯度の高い地域ではあるけれど、夏は相応に暑い。


 上空の大気の流れと南にある山脈の影響か、時折豪雨に見舞われる夏の皇国よりは湿気が無いのが救いか。


 ―――ただ。


 サイヨウに来て四日ですっかり嗅ぎ慣れてしまった血と硝煙と―――その中に少し混じる腐臭の不快さは、あの時の生活の中には無かったけれど。 


 肩幅そう変わらないぐらいにつばの広い三角帽子と顔を覆い隠すサンバイザーで暗くされた視線の先をで、鼻孔の奥を擽るその臭いに顔を少しだけしかめて、


「狩人のねーちゃんこっちー!」


「違うよ! 魔法使いのお姉ちゃんだよ!」


「宇宙人のねーちゃんだってば!」


「……なんと呼ぼうがそっちの勝手だけれど、少しは待って欲しいわね」


 この暑い中、薄手とはいえ黒のコートを着た私を見た目で呼ぶ少年少女の舌足らずな声に素っ気なく答えて、右に見えるそれらを眺める。


 地面に突き立てられた木の板や、コンクリートブロック。


 中には鉄骨や、弾倉を抜かれた突撃銃などの数々。


 一角に綺麗に並べられた粗雑な木箱。


 そして掘られる穴と、そこに納められていく木箱で大半の人は凡その事象を正確に想像できるでしょう。


 この前の戦闘で亡くなった人達の葬送は、終わる気配はない。


 知人か友人か、誰かに泣き縋られる木箱があれば、誰にも寄り添われる事無く淡々と穴に納められる木箱もある。


 胸の前で十字を切って、機械仕掛けの義手を組んで黙祷を捧げる。


 そんな所作に、私を連れ出した子供たちは疑問を抱いたのか、


「ねーちゃん、見た事のない作法で黙祷するんだね」


 そう尋ねてきた。


「知っての通り、この辺りの国の人間ではないから、ね」


 その疑問に答えつつ片目だけうっすらと開けて横へ視線を向けると少年少女達は私に習って、両手を合わせて目を瞑っていた。


 まだ出会って二日程度だけど、彼らには尊敬するに値すると思えたのか。


 或いは見習い、学ぶべき部分が多いのか―――ずいぶん懐いたものね。


「それはねーさんの髪を見ればわかるけど、だったらなんで知り合いでもない人たちに祈るのさ」


 確かに、少年の言う通りだ。


 なんの縁のない人達だ。


「……何が要因であれ―――安らかに眠れるように、ぐらいはいいでしょう?」


 少年一人の質問に答えて組んだ手を解いて、問い掛けてきた人物へ視線を向けると目を丸くしていた。


 余程、想像していなかった答えだったようで確認するかのような質問が始まる。


「……それだけ?」


「それだけよ?」


「神様に来世ではーなんて事もなく?」


「ええ」


 次から次へと聞かれる短い質問に淡々と答えると、何が不満なのか少年は「えー」と声を出す。


「どこかの信徒っぽいって思ったのに」


 どうも、どこかの宗教を信仰する信徒に見えたらしい。


 HALから聞いた話では、記憶を失う前の私はキリスト教とかいう宗教の信者だったらしいけど。


「どこの信徒でもないわよ」


 最早どうでもいい事だ。今の私にとっては。


 そんな私が何を信仰しているかよりも、やる事がある訳で。


「さっさと行くわよ。―――今日こそは、キッチンを復旧しないとね」


 そう言って肩に掛けたクーラーボックスのベルトの位置を少し直した。





 事の発端は、ツバメを連れ帰った日の昼頃。


 戦闘の爪痕が生々しい最中で、何とか生き延びたサイヨウの防衛部隊と市民は当然のように発生した問題にぶつかった。


 まず防衛部隊は再編はもちろん防衛陣地の再構成と消費した武器、弾薬の補充から各種兵器の再整備に避難民達へ避難誘導や炊き出し等の支援。


 市民は街の東の郊外に避難所の設立や仮設住居を初めとする寝床の確保等。


 共通する課題は怪我人の治療は当然、死者の埋葬に水や食料の確保。


 それらを行うのに―――人が足りないという問題が当然のように発生した。


 増援を近隣から集めるのは当然だとしても彼らが街に来るまで時間が掛かるし、一度に運べる量も持ち出せる量にも限りがある。


 そもそも戦時下―――それも敗走という状況下で街ごとの連携が寸断一歩手前だ。


 必要な支援は間違いなく遅れる。


 しかし、状況はそれを許さない以上、少しでも手を打たなくてはならない。




 ―――そこで白羽の矢が立てられたのが私達傭兵部隊 《ミグラント》だった。




 良くも悪くも単純な従業員としては二〇〇人近く居るのもそうだけど、医療従事者が十人程度に調理師や料理が出来る人間がそこそこ多かったのが良かったと言える。


 ―――焼け石に水程度かもしれないけれど。


 それに加え、重機が必要な作業全般はHALの多種多様なセントリーロボットが担えたし、《ウォースパイト》に元々積んでいた機材の中には大型のろ過機もあって飲み水の提供の目途も立って。


 あとは戦闘で大破した《オオソデ》から引き抜いたフェーズジェネレーターを用いた電源の確保は整備士達が担えたりと―――数日を誤魔化す支援という、何もかもが足りないものの帰る場所を失った避難民や市民には確かに必要なものだった。




 そこで発生した交流の中で、私は子供たちに好かれてしまった訳だけども。




「それでさー。ナナミせんせー酷いんだよ! 縫わせてくれないのが悪いって言って僕を殴るんだよ?!」


「……注射嫌だってごねるからそうなったんじゃないかしら?」


 子供の一人―――左の頬に大きな絆創膏を張った少年の愚痴を聞きつつも、すっかり汚れた雑巾をバケツに突っ込んで砂埃を落とす。


 窓ガラス全てを失って廃墟同然に近い、かつてはレストランだった店舗の厨房。


 避難所になっている学校のすぐ隣という事もあって炊き出しの拠点の一つとして復旧工事中でもある。


 壊れてしまった機材を運び出し、まだ動く機材を運び入れて配線や配管の繋ぎ直しを進めるその中で、


「だからって殴る事ないじゃんかー!」


 医療従事者として《ミグラント》に派遣されたナナミ・スキガラ被害者の会の話を聞く事になるとはね。


 なんだかんだで暴力に走るあの人の悪い癖は知っている。


 医者としての腕は確かだし私達の知人で、かつ私の治療に関わっているからこその人選ではあるのだけれど。


「注射が苦手とか嫌とか理解できるけど……。あの人の注射と拳骨。どっちがマシなのかしらね?」


 去年の晩秋に飛沫感染性の伝染病予防でワクチン接種をした時の事を思い出して上げる。


「あの人の注射、かなり荒いわよ? 注射器を逆手で持って、ナイフでも刺すかのように勢いよく刺してくるのよ」


 ちくっとしますねーなんて台詞無しに、『おっしゃやっぞ』と宣言して身も心も構える暇を与えられず刺されるのよね。


 そしてシリンジを押して薬液を注入し終えたら同じように勢いよく引き抜く。


 注射器の針折れない? とかそんな乱暴にやっていいのかと抗議したのだけれど、簡単に折れるような強度のものではないとか、針は専用で短いとか言い出すし、フウコ先生だってやってるし認めてるの一言でもうどうしようもないのが実情。


 こんな不安の拭えない注射の方法を知って―――果たして他者はどう反応を示すか。


「ひっ……」


 案の定、引いた。


 当然の反応よね……。


 乱暴に近い注射なんて逆に怖いが、それと殴られるのを天秤に掛けて選択しろなんて余計に嫌よね。


 私は前者の方がマシかなとは思うけど。


 だいたいの汚れを落とした雑巾をバケツから出して絞りながら、なんとなく周りを見渡すと聞き耳を立てていたらしい大人たちや子供たちが顔を引きつらせていた。


 まあ、聞きたくない類の話とは言えようか。


「さあ、手を止めないで作業に戻りなさい。早くしないと、今日の夕食も味気ない乾パンと缶詰のスープになるわよ」


 雑巾の水気を絞りきって、広げながら彼らの作業の手を急かす。


 そうは言っても、掃除はもう終わったようなものだ。


 後はキッチンのコンロだけねなんて考えると。


「おーいシオン! なにか冷えた飲みもんねーか?」


 聞き覚えのある、件の人物の声がしてきた。


 声がした方へ視線を向けると、上下ともに黒のシャツとホットパンツという動きやすそうな恰好をした、長い深緑の髪をバレッタで後頭部に留めた、目つきの悪い二十代後半の女性がどかどかと綺麗になったばかりのフロアを歩いて来ていた。


 肩からメッセンジャーバッグをたすき掛けして下げている。


 その姿を見た途端に少なくない人達が「げぇっ……」と実に嫌そうな声を出すあたり、彼女がどう思われているかが察せられるでしょう。


「ここには冷蔵庫で冷やした水しかないわよ、ナナミ」


 彼女の前に移動しつつ、かの人物の名前を呼ぶ。


 冷蔵庫―――のみならず家電製品を稼働させる為の電気は、学校に設置されたフェーズジェネレーターから供給を受けているので問題なく稼働している。


「それでいい。あと塩を一つまみ混ぜてくれれば上等だ」


 そう言ってナナミと呼ばれた女性はカウンター席にどかっと座った。


 彼女をよく見ると顔中に汗を浮かべていて、それが不快らしくバッグから出したタオルで拭い始める。


「今日はショッピングモールの駐車場に仮設された避難所で診察じゃなかった?」


 昨日から稼働している冷蔵庫で冷やしていた水を適当に取り出したグラスに注ぎ、塩を一つまみ入れて差し出しながら尋ねる。


 聞いていた話ではナナミはここからそう離れてはいない商業施設―――今では避難所となっているその場所で怪我人の手当や衛生管理の指導をしているはずなのだけれど。


「そうだったんだけどよ……。出なきゃいけねぇことになってな」


 ナナミは水を受け取りながら事の触りだけを言って、グラスを煽いで水を一気に飲み干す。


「くぅーー! 暑い日にゃ冷えた水は最高だぜーー!」


 内容を言う前に、グラスをカウンターにだんと音を立てて置きながら水をお酒に入れ替えても何一つ違和感のない台詞を吐いた。


 文字に起こして言った人間が女性である事を隠せば酒癖の悪そうな男性が言いそうな台詞でもある。


「二週間は絶対安静の患者が病室から抜け出しちまってな。―――とっ捕まえてこの近くの診療所のベッドに縛り付けてきた所なんだよ」


 もう一杯と言わんばかりにグラスを突き出しつつ事情を話してくれた。


 その患者がどうして病室から抜け出したのかはさておき、


「ナナミの管轄下にいたのね。可哀そうに」


 そう感想を述べて、また水を注いで渡す。


 ナナミは乱暴な人間ではあるものの―――確かに医療のプロでその判断や持つ技術や知識は疑いようがない。


 はたから見れば強引とも乱暴ともつかない行動をするものの、その根底にあるものは命を大事にと説く高潔さからだ。


「アタシから逃げようなんざ百年早い。―――この国の現状は理解するが、老若男女問わず怪我人は自分の体を治すのが先決だ」


 急いだって足手まといだっての、と悪態をついて二杯目の水を煽ぐように飲み干す。


「―――で、その帰りにお前さんがここで復旧手伝ってるってんで様子を見に来たついでに水を飲みに来たってことだ」


「なるほど。それはお疲れ様」


「全くだ。医者の言うことを聞いてくれる患者ばかりなら苦労は無いんだが……」


 呆れたようにナナミは言って、固まる。


 何かを見つけたかのような素振り。


 その視線を追うと、腕に包帯を巻いた男がリアカーを引いて何かを運んでいた。


 ここ数日、この街の至る所で見られる光景だが、


「―――あ! お前!」


 彼を見て知っている人物だったのかナナミは声を上げてその人物を指差した。


 その声を聞いた男はびっくりして、彼女の姿を見つけるとぎょっとした表情を見せる。


「コウヘイ! てめーギブス緩めてんな!」


 その指摘にコウヘイと呼ばれた男は今度こそ焦燥の表情を浮かべた。


 どうやらナナミが治療で関わった人物らしい。


 そして彼女の権幕からして、その男はどうやら腕は固定していないといけないような怪我を腕に負っているようだ。


「げえっ! バレた!!」


 男は悪事がバレたかのように言ってリアカーだけを置いて走り出した。


 これから起きる―――或いは彼の身に降りかかる事態から逃れる為にだろう。


 そこらの軍人よりも屈強で足の速いナナミ相手では無駄な足掻きでしょうにとは思うけど。


「『げえっ!』じゃねーぞ! 待ちやがれ! 締め直すついでにベッドに固定してやるから待て! 逃げるな! このオレから逃げれると思うな! 覚悟しやがれぇーーー!」


 逃げ出した彼を追い掛けるべく、ナナミは椅子から飛び出すように駆け出していった。


 そうして、修復中のレストランが少し静かになった。


 ―――足の速さからしてナナミが追いつくでしょうね、なんて思いつつ残されたグラスを片付ける。


 水道自体は少なくとも、今私がいる地域ではダメージが無いようで蛇口を捻れば水が出るので問題はない。


 洗い終えて、さて掃除にと考えた所で。


「よし! コンロが動いたぞ!」


 コンロを弄っていた技師が歓喜の声を上げた。


 入れ替えたガスコンロの配線と配管工事が終わったらしい。


 どれどれと人が集まりだして、各々がコンロを触り始めて嬉しそうな声を次々と上げてハイタッチをしていく。


 人と人の隙間から覗き見ると、確かにガスコンロの青い完全燃焼の炎が見えた。


 これで避難民のいくらかが味気ない乾パンと缶詰めのスープから解放されて、炊き出しの料理が頂けるというものだ。


 後は使った工具を片付けて調理器具や食器。食材を持ち運ぶだけだ。


 食器類の大半は使い捨て出来る紙製だけども。


「じゃあ、さっさと片付けて労いのデザートと行きましょうか。子供たちも掃除を手伝ってくれたしね」


 カチャカチャと機械仕掛けの両手で叩いてそう宣言すると待ってましたと言わんばかりに作業に当たっていた人達が喜々とした声を上げる。


「おねーちゃん! そのデザートっておいしい?」


「もちろん甘いよね?」


 ここに集まった子供たちも目を輝かせて私を囲み出した。


 美味しいか、否かなんて彼らの舌に合うかどうかの話になるのでそれはわからない。


 私が自由に使えて手に入るものなんてそう多くないけど―――使い道のない果汁に風味を寄せたシロップが三連国軍基地の倉庫から放出されたからありがたく使わせて頂くけど。


「暑い夏に最適だけど、紛い物の味が果たして美味しいか疑問だけどね」


 子供たちの質問に、期待を持たせない回答で答えた時だった。


「シオン居るー?」


 聞き慣れた女性の声がしたのは。


 その声に、おやと意外に思って入り口へ視線を向けると、よく知ったセミロングの茶髪に吊り気味の双眸を持つ女性が入口に立っていて、


「こ、こんにちは……」


 その後ろにアッシュブロンドの髪を編み込んだ二十代前半の女性がどこか遠慮がちに挨拶を述べた。





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