夕食、ときどきナンパ
さて、ホテルで夕食である。
ぼっちで。つまりは一人で。
アルペジオは正体がバレるのが嫌なのでルームサービス。口止め料たっぷりで。
アルフィーネと護衛二人は王宮に帰ってしまった。アルペジオ以外の姉達と夕飯だとか。
「世の中は理不尽と不条理で出来ている。剣呑剣呑」
多分、剣呑の使い方間違ってる。でも言わないとちょっとやってられない気分だ。
流石に高級ホテル。
それなりに身なりはきちんとしていないといろいろよろしくない―――TPOというやつだ。
でも。
ど う い う 訳 か 、服飾周りの僕自身のセンスはどうも女性側にガッツリと傾いているらしい。いや、学生時代にガッツリ傾いたのか。容姿がそっち系なのが余計にいけないだろう。シスターに化粧の仕方を学んでいたのもある。
つまりは。
スーツ姿なのに、パンツルックのリクルートスーツ着た女の子な感じになってしまった。
どうしてこうなった。どうやったらこうなるんだ僕。どこで間違えた。
もっと言えば何故、化粧品一式持って来た? 何故持ってる? どうして使った? そもそもなんで使った事に気づかなかった?
まあ、色々と諦めて(化粧落とすの面倒)、とりあえず僕はホテル三階のレストランに来ていた。
全部で六枚あるチケットの内一枚を渡して店内へ。
どうやら所謂バイキング方式のレストランのようで、いくつかの料理が並べられ、食べたい料理を好きなだけ皿に盛るようだ。
この辺はアルペジオの計らいだろうか。意外と気が利く人だ。今度パウンドケーキでも作ってあげようか。
などと思いつつ適当にサラダとスープ。パンとメインディッシュの肉を皿に盛って、禁煙席の片隅に。
食事前のお祈りを捧げて、
「……いただきます」
そう言って先ずはサラダから。
「……高級ホテル、だったよね」
ドレッシングがそんなによろしくない。一味足りない、と言えばいいか。野菜は美味しいのだが。
とりあえずスープを―――
「…………」
パンチが足りない。塩と胡椒、とうがらしが少なすぎる。
次、パン。肉。
「……パサパサね」
全て省略して、これ、僕が焼いた方がいいんじゃないか?
うん、なるほど。僕が基地で炊事係になれるわけだ。道理でアルペジオを始めとするお嬢様方が専属に等と言い出すわけだ。
この国の高級ホテルの料理はどうやら日本の家庭料理を下回っているようだ。
その内、アイサイトでアルペジオが電話で、『今すぐ厨房に行ってご飯作りなさい』とでも言ってくるんじゃないんだろうか? 彼女なら言いかねないか。
そう思いつつ食事を進めていても、やはり。周りの視線が気になる。
少し聞き耳を立てれば、
「ねぇ、あの子。可愛くない?」
「髪の毛綺麗……。どんなトリートメント使っているのかしら……?」
「正にカラスの濡れ羽色、という色だな」
「あんな子が娘ならねぇ……」
「スタイルいいなー。維持にどれだけの努力をしているんだろう?」
「あの小娘、化粧が綺麗……! どんな高級品を……!」
「食事のマナーもかなりいい。どこのご令嬢だろうか?」
―――等と聞こえてくる。
完全に僕の性別が女性である前提の話ばかりである。
僕、男なんだけどなぁ。あと化粧品は騎士団支給品なので値段不明です。きっと結構なお値段。
―――それよりなんで僕に支給されてるんですか。女装しろと?
この答えは『ああ、そうだ』に違いない。きっとそうだ。そうじゃなきゃ支給されない。
そんな事を思っていたら。
「正面いいかい?」
整った顔立ちの優男が僕にそう訊ねてきた。
まだ手をつけていない料理がトレーに乗っていて席を探してあたのだろうか。
周りを見渡しても、空いている席はいくつもある。ここに座わろうとする理由がなんとなくわかってしまうあたり僕も慣れてるというか人が悪い。
ナンパか。
さて、ここで僕が取るべき選択肢は何か?
以下の三つから選びなさい。
一つ、僕が男だと暴露する。
実に面白みのない、つまらない選択肢である。最後の手だろうか。
一つ、ここは女の子のふりをして誘いを全て断る。
知らない方が幸せ、を地で行く。現実とは残酷非道なのだから。
一つ、他のテーブル空いているのだからそちらに座って下さいと言う。
超がつくほど無難でありきたり。最適解に違いない。
「他のテーブルは空いているでしょう。そちらに座って下さい」
私の時の声音、淑やかな口調で素っ気なくいう。女性のふり開始。
「素っ気ないねぇ。話ぐらいいいんじゃないかい?」
そう言って男は僕の許可を得ずに目の前に座る。
はい、本日の被害者ごあんなーい。
「いえ、話す事など一つもないので」
食べるペースを上げる。デザートは諦めよう。味には期待出来ないし。
「それはないんじゃないかな。―――君の名前は?」
「無礼な方で。人の名前を訊くなら貴方から名乗りなさい」
「それは失礼した。ドミニク・カステレードという者だ」
「セレン・カーチスよ」
息するように偽名を名乗った。知り合いにはいないよ、この名前の人。
「カーチスね。この国の名字でもこの地方の人でもないね。東方出身かい?」
東に行けば僕と似た特徴を持つ人がいるのだろうか? まあ行く機会などないだろうけど。
「残念。ここから北西方面よ。休暇でこっちに」
嘘は言ってない。
「マニルカには一人で観光しに? 良ければ明日案内をしようか?」
「―――実質的にはそうね。でもガイド役は既にいるわ。ごめんなさい」
「いやいや構わないよ。それで―――」
フォークを置いて、口元をナプキンで拭い、
「ごちそうさま。それでは失礼します」
席を立って、その場から離れる。
まあ、簡単にはいかないだろうけど。
「いやいや待ってくれよ。まだお話する事あるだろう?」
そうドミニクは言って指を鳴らす。
慣れた動作で二人の黒ずくめが僕の目の前に立ち塞がった。高級ホテルなのだから、相手はかなり裕福な家の子息だろうと思ってはいたが、屈強そうなボディーガード付きとは。
確かに、女の子の細腕では太刀打ち出来ないだろう。常識的に考えれば。
呆れた。
ため息を吐いて、ドミニクさんを一瞥する。
「強引にでも私と話をしたいと。―――そんな殿方に伴侶など誰が付きましょうか。一生誰も居ないだろうと思いますよ」
「なかなか言うじゃないか」
癪に触ったのか、僕を睨み付ける。
「言いますとも。自らの伴侶を選ぶなら、自分だけが見るのではなく、自分だけを見るのではなく、共にものを見てくれる人を探すべきです。―――まあ私は、そんな人が一番近くにいたのに気付くのに時間が掛かりすぎた愚か者だけど」
それを聞いた彼はどこか感服したような表情を浮かべる。
僕はゴミを見るような目で睨み返して、目の前にいる男二人に告げる。
「そこを退きなさい」
「申し訳ありません。主の命令故」
やっぱりと言うか、予想してた通りの言葉が返ってきた。
「――――そう。でも、恥を晒す前に退くことをおすすめするわ。貴方達はプロだろうけど、主同様目はお飾りの節穴のようですし」
そう思うと今日会ったガイドさんはかなり優秀な人だったようだ。
でもあの時は化粧してなかったし、今の姿見たらどう反応するのだろうか。今度試してみようか。つまり明日。
「見る目がないのは間違いないわね。それじゃ」
そんな予定を立てつつも彼らの横を素通りしようとしたが、すぐに立ち塞がれる。
「―――退いてくれる? 明日早いの」
そう言いつつ、周囲に視線を向ける。
我関せずを通しているようだが、その表情はどこかやり過ぎではと思っているようで、話に割り込もうにも割り込めないという空気がある。
とりあえず僕は可哀想な被害者と捉えられているようだ。
「二人とも、強引でも構わないから彼女を僕の目の前に連れてきてくれ。まだ話がしたいからね」
待ってました、その言葉。
黒スーツの一人が、こちらの肩に右手を置いて―――。
僕はその手を左手で引っ張り、右手で胸倉を掴み、右足を開いての足の間にいれ、背負い投げを綺麗に決めた。
そのまま地面に叩き付ける。
細腕の少女が、大の筋肉質な大人を投げるという傍目には滑稽で考えにくい光景が、周りの空気を止める。または感嘆の声を上げたか。
「―――貴様!」
驚きの硬直から復帰したもう一人がこちらに掴みかかってきた。
振り返って、屈みつつ右手で相手の右手を掴み、そのまま背後へ。
左腕を首に回し、左の膝裏を蹴りつけて、背中から転ばせる。
相手に潰されないよう避けつつ、男を地面に寝かせて右腕を捻り上げて拘束。
文字通り一瞬の早技。
神父直伝護身術。
なに? 拘束してる?
だって軍で使われてるような近接格闘術だもん。仕方ないね。
「だから言ったのに。恥を晒す、と」
ずっと捕まえていても仕方ないので、あっさりと解放する。
あ、しまった。関節外すの忘れた。
「なかなか態度の悪いお嬢さんだ。手荒にやっていいと言ったのに、手加減しすぎだよ君たち」
床に転がされた二人を見て、ドミニクはそう言う。
「態度の悪い? 人を無理矢理、護衛まで使って長時間拘束しようとした人間がなにを言っているのやら。私は掴みかかった人間を投げ飛ばしただけですし、正当防衛の一環です」
それに。
「嫌がる人を無理矢理引き止めようとしたり、北西に何があるかわかってないような人間に、ついてくる女性っているのでしょうか?」
その言葉に、彼は思案を巡らせるような素振りを見せる。
「北西……? ―――確かレドニカに《ノーシアフォール》が……。君は異世界人か!」
おお、頭の中身はそれなりのものだったようだ。首から上は飾りのようだけど。
「その通りでございます。それじゃあね」
そう言って立ち去ろうとするが、すぐにドミニクから鋭い声が出た。
「待て! 君は異世界から来たんだろう? なら家族、友人、知り合いなどこの世界にはいないだろう? なら―――」
「嫌です。男に興味はないので。それどころか殺したくなる」
ゴミを見るような、もしくはこれから屠殺される動物でも見るような目で見る。
それは多分、あの十一ヶ月での人を殺し続けたときの表情と一緒だろう。人を人として見ない、そんな表情だ。
「知り合いなら充分間に合ってますから。貴方のようなクズよりもいい人たちばかりなので」
僕の目つきとその言葉で、彼は完全に震え上がり、後退って尻もちついた。
それを一瞥してから、僕はやっとレストランから出ることが出来た。
この人生何度目だろうか、勘違いされてナンパされるのは。
ため息をつきつつ、僕は自分の部屋に戻る事にした。




