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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一一章]Migrant
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異邦人達②




 サイヨウと呼ばれる街の一角―――河川の西側にある公園で。


 帝国のリンクス―――《ヴォルフ》が繰り出して来た斬撃を左腕を欠損させた《モリト》は右手に持った実体剣で弾いた。


 妙齢に届く女性パイロットは反撃が出来ない事を恨みながら―――コクピットに響く警告音―――照準警報に応じるようにフットペダルを踏む。


 すぐさま《モリト》は後ろに下がって、横からの射撃を回避する。


 視線を砲弾が飛来してきた方角へ向けると、そこにはライフルを構えたもう一機の《ヴォルフ》が居た。


「みぐらんと、なんて奴ら、どこにいるよ?」


 脂汗を流しながら女性は悪態をつく。


 彼女は僚機二機を撃破されて以降―――傭兵部隊を名乗る人物の通信を聞いてからずっと二対一という不利な状況で戦い続けていても―――それらしい増援が来ない。


 左腕を斬り捨てられながらも後退しているが、追撃を振り切れないでいることに焦りを覚える。


 次に聞こえた警告音にもう一度下がろうとして、


「―――っ!」


 回避が遅れた。


 後ろへ跳躍するべく力を込めた右脚を撃ち抜かれた《モリト》はバランスを崩して、公園の木々や花壇を盛大に潰しながら転倒する。


 彼女はすぐに機体を起こそうとするが―――思うように右脚が動かない。


 その理由は本人も痛みで検討はついていたし―――機体の診断システムがモニターに図を以って表示していた。


 右脚が赤い点滅を繰り返していて、それは駆動系にまで達する程の深刻なダメージである事を示している。


 それでも抵抗の姿勢を示すべく剣の切っ先を敵機に向けるが、それもライフルの銃撃で右腕諸共撃ち抜かれて無意味と化する。


 被弾の衝撃にコクピットは揺れ、内部で火花を散らせ始める。

 

 リンクスにしては厚めの装甲を貫いた砲弾の断片が《チャンバー式慣性制御システム》の内壁に刺さって、コクピットの機器のショートを引き起こしたようだった。


 それでもコクピットの中にいるパイロットが無事なのは《モリト》が設計当初から防御力を―――ひいては操縦士の生存性を重視していたからだが。


 被弾に揺れるコクピットの中では女性は目を瞑り耐え忍ぶしかないのだが。


 時間にして数秒にも満たない、されど彼女にとっては永遠にも思える時間が過ぎて、揺れが収まる。


「………どう、して?」


 射撃を止められた事に疑問を抱き、目を開けると―――まず目に入ったのは砂嵐の酷いメインモニターの映像だった。


 頭部や機体正面側の光学センサがいくらか被弾して、映像を正しく拾えなくなったからだろうその映像に、ゆっくりと近づく影が映っていた。


 ランツフート帝国の《ヴォルフ》だ。


 手にはブレードを握り締めていて―――どうやらトドメを指すのにライフルの砲弾はもったいないと判断されたらしい。


 《ヴォルフ》は淡々とブレードを振り上げる。


 女性は生存欲から咄嗟に操縦桿を引くが―――機体は応えない。


 損傷がひどく、動かないようだった。


「ここまでか……」


 今にも振り下ろされそうなブレードを見上げ、女性は諦めの言葉を口にする。


 隊長や同僚を失って、自分の下に来た部下たちを先立たせて、敗走して。


 一人孤独に戦った―――これが自分の辿り着いた先らしい。


 彼女は諦観してその瞬間を迎えようと、敵機のブレードを見つめて、


『よく耐えた』


 通信に、抑揚のない少年の声が飛び込んで来きたのはその時だった。


 そしてブレードを振り上げた《ヴォルフ》の腕が弾け飛んで。


 所々フレームが露出した、尖鋭的な装甲の多くを淡い桜色に染め上げたリンクスが割り込んで《ヴォルフ》を蹴り飛ばした。






 ―――――――――――――――






「よく耐えた」


 尖鋭的な装甲の多くを淡い桜色に染め上げたリンクス 《XLK39L シリエジオ》は《XLK39P アルテミシア》の装甲形状を少し見直しただけの先行量産仕様―――その用意された内の一つで装甲を主要な部位だけに張り付けた軽装甲バリエーション機だ。


 それだけを見るなら原型機でもある《アルテミシア》とは関節周りの装甲形状が若干違う事と、頭部のブレードアンテナが角型である以外は同様だが、一番の違いは電脳(ヒビキ)を介さないで操縦する事が出来る、純粋に《linksシステム》で操縦されるリンクスだという事だ。


 そして、装備換装型多目的機でもあるが故に、有効な装備を選定する目的で複数の選択兵装が用意されている。


 デイビットが駆る《シリエジオ》はブルパップ式のマシンガンや散弾砲。


 背部ハンガーユニットにブレードなどの近接格闘用兵装を複数積載した、接近戦を重視した装備構成になっている。


 いくつものモニターで埋め尽くされたコクピットの中で、マッスルスーツを着込み、酸素マスクを装着した状態でシートに()()された水色の髪の痩せぎすな少年―――デイビットは称賛の言葉を口にした。


 視線の先には二機の《ヴォルフ》と―――その二機を相手に遅滞戦闘をし続け、撃破寸前まで損壊し転倒した《モリト》。


 すぐに左手で保持する短砲身の九七ミリ散弾砲―――ポロト皇国で一部の弾種で共通化された口径の火器を持ち上げて、その砲口を《ヴォルフ》に向ける。


 散弾砲の光学センサの照準を示すレティクルを微調整して―――ブレードを持つ右腕に合わせて、発砲。


 装填しているのは―――放ったのは九七ミリの徹甲弾。


 リンクスが使用する弾頭の中では滑腔砲を除いて比較的大型の弾頭は音速を超えて《ヴォルフ》の右腕に当たり、肘から先をもぎ取った。


 すぐさま《シリエジオ》は敵機に接近するべくクイックブーストで急加速。


 そのままの勢いで《ヴォルフ》を蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばされた《ヴォルフ》はもんどりうって倒れ、《シエリジオ》は着地を決める。


 すぐに左手の散弾砲を構え、敵機の両脚に撃ち込んで―――文字通り脚を奪う。


 コクピット内で警告音が鳴り響く。


 音は右からなので―――前に小さく、ブーストも伴った跳躍を行って敵からの砲撃を回避する。


 右手に持っていたブルパップ式のマシンガン―――両刃のナイフのような銃剣を銃身下に組み付けたそれを右背のハンガーユニットに懸架して、そこから一振りの実体剣を引き抜く。


 片刃式の切っ先に行くほど細く鍔に近いほど幅のある刀身の実体剣―――それを手にして《シリエジオ》は砲弾が飛来してきた方角へ旋回。


 そこでライフルを構える《ヴォルフ》の姿を確認して、突貫する。


 左右へのクイックブーストという乱数機動で敵の攻撃を回避し、応射として散弾砲を撃つ。


 《ヴォルフ》はそれを左へブースト機動で避けて、


「貰う」


 その回避機動という攻撃出来ない僅かな隙を突くように《シリエジオ》がクイックブースト。


 擦れ違い様に《ヴォルフ》のライフルを持つ右腕を斬り捨てすぐに反転。


 再度のクイックブーストで敵機の大腿部を後ろから掬い上げるように斬って転倒させる。


「こちらプリスキン。ファットマン、次の敵は?」


 ブレードを再びマシンガンに切り換えながら通信に呼び掛ける。


 レーダーにはいくつもの反応が映っているが、どれが優先になるのかはデイビットにはわからない。


 現状は劣勢な所に助太刀に入って、帝国の部隊を撃破。


 北方三連国の部隊を後退させて立て直させる時間を稼ぐのがデイビットとイサークに課された作戦なのだから。


『こちらファットマン。方位、二-一-五に三機。レグルスが足止めをしてくれている』


 早期警戒機(AEW)で指揮を執るノブユキがそれに答えた。


「了解。すぐに向かう。それと救助要請だ。エスカ公園に大破した《モリト》がいる」


 デイビットはそう言って通信を切り、外部スピーカーに切り替える。


 話しかける相手は―――大破も同然の《モリト》だ。


「三連国のリンクス。聞こえるか」


『―――あなたは?』


 外部スピーカーも破損したのか、酷くひび割れた女性の声が返ってきた。


 声からはパイロットの状態は察せないが、話せるぐらいには余裕はあるらしい。


「独立傭兵部隊 《ミグラント》に所属するリンクスパイロット、プリスキンだ。東の安全は確保しているし、救助も呼んだ」


 淡々と彼は言って、ノブユキが話した方角へ振り返ってブースターを焚く。


 そして轟音と共にその場を飛び立った。






 ――――――――――――――――――





「これで、役に立てているのか……?」


 《XLK39M ジラソーレ》は《XLK39L シリエジオ》の同型機だが―――その外観は頭部も含めて確かに異なった。


 その理由は簡単で、フレーム剥き出しの非装甲部等どこにもない、全周に渡って装甲を施された《XLK39》の基本形態であるが故だ。


 頭部も《アルテミシア》に近いがブレードアンテナはそれよりも小型の物を取り付けられている。


 そして、装備換装型多目的機を体現するが如く、背部には円盤状の探知用レドームとドローン運搬用コンテナ。


 多目的武装コンテナユニット《フタヨ》が前後に伸びる形状の肩部に合わせて乗せ、覆うように装備されている。


 展開したレドームと、遠隔操作されるドローン。


 それに加えて早期警戒機 《ストラトスフィア》による索敵が合わさり《サイヨウ》西部の敵部隊の位置がリアルタイムで地図に映されている。


 そして西の方角、一〇〇〇メートル先では―――《ヴォルフ》三機が七階建てのマンションの影に隠れている事を示している。


 隠れているのはイサークがライフルで不意を打ったからだ。


 放った砲弾は小隊長機らしい機体の右脚に当たったのである程度の戦闘機動に制限を与えただろうというのは分かるが。


「睨み合いなのが歯がゆいな」


 イサークはマンションの影から西を覗き見る《ジラソーレ》のコクピットの中で心底嫌そうに呟く。


 追撃を受けていた《モリト》と《オオソデ》の一小隊を撤退させるべく横やりを入れたのはいいものの、結果は膠着状態だ。


 視線の先で―――《ヴォルフ》が顔を出した。


 すぐにライフルを持ち上げて発砲してその動きを牽制。


 相手が隠れたのを見てから《ジラソーレ》は移動を始める。


『十分仕事してるぜ兄弟』


 彼の疑問に、ノブユキ―――ファットマンではない男の声が答えた。


『相手がお前さんを見つけれてない分、動きに慎重さが出てる。それに三連国の《モリト》と《オオソデ》の後退だってお前さんが手出ししなきゃ今頃やられてただろうさ。そこは自信を持て』


「それなら、いいのですが……」


『言い淀んでどうした? 兄弟?』


「勝手に通信していいのですか? 三尉―――いえ、ボーラ」


 兄弟と親し気に呼ぶ男の心配をする。


 イサークにとっては縁のない人間ではないのだが。


『そうだぞ三尉。いくら俺が間食を口にしているからと言って勝手に通信をしていい訳はないんだからな』


 案の定、上司に当たるファットマンに窘められた。


『そもそも間食を摂るなよ……』


 TACネームで《ボーラ》―――本名はジョージ・カタヤイネンはぼやく。


 彼は無人機でもある早期警戒機 《ストラトスフィア》の操縦士だ。


 元々は戦闘機パイロットだったが―――皇国内での戦闘で左腕を欠損し、右足に軽度の麻痺という後遺症を負ってしまった。


 欠損した腕は義椀である程度は補えるものの右足の麻痺は戦闘に悪影響を与える為、戦闘機パイロットの生涯を諦めざるを得なかった―――が。


 試作無人機―――早期警戒機 《ストラトスフィア》の操縦士が必要という事でそのテストパイロットに志願し、転向してきたという経歴の人物だ。


 そして、いつか皇国内の戦場で負傷兵としてイサークが出会った左腕を欠損した戦闘機パイロット当人である。


 運びこまれた担架が隣だったというだけの出会いだったが、こうして再び出会うという奇妙な縁に二人は妙な感慨を得たのだが―――それはさておき、である。


 ボーラのぼやきにファットマンが答えた。


『俺は腹が減ると思考が鈍るんだ。―――だが、レグルスの勇気付けはよくやった』


『弟分だからな。面倒を掛けるぜ』


「……兄弟にしないでくれ」


『―――レグルス! 敵が動いたぞ! 三連国のリンクスを狙ってるぞ!』


 雑談の空気がガラリと変わる。


 その報告を聞いて《ジラソーレ》はマンションの影から頭だけを覗かせ―――撤退するリンクスを手に持った火器で狙う《ヴォルフ》がモニターに映った。


「そこの三連合機! 右に避けろ!」


 通信を三連国のチャンネルに切り換えて叫んで、イサークは《ジラソーレ》をマンションの影から飛び出させる。


 ライフルを素早く構え―――火器管制(FCS)が《ヴォルフ》を捉えて射撃可能を伝える。


 発砲。


 八五ミリの徹甲弾は一秒強の時間を飛翔して―――《ヴォルフ》とその機体が手にしていた火器に次々と突き刺さってその機能を奪う。


 被弾した敵機はすぐに下がってマンションの影に入る。


 そのままマンションごと撃っても当たるかもしれないが―――今のイサークの仕事は足止めだ。


「早く後退してください。戦線を押し返すにはあなたも必要です」


 足を止めて振り返った《オオソデ》に向けて言う。


 実際、それが目的なのだ。


 いくら高性能とはいえど―――リンクス三機で状況をひっくり返せるものではない。


『………そうね。ありがとう!』


 そのパイロットらしい女性は礼を述べるとブースターを焚いて東へ移動を再開する。


 それをレーダーで確認しつつ、《ジラソーレ》はマンションから離れたビルの東側に姿を隠す。


 ライフルの残弾を確認する為にメインモニターの右下に表示されたそれを見て―――マガジン内はたった四発だということを確認した。


 残弾を渋ってマガジン交換をしないでいると大きな隙になる事を、イサークはシオンとデイビットとの模擬戦で嫌と言うほど体験しているので迷う事無く交換する。


 交換する最中、メインモニターの左上に表示した()()に視線をやる。


 そこには(サイヨウ)の地図と《ストラトスフィア》と《ジラソーレ》の索敵情報を統合したものが映っていて帝国の識別を赤で。北方三連国を黄色。自分達 《ミグラント》は青で表示していた。


 河川を挟んで東側はともかく、西側は三連国のフリップよりも帝国のフリップの方が多いものの―――北側は異様だった。


 青いフリップ―――《XLK39P アルテミシア》の反応が位置を大きく変えながら点滅を繰り返して進み、帝国の反応が次から次へと消えていく光景が広がっていた。


 イサークは自身が所属する部隊の隊長でもあるそのパイロット―――TACネーム《ストレイド》ことシオンの実力は聞いてはいたし手加減されていたとはいえ訓練でもその片鱗は見ていたものの、レーダー越しとはいえ実際に目にするのはこれが初めてだ。


 その動きは緩急はあれど止まる事はなく―――ただただ敵の反応だけが消えていく。


 その光景を端的に表すならば塵殺だ。


 相手との実力差なんて表現が生温く感じる、尽くを破壊していく暴力の光景にイサークは戦慄を覚える。


 なんの為に―――他者の追随を許さないが如く苛烈に戦うのだろうか。


 そんな思慮という一息入れているような休息は―――戦場では一瞬の時間だ。


『敵機が動いたぞレグルス!』


 ファットマンの声にTACネームで呼ばれたイサークは一瞬だけ地図の下に表示されたレーダーを見る。


 帝国機の反応が二つ、こちらを挟み込むように近づく動きを見せている。


 機体の性能はともかく―――数は不利だ。


 牽制しつつ一旦下がろう、と彼は判断して《ジラソーレ》をビルの影から飛び出させる。


 僅かに遅れてコクピットにアラートが鳴り響く。


 《ヴォルフ》から放たれた照準用レーザーの検知警報だ。


 フットペダルを踏み込んで―――《ジラソーレ》はクイックブーストで急制動を掛ける。


 左から飛来してきた数発の砲弾を機体の正面を通過させて再加速。


 牽制でライフルを撃とうと八〇〇メートル近く離れた《ヴォルフ》に向けて―――その敵機に接近する桜色の淡い影が見えた。


『待たせたな』


 通信にプリスキン―――デイビットの声が飛び込んできて、視線の先で《シリエジオ》が《ヴォルフ》の両脚を切断する。


「プリスキン!」


『北と西はストレイドに任せて、ここは俺達で押さえる。援護よろしく』


 ボーラとファットマンとは違った、遊びのない通信と指示と共に《シエリジオ》は次の機体へと加速していく。


 それを狙う敵機は―――一〇〇〇メートル先のマンションの影から姿を僅かに出している。


「了解!」


 イサークはその攻撃を防ぐべく―――《ジラソーレ》はライフルを構えて引き金を絞った。




 

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